02 『先ずは脚本の変更を』
「……戻っておったのか」
「先ほど戻ったばかりにございます。王女殿下にあらせられましては――」
「良い。今さらそのように取り繕う必要も無かろう。……で、どうじゃったのじゃ?」
「……勇者宇佐美の計画していた農業改革ですが、現地の農家から理解を得ることかなわず、一時は協力を取り付けていたナザン領主も手を引く結果となりました」
「……それで?」
「端的に申し上げて、少なくとも同じ場所で計画を進めることは困難かと」
「なるほどな。つまり、あの者は失敗した。そういうことじゃな?」
「でしょうな。現状、勇者宇佐美が計画を遂行することは不可能と判断しても宜しいでしょう」
「もし、宇佐見殿が別の地域で同じように動いたとしても、ナザン領の話が耳に入ればどの領主も二の足を踏むのは間違いない。何故ならばお主がそのように取り計らうから。……そうじゃろう? ハインツ卿」
瞼を下ろしたまま問いかけてくる王女に対し、俺は言葉を返さない。ただ唇の端を上げ、少しだけ首をかしげた。
王都についた俺達は、すぐに王女メリッサを訊ねた。
日帰りでこの町とナザン領を行き来していた俺はいざ知らず、他の三人にとっては数日振りの王城である。とはいえこれくらいの強行軍は勘弁してもらいたい、どのみちのんびりと時間を潰す精神状態でもないだろうからな。
出迎えに現れた部下達に荷物を託し、そのままの足で王女の居室へと向かった。
日頃から何かと確執のある俺が王女を訊ねるだけでも、口さがない者たちの噂になってしまいそうなものだが、今回は更に、勇者三人を引き連れての来訪である。明日にはどんな荒唐無稽な尾ひれがついているか……。いやはや、なんとも背筋が冷たくなるものだ。
先触れを無視して王女の部屋に入ると、待ち構えていたかのような王女がそこに居た。
日頃からダメな子扱いが甚だしいメリッサだが、それでも曲がりなりにも王族ではある。俺ほどではないにせよ、自分なりの情報網は確立させているはずだ。そこから何らかの情報を得ていたが故の、この反応なのだろう。
報告を受け入れたメリッサは、そのままメイドたちに指示を出し、部屋の中央にあるテーブルへと席を勧めてきた。俺の後ろに控えるように立っていた勇者たち三人が、日頃のフランクさはどこへやったとばかりに、堅い面持ちで用意された席へ着く。
聞くまでも無く高級品だとわかる、芳醇な香りのお茶が音も無く運ばれてきた後、この城一番に装飾の凝ったこの部屋にはいささか不釣合いな程の沈黙が続いている。さっと気配を探ってみると、この部屋の中はおろか、普段ならば数人のメイドが控えているはずの隣室にまで人払いがされていた。
否が応にも、緊張が高まる。
「それで? ハインツ卿。お主は何をしに妾のもとに参ったのじゃ。勝ち馬を見誤った、愚かな小娘をからかいにでも来たか?」
「そのようなつもりは毛頭ございませんよ、メリッサ王女。……先ずは、先ほどの報告。そして、これからのことを相談させて頂きに参上したのです」
「これから、のぅ……。果たして妾に、どんな先があるというのじゃ。これまで碌な実績を立てることも出来ず、最後の賭けにと手を貸した宇佐見殿の計画も、見通しの甘さから失敗に終わった。
結局のところ妾が為したのは、異世界の勇者を無計画に召喚し、国内外を混乱にせしめたことと、何も知らぬ勇者殿達に便宜を図る為、国庫の一部を浪費したという結果だけじゃ」
「そんな言い方するなよメリッサ。オマエだって、少しでもこの国の人たちが良くなるようにって思ってたんだろ?」
「良いのじゃ、ヒロ殿。政治の世界では、全てにおいて何を為したかと言う結果だけで判断される。万人を憂いた愚行より、私利私欲のための良策の方が評価されるのが世の常じゃ。何も残せなかった妾は、王の座など望むべくも無い愚者だったというだけなのじゃよ」
自嘲気味に笑う王女からは、いつもの高慢ちきな余裕は欠片も感じられない。それを見る和泉や百合沢も、言い表せないいたたまれなさを噛み締めているようだった。
コイツ等がこの世界にやってきてから引き起こした、大小さまざまな騒動。それら自分達の不始末が、廻りまわってこの王女の立場を貶めていると思っているのだろう。だから、この反応にも無理はない。
「妾は、子どもの頃から夢見ておった。この国に生まれ、この土地で育ち、そしてこの国を統べる王となりこの地に生きる民草のために生きる、と。その為に今日まで、王となるべく研鑽を重ね、数年先の王選に向けて少しでも実績を重ねようとしておった」
目の前に座る俺達からそっと視線を外し、しみじみと、けれど不思議に吹っ切れたような顔で窓の外を見つめている。
「王に選ばれる為には、誰よりも国を思う姿を見せるべきじゃ。そなた等を召喚し、国の憂いを断つ事こそが、この国の未来を案じるものの為すべき事じゃと思っておった。
……正直に言うと、妾もわかっておったのじゃよ。この国どころか、この世界自体に何の関わりも無いそなた等を呼びつけることが、どれほど人道にそむく行いであるのかということは。だが、それでも……妾はこの国を背負い立つべき人間じゃ。
それゆえに思った。国の為には外道を行わねばならぬ時もあると、それを為すのが次期国王たる妾に課せられた使命じゃ、とな」
再びこちらを向いた王女は、目尻に浮かんだ涙を拭うことも無く、正面からはっきりと勇者達に向き合う。そして、コイツの考える王ならば、決してやってはならぬことを――
「すまなんだ。何の関わりも無いそなたたちを一方的に呼びつけ、人生を狂わせた。
……この通りじゃ」
絶対に行ってはならない、他者に頭を下げる姿を俺達に見せた。
絶対君主たる王権を有した人間は、王冠を抱いたその時点で人の範疇から外れる。その判断は余人の行うそれとは違い、矮小な人間の判断とは違う次元で下されるものだ。故に王は、決断が引き起こす結果如何に関わらず、誤りをおかすことは無く、そして、他者に謝ることも無い。
「メリッサ王女殿下、失礼ながらお聞きしたい。ここに居る勇者たちが、確たる実績をあげることが出来なかったのは、勇者達個人の資質に因るものが大きいとも言えましょう。御身もその事実には思い至っているはず。それでも、自らの誤りであったとお考えになるのでしょうか?」
「当然じゃ、ハインツ卿。確かに勇者殿たちには至らぬところがあったのやも知れぬ、だが、ここに居る勇者を遣わせたのは女神アルスラエルじゃ。であればこそ、誤りは勇者召喚の儀を執り行った妾にある」
「えぇと……。勇者が失敗したとしても、その勇者を選んだのは女神サマなんだから、そこに間違いがあるはずが無い。である以上、実績を上げられなかった責任、つまり誤りがあったのは王女サマである。ってことですかねぇ」
それぞれを指差しながら確認する絹川に対し、俺とメリッサ王女は揃って首を縦に振る。まったくもって理解できないという表情の絹川だが「なんすか、そのトンデモ三段論法」、正直なところ俺も同じ気持ちだ。
神は間違いを犯すはずが無く、それによって選ばれた勇者もまた然り。だから勇者達が成果を挙げることが出来なかったのは、大本にあるメリッサ王女にこそ責任がある……そんな判断、どう考えたって論理の飛躍も良いところだ。
確かに任命責任くらいはあるのかもしれんが、だとしても全責任がメリッサ一人に課せられるはずが無いだろう。それこそ、コイツ等異世界人たちの自由意志を無視した結論だ。
間違うはずが無い神と勇者を前にして、それでも失敗の責任を誰かが負わねばならぬ。だから、同じく誤りを犯すはずが無い存在だとしても、一段下がった場所にある自分こそが換わって頭を下げる。そしてそれは、そのままの流れで、絶対不可侵たる王であることを諦める行いに繋がる。
恐らくメリッサは、このまま王選を受ける立場であることからも降りるつもりなのだろう。コイツの中で、自分が王と成りえる存在のままでは頭を下げることは出来ない。だから次期国王の座から降りることで、初めて自分に責任の全てを集中させることが可能になる。王を諦めてようやく、誤りを認めることが出来ると考えているのだ。
本当に……本ッッ当に、心の底から愚かしい小娘だ。
誰かの呼吸音だけが聞こえるこの部屋の中には、沈痛な面持ちの勇者達と、どこか呆れ顔の絹川が居る。そして底冷えのする冬空のような、晴ればれとしつつもどこか寂しげな笑顔を浮かべたメリッサがそこに居た。
俺はゆっくりと息を吸い、隣に座る絹川と目を合わせ、三つ数えてから息を吐く。
「……なるほど。つまりその辺りが、貴女がド阿呆にも勘違いされている部分なのですな」
「ちょ、ハインツさん! 言うに事欠いてド阿呆って――」
「なら大間抜けとでも言い換えようか? いやなんだって良い、メリッサ王女が大本から勘違いしているのは確かなんだからな」
「えぇっと、そりゃまぁ私も、ここまで突き抜けた考えしちゃってるのには開いた口が塞がんねーですよ? でもこんだけ真面目に思いつめちゃってる人に、アホだのマヌケだのって突きつけるこたぁ無いじゃないですかぁ」
「うるせぇ。どうせこの手合いは、真正面から叩きつけでもしなきゃ堪えやしねぇんだ。遠まわしに慮ってやったって、みょうちきりんな自己解釈して勘違い続行ってのが王道なんだよ」
「いやぁ、確かに王女サマってそんな感じの自縄自縛やりそうなタイプだし、その手の難聴系もパターンではありますけど……。それでも、もそっとオブラードに包んであげましょうよぅ。たとえ頭の中お花畑でも、相手はおにゃのこなんですよ?」
「テメェも大概失礼なこと言ってんじゃねぇか。それに生憎と、俺は男女平等で通ってんだよ。老若男女一切差別せず、バカにはバカと言ってやるのが優しさってモンだろうが」
「んな解熱鎮痛薬に胃薬セットした程度の優しさじゃ、誰も救われねーですよっ!」
ったく、芝居とはいえいちいち口煩いヤツだ。……うん。この際だから、このクソ生意気な小娘にジェントル精神のなんたるかを叩き込んでやろうではないか。
そのまま、俺と絹川による勢いに任せただけの屁理屈の投げ合いは留まるトコロを知らず、先ほどまでこの場を支配していた、王女主演の悲劇の一幕は、余韻の欠片も残さずに霧散していく。
暗黙の了解で始めた、空気の入れ替えを狙ったやり取りではあったが、どうやら上手く機能しているようである。
正直なところ、換気だけならこのくらいやりゃあ十分だとはわかっているけれど、せっかくなのでもう少しだけ続けさせてもらおう。
いやぁ、長々と陰鬱な独白を聞いて溜まっていたストレスが、面白いように発散されていくなぁ。
絹「我々は~」
ハ「シリアスさんの~」
絹「一話以上の活躍を~」
ハ「許さない~」
絹「認めない~」
ご意見、ご感想ありがとうございます。
特に前話では、絹川さんが
居るはずの無いうさみんの微笑みを感じるという
ホラー展開な誤字をやらかしてしまいました。
ご指摘いただいた「うさみ」様「禅罪」様には、
改めて御礼申し上げます。
評価、ブックマークが突然激しく訪れることは、
いつの間にゲリラ豪雨なんてシャレた名前になったんでしょう。
夕立とは違うものなんでしょうかねぇ?
夕暮れ前の強い雨は、一時的なものであることが多いですから、
時にはお屋根のある場所で、
30分くらい時間を潰してみることをお勧めします。
○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
http://ncode.syosetu.com/n4912dj/




