07 『スキルなんてモンがあるなら俺が欲しかったわっ!』
生まれ変わり。しかも剣と魔法の世界に生まれ変わったと気づいたとして、一度は試してみるのは何かと問われれば、コレを唱えてみることと答えるだろう。だれだってそうする。俺だってそうした。
そう、「ステータス・オープン」と。
結果当然のごとく何も起こらず、羞恥に悶えた在りし日の記憶が脳裏をよぎる。
この世界はゲームじゃない。ゲームのような世界でもない。である以上、レベルもなければスタータス閲覧なんて便利機能はないし、スキルなんてのは概念すら存在しない。
一時期個人の能力を測る魔法が研究されはしたが、出来たのは大まかな魔力の多少を調べる程度だ。数値化なんてできはしない。
そもそも個々の能力などどうやって推し量るというんだ。人体の大まかな仕組みすら解析されていないというのに。
例えば筋組織の量くらいならわかるかもしれんが、それで筋肉の使い方の優劣がわかるわけじゃない。なんなら石でも殴らせた方がよっぽどよくわかる。
ああいう能力の数値化には、前提として絶対的な基準が必要だ。
例えばパンチングマシンで100とか普通に出す人を、筋力値100としたとする。じゃあ筋力値50の人は100の半分の重さの荷物しか持てないのかと言われれば、そんなことはない。殴る時の筋肉の使い方と荷物を持つそれとでは違う。武器を振るのだって同じことだ。剣を振るう時と、槍で薙ぐ時では違う。
肉体の機能はそれぞれに複数の要素が絡み合っているのだ。筋力だ敏捷だなどと単純に数値化なんてできるわけがない。垂直飛びの記録1メートルからは、そいつが垂直跳びで1メートル飛べるということ以外は厳密にはわからない。それはあくまでも単一要素の判断結果にしかなりえないんだ。
肉体的な部分ですらそうだというのに、賢さだとか精神力なんて物理的に見えない部分に至ってはどう測る?
IQでも計るか? それだって処理能力の高さを示すだけで、発想力にはつながらない数字だ。10桁の暗算を秒速で答えられたとしても、夕食の献立ひとつ決められないような奴を賢いなどと、俺には到底思えんね。
如何にステータスだとか能力値だとかいう概念がフィクションの産物であるかを、俺はこんこんと話して聞かせる。
ここがゲームの中などではない、れっきとした現実なのだという事はわかっているくせに、なぜこうも素直にステータスなんてモンを受け入れているんだ。全く理解に苦しむ。
「というわけだ。この世界……いや、常識的な現実に、ステータスなんぞ存在せん」
「それじゃ、私が見えてるこれは何なのでしょ?」
「知らん。幻覚じゃないのか? 変な薬とかキメてないだろうな。気持ちよくなったりする系の奴」
「そんなことしてませんよぅ。それに、スキルだってちゃんと使えてるんですよ!」
「それだそれ。そのスキルって奴も意味が分からん。使おうと思ったら効果が出る、だぁ? 精神疾患の一種としか思えんな」
ホラ、あるだろ、14歳くらいで発症するヤツ。
「違いますって! だいたい、魔法の世界の住人がそゆ事言いますぅ? そっちだってファンタジってるじゃないですか」
「魔法はれっきとした物理現象にのっとった精神感応作用だ。SFではあるかもかもしれんがな」
「う~。あっ、でもですね!? それならどうしてハインツさんが魔族だってわかったんですか。そこの説明、つかないじゃないですか」
「ソレなんだよなぁ……」
「おやおや。今魔族だって認めましたねぇ」
「認めてない。黙れ。
……なぁ、ホントに誰かに聞いたとかじゃないんだろうな。それか、うっかり俺がソレっぽい感じになっちゃったところを見たとか。素直に言っといた方が身のためだぞ」
「黙れって言ったり話せって言ったり……。ハインツさんワガママです。
で? そんなの身に覚えでもあるんですか?」
「ないな。ここ数年は自宅ですら擬態を解いてない」
「じゃあ私が鑑定で見たってことで良いじゃないですか!」
「それが気に入らねぇって言ってんだよっ。だいたいスキルなんてモンがあるなら俺が欲しかったわっ!
なんなんだよソレ……。召喚特典か? んなもんあの魔法につけた覚えはねぇぞ」
「知りませんよそんな事。そっちこそ何なんですかさっきから。オジサマ口調、どこやっちゃったんですか」
そんなん今はどうでも良いだろうが。余計な事気づくな。「だいたい擬態とか言っちゃってるし。結局、魔族なんじゃん」なおもぶつくさ言ってやがる。
コイツ本気で問題の焦点スルーしてやがる。起きるはずのない事態が起こってるんだぞ? しかも自分の身体にだ。ホンと何なんだよスキルって。
ちょっとは真剣に考えて欲しいもんだ。スキルなんてのが実在することが、一体どれだけ面倒な事なのか。
「…………って、ちょっと待て。今恐ろしい事に気が付いた。まさか他の3人も、そのスキルとやらを持ってるとか言わないよな?」
「具体的にはわかりませんけど、持ってますよ。3人とも」
「最っ悪だ。……ただでさえ面倒なのが、更に3人? 日本人はいつからそんなびっくり人間大賞になったんだよ。得意の魔改造で遺伝子操作でもしたのか? 方向性がニッチすぎんだろ」
「知りませんよそんな事。私だって召喚される前はこんなことできませんでしたもん。神様がやってくれたんですよ。私たちがこっちの世界で困らないようにって!」
神、だと? その発言で、俺は今夜一番の不快感に襲われる。
ここのところ大人しくしていると思ってたが、そうかそうか、今度はそういう茶々入れてきやがったか。
俺の不機嫌度が一気に上昇したのに感づいたようで、コイツもなんだかおどおどし始めた。
「オイ、絹川だったよな。予定変更だ。すぐに帰してやるわけにいかなくなった」
「どどど、どういうことですか? やっぱり神様は魔族的にタブーな感じでしたか? わ、私、神様なんてすぐ裏切りますよ!? 無宗教ですからっ!」
「落ち着け。帰さないと言ってるんじゃない。少し調べなきゃならんことが出てきたって話だ」
「説明してください! 話が違いますよぅ。帰りたければ帰れるって言うから私……」
「だから落ち着けって。……詳しく説明してやるのは、まぁかまわん。自分自身の事だしな。気持ちもわかる。
だが、よく考えて選択しろ。これ以上詳しく話をしたら、俺はお前を自由にはできん。そもそも今の時点でも軟禁しときたいくらいだが、ここから先は更に機密度が増す」
息を呑む音が聞こえる。正直、緊張するのはこちらも同じだ。
「ここからの話は、俺個人にとってのリスクが格段に高まるんだ。俺自身の秘密に密接に関与する話になるからな。
当然、聞く以上は俺に協力するか、……口封じされるかの二択だ。
正直、個人的感傷から殺したくはないんだ。だから確約できないならこれ以上は聞くな」
沈黙が痛い。くそっ。これだから勇者なんぞに関わりたくなかったんだ。
しばらくの空白をはさんで、俺は最後通牒を突きつける。
「…………さぁ選べ。お前は、どうする?」