12 『勇者、相まみえる』
時刻は夕暮れ少し前。収穫を終えた田畑に伸びる下草が、緩やかな流れを作っている。さわさわと音を立てては形を変える秋色の模様を眺めていれば、それだけで時間を忘れてこの場に佇んでいたくなる。
だが、俺の少し後ろに控える少女の顔は、あくまでも緊張を隠さない。チェニックの上着として羽織った、薄こげ色の綿入れの裾を強く握り締めたまま、近づいてくる親友の姿を見つめている。
ほんの数日前までは、互いの全てを知っていると思っていた相手が、自分の知らない一面を見せてきた。それをどうやって受け入れるか。それともはねのけるべきなのか。捜し求めた友人との再会を、はたして喜んで良いのだろうか?
百合沢の迷いは定まらぬまま、三人目の勇者はその姿を現した。いつもどおり、なんでもなく。
「お久しぶり、かなぁ?」
「そうね、梓ちゃん。……心配したのよ?」
「ゴメンねぇ。ちょっと色々やることあったからぁ」
「だからって私にまで黙っていくことないじゃない。ホントに心配したんだから」
「だからゴメンってばぁ。良いじゃない、なんにもなかったんだしぃ」
この後に控える話の内容にはまるで結びつかない、ちょっとした待ち合わせに遅刻でもしたかのようなやり取りを交わしている。こう言っちゃなんだが、正直、不気味だ。
とはいえ、この時点でケンカ腰になられても困るのは確かだからな。タイミングを見て割り込ませてもらうとしよう。
「……再会を喜んでいるところ悪いが、そろそろ本題に入らせてもらおうか」
「あっ。すいません、ハインツさん。……つい」
「かまわんさ。君が宇佐美君の身を案じていたのは良くわかっている。だが、よかった良かったでしめられる状況ではないのも、わかってくれているだろう?」
「そう、ですよね。……梓ちゃん、貴女これまでどうしていたの? ちゃんと聞かせてもらわなきゃ、私だって納得できないわ」
「んとぉ……。まぁ、色々やってたんだよねぇ。ってか、そっちももう気づいてるんじゃないのかなぁ? そこのオジサンに色々きかされたんでしょ?」
「確かに教えてもらったけど、私はそれでも貴女からちゃんと聞きたいの。貴女はこの世界で、何をしようとしてるの?」
「そだねぇ。もう言っちゃって良いかなぁ。……私がやったのは、この国の農業改革だよぉ。この世界の人たちって、毎日のご飯にも困ってる感じでしょ? だから、みんながお腹一杯食べられるようにしてあげたんだぁ」
「……宇佐見君。君は、それがどんな事態を引き起こすかわかっていないのか? 食糧事情を改善しようとした結果、いかなる世界情勢を招くか、考えずに勧めてきたのか?」
「…………」
「梓ちゃん!」
「あぁ、もぅ。うるさいなぁ。……わかったわよ。ちゃんと話すってば。どうせ、もう手遅れなんだしね」
そう言って宇佐美は、これまでの自分の行動を説明し始める。
彼女のこれまでの動きは、俺が予想したモノとおおむね一緒だった。百合沢たちの目を盗んでの行動農業改革。そして、この地方の領主へ大規模農地改革を持ちかけたことまで。
唯一意表をつかれたのは、メリッサ王女の権限をほとんど全委任の形で譲り受けていたことだった。どおりで王女が宇佐美の動向を把握していないはずだ、詳細を説明させる義務すら放棄させている。この、腹の中で何をたくらんでいるのかわからん少女に、どうしてそこまで入れあげることが出来たのか? まったくもって謎である。
少なからず衝撃を受けている百合沢を横目に、宇佐美はこれまでの動きを説明する。その話は極めて論理的で、はっきりとした意図を感じさせる物だった。
そして最後に、ようやく。半年以上の付き合いの中で初めて、宇佐美は俺をその瞳の中に写し、言葉を紡いだ。
「――ってわけだから、いまさら私をどうにかしたって、この国の進む先は変わんないよ?」
「つまり君は、自分の行動がどんな影響を及ぼすかを始めから理解していたんだな。その上で決行した、と」
「そゆことだねぇ。ここから始まる大規模農法は、いずれ国境を越えて広がっていく。そうすればこの世界の人族は、どんどんその数を増やしていくよ。もちろん、この国の人たちが独自の手法として秘密にしてもかまわない。どうせおんなじ事だかからねぇ」
「この国が情報を秘匿すれば、それだけ他国との人口格差が生じる。そうすればここが侵略戦争に乗り出すのは目に見えているし、占領した土地でも同じような農法に手を出すのは間違いない。結果として、世界中で生産業改革が引き起こされる。人口爆発が起こるのも時間の問題というワケか」
「さっすが、話早いねぇオジサン。……そうだよ。そして人族は、この世界の覇者になるんだよ」
「その間に生じるであろう戦火も織り込み済みという事だな? いや、むしろそれによって更なる技術の進歩も狙っているのか……」
「戦争が技術革新の引き金になるなんて珍しくもないからねぇ。この世界は、これからどんどん発展していくよぉ」
まるでそれが、既に確定事項であるかのごとくに口走る。
正直なところ、ここまで明確に、先を見据えた行動を取っているとは思っていなかった。確かに宇佐美のこれまでの動きからは、一定方向へ世界を誘導しようとする意図のようなものがうっすらと感じられたし、その為の筋道になりえる流れも見えた。
だがこれまでの勇者の行動から、目先の物事に対する一時的な対処を行っているだけで、その結果引き起こされかねない未来への考慮は、まるで頭にないものだと思っていたのだ。明確にこの世界の歴史を変えようとしているとまでは、俺も流石に考えてはいなかった。
そしてコイツは、俺達がどうしてこの場にいるのかすら、予想しているかのような口ぶりだった。俺が世界を変えてしまう何かを潰す為に、この世界を歪める存在を邪魔することを目的として動いていることを。その為に百合沢を説得し、自分を止めようと動いていることにすら、気づいた上で話し合いに応じているかのようだ。
ここまで、もしかしたらと疑いながら動いてきたが、それでもはっきりとわかった。
宇佐美梓。こいつはまさしく世界を変える勇者。……つまりは俺の、敵だ。
見えない白手袋の応酬は既に済んでしまった。だがこの場には、それを認めぬ第三者も存在する。
百合沢は、俺達の間でどのような儀式が繰り広げられたのか気づいてすらいないように、なおも宇佐美の考えを諌めようとしている。
「梓ちゃん! ダメよ、そんなこと。戦争の引き金になるようなこと、私達がやって良いわけないじゃない。それに、そんな先のことだけじゃなくて、もっと身近に問題もあるわ。
梓ちゃんが助けてあげたいって思ってる、この国で農業をやってる人たちが困るかもしれない事態も起きるのよ」
「ふぅん……。それってなにかなぁ?」
「わかった。ちゃんと説明するから、よく聞いて考えてね?」
……やはり、この少女は気がついていない。既に何ヶ月も前の段階で、自分達が宇佐美に切り捨てられてしまっていると言うことを。それ故に、自分達に何一つ相談する事無く宇佐美が今回の事態を引き起こしたのだと言うことを。
考えれば無理もない話なのかもしれない。百合沢にとっての宇佐美とは、単なる同郷の友人と言うだけではなく、それ以前から親友だと思っていた相手なのだ。いくら環境や立場が変わったからと言って、それまで積み上げてきた思いが消えてしまうなどと言うことは、想像だにしていないだろう。こいつはまだ、十代後半の少女でしかないんだ。
それまでとは違った環境におかれてしまったことで、少し道を踏み外してしまった友人。少し考えが至らない為に、とんでもない事態を引き起こそうとしてしまっている友達。百合沢の見る宇佐美は、たぶんそんな相手だ。そして相手を信じているが故に、そのとんでもない事態こそが、宇佐美の真の狙いだとは考えられないのだろう。
愚かしいくらい純真で、眩しいほどに盲目だ。まさしく、勇者に相応しい。
少しずつ赤みを増していく空の下、勇者と勇者は対峙する。
いずれ崩壊に向かうのだとしても、俺には二人を見守る義務がある。
この世界に呼び出された事で生まれてしまった二人の変化。その責任の一端は俺にあるのだ。
どこか馬鹿にしたような口調で相槌を打つ宇佐美に対し、それでも相手の善意を疑わない百合沢は話し続けた。
ゆ「ウゾダドンドコドーン!」
う「ゴノ世界ハボドボドダ!」
ハ「日本語でおk」




