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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”
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14  『私が傍にいなかったから』

 俺の独白は続いている。少し離れた場所に立つ絹川は、時折相槌を打ちながら聞いている。




 魔法は問題なく発動した。だが、あれが失敗作だってのは依然話したとおりだ。俺は元の世界を垣間見ることはできたが、あちらの世界に戻ることはできなかった。まぁ、あっちの世界の存在を確認できただけで成功といえるかもしれないんだがな。


 そして俺はヤツと出会った。お前もこっちに来る時に会ったんだろう?

 女神を自称する、あのくそったれな奴と。



 今でも思い出せる。俺を見下すあの目。馬鹿にした口調。奴は俺に言った。「せっかく面白いことになってきたんだから、余計なマネをせずに私を楽しませなさい」ってな。

 何の事だか分らなかった。そもそも世界の狭間みたいな不確かな場所で誰かに会うなんて考えてもいなかったからな。コイツがいったい何者なのか、なぜ此処にいるのか。どうして俺を知っているのか。全部が謎だった。


 混乱する俺に、奴は続けて言ったよ。「貴方の様なイレギュラーが生まれたのは予定外だったしあの醜い種族に知恵を与えたのも気に食わない。けれど、おかげでこんなに無謀な暴走を引き起こせた。少しは数が減るだろうけど、繁殖力で勝る愛しい子たちはいずれあの薄汚い種族を淘汰してくれるはず。私が予定していたよりずっと早くに世界の覇権を獲得してくれる」


 ヤツは最後にこう言った。俺が歴史を変えてくれたおかげで、俺の種族含めた全ての異種族を悪とみなす意識が促進できた。自分に代わって随分大きな変化を与えてくれてありがとう。お礼に素敵なプレゼントを贈ったってな。この辺りの意味は、今でもわからない。


 そして魔法の効果は切れて、俺はこの世界の自分の肉体で意識を取り戻した。以前お前に説明したように分断する大元の意識には影響がないはずだったんだがな。どうやら魔法を使ったときの衝撃で一時的に気を失っていたようだった。


 そして気がついて、部屋から出た俺が見たものは、それまで俺を支えてくれた家族や仲間の死体だった。



 意味が分からない? 俺だってそうだったさ。何が起きたのか、誰がやったのか。半狂乱で生き残りを探して、1人残らず事切れているのを確認して、ようやく理解できた。


 俺が大切に思った人たちを殺すよう指示したのは侵略戦争の旗頭になっていた奴らだった。頑なに反対する俺が邪魔だったんだろう。自分たちに同調せず、それでいて自分たちの地位を脅かすだけのモノを持っていると思われる俺が。

 俺ひとりが狙われて、そしてたまたま隠し部屋に籠っていた俺だけが生き残った。父親も、母親も、妹も。子どもの頃からの喧嘩友達も、兄貴分と慕ってくれた奴も。こんな俺との将来を夢見てくれた人も。残らず殺されたんだよ。



 そして俺は、国の全てに宣言した。

 この戦争を続けようとする者。他種族に野心を抱く者。そのすべてが俺の敵だってな。俺の敵として俺に殺されるか、この地でつつましく生きるか選べとな。

 当然、一笑に付されたよ。お前に何ができる。戦争の為に鍛えられた数千の兵を前にお前ひとりで何ができるって。あくまでも他国への侵略をやめようとしなかった。



 そしてそいつ等との戦いの結果。俺はこの国のほとんどを殺し尽くした。


 簡単だったよ。確かに俺の種族は魔法の力が強い。身体能力ひとつとっても俺以上の奴はいくらでも居た。だがそれでも俺には簡単だった。

 俺は知っていたからな。どうすれば人を死に至らしめることができるのかを。気体、液体、温度、圧力。人を殺す手段なんてそれこそいくらでもある。どんな原理でどんな結果が起こるかさえ知っていれば、後は魔力の操作で何とでもなるんだ。


 既に戦火が開かれていた場所、その準備をしていた場所。そのことごとくを潰した。戦いの最中に飛び込んで魔族だけを殺してまわったこともある。現在のマゼラン王国の一部は既に魔族の領域になっていたから、そこの支配者気取っていたヤツラも殺した。説得しても、無駄だった。


 この国とその近辺を飛び回り、気がついた時には人口は数分の1以下まで減少した。今この地に生きる民はその生き残りと子孫たちだ。魔族領だなんて大げさに言っても、結局今じゃ村規模の集落が点々とあるだけなんだよ、ここは。




「どうして……そこまで……」


「あの戦争に関わろうとしなかったのは、それこそ老人と子どもぐらいだったのさ。俺の種族では女も十分な戦力になる。事実、当時の軍事責任者の1人は女性だったしな。

 誰も彼もが侵略行為を自分達の正義だと信じて疑っていなかった。最後の一兵に至るまで俺に戦いを挑んできたよ」


「…………それから、どうしたんですか?」


「生き残ったヤツラに俺は命じた。決して他種族の領土に行こうとするな。自分達の数を増やそうとするな。この地でつつましく暮らせ。さからえば殺すとな。

 さっきお前も見たようなやり方を決めたのはずっと後の事だが、俺の指示したことは概ね変わらん」


「そんなことがあったから。……だから、魔王だなんて呼ばれているんですね」


「その通りだ。俺が魔王と呼ばれるのは『人族に魔族と呼ばれる者たちの王』だからじゃない。むしろ魔族と呼ばれている者たちにとって災いそのものだからだ。

 『ヒトに災厄をもたらすあまたの存在の王』。だから、魔王なんだよ俺は」


 乾いた笑いが零れた。

 自分を受け入れようとしてくれた世界に少しでも恩を返そうとした行為が、結果として戦争を引き起こした。仲間に入れてもらいたいと願った人達を、俺はこの手で殺しつくしたんだ。


 これが災厄でなくてなんなんだ。魔王なんて言葉すら生ぬるい。



「わかったろう?

 俺は、この世界にとって害でしかない存在なんだ。和泉たちに偉そうなことを言う資格なんてまるでない、この世界を歪めた張本人なのさ。あいつ等を見て腹が立つのも、自分の馬鹿さ加減を見せ付けられているようで我慢できなかっただけなんだ。

 自分のことを棚に上げて説教してる身の程知らずのクズなんだよ」


「ハインツさん……」


「女神を名乗るアイツの事が許せないのだって、所詮はただの同属嫌悪だ。元の歴史だなんて偉そうなこと言ってても、結局自分の侵した罪をなかったことにしようとしてるだけなんだっ」


 自分のしたことに目を背けたいから、罪滅ぼしをしようとしているに過ぎない。自分の居なかった歴史に戻すことで、やってしまった過去を覆い尽くそうとしているだけ。


 話しながら、俺は振り返ることができなかった。俺を責めるコイツの目を見たくなかった。怯える素振りを見たくなかった。

 けれどもうおしまいだ。聞いてしまった以上コイツは俺の元には居られないだろう。いくら今まで保護気取っていたとしても、俺のような大量殺人者の近くに居続けられるわけがない。



 死刑を宣告される罪人のように俺は待ち続けた。もう、何も言うことはない。

 せめてこの場所からは安全に連れ戻そう。その後は百合沢にでも預けよう。もしかしたら俺の正体をばらされて、あの国からも追い出されるかもしれない。だがそうなったらそうなっただ。

 俺が罪人であることにかわりはないんだ。そのときは潔く――――。




 俺の背中に暖かな何かが触れた。


「絹、川……?」


「聞いてください。

 ……私ね、すっごい嫌な女なんですよ。ずっとずっと、ハインツさんを利用してきたんですよ」


「いきなりなんだ。そんなこと――」


「良いから聞いてください。

 私が呼び出されてすぐの夜。貴方とはじめてお話した後。私、気がついたんですよ。あ、このままだとすぐに殺されちゃうんじゃないかなあって」


 俺の背中にそっと身体を添わせて、絹川は続けた。

 寒風吹きすさぶ夜だと言うのに、その体は妙に暖かい。



「今の私が魔法で作られた、言わばコピーなんだってこともすぐ理解しました。だからたとえ殺されちゃったとしても大本の私自身には何の影響もないってことも。むしろ、あの女神の影響を避けるためにはさっさと殺しちゃう方がハインツさんとしては都合が良いんだってこともわかりました。

 でも、コピーでも。作り物でも。やっぱり死ぬのは怖かったんです。嫌だったんです。

 …………だから私は、ハインツさんに擦り寄ることに決めたんです。

 馴れ馴れしく近づいて、図々しく入り込んで。それで少しでも情が移れば簡単に殺されちゃうことはなくなるだろうって。

 そんな打算だけで近づいたんです。自分のことだけ考えてハインツさんの気持ちを利用しようとしたんです。そんな嫌な女なんですよ」



「でも、しばらくして不思議に思いました。ハインツさんは一向に私達を殺そうなんてしない。むしろ守ろうとしてる素振りさえあった。こんな私の浅はかな考えなんてとうにお見通しだったでしょうに、それでも傍においてくれたんです。

 私だけじゃなくあの3人に対してもです。洞窟の時も、お店の時も。いっそ殺して適当に誤魔化しちゃった方が後くされなく処理できるでしょうに。それだけの力はあるはずなのに、ハインツさんは私達を殺そうとしなかったんです」


「それは――」


「ハインツさんは、なんだかんだ言って私達に優しかったです。口じゃあれこれ言ってても、私達がこの世界の争いに巻き込まれないようにって手を尽くしてくれました。

 だからそれに気づいちゃってから、私はその理由が知りたくて仕方なくなっちゃったんです。

 どうしてこの人は私達を守ってくれるのか。誰よりも優しくしてくれるのか。その訳が知りたかったんですよ」


「それならもうわかっただろう? 俺は結局――」


 俺の言葉を絹川の腕が押し留めた。

 後ろから抱きつくように回された両腕が俺の頭を抱きしめ、柔らかく封じ込めてきた。



「はい。わかりました。ハインツさんは、私達を殺したくなかっただけなんだって。

 模造品に過ぎない存在だとしても、私達を直接その手にかける事ができなかっただけなんだってわかりました」


「馬鹿を言うな。俺は既に何千という人をこの手で殺している。今更数人が加わったところで何を思うことがある」


「強がり言わなくったって良いですよ。

 だって貴方は言ってたじゃないですか。『人を殺すのは怖い事だ』って。忘れようとしても忘れられない、何時までも夢に出るくらい恐ろしいことなんだって。

 簡単に人を殺せちゃう価値観の持ち主が、どうしてそんな言葉を言えるんです。貴方は人を殺める事を恐れる人間です。殺人を厭わない災厄なんかじゃありません」


「違うっ! 俺は――」


「違いません。

 確かに、貴方にはとっても辛い過去があるのかもしれない。でも、未だにそれを悔いてるじゃないですか。100年もたった1人で、自分のやったことの責任を取ろうと苦しんでたじゃないですか」


「だからと言って許されて良いはずがない。

 俺は未だに覚えてる。どれだけの人が俺を呪いながら死んでいったか、憎しみながら死んでいったか。今だってこの目に焼きついているんだっ」


「知りませんよそんなことっ!

 だって私の知ってるハインツさんは貴方なんです。偉そうで、ちょっと抜けてて、口が悪くって。それでも私を甘やかしてくれる貴方なんです。

 この数ヶ月貴方だけを見続けてきた私が言うんです。それが私の真実なんです。私が生まれるずっとずっと前にあったことなんて、今更言われたって知ったこっちゃないんですよ!」


 首筋に冷たいものが触れる。

 俺が決して流せない物が、押し付けられた絹川の顔から流れる。


「もう1人で抱え込むのは止めて下さい。私が居ますから。私が覚えててあげますから。貴方が何をして、何を思って生きてきたのか……。私がずっと覚えててあげますから。

 間違ったことも、失敗したことも、苦しんだことも、悲しかったことも。貴方の気持ちを私はずっと忘れません。

 だから。1人で苦しむのはもう止めにしてあげてください」



「それにね? 100年前の貴方がそんな事をしちゃったのだって、きっと私が居なかったからなんですよ。私が傍にいなかったから、そんな怖いことを選択しちゃったんです。

 もしもその場に私が一緒にいられたら、すーぱーなアイディアが生まれてまるっと綺麗に解決できてたんです。絶対です。絶対そうなんです。

 だから……。だからもう大丈夫です。これから先どんなことがあっても、貴方は2度と誰かをその手で殺めるような選択をしない。

 私が、ずっと、傍に居てあげますから。安心安心ですよ?」


「俺が……、怖くないのか? 俺は。俺は……」


「なんでハインツさんを恐れなきゃなんないんです。

 ずっと私を守ってくれた貴方を。打算で擦り寄った嫌な私ですら守ってくれた貴方を、怖いなんて思うわけないじゃないですか」




 俺は何も言えなかった。

 許されて良いだなんて思えない。救われて良いとも思えない。

 俺はどこまでいっても大量虐殺者で、歴史を歪めた大罪人だ。それに変わりはないし、やってしまった事実は変わらない。

 いつかどこかで報いを受ける。100年思い続けてきたその気持ちに、変化はない。



 けれど柔らかく回されたこのぬくもりを、振りほどくことなんてできやしなかった。

 そんな強さは、どこを探しても見つけられなかったんだ…………。

シリアスさん、お疲れ様でした


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