03 『過剰な演出も時として』
「あ、あの……ハインツ卿? さすがに何がなんだかわからんのじゃが」
その後しばらく絹川と遣り合っていると、おずおずとばかりに手を挙げたメリッサに水を差された。気がつけばさっきまでテーブルのこちら側に座っていたはずの和泉と百合沢も、いつの間にやら王女の隣に移動している。
「……っと。これは失礼。殿下の御前で見苦しい真似をしてしまいましたな」
「いやいや、今更どうやったって取り繕えるものじゃないと思うんじゃが。……それより、妾の勘違いとはいったい?」
何をそこまでおびえているのかわからんが、及び腰になった王女が、こちらの顔色を窺うように尋ねてくる。冷静に考えれば先ほどのやり取りは、いくらこの場に居るのが俺達だけだとしても、王女に対しての態度ではなかった様な気がしないでもない。
いやはや、一時のテンションに身を任せてしまうとは、俺も修行が足りん。
「……まぁ、ちょっと言葉が過剰であったやもしれませんが。メリッサ王女、貴女が根底から勘違いされていることが確実にあるのですよ」
俺は突きつけるように指を立て、王女とその隣の勇者達に向かって言い放った。
「良いですか、メリッサ様。この国は確かに王制です。ですがそれは専制的絶対君主のソレではなく、むしろ共和制下の象徴的立憲君主とでも言うべき王制度なのですよ。……まったく、どうしてここを勘違いされているのか」
「あの、ハインツのオッサン。もうちょっとわかりやすく言ってもらえねぇかな? ナントカ君主とか言われても、オレには違いが、ちょっと……」
「ふむ……君にわかるように言えば、この国の王は、言わば実権のない象徴だ。
全国民の上に位置されていても、実際の政治を動かす権利は議会にこそある。確かに王の意志は尊重されるが、あくまでも国の象徴の意見として参考にされるだけ。そこには何一つとして強制力が無いのだよ」
「分かりやすーく身近な例で言うと、この国の王様って、元の世界で言う天皇サマとか女王陛下みたいなカンジなんですねぇ。敬愛の対象ではあるけど、あの人たちが直接、国民に向かって号令出すことって無いでしょ?」
俺の説明を更に噛み砕いて絹川が口を開く。当の和泉はポカンとしたアホ顔を浮かべているが、即座に百合沢からの質問が返ってきた。
「それではハインツさん! その……先ほど王女殿下が仰っていた、王を選ぶ基準である『王に選ばれる為には、誰よりも国を思う姿を見せるべき』というのも……」
「過去の基準で言えば、一番代表的なのは奉仕活動だな。現に先代の王なんかは、皇太子時代に三日と開けずに孤児院を慰問に行っていたぞ。他にも、王都の美化活動に専念した方もいらっしゃるらしい」
「なんじゃと? では、妾が行っていたことは……」
「思いっきり焦点がずれていたとしか言いようがありませんな。貴女もこう言われた事はありませんでしたか? 『王を目指すのであれば、他にもっとやるべきことがあるのではないか』……と」
「た、確かにそう言ってくる者もおった……。じゃが……」
「そもそも、貴女だって数年前まではやっておられたではありませんか。……孤児院の慰問も、美化活動も。まさにアレこそが、この国の王として最も重視すべき活動でしたのに」
「おろろ……、実は王女サマもやってたでしたか。なぁんで止めちゃったんです?」
「それは……だって、そんな子どもでもできる様な活動、いつまでも続けているわけには――」
「何を仰いますか。貴女の御父上であらせられる現国王も、今だ月に一度は清掃活動の指揮をとってらっしゃいますぞ?」
俺の追及に、でもでもだってを繰り返しているメリッサ。その様子を見ていた絹川は「あ、ティンときた!」ナニカに気がついたようである。だが、それは口に出してやるなよ? かわいそう過ぎるからな。
十中十くらいの確率で言えることだが、この王女が地味な活動をやらなくなったのは、もっと大きなナニカをやりたくなっただけに違いないだろう。王と言う存在そのものを誤解して、意識高い系の国家貢献事業に手を出そうとしたのだ。大方、そういうド派手な事業こそ次期国王たる自分に相応しい功績なのだッ……くらいは思っていたに決まっとる。
「なんでしょうねぇ……。こういうのも、中二病って言うんでしょうか」
いんや、どっちかと言えば高二病の範疇だろうよ。でっかい絆創膏が必要なアレだ。
悲劇のヒロインの立場から、一気にイタいヤツ扱いにまで叩き落された王女は、半開きにした口から魂が抜けているかのような、まさに呆然とした表情を浮かべて座り込む。両隣に座る勇者達も、先ほどとはまったく違う意味で、居たたまれない様子である。
「えーっと、ハインツさん? どうすんです、コレ」
「数年来の恥を叩きつけられたんだからな。さもありなん、と言うヤツだ。……まぁ、そこまで打たれ弱いヤツでもない。しばらくそっとしといてやれ」
そっと視線を外すと、絹川は黙って両手を合わせている。なんともまぁ、哀れな事だ。
さて、メリッサが阿呆だったことに変わりはないが、それで一件落着とするわけにはいかない。というか、そこで終わらせられるほど安易な問題ではないのだ。
しばらく時間を置き、王女の脳内に充分反省が回ったころを見計らい、俺は本題に切り込んだ。
「――メリッサ王女。正直に申し上げて、私は貴女を未熟だと思っている。だがそれでも、救いがたい存在とまでは考えていないのですよ。
貴女は確かにこの国の根本を思い違いし、その結果どうしようもない醜態を晒した。けれど、未だ王位を継いだわけでもない若年の貴女に、全ての責任があるとも思わんのです」
「妾がまだ十代じゃから見逃すと? ……どうせ妾は、物事の本質もわからぬ小娘じゃしな」
「そう拗ねないでください。……確かに貴女はまだお若い、若さゆえの失敗も致し方無しと甘くみられる場合もございましょう。ですが問題とされるのは、王女殿下、貴女がどうして先ほどのような勘違いをしてしまったのかという、原因の方にあるのです。
王が道を見誤る時、そこには概ね佞臣の影が付きまといます。甘言を退けてこそ真の王だという意見もございますが、若年者にそこまで求めるのは酷というものでございましょう?」
「つまりはお主……。妾に間違いを犯すよう仕向けたものが居る、そう言いたいのか?」
カッと目を見開いたメリッサに対し、俺はゆっくりと首を縦に振る。
正直なところ、俺は勇者召喚の一件が起こるまで、この王女の動向をそこまで重視していなかった。
歴代の王候補と同じく、真面目に慰問や視察に精を出していると思っていたら、いつの間にか議会の場で、現実的でない改革案を口にするようになった。それくらいの認識だったのだ。
俺が直接知りうるこの国の王は、現国王陛下ただ一人。だが王候補にも色んなヤツがいる以上、時としてピントの外れた熱血漢が出てくるものだ。王候補の歴史を紐解けば、同じように素っ頓狂な政策を打ち上げようとする阿呆が少なからず居たし、その誰もが、しばらくすれば現実を知って大人しくなったという。その為メリッサもそういう若者の暴走だと判断し、数年放っておけばマトモになるだろうとタカを括っていたのである。
だが、事ここに至りメリッサ当人の話を聞いてみると、この国の王候補として教育を受けている者として、明らかに不可解な間違いを犯していることがわかった。
王女の抱いていた理想的な王の姿は、現在の政治形態からあまりにもかけ離れている。英雄王の物語にでも感化されまくって、小春日和な幻想を抱いているという可能性も無くはないが。……やはり、誰かに誘導された結果と考えるのが自然だろう。
そのうえ俺には、そういう企みをしそうなヤツに心当たりが有りまくる。
「メリッサ王女、改めてお聞きしたい。貴女は、現マゼラン王国の政治形態を知り、その上で先ほど仰ったような王の姿を目指すと仰るか? 現在の議会主導の共和制ではなく、百年以上前に断たれたはずの、神聖不可侵な王の下に統べられる専制国家へと立ち返るおつもりなのだろうか?」
「そんなつもりはっ! ……いや、そうじゃな。確かにそなたの言うとおり、妾が暗に目指していた王になりえたとすれば、それは絶対王権の復興となっておったじゃろう。たとえ妾自身にそのつもりがなくとも、神聖皇帝への道を歩もうとしていたことに変わり無いのじゃな……」
「ではやはり、そのご自覚はありませなんだか」
「もちろん、無かった。まぁ、今となってはその道を歩むことも出来ぬのじゃが、それでも妾としては、自分が絶対君主になるつもりなど無かったのじゃ……」
「はい、はいっ! ちょっと横入りしちゃいますけど……。とにかく王女サマには、絶対不可侵の王様になんか成るつもりは無くって、やっぱり誰かがリモコンしてたってコトで良いんですよね?」
微妙に重くなりかけた空気をまぜっかえすように、俺の隣から手があがる。軽く頷いて先を促すと、言いようの無い困り顔で絹川は続ける。
……さてと、ここからが本番だ。
「その通り。いずれかの人物がメリッサ王女がわずかに抱いていた英雄志向に付け込み、そこに水をまいた。その上で誤った国王像を刷り込み、自分にとって都合の良い王を目指すよう仕向けたんだろう」
「んでその人……ヒトって言って良いのかわかんねーですけど、とにかくその相手は、結果としてこの国のあり方までもを変えようと目論んでた。そこまではもう、ほぼ確定ですよね。
で、肝心なその相手なんですけど……。ハインツさん、やっぱり例の名を秘すあのお方が黒幕ってコトになっちゃうんでしょうかねぇ?」
「名を秘す……? 絹川殿、誰のことを言っておるのじゃ?」
王女の疑問に言葉を濁す絹川が思い浮かべているのは、女神アルスラエルに違いなかろう。そしてコイツが、この場ではっきりさせようとしないのも当然だ。
王女が女神に操られていたとすれば、その支配がどの程度のものであるのかわからないし、それでなくとも勇者を遣わせた存在に、少なからず崇拝の念を抱いているのは間違いない。そんな王女に向かって、軽々しく女神批判をするわけにはいかないという判断。それ自体は間違ってない。
むしろ、良く自重したものである。
……だが、その心配は杞憂というものだ。
「違うぞ、絹川。少なくとも今回メリッサ王女を誘導していたのは、紛れも無くこの世界の人間だ」
「ぅえっ、そうなんです? 私ゃてっきり……」
「まぁソイツが完全に無関係だとは思わんがな……それでも居るんだ。
この国の共和制が終わることを望んでいる人間。古来より、専制君主と強烈なまでに相性の良い……ひとたび手を組めば、そら恐ろしいまでの専横が可能になる連中が存在するんだよ」
「だ、誰なんです! そのトイレ洗剤とカビ取り剤みたいなのはッ!?」
混ぜるな危険の代名詞を例に挙げ、喰い気味ってレベルじゃ無いほどオーバーリアクションな絹川。ホンとにコイツ、ノリノリである。
そして数瞬だけ視線を外し、キッと擬音をつけて向き直った俺。
多分、次の瞬間はバックに集中線が入る。
「決まってるだろうが。……宗教屋だよ!」
絹・和・百「な……、なんだってーー!!」(見返り&大ゴマ集中線)
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本作品といたしましては、
シリアス様の今後ますますのご発展とご活躍を
心よりお祈り申し上げさせていただきます。
○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
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