ex02 「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私とポニーテールとシュシュと……な話 ~起こる(前編)~」
番外編その弐
時系列的には、三章と四章の間くらいになりますでしょうか?
少し量が多く、二万文字程度の小編となりますので、
本日と明日で纏めて投稿します。
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なんだかその日は、とってもイヤなカンジだったです。
ついちゃった寝癖が中々直らなかったのもイラっとしましたし、うっかりお洗濯のローテを間違えて、着ようと思ってた服が洗濯籠の中だったのも上手くいかない感じです。そもそも、いつもなら私の予定なんか気にもしないハインツさんが昨日の帰りしな「明日の予定はどうなっている?」なぁんて聞いてきてたのからして、嫌な予感がてんこ盛りな日だったのですよ。
ってなわけで、不穏な空気を感じ取っちゃった私は、今日やろうと思っていた予定を全部取りやめにして、不意打ちでハインツさんのところに押しかけたのでした。
「ちょりーっす。ハインツさん、かまってもらいに来ましたよ~」
ノックの返事を待たずにドアを全開にした私の前には、私を見て片手で顔を覆うハインツさんと、いつもにこにこな部下のお爺さん。そして……。
「あら……ハインツ様。こんな若い子を侍らせて、スミに置けませんこと」
大人の色気むんむんなおねぇさんが、にっこりこちらを見ていました。
「――なるほど。では、今のところは大きな問題も無い……ということで?」
「えぇ、万事恙無く」
「良い事だ。……定期健診に関しても、例年通り手配している。営業に差し支えの無いように根回しを頼みたい」
「もちろんでございますわ、漏れ無く全員に実施させるとお約束します。……私どもにとっても死活問題ですもの、抜けなど出ようはずがありません」
「ならば良い。……ではそろそろ」
「はい。……宜しいので?」
チラリとこちらを見るおねぇさん。肩口からたわわな黒髪がさらりと流れ、ビーチボールでもつめてんすか? ってくらい立派なお胸に引っかかります。なんとなくですが、喧嘩を売られている気がしてならんのは何故でしょう。
私が全身で無言の抗議をしているにもかかわらず、ハインツさんはチラッとこちらを見ただけで、おねぇさんに向かって頷きました。おねぇさんの方も、そんなハインツさんに微笑み返します。
な、な、なんですかっ! その、目と目で分かり合っちゃってる感じっ!
「ふふっ。それでは、お言葉に甘えて退散いたしますわ。ハインツ様、今度は是非お店のほうへ。……お嬢さん、またね」
「あぁ、機会があれば様子を見させて貰おう」
「……どうも、です」
最後にこちらに向かってもう一度笑いかけ、おねぇさんは執務室を出て行きました。部屋に残った、なんとなく甘ったるい感じのする匂いが鼻につきます。別に理由はないのですけれど、思わず窓に駆け寄ってバタバタ空気を入れ替えました。
そのままソファーに戻ると、部下さんが暖かいお茶を淹れてくれています。あぁ、こういう落ち着く香りが良いんですよ。あんな主張が強いのは好かんのです。
なんとなく黙ったままお茶とお菓子を口にしていると、ハインツさんの方から話しかけてきました。
「お前……。今日は城の探検で忙しいんじゃなかったのか?」
「気が乗らなかったからヤメにしただけですけど? すいませんでしたねぇ、お邪魔したみたいで」
「いや、別に邪魔ってことは――」
「へぇ~。そうなんでしたか知りませんでしたねすいませんでしたっ。てっきり今日は、あの綺麗なおねぇさんとの大事なお約束があるから、来て欲しくなかったのかと思いましたけどねっ!」
「待て、違うぞ? あれは大臣として仕事の一環で、だな?」
「あ~ららそうでしたか。お仕事の来客なら今までだって同席してましたのに、今回に限り私は端切れっ子でしたか。……不思議ですねぇ、おかしいですねぇ、変ですねぇ!」
「待て、頼むから落ち着け。お前は何か思い違いをしているぞ? ロマリアとはそういう仲では――」
「落ち着いてますけどぉ! 私今までに無いくらい冷静ですけどぉ! ……ってか、ロマリアさんって言うんですね、あのヒト。すっごい綺麗でしたねぇ、お色気ムンムンって感じで、お胸もおっきかったですしねっ!」
「あぁ、もぅ……。なんなんだよコイツ……」
なおもちっちゃく「だから会わせたくなかったんだ……」ボヤいているのが聞こえます。ほぅら、やっぱりなんかあるんじゃん! 内緒にしとかなきゃなんないから、私に秘密で会ってたんじゃん!
小さく頭を抱えるハインツさんですが、それでも悪びれた様子はありません。その姿が、なおも私の神経の微妙な部分を逆なでしました。
「別に? ハインツさんがどこのどなたと仲良くしてようが、私には何にも関係のないことかもしれませんし? お仕事と偽って美人さんとちんちんかもかもしてようが、私みたいなタダの居候に断わりいれる必要、これっぽっちもないんでしょうけど?」
「ちんち……ってお前。表現古いなぁ」
「ハァ!? 誰が古い女ですかっ! あ~ぁ、そう……そゆこと。ハインツさんにとって私なんて、既に過去の相手ってことでしたか。そですよねぇ、女房と畳は……って言いますモンねぇ」
「いつ俺とお前がそんな関係になったんだよ! そんな人聞き悪いこと……ってぇ! そうじゃなくって、単にお前に聞かせにくい話だったってだけなんだよ」
「やっぱり! 私に聞かせられないようなお話してたんじゃないですかっ! もぅ良いです、はっきり言っちゃってくださいよ。これからはあのヒトとヨロシクやってくんでしょっ!?」
「もぅ……。頼むから、こっちの話聞いてくれよ……」
花の女子高生……いや、今となっては元、女子高生ですけど。それでもまだまだ十代の私に向かっての古女房扱いは、いくらなんでも許せません。
それに、ハインツさんの正体が魔族だっていう一番の秘密を共有している私に、今さら話せない話題なんてないはずです。もしあるとすれば、それこそ、男と女の微妙な話題くらいしかありえないじゃないですか。
ハインツさんだって立派な大人の男性なんですから、その、イロイロとあるのは私だってわかりますもん。女性とのお付き合いだって、普通にしてれば少しくらいはあるのでしょう。
私からすれば、ハインツさんはちょっとだけ年上に見えますけど、それでもオトシゴロの男の人だと思います。
公表している設定上の年齢でいうと、そろそろ中年どころか初老に近いお年ではありますが、見た目だけならまだまだ充分に男の人ですもん。『魔法が堪能であれば年を取るのが遅くなる』という常識のあるこの世界なら、お相手をしたいと望む女のヒトが居たっておかしくはありません。
それに、その……。見た目だけなら……。私からしても、アレですし……。
だからっ! 私は別に、ハインツさんにそういうヒトが居たって事にハラをたててるんじゃありません。っていうかそもそも怒ってなんかいませんからっ!
ただちょっと、私に内緒にしてたってことが面白くないだけです。
えぇ、ちょっとだけ面白くない……タダそれだけなんですもんっ!!




