11+0.5 『少女は語る、それが最高の手段であると』
んじゃあ和泉君。アナタにもわかりやすく、噛み砕いてすりおろしてお話ししますね?
まず農業ってのは基本的に、作物を育てる農耕と、家畜を育てる畜産でおこなう生産業全般のことを言うんです。他にも林業だったりも一緒にされることがあるんですけど……なぁんでこれらがひとくくりに「農業」って言葉で纏められちゃうかというと、そこに密接な関連があるからなのです。なんとなくイメージは湧くでしょ?
んじゃ次。ここまでの話で、農業における収穫量を増やすってことが、一口で言い表せるような単純な問題じゃないことは言ってましたよね。どの期間で物事を考えるかだけでも大きく違いますし、家畜との兼ね合いなんかまで考えたら、それこそどこまで広い目を持たなきゃなんないかわかんないです。……まぁ、自然を相手にするワケですから、当然の事だとも思いますけどね。
とはいえ、そんな複雑怪奇なお話をしたところで、和泉君じゃピンと来ないのも当然。ここは、ものすっげぃ大雑把に考えましょうか。
ある年の生産量、農耕畜産全部を含めた生産物の総量ですね。これを便宜上、100Sとしましょう。SはSEISANのSですね。
んで、和泉君がなんやかんやをなんやかんやした結果、全体収穫量を三倍に出来たとします。さて、農業生産物が増えたってことは、つまり食べ物が増えるってコト。それまでこの国の人口が一万人だったとした時、300Sにまで増えた生産物で、はたして人口はどれだけ増えるでしょうか?
ふむ、三万人?
……だ~か~ら~っ、アナタはっ、アホなんですよぅ!! ……あ、いえ。言いたかっただけです。
まずですね、麦だろうと米だろうと、元の種がなきゃ増やせないでしょ? いわゆる種籾とかに使われる植物は、その年の収穫の中から用意しなきゃならないんです。地面に水かけたら、ぽこじゃか生えてくる訳じゃないんですよ。
である以上、もともとの100Sの中には、当然その分も含まれる訳です。更にこの世界の生産効率だと、麦種一に対して収穫できる実は良くて四~五。つまり全体の二割以上は、次の年の種籾として残さなきゃならない訳です。
ただしこの100Sでお話しするときには、この世界の牛モドキとか豚ちっくな動物からの生産物も含まれてますし、麦なんかよりよっぽど収穫効率の良いイモやトウモロコシの生産も始まってるって話ですから……大雑把にいって20%。つまり20Sくらいが、手を付けちゃいけない、種の部分ってことにしましょう。
んで、残った80Sですけど、これ全部が売り物になるかっていうと当然違います。農家の皆さんもご飯食べなきゃいけませんからね。自分達で消費する量、つまり自家消費って言われる分も除かなきゃいけません。これもいろいろ誤差ありますけど、概ね全体収穫の三~四割は自家消費分とされるそうです。ここでは四割ってコトにしときましょうね。
というわけですので、市場に出回る生産物は残った40Sだってコトです。この数字、覚えといてくださいね?
次に、この国の人口比率を見てみましょか。
いわゆる町で生活してる人たちってのは、大工さんとかみたいな工業に関わる人、商売やってるヒト、その他にも兵隊さんだったりに分けられます。メリッサ王女とかハインツさんみたいな、お貴族様なんかもここですね。
んで、ソレとは別に村に住む人。殆どが農業をやる人たちで、猟師さんとかの狩をする人たちもいます。とはいえ、大工さんでも村に居る人は居ますし、農業やってて王都に在籍してる人も居ます。そもそも一つの町に定住していない行商人さんとかも居る訳ですから、一概に町の人、村の人って分け方は出来ないんですけどねぇ。
まぁそれはそれとして、全人口のうち農業をする人たちの比率がどうなっているのかってコトこそが重要です。ハインツさんがケチケチで詳しい国民情報教えてくんなかったですから、これも想像になっちゃうんですけど……。今の技術から推測するに、農業人口はたぶん、六割から八割程度だと思います。残りの三割前後の人たちが農業以外で生きてる人になっちゃいます。
わかります? さっきのお話で出た40Sの生産物で、残りの人たちの食事を支えている計算になる訳ですよ。職業別人数比と消費量の比率に違いが生じているのは、それだけ町の人たちの消費が多いってコトですよね。一般的な農家のお父さんと、消費がお仕事のお貴族様の消費量がおんなじじゃないのは当然ですからねぇ。
さぁ、ここで問題に戻りましょう。
和泉君の余計なお世話のせいで、生産量は100Sから300Sに増えました。そしてこの時、農業人口に増減は無いものとします。つまり300Sから、種の分で残す二割を除いて240S、更に自家消費の40Sを引いて200Sが残りました。ってことは非農業人口にまわる生産物は、元の40Sの三倍である120Sどころか、五倍にまで増えちゃったワケですよ。
更に話を進めちゃうと、最初一万人だった人口のうち、農業やらない人はだいたい三割の三千人。供給される食料に比例して人が増えたとしたら、同じく五倍の一万五千人まで増えることになっちゃいます。
どうです、おっかないくらいの増大でしょ?
……はい~? 総人口でみれば三倍以下じゃないか、ですって? 真性のアホですかアナタ。都市人口が五倍になってんですよ!?
実際のデータに直しちゃえば、現在一万人の都市だったこの国の首都が、五倍の五万人都市になったんですよ? 今の日本で言うところの、九州のいち町村程度だった人口が、一気にサイタマの幸手市になったくらいの進化です。……あ、いや、これじゃあんまり凄さわかんね~かもですけど。
なんにせよです。食物生産に関わらない、消費するだけの層がそれだけ増えるってのが、どんだけ社会全体を発展させると思ってんですか! 技術にせよ文化にせよ、生きるうえでの余裕が生まれて始めて発達していくんですよ?
言っちゃえば、全部の発達の土台になるくらいの大躍進なんです。……わかりますか? わかりましたね? …………よろしい。
んじゃ、ここまでの話まとめますね。
なんにしても、近代的農業の生産率はこの世界のソレとは比べ物にならないくらい優秀。それこそ、十倍二十倍の高効率な農業技術が確立してます。たった三倍の生産効率になっただけで、都市人口が五倍に膨れ上がるほどの影響力です。……もちろん、それだけでもこの世界にとっては飛躍的な向上ですけど。
んでもしも、私達の世界の農業技術の半分くらいの生産力を生み出してしまえば、それこそ十万人クラスの大都市が出来上がるのもそう遠い話じゃない。そしてそれだけの都市人口を賄えるようになるってことは、同時に工業や商業の大発展を促すことにも繋がっちゃうんです。
技術チートだとか内政だとかって言いますけど、そんな小手先のテクよりも、純粋に人口を増やす農業革新こそが、最もその世界を発展させる手段だっていえるんです。だからこそ、世界を進歩させる最高の方法なんですよっ!
さて……ここまでだったら、単純に、人口増えたよやったーで終わらせられます。というか、このデータ上の実績が簡単に予想できるからこそ、始まってしまった農業改革を阻止することは困難なんです。
だって余程のヘタを打たない限り、農業改革は少なからず成功しちゃう。そしてその結果は確実にこの国を富ませるでしょ? 国全体を捉えた時、発展できることが目に見えているってのに、それを止めさせる理由なんてなかなか出てくるもんじゃないです。
だからハインツさんはあんなに深刻だったんです。宇佐美さんの計画を潰すとして、理想を言えば実行前に止めたかった。最悪でも領主様に具体的な方法が伝わる前だったら、大きな改革を阻止することも簡単だったんです。
けど、少なくとも今の時点で、宇佐美さんは計画の大部分を説明し終わっているはず。彼女の意志がどれだけ正確に伝わってるかはわかんねーですけど、それでも農業改革の有用性は伝わっちゃったはず。
だからこそ私は、この状況をさして「詰んでるかも」っていったんですよ……。
引き続き、絹川さんのお話。
まぁ、前話が+0.25だったですから、
お気づきになった方もいらっしゃるでしょうけども。
もう一話だけ、
数字で誤魔化す絹川さん節をお楽しみください。
ご意見、ご感想ありがとうございます。
評価、ブックマークに思いをはせつつ、
今回と次回のお話に対するリアル準拠のツッコミは、
大丈夫●、絹川さんの解説だよ▲ ……ということで、
ご寛恕願えればと存じます。
(上記の●、▲内には、!や?等、お好きな記号を当てはめてお読みください)
本作における異世界とは、
この世界と同じ歴史を紡いでいる、未発達の世界ではなく、
この世界と違う要素を含んだ、発達途上の世界であるということを、
ご理解いただきますようお願いいたします。




