03 『普通ファーストネームで自己紹介なんてするか?』
この世界には魔法という技術が存在し、その恩恵は人々の生活を支えている。
いかに効率よく、かつ効果的にこの力を行使するかという命題は、生活の随所に魔法を利用しているこの世界では永遠の課題だ。国としてもその研究に比重を置くのが当然。ここ魔道研究所はそのメッカというわけだ。
魔道研究所の長を務めるギリスタックという爺さんは、棺おけに片足どころか肩まで浸かっていてもおかしくない御年80の爺サマである。だというのに、未だ現役魔導士として活躍している。
半世紀以上年の離れたメリッサ王女を追い掛け回しては無理やり机に縛り付けている。年寄りの冷や水とはよく言ったものだが、現在もこの国で並ぶものがいない魔法の使い手なのだ。もちろん、魔族である俺が実力を隠しているからの頂点なんだが。
なんにせよ俺としてはこの、年のワリに頭の柔らかい爺さんに居なくなられてはツマランので、どうか長生きしてくれと願ってやまない。
「ギリスタック師、失礼させて頂く」
かって知ったるなんとやらというヤツで、俺は返事も待たずに魔道士長室のドアを開ける。当然、王家に名を連ねるメリッサ王女殿下のおわします場への登場としては不敬に当たるが、そんなの知らん。というか、王女が居ることを知らないって体でここに来てるんだからな。文字通り知ったこっちゃない。
「おぉ、これはこれは王女殿下がいらしていたとは。知らぬコトとはいえ失礼いたしましたな」
とはいえ建前は大事だ。部屋に入るなり、今気が付きましたよと王女に臣下の礼をとる。
頭を下げたまま室内を窺ってみる。ギリスタックの爺さんの前に王女。その隣にガキが3匹。後ろの列に1匹か。なるほどこいつ等が勇者だな。
できればこっそり魔力の量くらいは測っておきたいところだが、流石に今やるわけにもいかん。高位の魔道士なら、他人の魔力の動きくらいは眼をつぶっていてもわかる。如何に秘密裏に探ろうとしてもこの爺さんにはバレかねん。
王女? コイツ相手なら寝ながらやっても気が付かれんよ。
「リーゼン伯。今は妾たちが師に魔法を教わっているところじゃ。急ぎでないならば後にするがよい」
「ほほぅ。とうとうメリッサ様も魔道に目覚められましたか。いや、素晴らしい事ですな。魔法はこの国の要、ご研鑽為されよ。
……時に、そちらの青年たちは? 寡聞にして存じ上げませんが」
かなり強引だが話を振ってみる。
この国の重鎮である俺が知らぬような人間を、王女が傍に置いているというのは体面上マズイのだ。王女としては、こうして問われてしまえば答えないわけにはいかない。
俺が勇者召喚に反対だったのは王女も知るところ。出来れば紹介などしたくなかったのだろう。王女は不機嫌を隠そうともせずに俺を睨む。
16~7の小娘にガン飛ばされたくらいで、俺がビビるとでも思ってんのかね。このガキゃ。
「こちらは先日、神の思し召しにて我らがマゼラン王国にお越しいただいた、異世界の勇者様じゃぞ。貴方も失礼のないよ————」
「これはこれは、アナタ方が噂の勇者サマでしたか。……これは重ねて失礼致しました。
私はマゼラン王国大臣がひとり、リーゼン伯ハインツと申す者。以後、お見知りおきお願いしますぞ」
小娘の発言を全力でぶった切って勇者の前に出る。……不敬罪? んなもんこの国にはねぇ。既に廃止したからな。
しっかし神の思し召し、ねぇ。……これでアルスラ教が王女唆した、でファイナルアンサーだ。
まんまと宗教屋どもの口車に乗せられやがって。この小娘はテメェが踊らされてるってことに気付いちゃいないんだろうなぁ。
「あ、どうも。俺は和泉 宏彰ッス。ヒロって呼んでください。俺たちの名前って、こっちの人たちには発音しにくいみたいなんで」
「私は百合沢 美華子と申します。先日よりこちらでお世話になっております。こちらは宇佐美 梓。同じく私たちの仲間です」
ふてぶてしい態度の雄ガキと、声までしっとりとした雌ガキがこちらに礼をする。隣のちっこいのは無視ですかそうですか。
しっかしいくら相手にとって呼びにくいとは言え、初対面の相手に、普通ファーストネームで自己紹介なんてするか? 日本人とは思えん馴れ馴れしさだ。大体なんだヒロって。むしろ呼び辛いわ。
いや待て、もしやコレが噂に聞くジェネレーションギャップというヤツか? こう言うのがオッサンの感性ってヤツなのか?
……まぁなんにせよ、百年以上ぶりに見る同胞の姿には、少し胸が熱くなる。
湧き上がった郷愁に思わず目線を泳がせると、ひとり後ろに座っていた少女と目が合う。合ったと思ったらすぐに俯かれた。……なんか怖がられてる?
まぁ無理もないか。いきなりこんなトコに連れて来られたんだからな。むしろ物怖じしないこっちの3人の方が異常だ。
「ホラ、貴女も自己紹介なさい。そんな態度では一緒に居る私たちまで礼儀知らずと思われてしまうわ」
チラチラと俺の顔色を窺う最後の一人に向かって、百合沢とかいう賢しげなガキが厭味を飛ばす。ならばオマエの隣に居るチビはどうなんだと言いたい。
……なんとなくだが、コイツ等の人間関係が見えたな。
「いやいや、けっこうですぞ。なに、急に私のような強面が現れては戸惑うのも無理もないというもの。
百合沢さんとか言ったかな? どうか気にせずに居てもらいたい」
「あ……っと。その、すいません。ちょっとびっくりしちゃって。絹川 小友理と言います」
「絹川さん、かね。良い名だ。怖がらせたようですまなかったな」
「こりゃハインツ。そろそろこっちを気にせんか。ワシに用があってきたのじゃろうに」
ったくこの爺さんときたら……。自分を訪ねて来たって名目が、方便だってわかっててこんなこと言いやがる。ニタニタ笑いおってからに。良い年こいてかまってちゃんかよ。
まぁ第一目的の顔見せは済んだ事だし良いとしよう。
この場でこれ以上この勇者たちと話すのは無理だろうしな。授業の邪魔しちゃ爺さんに悪い。適当な世間話をしてお暇することにする。
ちなみにアホ王女は、俺と爺さんが話している間中ずっとこっちを睨んでブツブツ言ってやがった。
ホントどうしてやろうかねぇ、この御ガキ様。