ex01 「ホントかもしれない。ウソかもしれない。……そんな話」
ちょっと早いですけれど外伝その一です。
ストーリーの流れ的に、どうしても差し込む場所の無かった話です。
あの存在についての補完として、お楽しみくださいませ。
それは、どこまでも真っ黒な空間。太陽さえも飲み込むほどの、黒だけで構成された間。大気の存在すら怪しまれるそんな場所に、時折頼りなく光る小さな粒が、浮かんでは消えていく。
そこに今、二つの気配が存在し、そして二種類の声が響いている。
これは、聞き様によっては、気のおけない友人同士の会話にも聞こえるかもしれない、互いを分かり合った者同士のような。それでも絶対に混じることの無い、横に並んだ二両の列車。
……そんな二人の会話。
「――ッたく。ホント冗談じゃないわ。まさかここまでやられちゃうとはね」
「アレだけ好き勝手やらかしておいて、自分だけは潰されないと思っていたのか? だとしたら随分と傲慢な事だ」
「そりゃあだって、私はそういう存在だもの。天上天下、唯我独尊が信条に決まってるでしょ?」
「知るか。こないだも言ったが、心の底からざまぁみろとしか思わん。……さっさと死ね」
「無茶言わないでよ。アンタもそろそろ気がついてるんでしょ? 私に、死なんて存在しないわ」
「……チッ。やっぱりかよ。テメェ、恐らくだがこの領域に溜まった記憶のカスの寄せ集め見たいなモンなんだろ? 物質でも、概念でもない、ただの情報の寄せ集め。それが何の間違いか意識を持っちまったのがお前だ」
「だいたい正解~。私は、ここに絶えず集まってくる無意識の記憶そのものよ。だから、この私がどれだけ磨耗したとしても、ここが記憶の間であり続ける限り存在し続けるってワケ。どう? 絶望した?」
「するか、ボケ。それならそれでやりようがあるわ! ……だがこれで、オマエが俺達の世界に、どうやってちょっかいかけてきてたかもはっきりした。
ここは全ての記憶が集まる場所、俺達の世界の人類も、同じくこの領域で記憶の貯蔵と引き出しを行っている。そしてオマエは記憶が引き出されるタイミングで、自分にとって都合が良い……望む結果になるような記憶が、優先して引き出されるようにと調整していたってワケだ」
「おぉ。流石に独力でここまでくるだけの事はあるわね、アンタ。……その通りよ。ワタシは、そうやってみんなの考えを誘導し続けてきたわ。例えば、魔族について考える時、マイナスのイメージが浮かぶような記憶だけを思い出すように仕向けたりとか、ね」
「だがそれも、本人が特定の記憶を想起している時には無理なんだろ? 明確に思い出す対象が定まっているなら、お前がちょっかい出せる余地は無いだろうからな」
「……参ったわね。そこまでわかっちゃうんだ」
「一つだけ聞きたい。あの時、俺の家族を、友人達を、当時の権力者達が抹殺するように仕向けたのも、オマエだったのか?」
「な~にそれ? ……いつのこと?」
「……いや、良い。わかってるんだ。オマエにそこまで明確な行動を指示する事は出来ん。だからあの事件は、当時のアイツ等が自発的に行った行動の一つなんだろう」
「なんか思い出した。アレでしょ、魔族との戦争が起こるちょい前の話」
「だからもう良いって言ってるだろうが。あの時の戦争それ自体には、オマエも関わってはいたんだろう。だがそれでも俺がきっかけだったことに間違いはない。たとえ当時の首脳部が、オマエの誘導で征服欲を肥大させられまくってたとしても、な」
「ふ~ん。イロイロ詳しいのねぇ、ワタシについて」
「伊達にこの百年、オマエのコトを考え続けてきたわけじゃねぇよ」
「なぁに、それ? 愛の告白?」
「死ね」
「だから死なないってば」
「なんかやり方ねぇのかよ! 今なら何べんだって殺してやるぞ?」
「無いって言ってるでしょ。そんなのあったらとっくに自分でやってるわよ!」
「……チッ、まぁ良い。それにしても、タネさえわかっちまえば随分とせせこましいマネをしていたもんだな。いつ来るともわからん、相手が無意識に思い出すタイミングを待ち続けてたワケだろ?」
「だって~、暇だったんだもん。生まれどれだけたったかすら思い出せないくらいの時間、ず~っとここで他人の記憶眺めてるだけなのよ? なんならアンタも二、三年ここに篭ってみる? すっごいわよ、やること無さすぎて」
「頼まれたってごめんこうむる。……さっさと孤独でイカれちまっとけば良かったんだ」
「アッハハ~。もしかしたら、既におかしくなっちゃってるのかもねぇ。ほら……人間、誰とも接していないとおかしくなるって言うじゃない」
「テメェは人間じゃねぇだろうが」
「でした~。……そんで? これからどうすんのよ。悪いけど私、これからもちょっかい出すのやめるつもり無いわよ。こないだのうさみんの時みたいに直接手を出せるチャンスはもう巡ってこないだろうけど、それでもちょっかい出すのが、私のライフワークみたいなモンなんだから」
「どこぞの茶飲み婆よろしく、他人の記憶覗き見てるだけじゃ我慢できないのかよ?」
「無理ね~。なんと言うかさ、絶対手に入らないものなワケよ、私にとってのアンタ達の生活って。だから、手に入らないなら、ならないなりに、せめて自分好みの展開になって欲しいと思うじゃない」
「結果としてヒトサマに迷惑かけてでも、か?」
「そう思ってんのはアンタだけでしょ? 本人たちは、私に影響されてる意識なんて無いんだから、それぞれ楽しくやってるわよ」
「……ダメだな。ちぃっとは境遇に同情しそうになったが、やっぱりオマエと俺じゃ、考え方が違いすぎる」
「あ~ら、そう? ワタシは結構仲良くやれる気がしてるけどねぇ。だって結局、アンタだってあの世界を好きに弄繰り回してんじゃない」
「一緒にするな。俺は、出来るだけ歴史に影響が出ないように調整しているだけだ」
「一緒だと思うけどなぁ。……ま、良いわ。考えてみたら、ワタシにはどうだって良い事だし。ところでさ、アンタって、いつ死ぬの?」
「それは、新手の自殺願望か? 殺して欲しいならいくらでもすり潰してやるぞ?」
「だから~、殺せるモンなら殺してみなさいって言ってるでしょ。……って、じゃなくて。アンタの寿命の話よ。ホラ、あの世界で生きてるアンタって、言っちゃえばさっき自分の世界に帰っていったうさみん達と同じじゃない。魔法で構成された肉体と、魔法で複製された魂。それって後どれくらい保つの?」
「……少なくとも、種としての寿命に縛られることはないだろうな。普通なら魂自体も磨耗するが、劣化が起こる前に複製してしまえば問題はない。それに、俺を作っているのは自殺因子の組み込まれていない組織だからな。理論上は無限に生き続けることも可能だろう」
「そっかぁ。……じゃあさ、約束したげる。しばらくは大人しくしといてあげるわ」
「……何を企んでる?」
「違うってば、ホントホント。しばらく何にもちょっかい出さないであげる。だからさ、しばらくしたらまた遊びに来なさいよ。アンタがワタシの暇つぶしに付き合ってくれるなら、あの世界で遊ぶ必要もないんだし。とりあえず……百年くらいで良いわよね?」
「本気か……?」
「実はウソかも。こんなこと言っといて、ホントはこっそりちょっかいだしちゃうかも」
「クソッ……殺してぇ」
「アッハハ~。やってごらんなさ~い」
「至極うっとおしいな、テメェ」
「でもさ、良い案だと思わない? どうせアンタだって、何年も生きてりゃそのうち飽きちゃうわよ? そん時、ワタシみたいなのが居れば張り合い出るわよ。……きっと」
「きっと、かよ! とはいえ、どちらにせよ俺に選択肢は無い。どうせ、お前を完全に消滅させることも、世界に干渉できないようにすることも、どっちも無理なんだってのは確かなんだ。これからもお前を監視し続けるのは変わらん」
「契約完了~。あっ、でも、ワタシは二号さんでかまわないからね? あんまり付きあわせすぎるのも、あの子に悪いからさ~」
「二号? 何の話だ?」
「わかんないなら良いのよ、それで。どうせすぐに、嫌でもわからざるを得ないんだしね~」
「クッソむかつく。……どうせ俺も、しばらくは一人で世界を回るつもりだ。たまに様子を見に来る」
「知らぬが仏って、良い言葉よねぇ。んじゃ、そろそろ魔力の限界でしょ? 消滅しちゃわないうちにさっさと帰んなさいな」
「あぁ。それじゃ、また魔力に余裕が出来た時に。それまで大人しくしとけよ」
「はいはい。期待しないで待ってるわ~」
そして、一つの声は消え。一つの影だけが残った。
生まれて、浮かび上がっては消えていく小さな光に、何処かの誰かの記憶の欠片が眠っている。そっと指でつつくと、知らない誰かの幸せな思い出たちは、ふわりと流れ、また沈んでいく。
そして、いつか女神と呼ばれたその気配は、誰にも見られることのない涙を流した。
やがてそれでも、誰も知ることの出来ない笑顔を浮かべたその存在は、誰に向かってでもない呟きを洩らす。
「さぁて。次がいつになるかはわからないけど、果たして来るのは『一人で』かしらねぇ?」
最初の外伝は、アレとの戦闘後、でした。
なんとなくご要望が多そうでしたので、
お届けいたします。
次は、百合沢さんと絹川さんのお話にしようと思っているのですが、
何かご希望があれば、お待ちしております。
○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
http://ncode.syosetu.com/n4912dj/




