12 『私の未来を決めないで』
数日が過ぎ、俺がこの街にやってきた1番の理由を消化する夜がやってきた。
年に1回。年によっては行えないこともあったが、もう100年以上続けている魔王としての仕事を行う夜だ。
その日の仕事を早めに切り上げ勇者たちの報告を聞いた後。俺は少し気分がすぐれないと言い残し自室にこもった。そのまま夜が更けるのを待ち、誰にも気づかれないように屋敷を出る。
この屋敷の裏手には表からも屋敷の中からも死角になっている東屋がある。そこで衣服を着替え、姿を消して魔族領へと移動するのだ。
小屋の近くに来たところで異変に気付いた。誰か、居る。
ここはその目立たない立地から、使用人たちが人目に付きたくない逢引きなんかをするために使われているきらいがある。その為俺の滞在中には魔法の実験に使っていると周知し、家人が近寄るのを禁じていた。……はずなのだが、どうにも教育が徹底されていない不届き者がいやがったか。
よりにもよって今夜サカらずともよかろうに。叱責の1つもくれてやるつもりで入口を開けると、目に入ったのは誰あろう、いつもの気の抜ける笑顔だった。
「遅いですよぅ、ハインツさん。もしかしてカンが外れたんじゃないかって心配になっちゃったじゃないですか」
正直に言えばもしかするとという予感はあった。だがホントにいるとは思わなかったぞ、絹川。
「イロイロと言いたいことはあるが。何をしに来た」
「もちろん、ハインツさんについていくためです。これから魔族としての何かをしに行くんですよね?」
「何を言って――」
「不思議だったのは、ハインツさんが誰かと連絡を取ってるような素振りがなかったことなんです。
人族の国に潜入なんて、普通に考えたら個人でやることじゃないでしょ? でも王都にいたころのハインツさんは、誰かに報告したり指示を仰いだりって感じじゃなかったです。だから秘密の全権大使とかそういう立場なんだろうって思ってたんですよ。
とは言えそれでもずっと接触しないってのはおかしい。そしたらこの街に視察に来るって話が出たじゃあないですか。しかも定期的に来てるって。
そこで小友理ちゃんは気づいちゃったわけです。あぁ、このタイミングで毎年報告をしてるんだろうなぁって」
いつまでも入口に立ち尽くす俺の手を引き、埃臭い小屋の中へと招き入れる。
掴まれた手はやけに冷たい。もうそろそろ冬も間近だというのに、コイツは何時からここで俺を待っていたんだ?
「とはいえ、いざこの街に来てもハインツさん全然動こうとしないんですもん。毎日まいにちどっかしらのおっさんと会ってばっかりで……。
ほんと大変でしたよ? お屋敷の人達からそれとなく情報集めて、会ってた人に怪しいとこがないかチェックしてたんですから。
で、そうこうしてたら今日になって急に体調が悪いとか言い出すんですもん。そうやって抜け出すつもりだったんなら最初っから言っててくださいよぅ」
つまり、コイツの秘書モドキの行動は単なる暇つぶしではなく、俺がいつ魔族として行動するかを見張ってたという事か。
それで今夜何かがあるとあたりをつけ、ここを張っていた、と。
「この小屋のことはどうして知った?」
「いやぁ、暇だったんでお屋敷の中うろちょろしてたんですよ。そしたらこんなコソコソするのに丁度良い場所を見つけちゃいましてねぇ。不思議だったんでメイドさんに聞いたら、人目につかない絶好の逢引きスポットだけどハインツさんが居る時は立ち入り禁止になるんだって。
そりゃもぅ、ここでなんかするって宣言してるようなモンじゃないですか」
「まぁ良い。そこはわかった。充分良くわかった。
それで、お前の予想通り魔族の領域に何かをしに行くとして、自分が同行できるなどとどうして思う?
お前はどこからどう見ても人族だ。敵対種族である魔族領に行って無事で済むと思っているのか」
「そんなん、ハナっから思っちゃいませんよ。ハインツさん」
諦めさせるつもりで言った甘い考えの穴をついたハズの一言に、絹川はあの夜を彷彿とさせる強い言葉でそう言った。
思わず、気圧される。
「危険があるかもとか、もしかしたら帰ってこれないかもとか。初めっから覚悟の上なんですよ。
……言いましたよね? 私、貴方のことが知りたいって。ちゃんと知って、わかりたいって。
それなのにハインツさんは何時まで経っても教えてくれない。それどころかこないだみたくヤケバチみたいな事ばっか言うんです。
そりゃ私は人生経験も少ない小娘ですよ? ハインツさんが抱えてるかもしれない大変なあれこれとか、聞いたところで何にもできないと思います。
でも、それでも知りたいって思っちゃいけませんか? 今自分の1番近くにいる人の事を、知りたいって思っちゃダメですか?
それとも私はハインツさんにとって、教えるに値しない存在なんですか? それならそうって言ってください。自分の秘密を教える価値もないって言うんなら、それで諦めますから……」
「違うっ! そんなことは思ってない。
だが……。
だが、もしもそれを知ってしまったら。お前はきっと俺のことを――」
「馬鹿にしないでっ! 私の気持ちは私が決めるっ!
例え貴方が自分の事をどんな人間だと思ってたとしても、どんな過去があったとしても。私が貴方をどう思うかは私にしか決めさせない。
それでも貴方の事を知りたいって言ったのっ。教えて欲しいって言ったの!
私の気持ちを、未来を勝手に決めないでっ!」
少女は叫ぶ。
小屋の外に漏れぬよう意識しているのだろう。その声量は決して大きなものでは無い。けれど間違いなく叫んでいる。俺の間違いを糾弾している。
「貴方からすれば、私のこれからなんて手に取るようにわかるのかもしれないわ。
きっと貴方の思う通り悩んじゃうのかもしれない。でもだからって。それが悪い事だってどうして言えるの? 私が私として考えることを、どうして捻じ曲げようとするの?
そんな事、どうして他ならぬ貴方がするって言うのよ!?」
何も言い返せない。
ぐうの音も出ないとは、本当にこういう事を言うのだろう。
未来を知っている人間には、他人よりも多く物事の道筋がみえる。
だから誰かが何かをしているのを見たときに、こうするよりもこっちの方が良い結果になる。ああした方が能率的だ。そんな考えで物事を動かしてしまいがちになる。
それにより本来の筋道は崩され、歴史は誰かにとって都合の良いものに書き換えられる。
そんな失敗を経て、俺は動いてきたんじゃなかったか?
そんな事態を繰り返さぬために、勇者たちを邪魔する日々を続けてきたんだろう?
外側にいる奴の意志で此処に生きる人たちの未来が操られてしまわぬように。
何の影響もないままの世界に戻すために、俺は歪に介入してきた様々を無くそうとしてきたんじゃないか。
それなのに、この少女の気持ちを決めつけて良いわけがない。俺が勝手にコイツの未来を決めて良いはずがないだろう。
あぁ、俺はまた間違うところだった。
傲慢な思いに囚われて、自分勝手な過ちを繰り返すところだった。
荒く息を吐く絹川の目を見て、その手を取る。
冷たい感触が沸騰しそうな頭を冷やしていくようだ。
「一緒に来てほしい。全部、話す。……その上で、どうしたいか聞かせてくれ」
頷いた絹川を抱き寄せ、俺は魔力を纏う。
他の誰にも知られないようにと包み込んで、俺達は空へと飛び立った。
シリアスさんの出番はもうちょっとだけ続きます




