06 『主人公 皆を集めて さてと言い』
――さて、色々といいたいことはあると思うが、まずは私の話を聞いてもらいたい。
状況は既に承知のことと思う。勇者宇佐美君が姿を消し、連絡も行き先の手がかりもないまま一日以上の時間が過ぎている。和泉君が走り回っても見つからないし、私が調べてもわからなかった。城を含めたこの町のどこを探しても、彼女の姿を確認することが出来ていないのが現状だ。
この国に仕える人間として看過できることではないし、もちろん心情的にも放置できない。彼女は現在どこに居るのか? これから行うのはそこに至るまでの話だと理解してもらいたい。
……違う違う。既にわかっているのに勿体をつけているわけではないんだよ。正直に言って、彼女が今どこに居るのかは私にもはっきりしていない。……少しばかりの予想を立てることは出来るがね。
これから行うのは、宇佐見君がどこに居るのかを明らかにする推理ではなく、そこに至るまでの道筋を作る為の下準備だ。まぁ良くわからんならそれでもかまわん。なに、そこまで時間がかかるような手続きじゃないのだ。それくらいの時間、こちらの話を聞いてくれはするだろう? 和泉君。
さて、今回の宇佐見君の失踪だが、不可思議な点が少なからず在る。まずは、そこをはっきりとさせていこう。
まず、彼女の身柄が他者に誘拐される可能性があるということは、先ほど説明したとおりだ。
他国にとっても勇者という存在はそれだけ重要で、かつ喉から手が出るほど欲しいモノ。積極的に狙うかどうかは置いておくが、機会があれば自国に引き込むことを躊躇しないくらいには垂涎の的だということは確かだ。その点は誰もが理解してくれているものと思う。
だが、ここで最初の疑問がある。もしも勇者を力ずくでどうにかしようとしたとして、何故標的が宇佐見君だったのか。男女の差で和泉君が省かれたというだけなら理解も行くが、それならば百合沢君、君を狙っても良かった訳だろう?
君達の日常的な振る舞いに関しては、紛れ込んできた他国の諜報員によって、その殆どが知られていると思って良い。……アイツら、それこそ吐いて捨てるほど居やがるからな。
君達はこの城の中で比較的自由に行動しているから、人目につかない場所で一人になる機会を窺うのはそれほど困難ではなかったハズだ。その中で宇佐見君を狙う隙があったのなら、同時に他の誰かを誘拐する機会もあっただろう。
けれど実際に姿を消したのは宇佐見君だ。これがまず一つ目の疑問だ。
次に……。これはそこに居る絹川君にも調べてもらった事だし、私の方でも人を使って確認した事なのだが、現時点までこの城の中は平常どおりに進行している。特に騒ぎがあったと思っている人間は居ないし、何らかの事件の痕跡に気がついている者も居ない。
おかしいだろう? 勇者と謳われるほどの人物を誘拐したにもかかわらず、一切騒ぎになっていないんだぞ?
百合沢君。もしも君が拐かされようとしたとして、果たしてどれほどの人数が必要だと思うかね? たとえ特殊な訓練を受けていたとしても、普通の人間が君達をどうにかしようとしたとすれば、いったいどれだけ大掛かりな仕掛けが必要だろうか?
もちろん、個人の能力による違いはある。物理戦闘に長けた君と、遠距離戦が得意な宇佐見君を同じように考えることは出来ないだろう。だが、それでも君たち三人の身体能力はずば抜けている。普通の人間が太刀打ちできるようなものではない。
にもかかわらず、この城の中で何の騒ぎも起こさずに勇者という規格外の戦力を誘拐する。これは、果たして可能なことなのだろうか? これが二つ目の疑問だ。
……そうだな。実際起こってしまっているのだから、可能不可能を論じても仕方ない。それは和泉くんの言うとおりだ。だからこそ次の疑問が出てくるんだよ。
もしも誘拐されたのだとしたら、何故、犯人達はもっと狙いやすい相手を選ばなかったんだ? ……そう、お前だよ絹川。
先も言ったように、君達についての情報は常に監視されている。ならば他三人よりも圧倒的に個人行動の時間が多く、かつ、王城の外まで頻繁に出かけているお前を狙わないのはおかしいだろう? 少なくとも、生じる危険は格段に低いはずだ。
……いや、違うぞ絹川。確かに純戦力としての勇者を欲していたから、お前が標的から外されたという見方は出来る。出来るが……その判断が可能なのは、お前が如何にどんくさい生き物であるかを知っている人間、つまり俺とお前だけなんだ。お前はこの世界に来てからこっち、その手の荒事に一切関わろうとしていない。だから、お前がどれだけ動けるかの判断材料を誰も持っていないんだよ。
ほれ、まわり見てみろ。みんな、お前が十人並み以下の戦闘能力すら持ってないなんて知らなかったって顔してるだろ? 他三人に多少は劣るかもしれんが、それでも勇者なのだからそれなりの戦力はあると思っていただろう。それが普通の考えなんだ。
同時に、周囲の予想では、お前も他三人も力ずくで対応しようとした時の労力はさほど変わらないと予想していたはず。誘拐犯とやらが存在したとすれば、そいつ等も同じように判断しているはずなんだ。
ということで、外から見たときの勇者としての評価は同じ。そして、改まった場にあまり出てこないくせに個人行動は隙だらけのお前は、誘拐の標的としてはまさに狙い目のはず。勇者という存在を狙った犯行なら、真っ先に標的なるはずは絹川、お前のはずなんだよ。
ここまで来ればわかるだろう? 何故、条件的に有利なはずの絹川ではなく、宇佐美君が狙われる? しかも日常的に人で溢れている城の中で一切騒ぎを起こさずに。こんなの、どう考えても不自然が過ぎる。
結論として私は、これは誘拐などではなく、宇佐見君自身の意志によって行われた失踪だと考えている。もちろん理由はわからない。だが、誰かにさらわれた訳ではないのなら、こちらの動きも変わってくる。
……あぁ、もちろんそれが一番の問題だよ、百合沢君。彼女が何を思い、どんな意図で姿を消したのか。そして今現在どこに居るのか。それを考えるのは大切だ。
そしてここで、先ほどの話を思い出してもらいたい。先ほど私は言ったね? 現在、彼女の失踪は一切騒ぎになっていない、と。
先に伝えたように、君達の動向は常に把握されている、それはなにも他所の諜報員に限ったことではない。失礼だが、この国としても君達の動きは常に確認しているはずだ。それなのに、宇佐見君の不在がどこでも問題になっていないのだよ。おかしいだろう?
もちろん、君達の行動は君達自身の意志が最優先される。どこかに出かけたいといえば反対は出来ないし、究極的には私達に押し留めることなどできない。だが、それでも把握はする。今どこで、何をしているのか。それを知ることの出来ない状況にするはずはないし、もしもそんな状況になったとしたら一大事のはずだ。国をあげての捜査網が敷かれたとしてもおかしくはないくらいの事態だ。
宇佐見君が自分の意志でこの城を出て行き、だというのにどこでも騒ぎを起こさない。正確な現在位置を君達や私を含めた重要人物に洩らさず、その上で問題にさせない。街門どころか城門を出た記録もなければ、アレだけ目立つ風貌だというのに街中に潜伏している様子もない。
そんなこと、宇佐見君に可能なことだろうか?
無理だよな。そう、無理なんだ。この世界に来て半年やそこら、金も土地勘も伝手もない彼女に出来ることじゃない。絶対的な協力者が必要だ。城内おろかこの国の人間ほとんどに命令ができ、かつ私相手にすら洩らさぬほどの口封じが出来る権力を持った協力者が。
宇佐見君の周囲に居る人間でそんな権力を持った人間。しかも、一朝一夕には実行できない計画を進めるため、彼女と親密に話をしていても不自然でない人物。そんなの、私の知る限り一人くらいしか心当たりがない。
この場にいる人間全てが持っている疑問。宇佐見君がいま、どこで、何をしているのかという不明点。それに対しての明確な答えは、その協力者に話を聞くのが一番だ。
百合沢君や和泉君との関係を考えれば、黙って姿を隠す事がどれだけ二人に心労を与える結果になるかなどすぐにわかりそうなものなのに、どうしてそんな行為の背を押したのか。勇者の行方不明なんて、もしも諸外国に知られてしまえば戦争の切っ掛けにもなりかねない大問題に、何を考えて手を貸してしまったのか。
此処にいる全員が、責任ある回答を求めてしかるべきでしょう。
……そうは思いませんか?
王城の一室、時には王を交えた話し合いすら行われる会議室の中。全員の視線は、今、俺が問いかける一人の元に集中する。
この場にいる誰よりも華美な衣装に身を包み、そのくせ誰よりも怯えている人物。青ざめた唇をプルプルと震わせているその娘に対し、俺は容赦なく問いかける。
「宇佐見君の行方。貴女ならばご存知なのでしょう? ……メリッサ王女」
次回、VS メリッサ王女




