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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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01  『終止符を打つ為に』

 冬の低い曇り空の下、俺達は王都に向けて馬車を走らせている。

 ここは王都に続く主要道のひとつであるため、その点だけで考えれば、朝駆けの旅人あたりで込み合っていたとしてもおかしくは無い。だが吐く息が真っ白に染められているこの時期では、このような早朝に出立しようという勤勉な商人も居ないのだろう。

 立ち枯れした草の海を縫うように走るこの道の上で、俺達を乗せた馬車は悠々と歩を進めていた。




「――いい加減にして欲しいですよね、この寒さ」


 細かく身体を揺らす振動に身を任せていると、御者台からそんな声が届いた。

 俺達が使っているのは、ゆうに六人は乗れる中型の馬車で、御者台に座っているのは絹川である。個人的には、いつも使っているソレより少しだけ大型のこの馬車を、口煩い部下達に見咎められる事無く自由に操ってみたいと思っていたのだが、いざ出発といったところで百合沢の反対にあってしまったのだ。宇佐美から受けた怪我の具合を心配しているらしい。



「さんざん厚着しているんですから、それくらい我慢してください。……それに、しょうがないでしょう? 貴女以外に馬車を操るなんて出来ないんですから」


 言葉の内容とは裏腹に、申し訳無さそうに声をかける百合沢。まったく、だから俺が御者をすると言ったんだ。

 どうにもこの少女は、昨日受けた俺の怪我が完治していることを認めたくないようである。痛みなんぞとうの昔に消え去っているというのに、やせ我慢の結果と勘違いしているのだった。



「ら? ら、ら……楽に覚えられるなら、オレも出来るようになっときゃ良かったな。マジモンの馬車操るチャンスとか、こっちに居る間じゃなきゃないだろうし」


 両手を頭の後ろに組み、流れる景色をさかさまに眺めながら和泉がもらす。乗り物の上から身を乗り出すと危ないって教わってこなかったのか、コイツは。俺達が身体を預けているこの荷台は、ちょっとやそっとの衝撃でヘタってしまうような安物ではないが、そこまで頑丈なシロモノでもないんだぞ? とは言え、どうせここから落っこちたところで、原理のわからん加護とやらに守られている和泉では、かすり傷一つ負いはしないんだろう。

 注意するのも馬鹿らしく、俺は自分の肩越しに、和泉と反対側の景色に目をやった。



 ガラガラと路面を削る車輪の音が耳に心地よい。ふと気づくと、みなの視線がこちらを向いていた。同じく荷台の上にいる和泉と百合沢は良いとして、御者台の絹川までもが振り返って俺を見ている。危ないから前を向け。あと百合沢、顔が近い。離れろ。


 怪訝な顔を浮かべる俺に、和泉が呆れたように口を開く。


「オッサン。ぼーっとしてんなよ。……し、だ。し」


「あ、あぁ。えぇと……。

 しかし、君達の世界にも馬くらいは居るのだろう? 乗馬くらいであれば、いくらでも機会があるのではないかね?」


「ねーですよ、そんなもん。お馬さんパカパカとか、一般人にゃかかわり合いの無い体験ですって」


「手近で馬と触れ合えるような場所もありませんからね。……でも、避暑地に行けばわりと簡単に乗れますわよ? 私も何度か体験しましたもの」


「の……の、のんびり避暑地なんて、それこそ一般庶民にゃ無縁だって。なんつぅか、流石は百合沢家のお嬢様ってカンジだな」


「なるほど。百合沢君のご実家は、いずれ名のある資産家であったか」


「完璧なまでに一般人である、私ですら知ってるレベルのお金持ちですもんねぇ」


「縁あってたまたまその家に生まれただけです。私が何かしたというワケではありませんから、そのように言われてもくすぐったいだけですわ?」


「わ? わ、わ……。わ、ワタシからすりゃ十分頑張ってると思うぜ。美香子、習い事だけじゃなくって色々やってるもんな」


「なるほど。年のころから考えて、ずいぶん落ち着いた物腰だと思っていたが、その辺りが理由だったか」


 薄々そうなのかもとは思っていたが、やはり百合沢は良いトコのお嬢サマだったようだ。

 そういえばあちらの世界で生きていた頃、不動産がらみで百合沢という名前を聞いたような気もする。ヘタに詳しく突いて蛇を出すのはさらさらゴメンだが、俺の記憶どおりなのだとすれば、ホンモノの金満家のご令嬢というワケか。いやはや、あやかりたいやら、金借りたいやら。



「華道とか茶道とか習ってるんですよねぇ? なんというか、流石はお嬢ってカンジ。……あとハインツさん。感嘆詞ばっかし使うのは、流石にセコいっスよ」


「まぁまぁ、絹川さん。細かいルールを決めた訳ではありませんし、文脈もおかしくないんですから。それと……よ、でしょうか?」


「んにゃ、じ、でお願いします」


「では……。実際、習慣になるほどは習ってませんでしたわ。基本的なことを教わった後は、忘れてしまわないよう定期的にお稽古していた程度ですから」


「また、ら!? ……あぁっと。ら、ら……ら~。ランドセル背負ってた頃から習い事してたんだろ? そんだけでもオレ等とは違うって証拠じゃん」


 言い切った和泉に対し、実に冷ややかな視線が集まっている。先ほどの、無理やり一人称変えたも大概だったが、どうしてよりによってその語尾を使うかねぇ。……まぁこれ以上、百合沢の身の上話を続けてもしょうがないし、そろそろ真面目な相談をさせてもらいたかったところでもある、タイミングとしては丁度良いだろう。

 それに、だ。やってて楽しいか? この、永久に終わりが見えない、会話しりとり。




「……さて、和泉君が良い具合にオチをつけてくれた事だし、仕舞いにするぞ」


「いやいやハインツさん、まだ続けられますよぅ。別に、ん、が付いたら終わりってルールじゃねーんですし」


「あそこから繋げられる単語なんぞ『んなことあるか』くらいだろうが」


「いやいや、チャド共和国の首都とか、ケニアの料理名とか色々ありますってば。諦めんなっ!」


「そんな単語出した日にゃ、いよいよ会話の流れがワケがわからんものになるわ! ……それにだ、もうしばらくで王都に着く。今後の話をしとかんと不味かろう?」


「流石です、常に先を見据えた判断をなさいますのねっ! ほら、絹川さん? いつまでも遊んでいてはハインツさんのご迷惑になりますよ」


「ぅおう。いつの間にやら百合沢さんが、高回転モーターばりの手のひら返しを……」


「なにか仰いまして?」


 にっこり微笑む百合沢に対し、「いえいえ、私ゃなんにも言って無いッす」慌てて口をつぐむ絹川であった。……そんな目で俺を見るな。




 とにもかくにも、俺は荷馬車の床に改めて腰を下ろし、同行者達である異世界人三人に向けて、これからの話を始める。

 中型のクセに幌の無いこの馬車は前方からの風がかなり冷たく、落ち着いて話をするのに向いている環境とは言い難い。だが、御者席に居る絹川を含め、このメンバー以外の誰にも聞かれることのない話をするのなら、移動中の今がうってつけだ。



「――さて、俺達は王都に向かって移動している訳だが……。城に戻ったら、先ずは王女の元へと向かおうと思う」


「ソイツはもちろんかまわねぇぜ、メリッサにも心配かけたからな」


「ん~。確かにちこっと落ち込んじゃってるみたいでしたけど、アレって宇佐美さんを心配してのことだったんですかねぇ」


「ッたり前だろ? メリッサのあの顔、どう見たって梓の心配してたじゃねぇか。確かに自分が背中押しちまった事への後悔もあったけど、一番に考えてたのは梓の身の安全だったぜ」


「……疑う訳じゃねーですけど、良くもまぁ、そんな細かいトコまで読み取れましたねぇ」


「オマエ、ホントに人を見る目ねぇなぁ。顔にはっきり書いてるってレベルだったじゃんか」


 和泉のメリッサに対するとんでも洞察力に、他の二人は感心したような呆れたような反応を返している。

 あのアホ王女が生まれてからずっと、身近で見てきた俺にもまったくわからない変化だったのだが、他でもない和泉が言うのならそうなんだろう。それに、コイツの言うとおりにあの王女が気にやんでいるのだとすれば、これから先の対応がやりやすくなるのだから好都合だ。少しくらい楽天的に捕らえるのも良かろう。



「まぁ、あえて異論はありませんわ。それでハインツさん、梓ちゃんの方はどうなんでしょう? 早く見つけてあげたいのですけれど……」


「もちろん、宇佐美を放置するつもりも無い。というか、だ。今後の宇佐美の行動を踏まえたうえで、予めメリッサ王女に話を付けに行くつもりなのだよ」


「んと……、さすがに説明プリーズです。こないだちょろっと話してた、宗教がらみのナニカをやってくるってお話が関係してくるんです?」


「ほぅ、お前にしては良く覚えていたな」


「お前にしては、が余計ですよぅ」



 唇を尖らせる絹川を無視し、俺は予想しうる今後の動きについて説明を始めた。


 未だ行方不明の友人に心を砕いている和泉、百合沢はもちろん、御者席の絹川までもが真剣な面持ちで俺の話に耳を傾けている。

 絹川にしてみれば、この世界に来て初めてこちらから主導を取ろうとする動きなのだ、何かしら思うところがあるのだろう。ちょこちょここちらを振り返って顔を合わせてくる。気持ちはわかるが、危ないから前を向いてくれ。

 それと百合沢、頼むから少し離れろ。顔が近い。




 少しだけ速度を緩めた馬車に揺られながら、俺達は着実に決戦の地へと近づいていた。

 コイツ等異世界人にしてみれば、仲間を取り戻す為、そして元の暮らしに戻る為の戦い。そして俺にとっては、女神との関係を終わらせる為の戦いになるだろう。


 今後の予定を話しつつ、俺は出来るだけ自然に立ち上がると、知らず握り締めていた拳を胸に抱きそっと手のひらで包んだ。遠く視線の先には王都がある。

 百年以上続く……ただひたすらに永かった、あのクソ女神とのやり取りに終止符を打つのだ。

お待たせいたしました。

最終章、開始いたします。


第五章までの感想、ご意見。ありがとうございました。

お返事は返せておりませんが、全て嬉しく読ませていただいております。


また、評価、ブックマークもありがたく頂戴しておりますが、

ある程度の語彙を有した人物だけで、

うっかり時間制限を設けないで始めてしまうと、

なかなか終わりの見えないモノになってしまいますので、ご注意くださいませ。

まぁ、大抵は誰かが飽きてやめるんですけどね。


ちなみに絹川さんの出した例は、

ンジャメナとンコンベです。



○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://ncode.syosetu.com/n4912dj/

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