表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第五章  発達途上世界での破壊的生産活動の可能性と未来選択
74/104

14  『魔王、参戦』

「そこまでにしてもらおうか、宇佐見君」


 足元のおぼつかない百合沢をそっと後ろに追いやり、俺は宇佐美と対峙する。


「意見の食い違いから論議を交わすのは、君達くらいの年頃ならば決して悪いことではない。だが、論点をすり替えてまで相手を追い詰めると言うのは、いささか趣味が悪いぞ?」


「はぁ? いきなり出てきて何言ってるんですぅ?」


 百合沢から意識を逸らすため、あえて挑発的に投げかけた俺の言葉に食いついてくる。……いや、これもわかった上での行動なのだろうな。百合沢が自分の意見の拠りどころとしている俺を、目の前で叩きのめすことで、二度と自分に噛み付いてこないようにというハラだろう。

 目の付け所は悪くはないが、思い通りにいくと思うなよ?



「百合沢君が問題としているのは、あくまでも、改革による不平等を一方的に押し付けることへの是非だよ。競争社会の善悪について問うている訳ではない。これが論拠のすり替えでなくてなんだと言うのだね。

 そもそもの話、現状の観念形態に対して批判的な意見があったとして、それに対する反論を、成功者の立場から行うのは卑怯だろう。それでは問題の内容ではなく、立ち居地の話だけで、論の強弱が決まってしまう」


「実際の具体例を参考にすることの何が悪いんですぅ? 意見の正当性を示すのに、それ以上に確かなものはないでしょう?」


「それでは結局、適応できなかったやつが悪いという強者の論理でカタがついてしまうということだよ。どんな問題点を指摘しようと、その一言で封じ込めることが出来る。それでは議論にはならんだろう?」


「それこそ、負け犬の遠吠えってヤツじゃないですかぁ。自分が上手くいかないことを、システムのせいにされてはかなわないですよねぇ」


「負け犬、ね。それはそうだろうな。なにせ、勝ち負けを決める基準すら、上手くいった方の意見で構成されているんだ。自分で勝利条件決定しているようなヤツラが、負け側に回る訳が無い」


「くだらない屁理屈ですねぇ」


「まずは理屈と屁理屈の、明確な定義を提示してもらおうか。でなければその反論は成り立たんよ。

 ……なんにせよ、それでは私は君の主張には頷かない。先ほど百合沢君の上げた問題点がある以上、君の農地改革には反対させてもらう」


 ようやく相対することが出来た相手に対し、俺は真正面から切りかかった。




 その後も、俺達の交し合う言葉は、どこまでいっても交わることがない。

 宇佐美は自分の居た世界に、そこで行われていたシステムに対し疑いを抱いておらず、それをこの世界で広めようと言う自分自身にも問題を感じていない。ひるがえってこの俺は、それがどれだけ素晴らしいもので、現状のこの世界がどれだけの問題を抱えていようとも、ここで生まれた物ではないやり方を認めるつもりはない。


 思えば、これまで相手にしてきた和泉や百合沢への対処は楽だった。アイツ等は自分の行いがどんな未来を招きうるかを想像しておらず、そこを指摘してやることで、結果として手を引かせることができたのだ。


 だが、宇佐美は違う。コイツは自分の行いがどんな問題を孕んでいるのかをわかった上で、それでも敢行しようとしているのだ。たとえ、どこにどれだけのマイナスが生じようと、全体として見た時に発展しているのであればプラスだと考えている。随所で発生するであろう歪みは、それを行っていきながら修正していけば良いと思っているはずだ。そうやってこの世界の方を、自分達のやり方に合うように調整していくつもりなのだろう。

 宇佐美はそんなやり方で、つじつまを合わせていくつもりだ。俺と相容れるわけがない。



「……オジサン、そろそろ諦めてくれません? こんな話をどれだけ続けたって、梓ちゃんはやり方を変えませんよぉ?」


「そちらこそ諦めてはどうだね? 君がどんな方法を取ろうと、私は君達の世界のやり方を受け入れることはないよ」


「頭固いですねぇ。これだから老害は手に負えないんですよ」


「若者の暴走を止めるのも大人の権利だからな」


「ま、なんだって良いですけどねぇ。梓ちゃんは既に動いちゃってますから、どっちみちどうしようもありませんよねぇ」


「なぁに、まだこちらにも策はある。確かに今のところ私たちは出し抜かれっぱなしだが、それでも事態を止める手段がないわけじゃない」


「ハッタリですねぇ。この辺りの農民は、既に勇者のもたらす技術がどれだけ有効か体験しちゃってます。しかも領主だって動き始めてるんですよぉ? 一度便利な方法を知ってしまった人間は、決して元には戻れないんですよぉ?」


 クスクスと笑いながら指摘してくる。それは誰が見ても、愛くるしい少女の微笑みだと感じるかもしれない微笑だった。だが俺は同時に、誰もが目を引かれる愛らしさであっても隠しきれない、こちらを見下すドス黒い感情も受け取っていた。

 余裕を崩さぬように努めた顔の裏で、背筋を汗が伝う。目の前に居る少女が、とてつもなく底深い泥沼のように見えた。




「それにぃ。もしも本当に止められちゃったとしても、私は別の土地で同じことをすれば良いだけですからねぇ。それこそ、いざとなればこの国を出て行っちゃてもかまわないんですからぁ」


「そうさせぬ為に、今ここで君を止めるのだよ、宇佐見君」


「へぇ……。どうやってですかぁ?」


 宇佐美の纏う空気が変わった。ピリピリとした緊張感が、目の前の少女から流れ込んでくる。

 俺の実力をどれほどのものと見積もっているかはわからないが、それでもある程度の戦闘力を有していることは知っているはずだ。しかも俺の隣には、百合沢という自分と同等の存在も居る。

 たとえ今、百合沢の感情が乱れていたとしても、一度戦闘が始まってしまえば、百合沢は力づくで宇佐美を止めることを厭わないだろう。彼女の性格的に戦闘行為の一刻も早い収拾をもくろむはずで、それはつまり、宇佐美の自由を奪うことに繋がるはずだ。


 だというのに、弓の勇者と称えられたこの少女は、その余裕の表情を崩さない。



「あれあれ~? もしかしてオジサン、ミカちゃんと二人がかりなら、ワタシを止められるとか勘違いしちゃってますぅ?」


「最終的には、力づくという手段をとらざるをえんだろうな」


「アハッ、アハハハハッ。なぁに言ってんです? 無理に決まってるじゃないですかぁ」


 刻一刻と緊張の度合いが高まる中、可笑しくてたまらないとばかりに笑う。

 目じりに浮かんだ笑い涙を拭きながら、宇佐美は俺の後方に控える百合沢を指差した。


「ねぇ、ミカちゃん。このオジサンに教えてあげなよぉ。いくら私達がおんなじ勇者でも《未来視》なんて微妙なスキルしか持ってないミカちゃんじゃ、梓ちゃんにはかないっこないってコトをさぁ」


「そ、そんなことっ!」


「あれあれ~? じゃ、やってみる? たった三秒先の未来が見えるってだけのスキルで、梓ちゃんの《時間停止》の相手が出来るか。試してみちゃう~?」



 時間停止、それが宇佐美の持つスキルの正体。俺はこの対峙に先立ち、その事実を百合沢に教わっていた。


 最長三秒先の未来の動きが見えるという百合沢のスキル。それは百合沢自身の身体能力とあいまって、直接戦闘ではほとんど敵のないシロモノに思えた。そもそも、とっさの判断力と戦場全体を認識するだけの広い視界を持っているのだ。それに加えて、リーチに長ける槍という獲物を持った百合沢が、たった数秒と言えども相手の行動を先読みして動いていれば、大抵の相手に不覚を取ることは無い。

 こうやって落ち着いて考えていると強く思う。ズルにも程があるだろうよ、と。


 だが、宇佐美のスキルはその更に先を行く。停止した時間の中で、自分と自分の触れた物だけが自由に動くことができる。制限時間は五秒にも満たないと言う話だが、それでもコイツ等の動きなら、永遠と言っても良いだけの余裕だろう。

 百合沢がどれだけ先を見越したとして動いたとしても、時間を止められてしまえば、回避も攻撃も間に合わない。とはいえ、宇佐美のスキルは連続して使い続けられるモノでは無いという話なので、一方的にやられてしまうコトはないだろうが、それでもいずれは宇佐美の方に軍配が上がってしまうだろう。

 つくづく厄介な能力を与えてくれたものである。というか時間停止ってどういう原理だよ、絶対まともな物理法則動いてねぇだろ、あんなん。


 ちなみに、この場にいない和泉のスキルは、いかなる衝撃だろうと自動的に消去してしまう《絶対防御》というスキルらしい。あの時魔族の若者の攻撃をかき消したのも、このスキルの効果なのだろう。

 思い返してみれば、俺がコイツ等と戦闘行為を行った時、同士討ちを考慮に入れない攻撃を宇佐美が繰り出していたのだが、それもこのスキルがあったからなのかも知れない。常時自動発動しているらしい《絶対防御》があれば、死角から矢が飛んできたところで考慮に入れる必要は無いのだからな。さらに未来視を持つ百合沢ならば、自分に当たる攻撃を予め予測することも出来たはず。

 もしかすると、俺があの時必至になってコイツ等に当たる矢を除いてやっていたのは、余計なお世話と言うものだったのかもしれない。まぁ、今更どうと言う事でもないんだが。



 圧倒的な力を背景に、宇佐美は勝ち誇るかのようにこちらを窺ってくる。確かにコイツの言うとおり、力づくでどうにかすることは難しいだろう。

 もちろん、俺が本気を出して魔法の力を行使すればどうとでもなるが、それは本当に最後の手段だ。


「さっさと諦めちゃいなよぉ。何やったって、いまさら手遅れだよぉ?

 それに、どうせなら宏彰(ヒロ)君の方連れて繰ればよかったのにねぇ。ヒロ君の《絶対防御》だったら、最悪でも引き分けには持ってけたんだからさぁ」


「こちらにも都合があってね。彼には彼でやってもらうことがある。

 ……それに言っただろう? 力づくでどうこうするのは、最後の手段だと」


 そちらが卑怯(チート)なスキルを盾にするのなら、こちらだってそれ相応の対処がある。

 卑劣な手段で、この俺に敵うと思うなよ?

次回、魔王様が大人気ない手段に訴えます。

だって大人だかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ