12 『それは、必然として起こる決断』
「あっ、ハインツさん。お帰りなさいです」
執務室のドアを開けると、これまで幾度となく見たマヌケな顔が待っていた。
ここ数日の過酷極まる日程で疲労困憊の俺は、他人の執務室を我が物顔で占拠するコイツに、突っ込みを入れることすら面倒に感じてしまい、そのまま窓際の机へと向かう。
「どでした? 上手く纏まりましたか?」
そんな無言の抗議すらどこ吹く風の絹川が、なおも俺に促してくる。ったく、俺はお前の専属召使じゃねぇんだぞ? だが、早くはやくと急かしてくるコイツはさておき、客用ソファーに腰掛けた百合沢の不安げな眼差しまで無視する気にはならない。隅に控えていた初老の部下に軽く手を振って、俺は今しがた終わったばかりの会議の内容を話し出した。
中央広場で行われた騒動は、ここのところ綱紀が締まっていた軍部の素早い対応もあり、大した混乱も無く収拾した。町民達の中には、未だあの場で何が起こったのかを噂する者が後を絶たないが、政府からの公式発表が出ていない今の時点では無理も無いことだろう。
そしてそんな、無責任かつ娯楽重視な想像の産物でしかない推測で、街の人々の不安が増長することのないようにと、俺達政府関係者は緊急の会議を開いていたのだった。
何かにつけて尻の重さが非難されがちなこの国の行政だが、それでも今回の事件への対処は早かった。なにせ、コトが起こったその日の内に一定の結論が出るまで話が進んだのだ。
特級の重要人物である勇者達と、これまた最重要な王候補が絡んでいた事件である以上、もっと慎重に話が進んでいてもおかしくはなかったが、もう一方の当事者であるアルスラ教の市民全体に対する影響力を考えれば、この異例な展開の速さにも頷ける。それになにより、あの女神という存在の影響力を考えれば……。
「ひとまず。今回の件は、一部のアルスラ教首脳部による暴走ということで結論が出た。首謀者はアルスラ教のマゼラン王国教会司教であるホロン枢機卿。及び、他数人の指導者が断罪されることになる」
「ということは……、アルスラ教そのものに対してはお咎めナシ?」
「そういう事だ。各国に強い影響力のある、アルスラ教会そのものを敵に廻すワケにはいかんからな。尻尾切りに見えなくもないが……まぁ、まずまずの結果だ」
「うみ……。なんだかスッキリしないデスねぇ。そりゃあ、この世界の宗教そのものに手を出すワケにはいかないってのも、わかっちゃいるんですけど」
「あの女神に関してはどうなったのでしょう? それと、梓ちゃんの処分も……」
唇を尖らせた絹川の横で、瞳を揺らせながら百合沢が訊ねてくる。コイツが俺を待っていたのは、宇佐美の処遇が不安だったからなんだろうな。
「あの女神は、女神アルスラエルに仇為す邪神と公式に認められた。ここに関しては、まさに思惑通りというヤツだ。そして宇佐美梓に関してだが……。安心して良いぞ、お咎めはナシだ」
「本当ですかっ!?」
「こんなことで嘘は言わんよ。……彼女が女神アルスラエルによって遣わされた勇者である事に間違いはない。だが、悪辣な邪神の姦計により一時的に自由を奪われ、そしてその窮地を、同じく選ばれし勇者であるお前達によって救われた。これがウチの公式見解となった。よって宇佐美は被害者という立場になり、罪に問われることもない。
まぁ、みすみす邪神の手に落ちるなど、勇者としてどうなんだって意見もなくはないが、それだけ邪神の力が強大だったって言い訳も出来る。なにより、そんな凶悪な邪神をすら撃退しせしめたって事で、和泉たちの勇名を更に高められる話だ。問題はないさ」
「良かった……。本当に、良かった……」
ほろほろと溢す、百合沢の目尻が光る。王女のこれからや、他国にあるアルスラ教本部との交渉など、今後の後処理を考えると、決してめでたしめでたしで終われる話ではない。だが、俺達の前で「すいません。ちょっと気が抜けちゃって……」目元を拭っているこの少女の笑顔を目にしていると、それでもこの結末を迎えることができて良かったと思う。
そして、未だ眠りの中に居るであろう宇佐美に、この涙が届けば良いと思った。
「――ところで、和泉はどうした?」
「まだ宇佐美さんトコですねぇ。あれからずっと、付きっきりで様子見てるみたいですョ」
「ふむ。女神の支配による後遺症は心配ないが、それでも精神的に随分疲弊してるだろうからな。恐らく、もうしばらくは眠ったままだろう」
「でしたか。……っと、こうしちゃ居られませんね、早く二人のトコに行かないと」
「もうちょっと放っといてやれよ。何か急ぎの用でもあるのか?」
「何言ってんすかハインツさん。うっかり目を覚ました宇佐美さんと和泉君が、人目を憚るような行為に勤しんでないか監視に行かないきゃでしょ」
「脳みそ沸いてンのかお前。ってか、万が一そんな状況になってたらどうすんだよ。気マズすぎるぞ?」
「そっちこそボケてンすか? 世に蔓延るバカップルはことごとく粉砕してやらないと! さぁ、ちゃっちゃとギャラリー集めて晒し者にしますよ」
「ナチュラルにゲスい」
「……あ、あの。流石にあの子達も、そんなことにはなっていないと思いますけど。それよりハインツさん、これで全て終わったというコトで良いんですよね?」
悪態をとばしあう俺と絹川に気おされた百合沢が、それでもおずおずと間に入ってくる。なんとまぁ気丈な娘だ。だが、その言葉の前半はおいておくとして、後ろ半分の内容には同意することは出来ない。
「いや、むしろ……。これからが本番だ」
自分のデスクについていた俺だったが、もう一度立ち上がり中央のソファーへと座りなおす。そしていつものごとく、隣に絹川が腰掛けて――こようとしたところで、なにやら百合沢と見詰め合っている。
あえて二人から視線を逸らした俺の耳に、「どうしたんです?」「あ、いや~。百合沢さん、あっち座ります?」「……余計なお世話です」「すんません」なんてやり取りは入ってきていない。俺は、何も、聞いてない。
結局いつものごとくに、俺の隣に絹川。正面に百合沢がそれぞれ腰掛けた。……ったく、勘弁してくれ。
「……さて。改めて言うが、正直なところ、これからが本当の戦いだといっても過言じゃない」
「それってやっぱり、あの女神との直接対決ってコトですかねぇ」
「えっ? でも、梓ちゃんからは追い出せたんですよね。……もしかして、他にも操られてしまっている人が居るのでしょうか?」
「いや。現状、宇佐美ほどの影響を受けている人物は恐らくはいない、今後も出てくることはないと思う。彼女があそこまでの侵食を許したのは、この世界に顕現する前の段階で、魂に種を植え付けられたのが原因だろう」
「この世界に来る前……。あっ、スキル」
「そうだ。……多分だが、宇佐美はスキルを与えられた時、同時に枝を付けられたんだと思う。それが時間と共に成長し、人格を乗っ取られるまでに至ったんだろう」
「うへぇ、ってことはですよ? もしかしたら私が、宇佐美さんみたくなってたって恐れもあったんですよねぇ。おっかなぁ……」
両腕で身体を抱きながら、ブルっと震える絹川。百合沢も、自分が自分でなくなっていた可能性に思いをはせたのか、顔を青くしている。……とはいえ絹川。他の二人はさておき、お前だけは目をつけられることはなかったと思うぞ。いくらあの女神が自信過剰気味だったとしても、幼稚園児にすら負けそうなヤツを寄り代にしようとは思わんだろ。
「失礼なっ。いくらなんでも小学生相手ならナントカなりますよぅ。四年生、いや、三年生くらいまでならなんとか……」
「空手習ってたりとかしたら?」
「ふっ……、幼稚園児でも危ういデス」
何故そこで胸を張る。いったいどこに対する自慢なんだよ。……まぁ、このバカは放っておいてだ。確かに、あの女神が直接この世界で暴れまわるなんて事態は阻止できた。だが、ヤツが人々の意識下に影響を及ぼすコトまでは止められていない。
メリッサ王女や、恐らくはホロン枢機卿も影響を受けていたであろうクソ女神の思考誘導は、未だ世界中に降り注いでいるのだ。そのうえ、この世界の誰もが脅威に自覚が無いときている。
「ハインツさん、みんなに教えてあげなかったんです?」
「んなもん、公表できる訳ねぇだろうが。昼間の騒ぎどころじゃないくらいの大混乱が起こるぞ。……とまぁそんな訳だから、まだ根本的な解決にはなっていないんだ」
「なるほど……。霧が出てきましたね」
「ここでその台詞を出すなんて、こんなに俺とお前で意識の差があるとは思わなかったよ! ……まぁ良い、本題に入るぞ」
思わず守りたくなくなっちまう絹川は無視し、俺は強引に話を続ける。……それは、この話題を長引かせたくなかったからに他ならない。
これだけの騒ぎが起きた以上、誰かが事態の責任を取らなければならず、そしてそれは、異世界の少女である宇佐美でも、この国の未来にとって重要なメリッサ王女でもありえない。
王女と同じくクソ女神の思考誘導を受けた結果、昼間の騒ぎを起こしてしまったホロン枢機卿は、いわばイケニエの羊だ。たまたま責任を取るに相応しい立場の人物であったがために、全責任を背負わさせられているにすぎなかった。
だがその現実を、俺はコイツ等に悟らせたくはなかった。これは間違いなく、俺のエゴだ。それでも、そんな影の部分を背負ってやるのは俺の役割だと思う。正義の味方は、あくまで悪者を懲らしめるのがお仕事。誰かを処断するなんて仄暗いやりとりは、俺達大人の取るべき責任だろう。
見るに耐えないゴミ溜めを見せ付けて『これこそが現実だ』なんて偉そうに説教するだけが、大人の仕事ではないはずなのだから。
「とにかく……。この機に、あの女神自体をどうにかしたいと考えている。その為に、お前達の協力を仰ぎたい」
これまであのクソ女神を排除することを命題に掲げ続けてきた俺だが、それは二つの壁に妨げられていた。
一つは戦力。たとえ俺がこの世界で不世出の戦力を持っていたとしても、それでもあの女神に敵う保障はどこにもない。実質的な戦力が自分一人だった今まででは、どうしても直接対決に踏み切ることは出来なかった。
だが、今は勇者という超存在が傍にいる。こいつ等と共に戦うのであれば、充分に勝ちの目が存在するだろう。というよりも、これから先、今以上の戦力が揃うことなどほぼありえない以上、現在の布陣が歴史上最強パーティという事だ。最悪俺が女神と相打ってでも、今回で決めなければならない。ヤツと心中だなんて、薄ら寒すぎる死に方だけどな。
そしてもう一つはもっと重要。即ち、女神の元にたどり着くという事だ。世界の狭間に居るであろうあの女神を、俺はずっと探し続けてきた。だが、終ぞ詳細な居場所を掴むまでには至らなかったのだ。
この世界の壁を越えるだけでも膨大な魔力を消費する上、滞在するだけでも魔力は使う。つまり、女神の居る領域に留まり続けるには、時間的限界が存在する。である以上、目的地の定まらぬ探索行などで貴重な戦闘時間を消費する訳にはいかず、ヤツの居所がはっきりするまでは、こうして乗り込む計画すら立てることが叶わなかった。
けれど今このタイミングならば、宇佐美に紐ついていた女神自身の意識を追うことで、確実にヤツの元までたどり着くことが出来るのだ。
つまり今こそが、女神打倒の為の千載一遇の好機といえた。やるなら、今しかない。
「――そういうわけで、是非とも君たちの協力を仰ぎたい。……もちろん危険はある。だが、君達の存在だけは、何があっても元の世界に送り届けると約束しよう」
「……ハインツさん」
じっと俺の説明を聞いていた百合沢が口を開く。出来の悪い部下を責めるような、それでも不思議と優しさを感じさせる口調で、少女は続けた。
「その戦いに参加するということは、つまり……。ハインツさんはそのまま私たちを、女神との戦いがどうなろうと、あちらの世界に還す、おつもりなんですね?」
「……どうして、そう思うね?」
「……今、ご自分で仰ったじゃありませんか。『何があっても、元の世界に送り届ける』って。こちらに戻すつもりなら、わざわざ元の世界にだなんて言葉を加えませんもの。
やっぱり、お別れをしなければいけないんですね……」
少しだけ寂しそうに、百合沢は笑った。
正直なところを言えば、無理やり叩き帰そうとまでの意識は無かった。もうしばらくは気楽な異世界観光をさせたとしても、今の百合沢等ならば、余計な混乱を引き起こすことも無いと思ったのだ。
だが魂を複製して出来たこいつ等が、いずれあちらの世界に戻り、今なお普通の生活をしている元の精神と融合した時……、分かれていた時間は、短ければ短いほど影響は少なくなる。そもそもこれだけの長期に渡って分化させてしまっていることすら、予定外の非常事態なのだ。
別れは、早いほうが傷は浅い。色々な意味で、それは言葉通りの正論だった。
そんな俺の迷いを見抜いたかのように、百合沢は寂しげな笑いを浮かべ続けている。
そして、俺の隣に座る絹川を見て、少しだけ納得したように頷いた。
「わかりました。協力させてもらいます。……私、あちらの世界に帰ります」
そして百合沢美香子というこの少女は、きっぱりとそう告げ、最後に惚れ惚れとするような笑顔を浮かべてくれた。
前回に続き、少し長めの投稿でした。
内容の区切りで話構成を決めている以上、
どうしても長さがまちまちになってしまいます。
申し訳ありません。
ご意見、ご感想。いつもありがとうございます。
壁ドンと聞いて、恥ずかしくて赤面するのが百合沢さん。
テンションあがってきて顔に赤みを増すのが絹川さん。
どうして差がついたのか……慢心、環境の違い。
評価、ブックマークも嬉しく頂いております。
○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
http://ncode.syosetu.com/n4912dj/




