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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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10  『勇者と、力の使いみち』

「梓。もう充分だろ? もう止めようぜ?」


「梓ちゃん。これ以上は、私たちが踏み込んではいけない領域だわ」


 立ちふさがる二人は、親友である少女に向かって投げかける。この世界での自分達の役割はもはや何も無いと、これ以上は誰かの迷惑にしかならぬと告げた。そして、一度は自分達を切り捨てた少女に、再び戻ってくるようにとその手を差し出した。

 その瞳は、瞬きすら惜しむかのように正面から見据え続けている。



「私たちは、正直なところ何も出来なかったのかもしれないわ。でもそれで当然なのよ。借り物の力で、世界を変えることなんてできはしない……してはならないの。けどそれで良いじゃない。この世界からすれば、私たちはどこまで行っても旅行者だわ。

 ただの旅行者は、その土地を見て、楽しんで、そしてまた帰るだけよ」


「オレ達ゃ、もう充分ハシャいだだろ? あっちの世界じゃあ二度と出来ねぇ体験をさせてもらった。だからさ、もう帰ろうぜ。……俺達と一緒に還ろう、梓」


 それは決して、選ばれし者の言葉ではなかったかもしれない。けれど、縁もゆかりも無い異世界に連れてこられ、こちらの事情に巻き込まれただけの少年たちとしては、充分すぎるほどに真っ当な言葉だった。



 普通の人生を送ってきた者たちとは、かくあるべきなのだろうと思った。理不尽な環境に送られて、その舞台を壊すだけの力を与えられても、それでも普通の人々が求めるものは、それまでに生きてきた日常なのだ。

 確かに、一時的にはのぼせ上がるのかもしれない。特別になってしまった自分に酔うこともあるだろう。けれど、それでも。今までの自分を作ってきた日々を、忘れ去ることなどできはしない。若さゆえの熱狂から冷めた時、誰しもが何気ない毎日へと還ってゆくのだ。


 自分の足元を見つめ返した彼らは、今、ひとつだけ大人になったのかもしれない。一心に宇佐美を見つめ続ける百合沢達に対し、俺はそんなことを感じた。




 ――だが、それを認めないモノは、やはり存在する。


「はぁ? 今さらアンタ達がノコノコ出てきて、それでどうだってワケ? アンタらに与えたちんけなスキルで、このワタシを止められると思ってんの?」


「……ちっ。オッサンの言ったとおりかよ。テメェ、梓をどうしやがった」


「アルスラ……いえ、ただの理不尽な女神っ。梓ちゃんを返しなさい!」


「イヤに決まってんでしょ~? やぁっと自由に動き回れるようになったんだもの、この娘はワタシが十分に活用してあげるわ。敬愛する女神サマのお役に立てるんだもの、感謝されたって良いくらいよねぇ」


 やはり宇佐美の身体は、あのクソ女神に完全に乗っ取られているようだ。これまでのように、女神の意識に引っ張られているといった様子じゃない。いつ生まれたかも定かじゃないくらい大年増のくせに、うら若き少女の身体を乗っ取るとはなんとも非道なマネをしやがる。



 だがあの反応を見る限りでは、支配を完了してから時間がたっているとも思えない。もしも以前から宇佐美を自由に操れていたなら、この式典にしたって、もっと違ったアプローチを仕掛けてきていたはずだ。更にあの魔力の練り方から鑑みても、未だ宇佐美の身体を自由自在に操れるというワケでは無さそうである。


 ならば、このチャンスを逃す訳にはいかない。女神の器と成り果てた友人を見つめ続ける百合沢の瞳も、いまだ一瞬たりと閉じられる事はなかった。




「ふっざけんなっ。テメェなんぞに感謝なんかするわけねぇだろうが!」


「ふ~ん。そんなこと言っちゃうんだぁ。……で、どうするつもり? ワタシをこの娘から引き剥がす?

 一応忠告しといてあげるけど、ヘタに干渉すれば無事じゃいられないわよ。これだけ細部に根を張ってるワタシを引っぺがせば、当然この娘の精神もボロボロになる。それこそ、あっちの世界に居るこの娘の魂にまで、修復不可能なくらいの傷が入るわ。

 それでもかまわないってんなら、どうぞやってみなさいな」


「卑怯な……。話には聞いていましたけれど、本当に碌な存在じゃないですね、アナタ」


「ミミズに罵られたからといって、人は怒りを覚えるかしら? アンタ程度に何を言われたって、ワタシは痛くもかゆくも無いわ。……さて、それじゃそろそろ終わりにしましょうか。いい加減飽きちゃったもの」


「ま、待ちやがれっ! 好きにさせねぇって言ってんだろうがっ」


 両肩をすくめる女神に、和泉はいつでも飛びかかれるようにと腰を落とした。

 だが和泉にもわかっている。今この場で飛び掛ったとしても、ヤツを捉えられるという保証は無い。そして一度動き出してしまえば、当然女神も行動を起こすだろう。


 女神の支配から宇佐美を取り戻すには、まずはどうにかして動きを封じなければならない。もしも最初の攻防に失敗してしまえば、相手は二度と手の届かない場所まで移動してしまうだろう。そうなれば、再び捉えるチャンスが巡ってくるとは思えないし、何よりヤツの魔法を止める手段が無くなってしまう。

 一度きりのチャンスに失敗してしまえば、この場に居る数百以上の人の命が危険に晒されるのだ。そのプレッシャーが、同年代の若者から見て充分すぎるほど均衡の取れた和泉の肉体に圧し掛かる。


 そのうえ、相手には『時間停止』という反則級のスキルがある。逃走という行為にすこぶる相性の良いアレを使われてしまえば、たとえどれだけ高速で動いたとしても、髪の先に触れることすら困難だろう。

 宇佐美の意識が乗っ取られている現状では、もしかするとスキルは使えないのかもしれないが、それでもそんな楽観に委ねるワケにはいかない。分の悪い賭けなんてものは、ロマンチストに任せておけば良い暴挙だ。


 なおも舞台上で相手を見据える百合沢の額に、うっすらと浮かんだ冷や汗が、美しく整った頬を伝い、地面に小さな黒点を記す。……まだ、なのか?




「だ~か~ら~。もう飽きたって言ってるでしょうが。アンタらゴミ虫に、これ以上付き合ってらんね~のよ。ホラホラ、止めたいんならさっさと飛び掛ってらっしゃい。もしかしたら、ワタシを掴まえられちゃうかもしれないわよ~?」


「くっ……そがぁ……」


 いつでも逃げられるという自信から、あくまでも余裕を崩さない女神。そして動き出そうと逸る心を必至で押さえつけている和泉。数瞬の睨みあいが続き、それでも動けぬ和泉に対し「フンッ、もう飽き飽きね」せせら笑う女神が動き出そうとした――その時。



「今ですッッ!!」


 百合沢が叫ぶ。ここまでの決して短くは無い時間、瞬き一つする事無く開き続けたその瞳。その真っ赤に血走った両目で、ようやく見据える先を捕らえた百合沢が、鋭くはっきりと合図を出した。


 瞬間。溜め込んだエネルギーを爆発させるかのように和泉が跳ぶ。こっそり近づいていた俺も、同時に全方位から魔力の網を飛ばす。唯一抜けがあるのは、直進する和泉の前方だけ。和泉と俺で、女神の逃げ道を完全に塞ぐ。

 ――包囲が完成したその時、妙な感覚に囚われた。注ぎ続けているハズの魔力が、一瞬、何の前触れも無く途切れたような。それでも依然として、連続した流れは続いているような……。恐らくだが、その瞬間『時間停止』が行われたのではないかと思う。



 もし俺と和泉のタイミングが少しでもズレていれば、魔法の隙間を抜けた女神は、今頃包囲から抜け出しているだろう。また、俺達の行動が一瞬でも意識のスキを突くことができていなければ、やはり捕らえることは出来ないだろう。

 しかも相手は只人ではない存在だ。宇佐美の肉体という枷がかかっていようとも、それでも絶対的な実力差がある女神。それを前にして、完璧程度では許されぬほどのタイミングで連携を取るなど、言葉通りの意味で神業だ。そんなもん、付き合いの浅い俺達では圧倒的に不可能だった。



 だが、それでも誰か一人の合図に全てを賭けることは出来る。事前に決めていたたった一つの合図だけに集中し、そこに自分の最速を行うだけならば……。それなら、俺達にだって充分以上に可能だ。


 そしてその、失敗を許されないタイムキーパーを十全にこなすことの出来る人物、それこそが百合沢だ。彼女にのみ可能な、動き出す前から成功す(・・・・・・・・・・)ることが決定している(・・・・・・・・・・)タイミングでの合図。この場に現れたその瞬間より、ずっとずっと目を見開いて探し続けていた、確実な成功に繋がる瞬間に呼号する。


 それは、皮肉にも女神によって与えられた技能が可能とする号令だった。つい先日、女神自身が格下だと罵った、『未来視』のスキルこそが為しえる神業だったのだ。



 そして少女の見た未来は、確かな現実となる。




「グッ……。ざっけんな……」


 一瞬の数十分の一程度の虚を突かれた女神は、周囲に展開した魔法に動きを規制され、時間停止を行ってもなお、その場に居続けることを余儀なくされていた。そしてそこに、一本の矢となった和泉が飛び込む。


 残像すら残さぬほどのスピードで駆け寄った和泉が、少女の身体を真正面から抱きしめた。両腕の外側から廻された両手は、まるで壊れ物を扱うかのように、ゆったりと宇佐美を捕らえている。だがそれでも、常人の数倍以上の膂力でもって、彼女の動きを封じていた。



「クソがぁぁあッッ!!」


 往生際の悪い女神は、なおも逃れようともがき足掻く。わずかに動く手足を駆使し、更にはそれまで溜めていた魔力を放出してまで、己を捕らえ続ける和泉に攻撃を加えた。

 だが、そんな町ひとつを吹き飛ばしてなお、お釣りが来るほどのエネルギーすら、『完全防御』のスキルをもつ和泉にはかすり傷一つ与えることができなかった。女神の魔法を、その発動すら完全に阻害しているようだ。

 正直コイツは予想外の効果だが、嬉しい誤算と言えるだろう。



「あれ? これってもし失敗しちゃってても、和泉君を盾にしときゃ街の人は無事だったですかねぇ?」


「……悪魔かオマエ」


 旧世界の神々すら口に出す事を恐れるほど冒涜的で忌まわしき発言を平然とやってのけたコイツを背に、俺達も舞台に登る。ここまで来れば必要の無くなった魔法の網を解除し、急ぎ和泉たちのもとへと駆け寄った。



 そして、未だ和泉の腕の中で足掻き続ける女神の背後に立ち、


「ようやく掴まえたぞ。クソ女神ィ……」


 気が遠くなるほどの時間追い求めた、届くはずの無かったその肩に。俺は手を置いた。

いつもニコニコ、アナタの隣に

はびこる安穏、絹川さん


明日、決着がつきます。



ご意見、ご感想。いつもありがとうございます、

評価、ブックマークについてよくよく考えれば、

三●志にせよ水●伝にせよ、

結局は地回り893の抗争にすぎないんじゃないかと思います。

徳、とは結局なんだったのか、

玄徳さんに教えてもらいたくなりますねぇ。



○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://ncode.syosetu.com/n4912dj/

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