11+0.75 『少年は知る、それは最悪の手段であると』
ちょっと、なんで今の説明聞いて、そんなのんきな顔してられるんです。人口が増えるって意味、ちゃんとわかってんですか?
……あぁもぅ! わかったわかった、わかりました。
んじゃ、人口が増加する上でいっちゃんおっかない事態を、貴方に馴染み深い例でお話してあげます。これでわかんなかったら、アホ通り越して脳みその存在疑うレベルですからね。ちゃあんと聞いて下さいね!
さて和泉君。貴方の考える、戦争の歴史を変えた発明ってのを思い浮かべてくださいな。
……何が出ました? 鉄砲? 飛行機? おぉ、クロスボウを出すとはなかなかマニアックですねぇ。確かにあの発明によって、特殊な訓練の要らない弓兵を投入できるようになったのは大きな変化ですもんね。
鉄砲だって似たようなものですよね? 要は、初期費用からランニングコストまで激高な全身鎧騎士を、狙い定めて引き金引くだけのチープな民兵が、余裕で撃破できるってトコが肝なんですから。日本でも個人戦力としては最強だった甲冑騎馬武者が廃れちゃったのも、最終的には農民上がりの鉄砲足軽が幅利かせたのが決め手だったんですから。……騎馬鉄砲とかいうロマン兵科は忘れなさい。
つまり、近代ボタン戦争以前の世界では、如何に低コストで兵力を量産できるかって事が重要だったんです。貴方の言ったクロスボウも、ローコストで兵数を増やすって基本的コンセプトは同じです。近代の兵器にしたって、その威力が兵士何人分に換算できるかって視点で見れば、同じ事だと言えるかもしれないです。
結局のところ戦争なんて、どんだけ数をそろえられるかが勝負なんですよ。百人と百五十人が戦ったら、まず間違いなく多い方が勝ちます。コトワザにもあるでしょ、囲んで棒で殴る以上の戦略はないって。
……ん? あぁ、そういうの要らないです。少数が多数を打ち破った例がそこそこの数あるのは知ってますけど、それも本質的な意味じゃ逆です。わかんねーならちょっと脱線して話しますけど。……はいはい。んじゃちょろっと。
歴史上ごくごくたまに存在する、一人で何百人も相手できる変態は別として、基本的に一人は二人以上に勝てません。貴方の言う少数の軍が多数を打ち破った例ってのも、厳密に言えばこの基本に背いてないんですよね。
貴方もこういうお話に興味あるなら聞いたことあると思いますけど、いわゆる遊兵を作るなってコトです。切った張ったが主流の戦いにおいて、戦いに参加してる全部の兵士が同時に矛を交わすなんて、ほとんどの場合出来ません。場所の制限だったり、移動速度の違いだったりで、実際の戦闘行為を行ってる人数ってかなり限定されモンなんです。
それをうまいこと利用して、全体としては数で負けてたとしても、場所、時間を限定していえば多数で事に当たれるようにしてるだけ。それを繰り返すことで、終わってみれば少数が多数に勝ったように見えてるだけなんですよねぇ。
逆を言えば、最初っから沢山の兵士を用意できたなら、常に相手と同数以上の味方を戦わせることが出来れば、絶対に負けないんです。
まぁ、兵種による移動速度とか陣形とかが関わってくる難しいお話なんで、口で言うほど簡単ってワケじゃないですけど。それでも、多数をもって少数にあたるって方式が最適解なのは間違いないです。
ってか、軍記モノのマンガとか読んでたら、こんなん常識でしょうが。無双ゲーばっかやってっから、そんな良くわからん常識持っちゃうんですよ。二万年程遅く生まれた石器時代の勇者にでも憧れてるんですか? 趣味悪い。
話、戻しますけど……。
というワケですから、戦争の歴史を変えた発明の最たるモノは、私にしてみりゃ農業改革に他ならないです。それまで、どうやったって数百人単位でしか行えなかった小競り合いを、数千人、数万人規模の大規模戦争にまで引き上げたのは、間違いなく人口増大が原因です。
ってか、出来るだけ効率よく敵を殺すかって思想が発展したのだって、言っちゃえば戦争参加人数が増えたからと言うことも出来るんですよ。敵の数が数百人しかいなかったとしたら、それ以上に沢山の相手を打倒する理屈なんて、ハナっから出てくるはずがないでしょ?
……ん? 思ったより戦争参加人数が少ないって顔してますねぇ。ダメですよ? 伝記モノの数字まともにあてにしちゃ。どこの国がとは言いませんけど、戦争記録で人数の割り増しするなんて当たり前です。水増しされてない歴史資料なんて、廃課金者でも絶望するくらいにゃ激レアなんです。
これも有名な話ですけど、平時における常備軍の割合ってのは、総人口の1%以下ってのが普通。戦争やってる時でも、5%超えれば国の人材基板が崩れます。首都の人口がようやく一万人に届くかなってレベルの世界において、数千人規模の軍なんて、国家存亡の危機に対する最終本土決戦でもない限りありえねーんですよ。
そんな時に、農業改革で都市人口の増大が行われちゃったらどうなります? さっき生産量が三倍になれば、都市人口が五倍になるって話しましたよね。それはつまり、常備できる兵士の数も五倍になるってことですよ? 特に強兵に力入れてるわけでもない今の感覚そのままで、あっちゅうまに軍事大国が出来上がっちゃうじゃないですか。
それに、いざ戦争ってなった時も、豊富な食料を常に供給できるだけの生産力を持ってるってのはとんでもない武器ですよ?
他所の国なら、ある程度の兵数を確保する為に農民を募兵したりしますけど、それによる生産力の低下は結果として国の体力を削る。でも、生産力の向上したこの国なら、ちょっとやそっとの人的消費じゃ揺るがないくらいの大量生産体制が出来上がってるんです。
お腹すいたらケンカできないのは当たり前なんですから、常に満幅状態の兵士を用意できるってのが、どれだけ凄いことかくらいわかるでしょ?
農業改革って字面だけだと、なんだか平和でみんなの為っぽく見えちゃうかもですけど、実際引き起こされるのは強国への第一歩。そんなの、余所者の私達がやって良いコトなわきゃないでしょ? 世界最強の国造りやりたいなら、さっさと元の世界に戻って、栄光逆にしたゲームでも好きなだけやりゃ良いんです。
はい~? いや、ねぇ、和泉君。……そりゃ確かに、これまで私達がお知り合いになったこの国の人たちは、良い人たちばっかでしたよ? どれだけ強い国になっちゃったとしても、ヨソさまにケンカ吹っかけるような乱暴な政策は取らないかもしれないです。
でもね? そんな平和主義の善良さを、まだ会った事もない他国の指導者さんたちにまで期待するんですか?
ご近所に、このまま行けば世界有数の農業国になる可能性を持った国がある。しかもほっときゃどんどん兵力増大して、自分達を脅かしうる存在になっちゃうかもしれない。そんな状態にこの国がなったとしたら、先手を打って攻め取っちゃおうって考えるのが当然でしょ!?
よしんば即刻開戦ってコトにはならないとしても、外交上の警戒度は天井知らずですよ? 確定で仮想敵国扱いされるに決まってるじゃないですか。
しかもですね? この国はただでさえ勇者だなんて、超強力な汎用人型決戦兵器が四人も在籍してるんですよ。おぉ、その場合私が最弱だからばっちり四天王ですね。……って、んなこたどうでも良いんです!
現時点ですら、他所の国に警戒されちゃってるってのが重要なんです。旅行の前の会議でも、そんな感じのコト話してたでしょ?
勇者の存在に富国強兵まで揃っちゃったら、それこそこの国は、世界征服をたくらむ悪の親玉みたいに見られちゃいますよ。この国に迷惑おかけしない為にも、絶対やっちゃダメなんです。
もう、わかったでしょ? 農業改革なんておっかないこと、私たちは手を出しちゃいけないんです。この国を乗っ取って、世界の覇者を目指してるんでもなけりゃ、絶対にやるべきじゃない。宇佐美さんがどんなつもりで始めたのかは知らないですけど、もしわかってないなら私達で止めてあげるべきです。……わかってやってるなら、それこそ力ずくでも。
しかも今言った危険性のお話は、この後の領主様との説得には使うことの出来ない材料です。
だってそうでしょ? いくら戦争の危険があるかもって言ったって、上手くすればこの国が世界一になれるかもしれない方法なんですもん。他所の国が警戒するよりも早くこの国の農業改革が進んでしまったら、ここは世界征服だって夢じゃない強国になれるかもしれない。リスクとリターン考えて、賭けに出ないとは限んないですよ。
そしてきっと領主様は、この国の未来が、その方向に進むかもしれないってコトには気づいてると思います。そんくらい賢くなきゃ、一地方の領主になんてなれないでしょうからねぇ。
だから私たちは、この可能性を考慮してることを臭わせつつ、別の話で領主様を説得します。もしもこの国が危険な道に進むなら、私たちが黙って見過ごしたりしないかもって思わせながら、あえてこの話はせずに説き伏せるんです。
この国が強くなることを、表立って阻止はしない。けど、このまま進んで侵略国家になるコトも望みはしない。そういう立ち位置を見せるんです。じゃなきゃ、私達がこの国の人たちから敵扱いされちゃいますもん。
別の説得の材料は、ちゃんとハインツさんから貰ってます。私がそれをお話しますから、和泉君は後ろで控えといてくれたら良いです。
けど、絶対に私達が妥協しないんだゾって表情は作っといてください。そんなおっかない道にこの国を進ませたりしないって、強く思ってて下さいね?
……その為に、こんな話までして理解してもらったんですから。
さて、もうそろそろ見えてきましたね……。いよいよ領主様のお屋敷ですよ?
基本的にお話しするのは私。和泉君は私たちの意志の体現者。そのスタンスで行きましょう。
絶対、甘い顔見せちゃダメですからね?
始終しかめっ面作っといてください。それ以外は特に期待してませんから。
さぁ、それじゃ……。気合、入れて、いきまっしょい!!
以上、絹川さんの胡散臭い解説でした。
小数点交じりもここまでになります。
次話からナンバリングも通常通りに戻り、
話も佳境に入ってまいります。




