11 『嵐の前の』
まんじりともしない夜を過ごし、気がついたときに日は高く上っていた。
「おっはようございまっす! ハインツさん」
村は既に落ち着きを取り戻しており、昨夜壊された家畜小屋の壁も乱暴ながら修復されている。
「いやはや、今日も良い天気で良かったですねぇ」
一晩考え込んでいたのであろう勇者達も気持ちを切り替えて出発の準備に勤しんでいる。しかし、昨夜激しく遣り合ってしまった俺と絹川との間には、どうしてもギクシャクとした――
「今日ってどこまで進むんでしたっけ? もうそろそろハインツさんのおうちに着いちゃうんですよねぇ。あぅ、不便だと思ってましたけど、いざ終わるとなると名残惜しいもんですね。旅ってのも」
って、ギクシャクした感じになるモンじゃねぇのかよ! なんでいつもと変わらん素振りで俺の隣に居やがるんだコイツは。
イロイロと不可解な事は盛り沢山。だからと言って蒸し返すのもなんだか違う気がする。俺の脳みそは混乱することしきりだが、こいつが今までどおりなら俺もそうするのが正解なんだろう。正解だよ、な?
……わからん。こいつという人間が、俺にはさっぱりわからない。
わからないことをわからないままにしておけるのも才能、そんな言葉もある。幸い俺もその才に恵まれていたようで、あえてあの夜の話に触れる事無く時間は過ぎていった。
現状の維持を望んでいるのはむしろ俺なのだ。これ幸いとなかったことにしてしまっている。
いつものように阿呆な話を続けるコイツを荷台に乗せたまま、馬車は先を進む。
そして数日後、俺たちは全ての予定をこなし、リーゼンにおける俺の邸宅があるリヒテンハイムの街へと到着した。
「数日の間はここで過ごしてもらうことになる。部屋の準備は既に済ませてあるので、好きにしてもらってかまわない」
「お世話になります、ハインツ様。それで、明日以降は何をしていれば良いのでしょうか?」
「特にこれといってないのだ。やって欲しいことも無い。
城で決まったように、今回の君たちの使命はいずれあるかもしれぬ本格的な魔族領への進攻に備えること。この辺境を知る事だ。つまり、目的のほとんどはこれまでの旅で達せられたという事なのだよ。
……まぁ、この街の周囲に魔物が現れることもなくはない。危険なマネはせずに居て欲しいが、無聊をかこつと言うのならば魔物退治の手伝いでもしてくれると助かるな」
と言うか、それくらいしかやってくれるな。
流石に辺境領ということもあり、この地にも王国に籍を置く兵士の一団はいる。それでも不定期に訪れる魔物の被害がゼロと言うことはない。コイツ等が適当に間引いてくれると言うならそれに越したことはないのだ。
それに、同行させる兵のほとんどはこの地に住んで長い者を選ぶ。どの種類をどの程度まで狩る必要があるかという知識くらいあるし、魔物の減らし過ぎが別の問題を引き起こすことも当然知っている。元が地元の民なら狩人と大して違わぬ生活をしているからな、むしろ知らぬほうがおかしいのだ。
そいつ等連れての魔物討伐ならば、妙な問題を引き起こす事も無かろう。
屋敷の入り口に馬車を止め、なんのかんのと言い合いながら荷物の搬入を進めている。
しばらくその場で見守っていると、それまでどこに居たのやら、ぴょこぴょこと絹川が隣にやってきた。
「ところでハインツさんはどうしてるんです? 領主様のお仕事ですか?」
「その大部分はここまでの道中でおしまい。ここでは人と会うのが一番だな。明日からしばらくは面会の予定でぎっしりだ」
「そんなぁ。んじゃ誰が私をかまってくれるんです。ヤですよぅこんなトコでほったらかしは」
「知らんがな。百合沢にでも頼めよ。……そう、良い機会だしお前もお外で遊んでらっしゃい。子どもは風の子だろ?」
「何時の生まれですかまったく。それに私、直射日光浴びすぎると気持ち悪くなっちゃうんですよ。
ってかですね、あの人たち魔物退治とか行くんでしょ? んなトコついてって私に何をしろと」
「…………応援?」
「私、意味のわからん行為をするって良く言われますけど、意味のない行動が好きなわけじゃないんです」
さもありなん。
とは言え、現状やってもらいたい事などまるで無いのが正直なところだ。勇者達の動向は気になるが、この屋敷に寝泊りさせる時点で監視は十分。魔物退治やらで街を出るときも常に息の掛かった者たちを同行させる予定だから不安は少ない。
大人しくだらだらしてれば良いんじゃないかな? 好きだろ、光合成とか。
などとはっきり言うわけにもいかんので、ここは本人の希望を聞くところだろう。
「それじゃ逆に聞くが、何かやりたいことはないのか? ここなら他人の目も少ないからな。大概のことは大目に見るぞ」
「はい! 私ハインツさんのお手伝いしたいです。有能美人秘書とか募集してません?」
「大概の事はって言ったろうが。これ以上俺の立場を複雑にさせるな。
ただでさえ勇者なんぞ引き連れて注目度あがっちまってるのに、お前まで侍らしてたらどんな噂がはびこるかわかったもんじゃない」
「むぅ……。そんなら好きにしてますよぅ。
ふんだ。ハインツさんなんか面会のし過ぎで社交不安障害にでもなっちゃえばいいんだっ!」
洒落にならんからその手の呪いは勘弁してくれ。俺の胃に穴が開き始めたらどうする。
それからの数日も、表面上何も無い日が続いていた。
勇者たちは適度に街に繰り出し異世界情緒あふれる町並みを堪能しているようだ。時折商品を見ては何か発展のためにアドバイスできることはないかと悩んでいるようだが、そうそう都合の良い展開になるワケが無い。
今現在店頭に並んでいると言うことは、すなわちここに生きる人々のニーズに応えられているという事だ。この地に特化した製品を掴まえてこの部分がどうだのあの使い方がどうだのと言ったところで、言われた方からすりゃイチャモンつけられたと思うのが関の山だ。
中には正面から和泉に殴りかかろうとした職人もいたらしい。俺が20年かけて修業してきた物にケチつけやがるたぁ良い度胸だ、ってな感じ。その職人気質は個人的に好ましく思うが、同行した兵士が止めていなければ大事になっていただろう。
ほんともぅ、何やってんだか。
秘書宣言をした少女の方は、何だか知らんが今まで通りに俺の部屋に入り浸る日々を過ごしている。応接室で住民たちとの面会を終えて戻ると、今会っていた相手とはどうだったとか次の予定は何だとか聞いてくる。
別に秘密にする理由もないので教えると、何かに納得したように頷いては次の仕事に送り出してくれるのだ。
俺を訊ねてくるのは基本的に近隣の有力者なわけで、単なるご機嫌伺いに来るわけではない。年に1度のチャンスとばかりに、人や情報、物などを売り込みにやってくるわけだ。俺はそいつらに甘い汁を吸わせつつ、逸脱しすぎないようにムチを振るうというお話し合いを続けている。
つまり非常にストレスがたまる。
そんな感じで常に気を張っているのも疲れるから、絹川が雑談交じりに愚痴をこぼさせてくれるのは有り難い。有り難いが、正直言って不気味だ。
こうやって俺のスケジュールを管理しているつもりになっているのがコイツの言う有能秘書という事なのだろうか。
まぁこの部屋にいるだけなら、辞めさせる理由もないから良いんだがね。
そんな感じでここでの日々は進んで行くのだが、もちろんそれは、嵐の前の静けさにすぎなかった。




