18(第五章 終) 「友情と情熱の瞳」
「……なるほどな。言われてみりゃ、確かにおかしかったのかもしれない」
再び薄暗くなった部屋の中、俺の説明を聞いた和泉が洩らす。
こいつの中でも燻っていた、宇佐美の行動に対する違和感。ソファーに向かい合うように座っている俺は、芽を出し始めた疑問に水をやるように、外側から見たコイツ等への印象を語って聞かせる。
「そもそもだ。いくらこんな世界に飛ばされたからといって、すぐにそれまでの友人を切り捨てるなんてマネをしてる時点でおかしいのだよ。たとえ向こうで生きてきた君達の間に、私では窺い知れない人間関係のもつれがあったとしても、ちょっと違う環境に来ただけで爆発なんてさせるものだろうか?」
「そう言われてみれば不自然ですよねぇ。いずれは元居た世界に戻るって条件もあったんですから」
絹川の発言に頷きを返す。
ちょっとわだかまりのある友人が居ました、異世界にきました、だから切り捨てようと思います。こんなのあんまりに飛躍しすぎた三段論法だ。多少、人間関係の変化くらいは生じたとしても、それまでの付き合いを全否定するほどの変化は不自然すぎる。一生別の世界で生きていく覚悟を決めたでもない限り、元の関係を緩やかに維持する程度の配慮はするだろう。
「である以上、宇佐美君が君達二人を切り捨てるような行動に走ったのはおかしい。君達が始めた飲食店に協力を示さないのは良いとして、それを隠れ蓑に自分の計画を推し進めると言うのには違和感しかない。更にその結果、相談もせずに姿をくらますのもな」
「で、梓をそんな風にしちまった最有力候補ってのが、オレ達をここに連れてきた女神サマだってわけか」
「君達の召喚までもが、女神の差し金とは言い切れんのだが……。現状、そう考えるのが自然だ。まぁ、君には信じられぬかもしれんがね」
ここまでの話で、ある程度の信用は置いてもらっていると思う。だが、それでもコイツが女神の勇者であることに違いはない。俺と女神で信用合戦を行ったとして、こちらに傾いてくれると言う保証はなかった。
最悪、ここから先の協力は望めないかもしれない。それでもこっちの邪魔をしないで居てくれれば、それだけでも十分に助かる。いよいよの時には、どこか狭くて暗いところに押し込んでしまえば何とでも……。
プランC辺りまで考えたところで、和泉はニヤリと唇を緩めた。
「いや、少なくともオレはオッサンを信じるぜ」
「良いのか? こちらの話に、具体的な証拠は何もないのだが……」
「そんなモンより、このオレがどう感じたかってのが重要だろ? 確かに言われてみれば、ここんとこ梓の様子はおかしかった。悔しいけど、オレや美香子が気づけなかったのも間違いない。ソイツを教えてくれて、しかも元の梓に戻そうって言ってくれてんだ。オッサンの話に乗るのは当然だぜ」
「い、いやぁ……私が言うのもなんですけど……。もそっと考えても良いのでは?
第一、まだ女神サマの仕業だって保障もないんですよ?」
「んなもん、疑いがあるってだけで十分だろ。後は殴って確かめる。もし違ってても、そん時ゃこっちに連れてきた責任って事で、梓をおかしくした真犯人探しに協力してもらえば良いだけじゃんか」
「な、なるほど。いちおう考えてはいるんですねぇ。……しっかし、竹を割ったようなというか、素直と言うか……」
直情バカというか、だな。思わず苦笑いを浮かべてしまう俺と絹川を前に、和泉は決意も新たに拳を握っている。なんだろう、ちょっとだけコイツが愛おしく思えてきた。
ちなみに和泉には、これまでの俺達の動きとか、女神がこの世界を変革しようとしている事などは話していない。こちらとしては、今後の為にも打ち明けておこうと思ったのだが、そんなのよりも宇佐美の事が重要だと、あっちから止められてしまったのだ。
世界の運命より、身近な女を優先する。ちょっと呆れそうにもなるが、それだけ仲間思いなんだとも言えるしなぁ。まぁあれだ、こういう身内に対して熱いところが、世の女たちの心を捉えてるのかもしれん。俺は絶対友達になれんが。
「それで? これからはどう動くんだ? あんな状態の梓を、何日もほったらかしにはできねぇぞ」
「あぁ。もちろんそんなつもりはない。まず、現在の予想からだが……」
何はともあれ、和泉という勇者側の最大戦力が味方についてくれたのは大きい、今後の展開も楽に進められそうだ。一つ息を吐いて、改めてこれからの事を話しはじめる。
が、そんな俺の言葉は再び遮られる事となる。蝶番が吹き飛ぶほどの爆音を立てて開かれたドアと、同時に飛び込んできた少女によって、数十分ぶり本日二回目の中断が為された。
「ハインツさんッ!! ご無事ですかッ!? …………あぁ、良かった。もしものことがあったらと、……私、……私」
個性に似合わぬ派手な登場をかましてくれた百合沢は、俺が身体を預けているソファーの傍に座り込む。そのまま「あぁ……こんなに大怪我を……」未だ巻きっぱなしの包帯の上から、ぺたぺたと俺の胸元をさすってくる。いや、既に傷なんぞ跡形も無いんですけど。
まなじりに涙まで浮かべてまで俺の無事を喜んでくれている様子には、正直軽い恐怖すら覚えてしまうのだが、心配をかけてしまったことに違いはない。それにコイツは、俺の状態もわからないままで後処理に奔走してくれていたのだ、感謝するべきところだろう。
「心配をかけたようだな、……すまなかった。だが、見ての通り大事はないんだ」
だからとにかく離れてくれと、なおもすがり付いたままの百合沢に訴える。付き合いの長いはずの和泉も、こんな様子の百合沢を見るのは初めてなのか、戸惑いで目を丸くしていた。
「えっと、美香子? オッサン困ってんぞ? ちょっと離れたほうが……」
「何を言うんです宏彰君! ハインツさんは、私を庇ってこんな大怪我を負ってしまわれたんですよ!? 本当にご無事でよかった……」
「いや、それもう治って……」
「――そんな訳ないでしょッ! どれだけの傷だと思ってるんですか、今だって無理をされてるに決まってます。しかもあれは、もしも私を傷つけてしまったら、正気に戻った梓ちゃんが苦しんでしまうからと、あえてご自分の身を差し出されたんですよ?」
確かにそう考えての行動ではあったが、なんだか百倍くらい美化されている気がする。まぁ、その……あれだ。みんな無事でなにより?
なおも和泉に向かってぎゃんぎゃん喚きたてる百合沢を他所に、そっと這い寄ってきた絹川が小声で耳打ちしてくる。
「……ちょっと、なぁに妙なところでフラグおっ立ててんですか!」
「こいつ……、直接脳内に……!」
「普通に喋っとるわぃ! ってか、ホントどぅすんです。なんか目の中ハートマークついちゃってますよ、アレ。……うわぁ」
「うわぁってなんだよ、うわぁって。だいたいどうするもこうするもあるか! 俺は知らん、何も気づいてないっ!」
どうせアレだ、ハシカみてぇなモンだろ? ちょっとした窮地をたまたま俺が助ける形になってしまったから、感謝の気持ちがちょろっと一時暴走しちまってるにすぎん。メシ喰って一晩寝たら元通りとか、そういう類のヤツだ、きっとたぶんそうなんだ。だから男らしくないとか言うな。
「……へ~。……ほ~。……ふ~ん。
……まぁ? 私ゃ別に? ハインツさんがどこで誰と乳繰り合っていようが、どぉうだって良いですけどねぇ」
「いや、ホント勘弁してくれ。こんなん真正面からぶつけられても、対処に困ることくらいわかるだろ?」
「はいはい。わかってますよぉだ。アナタってそういう人ですもんねぇ」
口先はへの字に曲がったまんまだが、どうやら納得してくれたようだ。いや、別に、絹川なんぞに許しを請わにゃならん理由など、俺には何一つないのだが。
先ほどまで少しだけ緊張していたこの部屋の空気は、百合沢の登場と共に一気に弛緩し、ぎゃいぎゃい騒いでいるだけの時間がすぎた。
俺の怪我が治りきっていることにも納得してもらい、ようやく全員、ソファーに身を預けるくらいには落ち着いたようだ。まぁ、さっきからチラチラとこちらを見ている百合沢には、苦笑いが収まらないのだが。ちなみに定位置である俺の隣に座った絹川は、そんな俺を横目で覗き低温で粘着質な視線を送ってきている。ホント勘弁していただきたい。
落ち着いたのは良いとして、こうしてお見合いしていても埒が明かない。多少強引だが、話を進めさせてもらうとしよう。
「さて、先ほどの言葉が少し気になったのだが。百合沢君、君は、宇佐見君が正気ではないと考えているのかね?」
「はい、ハインツさん。梓ちゃんはどれだけ追い詰められたって、誰かを傷つけたりするような娘じゃないんです。……それに私と話をしている時の様子も変でした。いつものあの娘なら、私の知ってる梓ちゃんなら、誰かを犠牲にするようなやり方なんて絶対しません!」
「この世界の文化に触れて、考えが変わったという事もありえるが?」
「それにしたって変わりすぎです! あんなの、誰かに何かされちゃったとしか考えられません!」
水をさす俺の言葉に、強い口調で反論が返って来た。どうやら俺達とは別の方向から、宇佐美の身に起こっていることに気がついたようだ。女神に対する疑念を打ち明けても、思っていた以上にすんなりと受け入れてくれた。
「絶対……、絶対梓ちゃんを取り戻して見せます! そして一緒に、笑って元の世界に帰るんです!」
正直なところ、幼馴染の大親友に切り捨てられた形になったこの少女が、再び立ち上がれるという保証は無かった。だからこそ、直接宇佐美と話を出来る機会を作ったのだし、万が一に備えて俺の傍に居させたのである。今にして思えばいらぬ世話だった気もするが。
それにしても、友情だなんだと言う言葉にはどうしても青臭さが先にたってしまう。だが、宇佐美を思うこの娘の瞳を見ていると、己のそんな掠れきった感性が気恥ずかしく思えてしょうがなくなるな。
どうしようもない感傷に浸ってしまっていると、絹川が洩らした言葉が耳に入ってきた。
「にしても、今回はヤバかったですねぇ」
「確かに追い詰められたからなぁ。先手を取られて、取られっぱなしだった」
「チェスや将棋でいう『詰み』にはまったのだッ! ってヤツかと思ってましたもん。ホント、よく逆転の策なんて思いつきましたねぇ」
「厳密には逆転なんぞし取らんのだがな。その例で言えば、無理やり引き分けに持ち込んだようなもんだ」
「にゃるほどねぇ。……むしろ、ゲーム盤ひっくり返したような?」
「ムギャオーってヤツだな。策でもなんでもない」
そして今後も、同じような手が通じるとは思えない。隣でどうでも良い事を洩らしている絹川も「ってかアンタ、卓ゲ民でもあったんすか」そのことは承知しているだろう。
恐らく、次に来る動きこそが、女神の決めの一手になる。
俺の中には、確信にも似た予感があった。
「……次は、どんな手できますかねぇ?」
俺の協力者で共犯者が、とぼけた顔でこちらを見る。
こちらの胸のうちを読んだわけでもなかろうが、そんな事を呟いてきた。
「具体的にはわからん。だが、わかっていることもある。
次にやってくるのは、恐らく。
俺は一つ息を吸い、落ち着けてから口を開く。
――宗教がらみで、間違いない」
以上で五章の終了です。
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