11 『悪党の力の使い方 ……そして』
思えば、もう百年以上は追い続けてきた相手だ。
あの日……今思い出しても後悔しか存在しないあの日、遠く世界の狭間で一瞬だけ合間見えたコイツとの邂逅が俺の脳裏によぎった。それから続く長い日々の間、一日たりと忘れることの無かった女神を自称するこの存在に、俺はようやく手をかける事ができたのだ。ドクドクと胸の辺りから鳴り続ける衝撃が、うるさいほどに先へ先へと急かしてくる。
……あぁ。この気持ちは、まるで恋のようだ。
「会いたかったぜ。クソったれの女神サマよ!」
「ちょ、それ完っ璧に悪役の台詞ですって。だいたいナニが『恋のようだ』です。ポエマーですか? ポエっちゃってる☆ハインツですか?」
だからいちいち水差すんじゃねぇよっ! ヒトサマのモノローグまで読み取りやがって緊張感の無いヤツだな、お前。第一、魔族の親玉としては、これこそが本分ってモンだろうが。
「アンタ……。誰よ?」
「忘れているか。……まぁ、良い。もとより、お前なんぞに覚えてもらいたいと願ったコトなんてないからな。
だが、改めて名乗らせてもらおう。俺はハインツ。ラルザ・ハインツ。お前をこの世界から叩き出す者だ。二度と忘れることが無いように、そのしみったれた脳みそに刻みやがれ」
「そして私は、イマイチ忘れられがちの絹川小友理ちゃんデスよ? まぁ、私の方はすぐ忘れてもらってもかまいませんけどねぇ」
「なんなのよアンタ達。……ハッ、わかったわ。そんなどうでも良い茶番で、時間稼ごうったって無駄よ。アンタ達がナニ企んでるかは知らないけど、こんな拘束、すぐにでも抜け出してやるっ」
「なるほどなるほど、時間稼ぎか。まぁ、良いセンいってるとだけ教えといてやろうか。……ククッ」
「いやオッサン。正直あんま余裕無いんだ、ちゃっちゃとやってくれ」
俺達の登場に気を取られかけた和泉が、それでも暴れ続ける女神を抱きしめたまま言う。まぁ、確かに余裕が無いってのは嘘じゃなかろう。女神の発し続ける魔力は相当なもので、周囲に局所的な暴風を撒き散らしている。この場が高い舞台の上でなければ、集まった人たちに怪我人が出ていてもおかしくない程の勢いだ。
「ハインツさん、お願いします。早く、梓ちゃんをっ!」
スキルの使いすぎからか、はたまた長時間見開き続けたことで痛みがあるのか。両目を押さえてうずくまる百合沢からも、そんな叫びが聞こえてくる。
確かに、悪ノリしてる状況じゃ無いだろうな。絹川の能天気に引っ張られてる場合じゃない。
「女神よ。返してしてもらうぞ」
俺は、肩に置いた手のひらから、宇佐美の身体に魔力を流し始める。そして、精神はおろか魂レベルにまで侵食していた女神の意識を、力技で引きずり出す。
「なっ! アンタ、この娘を殺す気?」
「いーや。そんなつもりは毛頭ないね」
確かにこのクソ女神が言うとおり、現在の宇佐美は、魂までも女神の影響を受けている。もしもこれを無理やり引き剥がしてしまえば、癒着してしまった肉が剥がれるかのように、宇佐美の魂に修復不可能なほどの傷が残ってしまうだろう。それは遠く離れたもとの世界に存在する宇佐美自身にすら、深刻な精神的ダメージを与えるほどの傷になりかねない。
だが、この俺にだけは可能な方法が存在する。
「ウソっ!? ワタシが引き離されてる? ……違う、これはっ!」
「そうだよクソ女神。引き剥がしてるんじゃない。選り分けて、複製しているだけだ」
この世界で俺が作り出した技術。コイツ等勇者がこの世界に来ることになった原因であり、そして俺自身が女神と因縁を持つことになった理由でもある魂の複製というこの魔法が、女神の排除を可能とする。
単にこの魔法を行使すればよいというワケではもちろんない。王女が使った勇者召喚の根幹である、魂を複製する魔法。この国にうっかり伝わってしまっているそれをそのまま使用しただけでは、女神の侵食を許したままの魂をコピーする結果にしかならないのだ。
だが、オリジナルの製作者である俺ならば、魂の一部だけに手を入れることが出来る。
女神によって汚染された部分を見つけ出し、そこだけを抽出して切り取る。その後、周囲の情報から切り取った部分の魂を複製し、元に戻す。魂のカット、コピー&ペーストとも言えるこの方法を使えば、宇佐美自身には一切のダメージを残さずに女神だけを排除することが可能だ。
結果として、寄り代を失った女神は、自動的にこの世界からはじき出されることになるのだ。
この世界に生れ落ちてからの長い時間ひたすら磨き続けてきた魔法の能力が、この外科手術じみた魔法を行使させている。つまりは、俺のこれまでの時間も無駄ではなかった、ということかもしれない。
「冗談じゃないっ! こんなデタラメな方法でワタシが……。それに、魂の細部にまで浸透しているワタシを、どうやって見つけ出したっていうのよっ。アンタ達の小ズルイ時間稼ぎがあったとしても、この短時間で探し出せるハズなんてないじゃないっ!」
徐々に宇佐美の身体から引き剥がされつつある女神は、それでもまだ現実を見ようとはしない。必至でこの世界にしがみ付きつつ、借り物の身体を操って口汚く罵ってくる。
「そうだな、確かにソコはお前の言うとおりだ。普通だったら、一人の人間の存在自体を精査するような解析には、もっと長い時間が必要だったろうな。
……ところでよ、クソ女神。いわゆるベタな展開ってヤツをどう思うね?」
「はっ……はぁ!?」
「ベタだよ、ベタ。使い古されたって言うか、ありきたりって言うか。何度も似たような話見せられたんじゃこっちとしても飽きがくるし、どうしても、またコレかよって思っちまう。
それでもな、やっぱり面白いって感じる展開ってのはあると思うんだ。例えば『役に立たないと馬鹿にされてきたヤツが、ここぞって場面で鍵となる』ようなシーン。あれってやっぱり、熱くなっちまうよなぁ?」
そして、これまでひたすら俺の後ろに隠れ続けてきた小娘が、ここに来て初めて隣に並んだ。女神との直接対決の前では役に立たちそうもない、人並み以下の身体能力と、凡人程度の魔力しか持たない絹川が、ニンマリと人の悪い笑顔を浮かべて俺の隣に立った。
「またまたやらせていただきましたァン!」
「アンタ……絹川!? なんでよ、アンタにはお零れで与えた程度の能力しか……」
「いひひっ、慌ててる慌ててるぅ。あっ、そだ。次の女神サマのセリフは……『まさかあのスキルをッ!?』、と言――」
「いや、言わせねぇよ?」
どこまで他人の台詞を使いまわすつもりだコイツ。いや、まぁ俺も人の事言えないんだが……。横から絹川の台詞を塞いだ俺は、あっけに取られたままの女神に向かって話す。
クソ女神の指摘したとおり、魂のどの部分に侵食が行われているのかを調べるなんて、魔力の扱いに長けた俺でも数日はかかる作業だろう。それは例えて言うならば、現実の存在である人間の全能力値を微細な数値で表現するような、何百項目もの複雑に絡み合った情報を解析するような作業だからだ。
だがここに、使えないと一蹴され、ハズレの能力だと言われておきながら、それでもこの小娘が地道に成長させ続けてきた力が存在する。始めのうちは、単に名前を知ることくらいしか出来なかったその能力。コイツはそれを、この世界の様々な物事を見続けることで成長させてきた。その地道な努力は、例えば旅先でだって常に続けられていたのだ。
そしてそれはいつしか、物事の情報を事細かに調べることが出来るようになり、今では、殴る時と荷物を持つ時の肉体の使われ方を筋組織の一本毎に解析したり、発想力と想像力を具体的な数値として表記できるまでに成長した。
絹川の鍛え上げた、本気で発動させれば魂の深部に至るまでデータ化することすら可能となったスキル。つまり――。
「いやぁ、ほんっと苦労しましたよ? 『鑑定』ちゃんをここまで成長させるのは」
それはつまり、全てにおいて十人並みのこの少女に唯一与えられた超常の力。『鑑定スキル』のもたらした情報だった。その情報をもとに、俺は魂の複製を行っていたのだ。
呆然と口を開け閉めする女神に対し、俺達は本日一番の笑顔を向ける。
「こういうわけだ。クソ女神。結局お前は、自分の蒔いた種に足をすくわれたってワケだ。さぁ、腹の底から言わせて貰うぞ? ……ざまぁみさらせっ!」
「スカッとさわやかですねっ!」
その能力をギリギリまで成長させる為、何日も寝る間も惜しんでスキルを使い続けてきた絹川が嗤う。ここまでの数日ほとんど睡眠時間を作れなかった俺と同じく、真っ黒にクマのできた顔で嗤った。
いやはや、こりゃ間違いなく悪役の姿だな。ちっとも悪い気分はしないけれど。
「認めないっ! こんな結末、ワタシは認めないィいぃィ!」
だがしかし、それでも完結には至らなかった。徹底的なまでにそのプライドをへし折られた女神だが、それでもまだ足掻き続けている。
「クッソ往生際の悪いっ!」
こちらを睨みつける女神に、慌てて絹川を背後に庇いつつ口走った。俺達に、これ以上の打つ手は残っていない。正直なところ、既にこちらのカードは全て開ききっているのだ。
もう一歩、いや、あと半歩のところまで追い詰めているのは間違いない。だがトドメを刺すところまでは至らない。宇佐美の身体から、これまで以上の魔力の渦が吹き荒れる。最後の抵抗とばかりに荒れ狂う女神は、それでもギリギリのところで、宇佐美を手放そうとはしなかった。
「ギッ……ギざまラ、ゴミムシにィィィイ!!」
魂の汚染は除去した。もはや宇佐美の身体に干渉できる力は、最後の僅かな繋がりしか残ってはいないはずだ。それでも、どうしても最後の一押しが足りない。女神を完全に切り離す為の、何らかの衝撃が必要だった。だが、この状況で打てる手など……。
このままでは不味い。ヘタをすると、再度女神の侵食を許すことにもなりかねない。そんなことになれば、これまでの全てが水の泡だ。
吹き荒れる暴風に耐えながら俺は、そして、我知らず叫んでいた。
「和泉ぃ! 何だって良いっ、宇佐美を呼び戻せっ!」
§§§
その時、少女の身体を抱きしめ続けていた少年は、不思議と静けさを感じたらしい。轟々と吹き荒れる魔力の渦の中で、一瞬、全ての音が掻き消えたのだと言う。
そして耳鳴りがするほどの静けさの中で、和泉は確かに耳にした。遠い世界から一緒に旅をしてきた、それまでの人生でずっと傍にいた少女の……。なんだかんだと気持ちのすれ違いはあっても、これからもずっと護りたいと願った少女の。
「ヒロ……君……。たすけ、て……」
宇佐美梓の声が、はっきりと聞こえた気がした。
§§§
次の瞬間、俺は女神の存在が消え失せていることに気がついた。わずかに聞こえたかもしれない断末魔にも似た叫びと共に、アレほどまでに猛威を振るっていた魔力による風もぱったりと止み、周囲が柔らかな空気に包まれていることを感じた。
顔を覆っていた腕をどけ、改めて勇者達を視界に入れた俺は、思わず口元から零れた笑みをとどめることが出来なかった。
……あぁそうだ、その通りだ。これまで、八つ当たりじみた暴言を幾度となくぶつけてきたけれど、それでも俺の中にだって、未だに憧れる気持ちは残っていた。そういう存在に対して、少なからず憧憬を向ける思いが、やっぱり俺にだってあったんだ。
「そうだよな……。囚われの姫を悪い呪いから解き放つのは。こうでなくちゃいけないよな」
先ほどまでの強風が吹き飛ばした雲間から、柔らかに降り注ぐ冬の日差しの中。きつく互いを抱きしめ合って口付けを交わす、美しい少女と少年の姿。
それはまるで、遠い記憶の彼方にある子どもの頃。絵本の中に描かれていた、勇者の姿に良く似ていた。
「ハインツさん……」
「んっ? ……どうした?」
「壁、殴ってきて良いですか?」
「台無しだよッ!!」
絹「対シリアス闘争、完全勝利宣言」
ご意見、ご感想ありがとうございます。
キャラクターの名称の誤字に関しては、再度早急に精査しなおそうと思います。
宇佐美梓が正解です。
混乱を生じさせる間違い、申し訳ございませんでした。
評価、ブックマークもありがとうございます。
○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
http://ncode.syosetu.com/n4912dj/




