02 『華と花と鼻』
「失礼します、ハインツさん。お待たせしてしまいましたでしょうか?」
「いやいや、こちらから呼びつけたのだ、君が気にすることじゃない」
多少緊張しているのだろうか? 少し語調の堅い百合沢を、以前と同じ来客用のソファーに促し、俺も向かい側へと腰掛ける。先ほどまで寝転がっていた小娘は、今回は迷わず俺の隣へと座った。……まぁ今回は話の内容が内容だからな、そこで良いだろう。
待て、何故そんな得意気な顔をする。鼻の穴広がってんぞお前。百合沢も微笑ましいものでも見てるような笑顔を浮かべてんじゃねぇ。クソッ、なんなんだコレ、すげぇ尻の座りが悪い。ったく、おちゃらけた空気出してんじゃねぇよ。今回は真面目一辺倒な話し合いにするつもりなんだからな!
現在この部屋には、俺と絹川、そして百合沢の三人しか存在していない。別にいつもの部下達に聞かせられないような話をする訳ではないのだが、三人分のお茶を用意させた後は席をはずしてもらっている。万が一、万が一にも話がこじれてしまったときの用心だ。
荒事になってしまった時の目撃者は少ないほうが良いし、その為の備えも一応しているのだ。
ティーカップに唇をつけた百合沢は、抱いた緊張を解きほぐすようにゆっくりとお茶を飲んでいる。少し俯いた拍子に、艶やかな黒髪がさらさら肩口に零れた。……絵になる娘だ。別段華美に整えたつもりもないこの部屋のソファーが、いずれ名のある工匠の手による逸品のように見えてくる。いや、一応は大臣の執務室だし、安物置いてるというワケでもないんだけどな。
別にじっくり鑑賞つもりなどなかったのだが、それでも人の目をひきつけるだけの魅力がある娘だ。ただ華やかなだけではなく、そこに居るだけで凛とした雰囲気を作り出すような印象すら受ける。純粋で厳かな一輪の花。まさに、名は体を現すということなのだろう。
などと考えていたら、隣に座る小動物から、
「なんか……、チューリップみたいになってますよ、ハインツさん」
いやに冷めた批評が飛んできた。思わず振り向けば、これまたジトっとした表情を浮かべていやがる。……何だ、その目は。
「わっかんねぇなら良いんですよ~だ」
まったくもって意味がわからん。目の前の百合沢ならいざ知らず、男の俺を花にたとえるとはどういう了見だ?
首をかしげる俺を他所に、目の前の少女からコロコロと鈴を鳴らすような笑い声が零れてくる。
「すいません、つい……。えぇと、ハインツさん。チューリップという花はご存知ですか?」
「それは、まぁ。知っているな。あれだろう? 赤とか黄色の丸っこい花をつける、茎の長いヤツだ」
「それです。茎が長い、つまり、お花の下が長い……」
「……わかった。みなまで言わないでくれ」
思わず頭を抱えたくなった。……別に鼻の下伸ばしてなんかねぇよ! わかりにくい表現しやがって。
妙に得意気な絹川をどツキまわしたくなる衝動を抑えつつ、大きめに咳払いをする。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらおう。今日、足を運んでもらった用件だが、実は君に折り入って頼みたいことがある。……というか、聞き入れてもらいたいこと、だな」
「はい。私の方も聞きたいこと、聞いてもらいたいことがありました」
それまでの空気を引き締めるつもりで出した俺の言葉に、百合沢も居住まいを整える。隣のアレは視界に入れないようにしているが、流石に話が始まれば神妙にしていると信じたい。
さてどうするか。せっかく手の内を晒してくれるというのだから、先に百合沢の話を聞いても良いのだが……。いや、やはりこちらが主導を取るべきだろう。あちらの話の内容も、おおよそ推測できない訳ではないのだ。
一つ、大きく息を吸い、俺は話し始めた。
「では、こちらの用件から話させてもらおう。
……単刀直入に言わせてもらうと、私は、君がこれ以上この世界で何か行動を起こすことを辞めてもらいたいのだよ」
大上段から振り下ろした俺の言葉を百合沢は待ち構えていたようだった。こちらから視線を外さず、それでも膝の上に置かれた手のひらが小さく動いたのが視界の端に映った。
「ハインツさんがそうのように考えているのだろうなということは、うすうす気がついていました。
……私たちはこの世界の呼び出されてから、沢山の人たちに色んなコトを望まれてきたんです」
「それは、まぁそうだろうな。君たちは勇者だ、皆が期待をかけるのも無理はないことだろう」
「はい。私も自分たちはそういう存在なのだと思っていました。だから期待に応えねば、とも。……ですがハインツさん。貴方だけは、私たちに何一つ望んでこなかったんです。
はじめは、単に私たちのことが気に入らないからなのだとも思いました。王女さまから、ハインツさんが私たちの召喚に反対している人だとも聞いていましたし……、だから私たちが何かをするのが気に入らないだけなんじゃないか、と」
遠慮がちにオブラードに包んだ言い方をしているが、実際はもっと直接的な悪口を聞かされていたのだろう。ぶっちゃけメリッサ王女は俺のことを嫌っているのだ。それは勇者召喚にまつわるアレコレだけではなく、もっと以前からの話である。
今となっては何がきっかけであったのかも良く覚えていないが、初めて対面した後から少しずつ距離を取られ、今では大手をふるって敵対視されるようになってしまっている。まぁこちらとしてもあの小娘に媚びへつらう理由は何一つないので、自然キツイ態度になってしまっているのは言い訳の出来ないところではあるのだが……。
ちなみに俺の態度は、アレが次期王になろうがなるまいがきっと変わらないだろうと思う。もちろん、公の場では礼節を保ちはするけれど。そもそも、たとえ気に入らない相手だからといって表立って排斥するような態度を見せたとして、そんな王が長く玉座に座り続けられるような国ではないのだ、この国は。
うっかり頭に浮かべてしまったアホ王女の顔を隅に追いやっている間にも、ちらりと絹川に視線を走らせつつ、百合沢は続ける。
「ですけど、直接お話しするハインツさんは、メリッサ王女の言うような人ではありませんでした。私たちのことを少なからず気にかけても下さってましたし……。
それに、絹川さんがこちらに良くお邪魔しているということも知っていました。だから、私たちを異世界人だってだけで毛嫌いしているということはないんだろうな、と思っていたんです」
「異世界人ってだけで目の敵にしてるんだったら、私もここまで好きにしてらんないですからねぇ」
「その通りだわ、絹川さん。けれどハインツさんと仲良くしている貴女は、私たちと違って勇者らしい何かをしていない。唯一行動していたのは、あの飲食店のときだけだったわ。でもあれも良く聞いてみれば、私たちがしでかしてしまった事のフォローをしてくれていただけだったものね。
……だから、こう考えたんです。ハインツさん、貴方は私たちが異世界人だからと言って嫌っているわけじゃない。けれど、私たちが勇者として何かをしようとすることは望んでいない。だから、勇者としての私たちも、その私たちと一緒に動こうとする王女様のことも、良く思っていないんじゃないかと」
自分の考えを確かめるように百合沢は自分の考えを話す。いや、つくづく聡い娘だ。自分を受け入れようとしない相手がいたとしても、どうしてそう振舞うのかにまで考えを及ぼすことなど、なかなか出来る物じゃないだろうに。
……ここまで考えられるのなら大丈夫だろう。今のところのコイツの話に、あの女神の思考が関与しているとは思えない。こちらももう一つ、胸襟を開いても良さそうだ。
俺はぐっと前に身を乗り出し、百合沢と目線を合わせた。
「君の考えは、概ねその通りだよ、百合沢君。だが、どうして私がそう考えるのか。そこに思い至るかね?」
「正直に言ってわかりません。……その、これは和泉君がこぼしていた事なのですけど。彼は、よそ者の私たちが出しゃばるのが面白くないんじゃないかって言うんです。なんというか縄張り意識のようなもので。
でも、私は違うと思いました。もしもハインツさんがそんな風に思っているなら、あの旅の最中私たちにいろいろとお世話を焼いてくれるのはおかしいです。いくら引率役になったとしても、もっとぞんざいに扱われてもおかしくなかったですから」
旅の間のアレコレを思い出したのか、少しだけ申し訳無さそうに打ち明けられる。取り立てて世話を焼いてやったつもりもないのだが、俺が否定するようなところじゃないだろう。まぁ、俺のことをそんなみみっちいヤツだと思っていやがるあのガキの処遇も、今は置いておこう。
「これが、私がハインツさんに聞きたかったことの一つです。私は確かにイロイロと未熟です。でも、それでもこの世界の人たちの為にいろんなことができると思います。それでも、ハインツさんは何もするなって仰るんでしょうか?
そうだとしたら、その理由はなんなのでしょう。もし私が気づいていないことがあるのなら、それを教えて欲しいんです」
この世界の為、か。どうにもきな臭い台詞が出てきたが、少なくとも現時点での自分達に対し、自分なりの疑問を持っているのは確かだ。
焦るなよ、俺。ここで話の持って行き方を間違うわけにはいかない。玉ねぎの皮を一枚ずつ剥くように、しっかり確実に理解してもらうのだ。
頭の中で言葉を選びつつ、俺はもう一歩踏み込む。
「百合沢君。それでは、私が君たち異世界人に対して抱いている考えを、聞いてもらえるだろうか?」




