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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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06  『その幸運を噛み締めて』

 俺達が宇佐美を追い詰めた時、やつが口に出してしまっては非常に迷惑な台詞が存在した。それは即ち「女神に遣わされた勇者の名のもとに、私の言うとおりにしろ」という類のものだ。

 このカードを切られてしまうと、どんな困難からも神様が守ってくださるに違いないという、ある種の思考停止が発生していた恐れがある。そうなってしまえば、俺がどれだけ将来への不安を煽っても意味は無く、少なからず存在したアルスラ教の信徒達は、こぞって宇佐美の提案する無謀極まりない農地改革に突き進んでしまっていたことだろう。いつの時代も、宗教的発言者は一流の扇動者となりうるのだ。


 まぁもし宇佐美がその手の発言をしたとしても、どうにか誤魔化しきるだけの心積もりはしていたが、それでも、あの場でのナザン領民達への説得が、面倒くささのランクを三つばかり上げられてしまっていたであろう事に変わりはない。実のところ、あの段階で宇佐美が暴走をしてくれて一番有り難かったのは、ほかならぬ俺だったのだ。代償の大怪我は痛かったがね。




「先ほど王女殿下は、宇佐見殿が別の場所で活動を始めたとしても、上手くいくことは無いだろうと予想されましたな。確かに現状では、ナザン地方での失敗が影響し、どこの領地でも相手にされることはないでしょう。

 ですが、もしも宇佐見殿が行く先々の領地で、女神の意志を盾に恭順を迫ればその限りではありせん」


「ふむ……。じゃがな、いくら宇佐見殿が女神アルスラエルに遣わされた勇者であっても、そしてこの国におけるアルスラ教の影響力がそれなりに高い水準であったとしても、先行きのわからぬ政策に無条件で従う人間などそうそうおらんのではないか? 我が民は、そこまで愚かな者ばかりではあるまい」


「ま、普通に考えりゃあそうですよねぇ。この世界の人たちだって頑張って日々暮らしてるんだし、ちょろっと目新しい事だからって『さっすが~』を繰り返す、ご都合主義な思考停止民族なわきゃないですもん」


 ため息混じりに絹川が洩らす。まったく、相変わらずわかったような口を利くものだ。

 逆に和泉と百合沢は、少しだけバツの悪そうな苦笑いを浮かべている。コイツ等にとっては、多少耳の痛い話なのかも知れん。実際それと近い考えを抱いてしまっていたからこそ、やらかしてしまったアレコレがあるのだろうから。



 だが、事はそう安心できるものではない。もう一歩、最後の一歩まで踏み込んでもらわねばならぬ。


「……我がマゼランの民が、人並みに物事を考える力を持っているということは、確かに喜ぶべきことでございましょう。ですがメリッサ王女。そこに胡坐をかいていられるほど、楽観できるものではございません。

 言いましたでしょう? 今回の黒幕は、あくまでも宗教にあると」


「そう、か……。神の威光を受ける者が王だけでないように、宗教の側が手を差し伸べる先も、妾に限った話ではない、ということか」


「左様にございます」


「宇佐見殿が自身の発言力を強める為、アルスラ教に擦り寄る可能性がある。そしてかの教団も、教団の勢力を伸ばす為に、勇者の名声を利用しようと考えるんじゃな?

 己が野望のために、妾を利用しようと図った者たち。それが上手くいかぬとあらば、今度は宇佐見殿と手を組み、この国の舵を取らんとする者たち。それが今回の黒幕。国教アルスラ教団の者共なのじゃな!」


 ある種の感慨を込め、俺は大きく頷いた。メリッサ王女も、そして三人の異世界人たちも、それぞれ目に新しい光を浮かべているように思える。

 ここに来て、やっとこの場に居る全員の意思が纏まったのだ。それぞれの掲げるそれぞれの目的、そこに立ち塞がるモノの正体を、皆がその目で見つめることができたのである。



 ここまでの話。もしその進め方を一つでも間違っていれば、きっとこの場に居る誰かは敵に回っていたことだろう。

 もしも今、自分が利用されていたことを納得させていなければ、王女はこちらについてくれなかった。善意から世界を改変することの恐ろしさを理解させることができなければ、百合沢は敵として立ち塞がっていただろう。彼が護りたいモノをわかってやることが出来ていなければ、和泉は宇佐美と共に姿を消していたかもしれない。そして、コイツが最初に、俺に同調してくれていなかったら……。


 迂遠とも思えるいくつかのやり取りがあり、その一つひとつを潜り抜け、やっと今、この世界を改変しようとする者に対抗するだけの力を手に入れることが出来たのだ。



 正直に思う。あの日、勇者達と初めて向き合うことを決めた夜、あの時の俺は運が良かった。最初に話しかける相手をてきとうに選んだ時の俺は、本当にツイていた。

 どこからどう見てもしまりの無いアホづら引っさげているコイツ。今だって周りの連中が真剣な表情だから、釣られて真面目な顔してるだけに間違いないコイツを横目で見ながら、俺は改めてそう思った。




「さて、皆様。そんじゃま、今の状況をおさらいしときましょうか」


「そりゃかまわねぇけどさ、なんでオマエが仕切ってんだよ!」


 口を尖らせる和泉を他所に、絹川は俺達全員をぐるりと見渡す。何故だがテーブルの一片に陣取り、右手に勇者和泉、百合沢、それに王女メリッサ。そして左手に俺を見据えて、身振りも大げさに絹川は口を開く。


「だまらっしゃい、和泉君。私は一度で良いから、こういう時の進行をやってみたかったんですヨ! なんか格好良いじゃないですか、司令官みたいで!」


「つまり、特に理由は無いんですのね。……ハァ。まぁ良いです、絹川さん、お願いしますわ」


「よろしおす! それじゃいきますよぉ……


 一つ。王女サマはこの国の宗教支配を目論んでいたアルスラ教団に唆されて、本来の王サマから離れた行動をさせられてた。

 二つ。私たち勇者を召喚したのも、元はと言えばその洗脳工作の結果だった。

 三つ。でも私たちが碌な成果を挙げられなかったから、王女サマは失脚しかかってる。

 四つ。つまり、アルスラ教団の目論みは、今のところ上手くいってない。

 五つ。これは予想だけど、多分そろそろ王女サマ。アルスラ教団から切り捨てられちゃうんじゃない?

 六つ。一方宇佐美さんは、改革のために自分の発言力を強めたい。

 七つ。それには女神の勇者としてアピールするのが手っ取り早い

 八つ。だったらアルスラ教をバックにつけるのが都合良い。

 九つ。アルスラ教も、王女サマに換わる権力者を必要としてるはずだから、きっと宇佐美さんと手を結ぶ。

 十。メデタくWinWin。


 ……以上、切り良く十項目で纏めた、良くわかる小友理ちゃんレポートでしたっ!!」


「最後の一つは蛇足だろうが。まぁ、概ねそんな感じなのは間違いないから文句は無いが……」


「わ、妾はわかりやすかったと思うぞ? ……それにしても、そなた等はかまわんのか? 宇佐見殿を向こうに回す事になってしまうが」


「かまいませんわ、メリッサ王女。というより、私たちも梓ちゃんを止めたいんです。少なくとも今は、私たちがこちらで改革を行うことが、この世界にとって良い事だとは思えません。梓ちゃんも、きっとわかっているはずなんです。ですが――」


「まぁ、細かい説明は不要でしょう。勇者殿たちにも彼らなりの事情があり、宇佐見殿を止めたいと考えている。今は、それだけで充分です」


 そ知らぬ顔で百合沢の話に割り込んだ。多少不自然に映ったとしても、この場で宇佐美が洗脳されている可能性まで言及するべきじゃない。いずれあのクソ女神には失脚してもらうつもりだが、それにも順序と手続きが必要だ。

 現時点でこの国の王女が、女神アルスラエルに不信感を抱いてしまうのは、いささか都合が宜しくない。



「まぁ、オレ達ゃ梓がこっちに戻ってくるならそれで良いのさ。妙な連中の策略に巻き込まれてるんなら、ぶん殴ってでも引きずり戻す。それが出来るんなら、オレはいくらだってオッサンに手を貸すぜ?」


「よく言った、和泉殿。今回は君の力を必要とする場面もある。充分に働いてもらうぞ」


「押忍なカンジで盛り上がってるトコ悪いんですけど……。ハインツさん、実際これからどう動くんです?」


「ナニ言ってんだ絹川。ンなもん、そのナントカ教団ってヤツラを片っ端からぶちのめせば良いだけだろ? なぁ、オッサン」


 自信満々な和泉に、俺は慌てて首を振る。そんな考えに同意求めてくるんじゃねぇ、短絡的にもホドがあるだろうが。



「あのね……? そんなやり方で片がつくなら、私たちはこれまで苦労してねーんですよっ! 馬鹿ですか。いえ、馬鹿なんでしたね」


「ひ、宏彰君は馬鹿ではありませんわ! ただ、その……ちょっと方向性が残念なだけです」


「庇いたいのか、トドメ刺したいのかどっちなんだね……。まぁ、和泉君の意見が言語道断なのは良いとして、確かに正面からアルスラ教団を潰しにかかる訳にはいかん」


 いくらあのド腐れ女神の息がかかっていようと、アルスラ教団がこの世界で発生した宗教であることに間違いはない。であれば、そこに存在する信仰もこの世界の中で自然に発生したものの一つ。俺達のような異世界に属する人間の意志で、好き勝手に消滅させて良いものではない。

 現に、一般に信仰している人々にとっては、他の雑多な宗教と同じく、日々の生活を健やかに過ごす為に祈りをささげる対象なのだ。いくら一部上層部の暴走がはなはだしいとは言え、そんな普通の信徒達の心の拠りどころを潰してしまうのは、俺達のスタンスからいって正しくは無い。


 正直なところ、状況だけなら、先の農地改革のそれよりも更に悪いと言えるのだ。これまでのように、この世界に無かったものを生み出そうとしているのではなく、既に存在している教団を利用されてしまう以上、俺一人であれば手の出しようが無かった。



 だが、今の俺は一人ではない。この国の民にそれなりの発言力を持つ、王女メリッサが居る。更に和泉や百合沢たち勇者が居る。ついでに絹川もそこに居る。

 だからこそ、俺達には俺達のやり方がある。




「ハインツ卿。そなたには腹案があるのじゃろう? 既にここまでの醜態を晒した妾じゃ。大抵のことであれば協力すると誓おう。妾たちは、何をすれば良いのじゃ」


「それほど大したことをする必要はありませんよ、メリッサ王女。

 貴女はただ、本来の道に立ち返りさえすれば良い。そして我々は、そんな貴女と行動を同じくするだけで良いのです」


 さぁ、アルスラ教団の上層部、勇者宇佐美。そして彼女を操っているクサレ女神。

 お前等の企み、全部纏めて水泡に帰させてやろうじゃないか。

以上、ながい長い前フリでした。

展開遅くて申し訳ございません。




ご意見、ご感想ありがとうございます。

評価、ブックマークもありがたく頂戴させて頂いております。



○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://ncode.syosetu.com/n4912dj/

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