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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”
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10  『テクニカルノックアウト負け』

 全ての処理が終わり、俺は自室に戻ってきた。

 和泉と魔族の男との戦いに決着がついてかなりの時間が経過している。時計の無いここでは正確な時間などわからないが、恐らく日付が変わるかどうかという時刻だろう。


 あてがわれた部屋の前で、中に人の気配を感じた。数は4つ。ドアを開けて部屋の中に入ると、予想通りの面子が待ち構えていた。

 誰もが俺の帰りを待っていたのだろう。1人は不安を抱えて、1人は混乱を隠せぬまま、そしてもう1人は行き場の無い感情のぶつけ先を探して。最後の1人はよくわからん。


「揃って私の帰りを待ってくれるとはな。心配をしていた、という訳ではなかろう。

 何か聞きたいことでもあるのかね?」


「……ハインツ様。結局、貴方様がどうされたのか、教えて頂きたく待っていました」


 問いかけに真っ先に答えたのは百合沢だった。俺は頷き、外套を部屋のフックにかけた。




 結局勇者たちは、魔族を殺すという選択を選べなかった。

 正直に言えば、もしもあの後殺すことができるのならば俺にそれを止める方法は無かった。俺の話を聞いて、あの魔族の男の思いを聞いて、それでも殺しを選択できるのならばそれはそいつ自身がヒトを殺める事のできる人間だったというだけの話だ。

 妙な話をするようだが、意識してヒトを殺すのはヒトを殺せる人間だけだ。できる人間はそれが必要だと思った時にはやるし、できない人間はなにがあろうとできない。事故の加害者などの場合はまた別だけどな。


 俺の知る限りのコイツ等の元居た世界では、決して他者を殺すことは許されてはいなかった。その価値観の中で生まれ育ちそれでもヒトを殺すことができるなら人間であったなら、俺に言えることは何も無い。

 せいぜいあの魔族の男に、運が悪かったなとひと声かけるくらいだっただろう。


 そして選ぶことのできなかったこいつ等に、俺は先に屋敷へ戻るように命じた。その後の処理全てを俺に委ね戻って休むようにと言って聞かせたのだ。

 その後全ての処理を終わらせ、ようやく部屋に戻ってきてのコレである。まぁ予想はしていたんだがな。



「ハインツ様。お願いします。結論を出すことのできなかった私達に聞く資格がない事はわかっております。それでも知っておきたいのです。

 ……あの魔族を、殺められたのでしょうか?」


「…………教えない」


「えっ?」


「だから、教えないよ。

 私は君たちが戻った後、人知れずあの魔族の息の根を止め骨も残らぬほど焼き尽くしたのかもしれない。または誰にも知られぬよう解き放ち、2度とこちらに来るなと言い含めたのかもしれない。

 どちらだとしてもしこりが残るであろう? だから私は、あの後どうなったかを教えない。絶対に口にしない」


「そんな……。では、私たちはどうしたら……」


「それは自分で考えなさい。百合沢君。

 この世界は君たちが暮らしていたそこよりもずいぶんと命の軽い世界だ。誰かを殺すことが罪と問われぬ事の多々ある世界だ。

 である以上、この世界に生きる私の答えが君の答えに重なることはありえない。私がどうしたのかを聞いたところで、何の参考にもならんのだよ」


「敵は殺しちゃいけねぇのかよ! ヤらなきゃ自分がやられちまうだろうがよ」


「その通りだとも和泉君。私はその考えを否定しない。いや、否定できない。何故ならば私自身、命の危険が迫ったときにはためらい無く相手を殺すだろうからだ。

 そしてだからこそ、相手を殺さずに済ませる為にはいかなる行動をとるべきかも考えている。つまり、自分が命の危険に晒されないようにする為の方法を、だ。

 とはいえこの考えが正解だとは言わない。参考にして欲しいとも思わない。私は君ではないのだからね」


 それっきり二人は黙りこくる。

 そう、それで良い。悩むだけ悩めばよい。

 ヒトをその手にかける事が許される行為なのか悩んでいるということは、すなわち殺すことが許されない世界に生きているということなのだから。

 お前たちが今悩んでいる時点で、既に答えは出ているんだ。


 そして、未だ問いかけてこなかった2人のうち1人がやっと口を開いた。思えばこいつと話をするのはこれが始めてのような気がする。




「不思議だなー。梓ちゃんとっても不思議。

 どうしてこのヒトはアイツを自分達とおんなじみたいに言うのかなー。

 アイツは魔族なのに。人族の敵なのに。どうしておんなじみたいに言うのかなー」


「あ、梓ちゃん?」


「ねえねえミカちゃん。ミカちゃんは変だって思わない?

 魔族は殺して良いって言われたじゃない。女神サマもそうお願いしてきたよ。なのになんでそのヒトは迷うのが当たり前だみたいに言うのかな。

 まるで、人族と魔族がおんなじみたいに聞こえるよ」


 コイツ……。宇佐美は俺を視界に入れない。ただただ和泉と百合沢にだけ話しかけている。

 俺がコイツと話をした記憶がない理由がわかった。コイツはそもそも和泉と百合沢以外を見ていないんだ。

 目の前に立って話しかけたとしても、きっとコイツは何の反応も返さないだろう。そう思えてしまうほど、この宇佐美という少女はきっちりと世界に線を引いている。



「ハ、ハインツ様。梓ちゃんの言った通りなのですか? 本当にハインツ様は魔族と人族が同じだと――」


「百合沢君。君は、私を誰だと思っておるのだね。

 私はマゼラン王国はリーゼンの領主に叙された貴族。リーゼン伯ハインツその人なのだよ?

 その私が魔族と人族が同じであるなどと、口が裂けても言うはずがないではないか」


「そう、ですよね。えぇそうです。……魔族は魔族です。そうです、よね」


 なおもぶつぶつと繰り返している。これは不味い。


 あのような聞き方をされては、俺に別の答え方が出来るはずはない。おかげでせっかく打ち込むことのできた、魔族とは悪の存在であるという考えに対する疑問の種が、ふ化を待たずにすり潰されてしまいかねない。

 むしろ、これまでの魔族は悪の存在である(・・・)という考えから、魔族は悪でなければならない(・・・・・・・・・)という最悪の方向へとシフトしてしまう恐れすら出てきた。心の均衡を取るために、そう考えられてしまう。

 これは非常に不味い。完全にしてやられた形だ。


 何とかせねばと思っていたところで、思ってもみなかったところから救いの手がのばされる。



「梓。ミカ。そんなんはどうでも良いことだろ? オッサンがどう考えてるとかさ、そんなんオレたちに関係あるか?

 オレはアイツを殺せなかった。殺さなかったんじゃなくて、殺せなかったんだ。

 アイツが悪者だろうと、ただ魔が差しちまっただけのヤツだろうと、オレは殺せなかった。だったらそれが全部だろ」


「……ヒロ君はそれで良いの?」


「良いも悪いもねぇよ。もし、次にあんな場面が起こったら、オレは次こそは殺すのかもしれないし、おんなじ様に土壇場で殺せないかもしれない。

 ただ、もしそうしなきゃお前たちを守れないってんなら、オレは絶対に殺す。今はそう思ってる。それで良いんじゃねぇか?」


「ふーん。……ま、それならそれで良いや」


「そう、なんでしょうね。私も今ははっきり答えを出せそうにありません。

 ハインツ様。申し訳ありませんでした。変な質問をしてしまいましたわ」


「かまわぬよ。また何か聞きたいことがあれば遠慮せずに尋ねると良い。答えを示すことはできぬまでも、話を聞くくらいはいつでもできるでな」


 勇者2人はそれぞれにそれぞれの口調で俺に礼を言い、自室へと戻っていった。

 宇佐美は最後まで俺を一顧だにしなかった。




 何故かこの場に残った絹川と2人の部屋で、大きくため息をつく。


「お疲れ様でした」


「ホントにな。最後の最後で一気に疲れた気がする」


「宇佐美さん。私もちゃんと話したことなかったんですよ。ありゃ手強いですねぇ」


「だな。正直切り口が見つからん。和泉と百合沢がこっちに転べば一緒についてくるかと思ってたが、それどころじゃねぇな」


「まともに話をできる状況にもってくまでが一苦労。そんな感じでしたね」


「まぁ、今日のところはこれでよかろ。前哨戦みたいなもんだったからな」


「判定勝ちです?」


 黙って首を振った。判定どころか、フルラウンド掛からずテクニカルノックアウト負けだ。和泉が投げたタオルがなけりゃとっくにKOだったかもしれん。



「それにしても、ハインツさんも酷いお人ですねぇ。あんな話聞かされて相手殺すなんて出来るわきゃないじゃないですか」


「それが狙いだからな。まぁ、どちらかといえば今回は確認をしたかったって方が大きいんだがな」


「確認、です? えと……和泉君たちがホンとにころころ出来ちゃうかどうかってこと?」


「そう。普通に生きてりゃ『死ね』とか『殺してやる』とかって口にすることはままあるだろ? 国の高官捕まえて『死ねば良いのに』なんて言い放った誰かさんもいるくらいだし」


「んなこと言う人が居たんですかぁ。いや、恐ろしい世の中ですねぇ」


「…………ほんっと、恐ろしいよ。

 まぁ、だからといって実際行動に移す奴は少ないわな。少なくともそっちの世界じゃそうだろ?

 けどここじゃ違う。ここは場合によっちゃ誰かを殺すことが推奨される世界だ。そしてあいつ等はその中で少なくない時間を過ごしている。

 もしかしたら、その間にこれまでの価値観が崩れ去っているかも知れんと思ったわけだ」


「なぁるほど。それで、和泉君たちが出来るかどうか試した、と」


「人を殺すってのはさ、恐ろしいことだ。怖いことなんだよ。

 人殺しが忌避される世界に生きる以上、どれだけ理由を見繕って自分を正当化しようともその恐怖を無くす事はできない。怖くて、恐ろしくて、何時までたっても夢にでる。

 そんな普通に持っていてしかるべき感情が、もしも無くなってしまっているとすれば。そんなヤツをそのまま戻すわけにはいかんだろ?」


 自分の害と成る可能性のある人間を迷わず殺めることができる人間なんて、現代日本じゃミステリ小説の中でしか生きられない。もしもあいつ等がそんな人の枠組みを超えた存在になってしまっているのなら、俺はその責任を取らざるを得ないのだ。



 そういった意味で1番際どかったのは百合沢だ。アイツは己の正義ではなく社会の正義を信じている。違う社会に触れてしまい下手に同調してしまえば、元の生活の中で自分が生きることを許せなくなるだろう。

 今ならまだ間に合う。それがわかっただけで収穫だ。


 逆に、最も安定しているのは実のところ和泉だったりする。アイツは終始一貫して自分の敵を排除することを否定しない。自分のために自覚的に他者を踏み台に出来る男だ。その程度なら探せば少なからず居るとはいえ、ホンと、どこまで行っても主人公だ。

 まぁだからこそ、アイツにだけは誰かを殺める経験なんぞつんで欲しくないと思うのだが。




 ふと、何かに気付いたような顔でこちらを見ている絹川がそこに居た。


「あれ? ちょっと待ってくださいな。……そうだとしたら。えっ? ……で、でも」


「なんだどうした? 言ってみろよ」


「あの……。ハインツさん。和泉君たちが本当にあの人を殺っちゃうかもって思ってたんですよね。

 だったら、ホントにそうなりそうになった時。どうやって止めるつもりだったん、です……か?

 な、なんかあったんですよね!? どしゃーって止めるスゴ技が。でないと――」


「止めるつもりなどなかった。もしあの時誰かの剣が振り下ろされたとしても、俺はそれを見ていただけだ」


「なっ! 何でですか!? だって……、だってハインツさんはっ!」


「その通りだ。だが、それがどうした。

 ……必要であればそうする。ただそれだけの話だ」


「なんでそんなこと言うのよっ!」


 目の前の少女は叫ぶ。


 あぁ、とうとう気付かれてしまった。

 俺がどういう存在かと言う事を。自分の世界で生きていける存在なのかと言う事を。




 その後、俺はひとしきりなじられた。

 泣きながら、胸を叩かれ続けた。どんな内容だったかは覚えていない。

 聞いていられなかった。


 けれど最後に「また明日」と言って部屋を出ていったのは覚えている。



 また明日。

 俺たちに、どんな明日が待っているというんだろうな。

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