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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第五章  発達途上世界での破壊的生産活動の可能性と未来選択
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15  『届け、ファイナルアンサー』

 誰もが息を呑むほどの、鋭い緊張が周囲を満たす。

 俺達の前に居る勇者は、自分の力を行使することをきっと躊躇わない。自分の信じる正義のために、立ちふさがる全てを切り払う。そんな覚悟が見て取れた。

 それはきっと、誰かの気のせいではないだろう。現に彼女は、先ほどから自分の武器にかけた手を戻さない。


 それじゃあ見せてもらおうか。その覚悟が、果たしてどれほどのものなのか。




「そう構えることはないだろう? 宇佐見君。確かに信じる道は違えども、少なくとも我々には共通する理念がある。この世界のために、ここで生きる人々のために、何事かを為したいと言う願いだ。……違うかね?」


「……そうですねぇ。オジサンの方はどうだか知りませんけど、少なくともこっちはそうですよぉ?」


「ならば、少なくとも歩み寄ることくらいは出来ると思わないかね? お互いに譲れぬ何かはあろうとも、その線を明確にすることで、見えてくるモノがあるはずだ」


「そんなこと言って、梓ちゃんを懐柔するつもりなのは見えみえですよ? ざぁんねんでした」


「フッ、これは手厳しい。……だが、言いくるめたり、煙に巻いたりするつもりはない。そもそも君が、私の言葉ごときで心情を変えるとは思っていないのでね」


 一瞬即発の緊張をほぐす様に語り掛ける俺に対し、あくまでも馬鹿にしたような態度を崩さない。とはいえ、警戒のレベルが引き上げられているのも感じ取れた。


 先ほどまでのやり取りで、百合沢が俺の意見に同調しているのはわかっただろう。そしてそれが、俺の懐柔策によるものだということもバレているはずだ。もちろん、百合沢自身の考え方と言う下地や、これまでの失敗という積み重ねがあったからこその説得だったのだが、それでもこちらの考えにほだされたという事実には間違いがないのだ。



 現状、俺達が逆転する為には、宇佐美自身の考えを変えさせるしかない。力づくで押さえ込むことが出来ない以上、彼女自らが自分の行いを改める以外に、今日にも始まろうとしている農業改革を止める手段はない。そして、その為には、説得や懐柔によって宇佐美梓の意見を変節させるより手立てはない。宇佐美はこう考えているはずだ。


 だが実は、俺が自分の立場をフルに使ってしまえば、彼女の邪魔を出来ないこともなかったりする。

 現時点ではこの地の生産高は標準的なものだし、これからこの地が躍進するという情報も漏れてはいない。である以上、この地の農業にとって不利となる税制や政策を立ち上げ、嫌がらせを続けることも不可能ではないのだ。

 もちろんそんな事を始めてしまえば、この地の農家には尋常ならざる迷惑をかけることになる。ナザン領主にしてみても、喧嘩を売られるに等しい行いだ。政治上俺の方が上に居るから、表立った反抗はないだろうが、それでも禍根は残るだろう。だが、効果的ではある。間違いなく。


 宇佐美はそこにも気がついているのだろう。俺が宇佐美を諦めさせたいのと同様に、宇佐美の方も俺が膝を折ることを望んでいる。だからこそ、俺がお膳立てをした呼び出しにのこのこと姿を現したわけだし、ここまで苛立ちを露にしながらも、未だ会話に付き合い続けている。最大限に警戒しながら、絶対に譲らないと声高に示しつつも、だ。


 まぁつまり、今のところ、こちらの思うツボというヤツだ。




「しかしだ、宇佐見君。君の方はどうしても譲ってはくれないのかね? 君とてそれなりに先を見据えて動いてきたのだろうから、百合沢君の危惧がありえない話ではないと言うこともわかっているのだろう?」


「もちろんわかってますよぉ。だとしてもやっぱり、取るに足らない意見だとも思ってますけどねぇ」


「それは、ヒト族全体の利益を見据えてのことかね?」


「何度もそう言ってるじゃないですかぁ。ヒト族全体ってほど話を広げなくったって、この国にとっても、私の提案に乗っかるのが良いに決まってますからねぇ」


「例えその結果、誰かが苦境に立たされることがわかっていても、かね?」


「大を生かすために小を切り捨てるなぁんて、政治家さんなら言われなくったってわかってることでしょう? いわゆる、リスクマネジメントってやつですよぉ」


 キサマのような小娘に、そんな初歩のマキャベリズムを説教される筋合いはない。そう言いかけて、必至でこらえる。年と経験をかさにかけて叱り飛ばすのは簡単だが、それでは何も変わらないのだ。

 しかし、もしもこれを本心から言っているのだとしたら、げに末恐ろしい小娘である。どこぞの王女殿下などより、よっぽど支配者向きの思考をしているかもしれない。



「確かに、我々の仕事は、そういう一面を含んでいると言えるな。全体としての利益を保証するため、どこか一部には泥を飲んでもらわねばならない場面もある。

 だが、それを引き合いにするということは……。つまり君は、これまで関わってきた農家の中の誰かが、その子、孫、ひ孫の末に至るまで、一方的に搾取される立場に陥ったとしても仕方がない。そう言うのだね?」


「言いますよ? それが自然の流れですからねぇ。第一、さっきも言ったじゃないですかぁ。ずっとそんな立場に居るような人は、つまり頑張りが足りないんですよ。

 ……アハッ。残念でしたねぇ。そんな言葉くらいじゃ、私は揺れたりなんかしませんよぉ?」


「本人の努力不足を君はうたうが、平民の農家では抗えない力によって決定されてしまうこともある。それすらも見過ごすのかね?」


「そこは、まぁ、しょうがないですよねぇ。でもでも大丈夫ですよぉ。きっとそんな状況になった人も、ヒト族全体のためだって諦めてくれますってぇ」


「なるほどな。つまり君の言っていることはこういう事だ」


 俺は改めて、努めて端的に、かつ事象の一部を誇大して説明する。




「先ほど百合沢君が言ったように、このまま君の改革を推し進めれば、これまでのように皆で助け合って暮らしていくことは出来なくなる。それどころか、誰か一人、どこか一つの家のみが栄え、それ以外の全員はその為の餌に成り下がる。

 その格差は、親の代ではまだはっきりとはしないだろう。だが子の代、孫の代と進むにつれ、抗いようのない力の差となるだろう。隣り合う者は、手を携え合える隣人ではなく、競い合うことを余儀なくされた仮想敵となる」


 この場にいる全ての者の耳に届くよう、周囲一帯にまで聞こえるほど声を張り上げた。どこかで息を呑む音が聞こえた気がする。もちろんそんな物音が、俺や宇佐美の耳に届くことはない。

 しかし俺は、この声が誰かに届くことを確信しつつ、続ける。



「そしてそれは、自分達の力の及ばぬ何かによって決定付けられた物なのだ。割り振られた土地の中で、果たして誰が抜きん出る者なのか、それはすぐにはわからない。だが抜きん出た者が、選ばれた者であることは間違いがない。

 もちろん、日々努力して生きることは必要だ。たとえ恵まれた条件を与えられたとしても、努力を怠っては成果を出すことなど出来ないからだ。……けれど、同じだけの努力をしても、他よりも多くの実りを得ることの出来る誰かが生まれるのは確かなのだ」


「勘違いしてはならぬ。誰かが犠牲になり、皆を生かすのではない。皆が犠牲になり、誰かを盛り立てる形が出来上がるのだ。格差とは、競争とはそういうものだ。もちろん私は、それが悪いと主張するのではない。そういう社会にも利点はあるし、より多くの発展はそうした社会の中で生まれるものなのだろう。

 ……だが、今その方向に向かうと言うことは、つまりはこういう事だ。この場にいる勇者は、これを皆に求めているのだ」


 二つ、頭の中で数え、これまでより更に大きな声で問いかける。


「さぁ、選ぶが良い。この中で誰か一人だけ、約束された繁栄を手にすることが出来る。(ともがら)を蹴落とし、喰い物にし、それでものし上がりたいと欲する者は誰だ? 子々孫々にまで続く、全てを飲み込む家の祖となるのは誰だ?

 さぁ、遠慮なく言うと良い。我こそはと思う者が居れば、誰の目を憚る事無くその手を挙げてみれば良いっ!」


 同時に、それまで周囲を覆っていた、姿隠しの魔法を解除する。宇佐美がこの場に姿を現すよりずっと前から展開していた、草の陰に隠れた人々の姿と声を隠す、魔法の幕を取り払った。



「っ!?」


 突然姿を現した三十以上の人の影に、宇佐美は短い悲鳴にも似た声を上げる。だがそれは、周囲の人影が発するざわめきの中にかき消されてしまう。


 不安を体現したような混乱の中で、俺は絹川の気配を探った。これだけの人に紛れ込んでいようと、これまで傍に居続けた人間のそれを見つけるのは容易い。さほど手間取らず絹川を見つけると、同時に、その傍に和泉ともう一人が居ることも掴んだ。

 よ~しよし、良くやってくれた。予定通り、アイツ等は役割を果たしてくれたようだ。


 さて、全てのお膳立ては整った。最後のダメ押しをするとしよう。


「もう一つ、確認させてもらいたい。宇佐見君。君がそれでもこの改革を進めるというのなら、当然この先数十年、この土地の動向を見守り続けてくれると考えて良いのだろう?

 たとえ元の世界に戻る機会があろうとも、この地が安定した農業地となるまで、この地に留まり続けてくれると言うことなのだな?」


「は……はぁ? なんで梓ちゃんがそんな――」


「当然だろう? 君の手がけた改革は、たかだか一年や二年で成果が出るものではない。途中どのような問題が発生するかもわからぬ以上、それなりの期間、経過を見続ける必要があるのは当たり前だ。

 当然、この地を治めるナザン卿も、君がこの先も協力し続けてくれることを前提として計画に同意したはずだぞ?」


 さぁ、覚悟はあるかね? この先の長い時間、この地に骨を埋めるその覚悟が。

将を射ることができないなら、

他のヤツに撃ってもらえば良いじゃない




ご意見、ご感想ありがとうございます。

ちなみに作物病の蔓延、どこからともなくイナゴの召喚などは、

可能ではありますが取りやめました。

やっぱりホラ、主人公が無辜の民を蹂躙する結果になるのはちょっと、ですので。

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