06 『本格的にバカである可能性が出てきた』
瞬間、俺は自分の魔力を解放しかけ——そして再び押し込めた。
ヤマカン? いや、それにしては突拍子がなさ過ぎる。
誰かに吹き込まれたのか? それもない。王城内に無数のチクリネットワークを敷いているんだ。王宮内外問わず、俺の正体を疑う声など未だ影すら掴んでいない。俺が魔族かもしれないなんて思う人間は居ないはずだ。
もしもそんなヤツがいるとすれば、それは俺の調査の網を完璧にかわしきるだけの勢力が存在するということになる。流石にありえない。
なんにせよ、ここで正体をばらす訳にはいかない。たとえ殺すにしてもまだ早い。
「いったい何の————」
「誤魔化さなくても良いですよ。私にはわかってますから」
「まいったものだな。いったい誰にそんな話を吹き込まれたのだね。ふふっ、確かに悪魔じみた魅力の美中年と言われることはあったが」
「いや、そういうの良いです。誰かに聞いたわけじゃないですしね」
は、鼻で笑いやがった。コイツこの俺の捨て身のギャグを一笑に付すとは。大人の余裕を何だと思ってやがる。
「なるほどな。しかし、それではますます納得できぬな。いったい何の根拠があってこの私が。……マゼラン王国大臣にして、リーゼン辺境伯が魔族だなどと言うのだね」
「それは、その。……私にはわかるとしか」
「話にもならぬな。お主は根拠もなく一国の重鎮を糾弾しようというのかな?」
「いやいやいや。待ってください。そんなつもりはありませんよ!」
「では何が言いたいのだね。腹の探り合いもたまには悪くないが、それとて内容によるのだよ」
慌てて両手をバシバシと振る絹川に、あえて不機嫌を露わにしてみる。稚拙な揺さぶりだということは自覚しているのだが、話の突破口が見えん。
正直、コイツの考えが全く読めない。ここまで相手の思考を予測できないのは久しぶりだ。
「えっと……。正直なところ、私もアナタの意見に賛成なんです」
「元の世界に帰りたいという事かね?」
「それもありますけど。さっき言ってたじゃないですか。自分の世界の問題を他所の人間を無理矢理呼びつけて解決してもらうのは間違ってるって。
私もやっぱり違うと思うんです。そりゃ皆さんからすれば苦渋の策だったのかもしれませんけど、こっちだって生活があるんですから」
「至極もっともな意見だ。だが、私はお主も勇者となることを了承したと聞いておるが」
「私はそんな事、一言も言ってません」
「王との謁見も済んでいるはずであろう? そこで聞かれなかったのか?」
「王様との話なら、他の3人がハイハイ言ってただけです。誰も……私に意見なんて聞いてくれませんでしたから。
アナタに聞かれたのが、初めてです」
「ふむ。……では、今後どうするつもりだったのだね。このまま沈黙を続けていたとすれば、遠くない未来に魔族討伐を強いられていたのだぞ」
「できればお留守番をしたいなぁと。
ホラ、あの3人はすっごく強いみたいですし、目的を達成するまで此処で待っていれば良いかなぁ……なんて」
そんな場合ではないのに苦笑してしまった。
そう都合良く行くわけがないだろう。魔族に対する決戦兵器ともいうべき勇者を、無駄に温存しておくわけがない。たとえ他に3人いるとしてもだ。
浅はか過ぎる。思わず顔に出てしまう。
「で、でも。こうやってアナタが話を聞きに来てくれたじゃないですか。私に協力してくれるんですよねっ!?」
「それはそのつもりであるが……。お主、私を魔族だと疑っておるのであろう? 敵の言葉を鵜呑みにするのかね」
「いや、だからぁ。私は勇者なんてやりたくないんですよ。だったら魔族であるアナタとも、利害が一致するかなぁと」
「なるほどな。…………まぁ、無論私は魔族などではないが」
勇者をやめたいと願うからこそ、勇者を排除しようとする魔族と手を結びたい。コイツの言いたいことはそういう事なのだろうか。
だが、それだとしても……。
「お主の考えは理解した。だが、私を魔族だと決めつける理由にはなっておらぬな」
「わかるからわかる。じゃあダメなんですか?」
「良いわけがなかろうよ。私としても、自分にあらぬ疑惑をかけてくる相手に協力など出来ぬしな」
「アナタのことを指摘したのは、その。…………弱みを握れば裏切ったりされないかなぁと思いまして」
「……は?」
「いやですから。
普通の人だったら、たとえ私が帰るのに協力するって言ってくれたとしても、後になって国の方針が~とか言い出さないとも限らないじゃないですか。でもハインツさんって魔族で、しかもそれを隠して暮らしてますよね。だったらバレるの困るでしょ?
だから、私に協力してくださいね、嘘ついたら魔族だってバラしますよ~、ってしとけば、最悪でも危険な場所に行かないで済むくらいの事は、してくれるかなぁ……と」
コイツ。馬鹿か? 本当にそう考えたのだとしても、もうちょっと交渉のやり方ってモンがあるだろ。
「……先ほど、誰かに聞いたわけではないといったな?」
「はい。ってかハインツさんって魔族なのにこの国の伯爵様じゃないですか。凄いですよねぇ。こんなこと言っても誰も信じてくれませんよ」
「では、私を魔族と疑ったことは、誰にも話してはいない、と?」
「当り前じゃないですか。正直魔族だって気づいてからは、どうやってアナタと話す機会作ればいいか悩んでたくらいです」
未だその理由はわからないが、どうやら初対面の時に気付いたらしい。「悩んでるうちにそちらから来てもらっちゃったのでラッキーでした」などと笑ってやがる。ヤバい。本格的にバカである可能性が出てきた。
そもそもだ。誰も信じてくれないってんなら、いざと言う時どうやって俺が魔族だと糾弾するつもりだったんだ?
「なぁ絹川君よ。お主、そんなことを言って消されるかもしれないとは考えなかったのかね?」
「…………へっ?」
「協力者もいない。安全策も講じない。そんな状態で誰かの秘密に関する話をして、相手に口封じされる可能性を、何故考慮しない」
「うぇっ!?」
「私は魔族なのであろう? ならば協力などするより、秘密を知ったお主を始末して、事を闇に葬った方が早かろう」
「えっ? 嘘っ。そ、そんなことするんですか!?」
「その方が手っ取り早いぞ? 何より秘密の保持としては確実だとは思わんかね」
「ちょ、ちょまっ。……あっ、そうだ! じ、実はですね。私には仲間がたくさん居てですね————」
「先ほど、誰にも話してないと聞いたが?」
あわあわと頭を抱えていやがる。頭が痛いのはこちらの方だ。
なんなんだコイツ。俺がコイツくらいの年の時はもちょっと思慮深かったぞ? いや、まぁ生まれ変わる前は自信がないが。
「まぁ、百歩譲ってお主の意見が正しいとしよう。だが、協力を約束するには条件が足らぬな。そもそも、私を魔族だと断定する理由は何かね?
それも明かせぬようでは、こちらとしても信用するわけにはいかぬ」
そこがネックだった。もしも王宮内に私の事を疑う勢力が存在するのなら捨て置くわけにはいかない。コイツに情報源を吐かせることでそいつ等を排除できる。
または、コイツが何かの拍子に気づいたのだとしても、それはそれで聞き出す必要がある。俺は既に50年以上人族のフリをし続けているんだ。この魔法による擬態は魔道士長ですら見破れないと自負している。
万が一抜けがあってはそれこそ命取りになりかねん。疑惑の芽は早急に潰しておくべきなのだ。
「あ~っと。……そうですよね。ってか、信じてもらうんだからこっちも秘密を教えないとですね」
「その、私が気づいたのは、アナタのステータスを見たからです。
普通は他人のは見れないんですよね? 私には鑑定のスキルがあるから自分以外のも見えるんです。
でも、勝手に自分の事見られるなんてやっぱり不愉快でしょ? 誰にも秘密にしててくださいねっ!」
…………すてーたす?
「ハインツさんも案外抜けてますよねぇ。
そりゃ、他の人みたいに全部見えちゃわないよう隠してるのは凄いですけど、種族の欄はばっちり『魔族』になっちゃってるんですから」
どうしよう、コイツほんとに。
俺とは違う世界に生きてやがる。