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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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05  『着々と外堀は埋まりゆく』

「宗教……じゃと?」


 演出過剰な俺の台詞に眉をしかめた王女が洩らす。自分でも良く覚えていないが、いつの間にか席を立って話していた俺は、メリッサの言葉にゆっくりと頷きを返した。

 ふと見ると、テーブルの向こうでは和泉が百合沢になにやら質問している。「な、なぁ。さっきの君主がどうのってヤツ、もっぺん説明してくんねぇ?」……あれは放っておこう。




「そう。宗教ですよ、メリッサ王女。貴女の考えを誘導し、この国の王権を復興させようとしていたのは、一部の宗教家達の企みだったのです」


 咳払いをして椅子に座りなおした俺は、改めて口にする。



「以前、勇者殿たちには話しましたが、宗教家の命題とは信徒を増やすことに他なりません。つまり、如何に自分達の掲げる神が、世間に対し影響力を強めるかということです。まぁ、何故そうなのかという解説は省かせて頂きますが、それでもぼんやりとは納得いただけますでしょう?」


「……そう、じゃな。まぁ、一般の信徒達は神に祈りをささげることを至上としておるようじゃが、組織の上にいけば行くほど、権力を欲する者が増えるのはわからんでもない。その為の、政治工作に奔走する者がおるのもわかっているつもりじゃ」


「まぁったく……。生臭坊主ってのはどこの世界にも居るもんですねぇ。そういう人たちって、神サマの存在を自分の出世道具くらいにしか思ってないんじゃないです? どうせなら、札束にでもお祈り捧げとけってお話ですよねぇ」


 納得したように辛らつな意見を出してくる絹川だが、「だいたいアイツ等、そろいも揃って酒癖わりーんですモン」なにか嫌な思い出でもあるのだろうか? だが詳しく聞いてやるつもりは、あいにく俺にはまったく無い。おおかた、以前ちょろっとだけ聞いた実家の飲食店がらみのナニカなんだろう。アルコールも提供してるって話だしな。


 とはいえ、そういう宗教的背信者ばかりが権力を求めるというのはちょっと違う。むしろ一番タチが悪いのは、純粋に自分の宗派の発展を願って行動した結果、権力を求めるに至ったヤツラなのだ。




「絹川。お前の持ってるイメージだが、少し偏見が混ざりすぎだ。

 今言ったとおり、ありとあらゆる宗教の究極的な目的は、自分達の信じる教えをより多くの者に広めていくことに他ならん。まぁ中には、衆生への救いを目的に入れず、自分達が宗教的到達点に至ることを主眼にしたものもあるが、それとて新たな信徒を歓迎せず、教えが途絶えてしまうことを良しとはせんからな。

 である以上、より効率的に自分達の教義を広めようとすれば、社会に対する強い影響力を求めるようになるのも自然な流れなんだよ」


「うみ……。真面目に沢山の人を自分達の神サマの教えで救おうと思ったら、それだけ沢山の人に自分とこの宗派に入ってもらいたい。そんでも、地道にコツコツ辻説法とかじゃ埒が明かないから、ドカンと一発国教になることを狙う。……こんな感じです?」


「その通りだ。……お分かりになりましたか、メリッサ王女。ヤツラの狙いが」


「ふむ。じゃがな、ハインツ卿。この国には、国教と定められたアルスラ教があるではないか。おぬしの話から察するに、今回の黒幕はアルスラ教団じゃと言いたいのじゃろうが、既にこの国随一の影響力を持った宗派であるあの教団が、これ以上何を求めると言うのじゃ?」


「仰るとおり、アルスラ教はここマゼラン王国の国教です。ですが王女殿下、それは全ての国民にアルスラ教の信徒となることを強いるものではありません。アルスラ教はこの国随一の宗派ではありますが、唯一の宗教ではない。つまり、彼らの狙いはそれなのですよ」


「アルスラ教以外の全ての宗教を排斥しろと言うのか? バカを申すな。そのようなマネ、どこの誰が受け入れる。いったいどれだけの権力があれば、そのような弾圧が可能になると……。ッ、じゃからか!?」


「そう。だからこそ、彼らは専制君主を求めるんですよ。そしてその王を、宗教的に教化(きょうか)することを望んでいるのです」


 絶対不可侵の王が、とある宗教に傾倒する。それはつまり、その国自体の意志が一つの宗派を祭り上げるという事だ。全ての国民は王の庇護の下に生かされるという考えにある専制政治下では、その王が称える神の名は、自動的に全国民が崇めるべき神になる。

 そうなれば、共和政下ならば国教との共存もありえた他の宗教は、そのことごとくがいずれ排斥されるか、さもなくば併呑される道を選ぶしかなくなってしまう。めでたく、国民全員が単一宗教の門徒となる訳だ。




「でもそれって、王サマの方には何か得があるんです? 一番好き勝手できる立場になったのに、宗教の戒律とかで縛られたんじゃ、王サマだって面白くないでしょうに」


「それはちょっと短絡的ね、絹川さん。宗教と手を結ぶのは、権力者の側にも充分すぎるほどのメリットがあるものよ?」


 口を開きかけた俺をさえぎるように、百合沢が口を挟んでくる。いつの間にかはわからんが、和泉への補講は終わったんだろう。王制度の違いについて聞いていた和泉が、テーブルの隅で指を折りながらブツブツ唱えている。……終わった、んだよな?



「いくら専制君主の王様だって、王位についただけで強い権力を持てるわけじゃないわ。王様だって自分の権力を保障する必要があるもの。そしてその為の根拠になるのが、血筋や武力だったりするの。

 でもそんなものより、もっともっと強い根拠を与えるのが『王は神によって選ばれその恩寵を受ける』という考え。いわゆる、神寵帝理念(しんちょうていりねん)なのよ」


「そしてその時、王に権力を貸与する神の影響力が強ければ強いほど、王の地盤は揺るぎないものになる。例えどんなに悪辣で極悪非道の圧政を強いたとしても、全国民が信じている神が選んだ王の政治と言うことなら、ただそれだけで受け入れてしまえるくらいにな」



「……んと。宗教が影響力を伸ばせば伸ばすほど、王様はやりたい放題できる。んで、王様が強くなればなるほど、その王様が信じてる宗教は、国の中で一番の宗教になるってことですかぁ。……うへぇ。そりゃ確かに混ぜるな危険ですねぇ。タカ&ユージより、よっぽどあぶない二人組みじゃないですか」


 ご納得いただいたようで満足ではあるが、比較対象が昭和すぎるだろ流石にっ! って、リバイバルされてたりもするから、若いヤツラでも知ってておかしくは無いのか? ……いや、やっぱり絹川がおかしいだけだろう。百合沢の方を見ろ、きょとんとした顔してやがる。



 まぁ戯言は置いておくとして、宗教と絶対王者の組み合わせが碌な結果をもたらさないことは、それこそ火を見るよりも明らかだ。あちらの世界の歴史を見てみても、思わず目を覆いたくなるような事件は枚挙に暇が無い。


 権力者にとって宗教的正当性を手に入れるということは、国内の統制だけでなく、外交圧力の根拠に利用したり、侵略戦争の口実に使ったりと良い事尽くめの超兵器だ。宗教の側からしても、政治的権力をバックにつけた宗派が他宗派の物理的弾圧に乗り出す例なんて、探すまでもなくゴロゴロ転がっている。

 はっきり言って、歴史上もっとも多く戦争を引き起こした概念は、貧困でも人種差別でも支配欲でもなく、世界各地の宗教だと言っても過言ではないくらいだ。




「妾は……、そんな恐ろしい存在に据えられようとしておったのか……」


「もちろん、今申し上げた未来はあくまでも最悪の予想に他なりません。ですが、いずれそうなる可能性の芽を植えつけられようとしていたことに、間違いはございませんでしょうな」


 わなわなと両肩を抱きながら震えるメリッサに、俺は出来るだけの客観性をもって言い含める。良い感じに危機感を煽ってはきたが、ここで萎縮されてしまう訳にも行かないのだ。


 俺達はここから、反撃に出ねばならないんだからな。



「さて、王女殿下。私がこの場に、勇者の三名を引き連れて参上しましたのは、何も貴女の誤りを指摘するのが目的ではありません。現在の彼ら三人が一番に関心を寄せていること。そして、この王都に近く現れるであろう人物の話をしに来たのですよ」


「あっ! そうだよハインツのオッサン。確かにメリッサが大変だったってのは無視できねぇけど、それより今は梓の事だ。そっちの話しなきゃダメじゃねぇか」


 ……チッ、もう復活してきやがったか。コイツが口を挟んでくるとめんどくさくなる気がするから、ややこしい話を先に出して脳みそぱーんになっててもらおうとしてたのに。

 若干黒いものが胸中を掠めるが、まぁここは良い話の転換になったと受け入れておこう。俺は大人だからな。



「案ずるな、和泉殿。宇佐見殿の件を後回しにした訳ではない、むしろ今までの話は、彼女の動向に深く関わってくるのだよ。

 メリッサ王女。先にご報告申し上げたとおり、勇者宇佐美の農地改革は失敗に終わりました。ですがあの段階においても、宇佐見殿が計画を完遂する手段は残っておったのです」


「それは……どういうことじゃ。あの者は、現地の平民はおろか、あの地の領主にまで協力を拒否されたのじゃろう?」


「仰るとおり。確かに、私たちが状況を説明した結果、将来的な不安を感じたナザン領の者たちは改革を受け入れませんでした。ですが、今までの話を思い出していただきたい。それでも彼女が協力を強いる方法は、一つだけあったのですよ」


「今までの話……?」


「協力を強いる方法じゃと……? 強い、る。……あっ!」



 メリッサと和泉から、同時に声があがる。宜しい、とく正解を導けたようだな、花丸をやろう。……ここに来る馬車の中で、既に和泉には教えていた話だってコトにも目をつぶってやろう。



「そうです。神の名のもとに権力を行使できるのは、なにも王に限る話ではない。むしろ勇者こそが、神の名を借りて天下に号令を下す、正当な存在と言えるでしょう。

 ……何せ彼らは、女神によって遣わされた存在なのですから」

ご意見、ご感想いただき、ありがとうございます。

ちなみにハインツ氏は多種多様な方言に近い言葉遣いをいたしますが、

それは生前の彼が、幼少の頃から転地を繰り返していたからであります。

方言って、混ざりますよねぇ。


評価、ブックマークにとって大切なのは、

定期的に水分を採ることより、

むしろ塩分を摂取することなのだそうです。

今日も暑い日が続いておりますので、

皆様くれぐれもご自愛くださいませ。



○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://ncode.syosetu.com/n4912dj/

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