15(第四章 終) 『気持ちの問題としては』
ガタガタと路面を進む馬車の音が耳に心地よい。
もうしばらく進めば王都の外壁が見えてくるこの辺りまで来ると、すれ違う馬車もそれなりの数になってきた。
だんだんと広くなってきた道幅ではどちらかが通り過ぎるまで道を外れて待っていなきゃならないような不便さはない。とはいえ生き物に引かせた馬車が思いも寄らない挙動をするなんてありふれた話だ。交差の瞬間は気を張ってしまう。
だから本当なら、やってくる馬車の積荷がなんなのかを予想しては一喜一憂している声には多少なりと苛立ちを覚えてもよさそうな物なのだけれど、なんとなく非難する気にならないのは、まぁ、そういうことなんだろう。
「だぁめだぁ。ぜんっぜん当たんないですよぅ。ちょっとハインツさん。なんかズルしてんじゃねーでしょうねぇ?」
「言いがかり極まれりだな。洞察力が低すぎるんと違うかね、絹川君?」
正直に言えばタネはある。収穫後のこの時期に王都から食い物の類がこちらに流れることは少ないのだ。これから先は冬支度の為の防寒着であったり家財の修繕道具などが出て行き、逆に食料関係が運び込まれる時期だ。なんのかんのと食べ物ばかりをあげているコイツの予想が当たる確立は果てしなく低い。
ま、教えんけどな。
「もう良いですよぉだ。やめやめ。この遊び終了です」
「続けてくれと頼んだ覚えはないんだが。……まぁ、もうそろそろ王都に着くしな。頃合だな」
「おろろ、もうそんなとこまで来てましたか。なんでしょ? たった1月ちょい出かけてただけなのに、帰って来たなぁって感じですね」
「たかだか数ヶ月居ただけの場所に帰ってきたも何もないだろよ」
「それでもですよ! わかりませんかねぇ。この繊細な乙女心ってヤツが」
「鋼線で編まれたような繊細なんぞに共感できるか」
「誰が鋼の心臓ですかっ。顕微鏡見るときのうっすいガラスくらい敏感な乙女をつかまえて!」
カバーガラスか? ありゃ確かに脆いな。いっそプラスチックで代用できんのかと思うくらいは脆い。
と、それまで肩に乗っていた感触が離れ軽い音を立てて荷台が軋んだ。俺の後ろで立ち乗りをしていた絹川がその辺りに腰掛けたんだろう。
昼過ぎのこの時期は1日で1番気温が上がる時間帯だ。冬の太陽の暖かさを顔面に感じながら、背中越しに絹川との会話を続けた。
「そういや後ろの連中はどうだ。なにか変わった事あったか?」
「なにかって……。ハインツさんも毎日会ってるでしょうに。そんな劇的な変化はありませんよぅ。みんないつもどおりですね。メイドさんたちも和泉君完全に見切っちゃったみたいですし。」
「ほぉ……。とうとう愛想尽かされたか」
「そんなトコでしょ。リヒテンハイム出てからこっち、お仕事距離保っちゃってますもん。最終的に責任とってくれないってわかったら、いくら格好良くても最後までついてく気にはなんないでしょ」
「予想通り過ぎる展開が哀れではあるが……。当の和泉もあんまり気にして無さそうだしなぁ」
アイツとしては、自分以外の男に興味を示すんならそれでかまわないって体だ。去るものは追わず? 持つ者の余裕? もとより制裁を受けろとまでは思わんし、お互い納得済みで遊んでたんならそれで良いのだろう。
和泉が女にちやほやされるのはこちらに来てからと言う事でもない。貞操観念やら倫理観やらで眉を顰められることもあるだろうが、少なくともこの世界のそれは結構ゆるいのだ。結婚ほのめかして手篭めにして訴えられでもしたら、指差して笑った挙句に相手の女の援護してやるが。アイツの場合はそんな安易な口説き方はせんだろうしなあ。プライベートまで口出す気にはならんよ。
まぁもっとも? 俺のヘイトは溜まってく一方だがなっ! いつかもげやがれちくしょう。
「なんにせよ、あの節操なしに関しちゃそれで良いさ。それより百合沢はどうだ?」
「百合沢さんもなんだか落ち着いたみたいですよ? 納得いく答え出せたんじゃないですかねぇ」
「それ自体は結構な事だが……。どっちに転がったかはわかるか?」
「ん~。詳しく聞いたわけじゃないんでなんとも。でも、あんまり心配要らないんじゃないかなって思いますけど」
「そのココロは?」
「こないだちょろっと言われたんです。『貴女が何もしようとしない理由がわかりましたわ』って。だからまぁ、そういうことなのかなぁと」
コイツがこの世界に来て何もしない理由。それはもちろん、俺の考えに同調してくれたからだろう。
俺たちのような異分子が表立って何かをしようとした時そこで起きる様々な弊害。技術にせよ情報にせよ、それらを教えてしまったことで起こりうる新たな騒乱の可能性を俺もコイツもなにより危惧している。
百合沢はそのことに考えが至ったのだろうか。
もしもそうだというのなら、それは魔族に対する対抗力という自分自身への否定へと繋がる。
勇者は魔族を殲滅する為に呼び出された。だがそれを為してしまう事は世界中の情勢を変動させる結果へと繋がっていく。たとえ魔族打倒はヒト族全ての悲願だとしても、その結果全ての人々が幸福になるというわけではないのだ。悪い魔王は倒されました、めでたしめでたし。で、世界が完結するわけじゃない。
そんな単純に世界が回るんなら、それこそ誰も苦労しないんだ。
更に言ってしまえば、勇者召喚がこの世界の者たちの意志によって為された事だとしても、それが外部の存在が歴史を変えてしまうことの免罪符とは成り得ない。決定的な1打を自分達以上の力を持つ存在に委ねてしまうことはむしろ歴史に対する責任の放棄とも言える。
いずれ問題が起きたとき「だって自分達より上の存在がやった事だから」と言い訳のできる余地を残しておくなど、誠実さの対極にあるようなモノの考え方だ。国の行く末を定めようとする立場の人間がやってよいことではない。
異世界人の立場から物事を考えたとして。
もしも勇者達がこの世界に生き、この世界と共に歩んでいきたいと望むのならば、俺はこいつらの行動の一切を非難することはできなかった。
きっかけはどうあれコイツ等がこの世界の一員になるのならば、その行動の結果も一緒に抱えていくことができる。それなら何をはじめようとコイツ等の勝手だし、コイツ等の人生だ。当然その過程で俺の考えと食い違いが生じる事態も起こるだろうが、それならそれで対等の相手として議論を交わせばよい。今のコイツ等は議論を交わす以前の存在だ。
元の世界の価値観を捨てきらずいずれはあちらに戻ることを考えているのならば、コイツ等の存在は機械仕掛けの神に他ならない。ちょっと都合が悪いからといって舞台丸ごとおじゃんにするような演出に、文句が出ないと思うほうがおかしい。
勇者、なんて大仰な言葉で飾ろうと、この世界とは別の場所に所属している以上はただの都合の良い舞台装置。百合沢がそのことに気づいてくれたのなら、この世界に関わろうとする事は無いだろう。人間としてのプライドがあれば当然の判断だ。
百合沢にせよ和泉にせよ、それまでの常識や価値観を大事に持っていた。それを自分の立つ瀬としていた。それはつまり自身がこの世界の一部ではないと主張する物だ。
アイツ等がこの世界で生きていく可能性は、ほぼ無いと見てかまわないだろう。
「となると……。やっぱし不安なのは最後の1人?」
「宇佐美なぁ。ぶっちゃけ不気味だよ。俺に敵対するのかと思いきやそんなことも無いし」
「私達2人とも無視されてるだけですからねぇ」
「むしろこのまま無視し続けててくれと思わんでもない。そろそろアイツ等への説得始めようと思ってたしな。妙な茶々入れられるくらいなら傍観者に徹してもらった方がこっちとしてはありがたいんだ」
「説得って……。あっちの世界に戻れコラってやつです?」
「それじゃただの恫喝だろうが。きちんとお話して納得いただいた上でお帰り願うんだよ。一応は勇者様なんだぞ、アイツ等。
もうそろそろ自分達の何が不味いかってこともわかってきた頃だろ。うまいこと説得するさ」
「上手くいきますかねぇ」
「いかなかったらそれはそれで手順を変えるだけだ。説得の手段ってヤツは1つじゃないからな」
「最終的には、殴る蹴る?」
「そいつは本当に最後の手段だ。ってか、お前そういうの嫌なんじゃねぇのかよ」
こないだの話はどうなった? 俺がそういう解決しないように頑張るとかって話してただろうが。
「いやぁ……。その、ほら。ころころしちゃうのはアレですけど。あの人たちがどうしても納得しないってんなら、そういう解決の方がスカッとはするんじゃないかなぁ……とも」
「問題の解決を爽快感基準で考えてんじゃねぇよ。ガキか!? あぁ、ガキだったな」
「むっかぁ。……えぇえぇ、ガキですよ。ガキですともさ。
でも誰ですかねぇ。その小娘相手にすがりついて泣いちゃった人は!」
「誰の話だ。お前の知り合いか? 少なくとも俺に心当たりは微塵も存在せんな」
大人気ないと言われようがなんだろうが、「うっわ。この人無かったことにしようとしてる!」あの時のの俺は正気じゃなかった。故にあそこでコイツと話をして、その結果どんなやり取りをしてしまったのだとしても、んなもん平時の俺が知ったこっちゃ無いのだ。
コイツは俺の過去を知っても、それでも未だにこの距離にいる。俺にしてみりゃそれで十分だし、コイツだってそれ以上の何かなんぞ求めてやしないだろう。
だから、それで良い。
「あぁもぅ。そんな話はどうでも良いんだよ。
帰ったら本格的に口説き落としに掛かる。お前にも働いてもらうからそのつもりで居ろよ」
「はいはい。わかりましたよ~だ。
……ケッ、このヘタレ中年」
「黙れや、微少女。
色恋語りてぇんなら、色気の一つもひねり出せるようになってからしやがれ」
「この匂い立つ乙女っぷりに、気付かない方にも問題あると思いますけどねぇ」
「あぁ、スマン。俺、そういう人工的な香りって得意じゃないんだ。やっぱ天然素材じゃないとさ」
「私の乙女ゴコロがケミカルだとでもっ!?」
後頭部に殴る蹴るの暴行を加えられつつ、馬車をゆっくりと走らせる。
結局この旅で問題は何一つ片付いちゃいない。むしろ新たに浮上してきた疑惑の種まである始末。
だが気持ちの問題としては、少なからず前進することができたんじゃないかとは思う。俺たちにしても、後ろの馬車の連中にしても。
だからまぁ、旅行としては成功だろう。旅ってのはそういうことの為にあるようなもんだとも思うしな。
のんびりと、だが確実に馬車は進んでいる。
報告書はあげなきゃならんし、溜まっている仕事もあるだろう。
だがそれよりもなによりも、旅の垢を落としたらまずはメシに行くとしよう。
未だぎゃんぎゃん騒ぐコイツのご機嫌を伺うにはどの店に連れて行くのが正解か。
そんなことを考えながら、勇者ご一行の引率は終わりを告げたのだった。




