08 『ご安心くださいませ。スキルを使います』
屋敷の入り口を出ると、絹川と百合沢が俺を待っていた。
「ハインツさんっ!」
「2人とも無事だな?」
「はい。私たちは下手に動かぬほうが良いだろうと判断しましたので。ですが……」
「和泉君たち、話聞いてすぐに出てっちゃったみたいなんですよぅ。百合沢さん止めても聞かなかったみたいで」
「屋敷を出たのは和泉と宇佐美の2人だけか?」
ぶんぶん頭を振って肯定された。てんぱってんなぁコイツ等。
なんにせよ、メイド含めた他のヤツラが無事ならそれで良い。流石に魔族に慣れてない一般人じゃ怪我させられる恐れがある。
「とにかく、俺たちも急いで追いかけよう。ついてこれるか?」
2人とも夜着に着替える前だったようで、このまま外に出ても問題はないだろう。百合沢に至ってはご丁寧に愛用の槍も持ち出してきている。派手な戦闘行為が行われはしないと思うが、用心に越したことはない。そのまま持っていってもらおう。
先行した2人がどっちに向かったかを聞くや否や、「こちらです」百合沢が先導して駆け出した。俺たちも慌てて後を追う。
「安心しろ。こんなトコでヘタ打つようなマネはせん」
走りながら、やけに心配そうにこちらを見ている絹川の頭をはたく。
……ったく、お前まで持ち前の武器持ち出してんじゃねぇよ。引っ込めとけ。
横目で見ながら口の端をあげると、安心したのか、目じりに浮かんでいた女の涙を慌てて拭っていた。
村の中は騒然としているが、それほど大きな混乱は無いように見える。女、子どもを中心として村長の家へと避難しているようだ。すれ違う俺たちに軽く頭を下げる余裕すら見られるのは、やはり日常的に魔族の襲来を可能性として持っているからなのだろう。
他所の領地ではこうはいかない。
村はずれまで来たところで、激しく争う声が聞こえてきた。近い、この辺りか。
「ハインツさん。 あれ!」
絹川が指差した先の家畜小屋は壁に大きな穴があいている。おそらくはそこで飼われていたのだろう、食用として広く普及している豚に似た家畜が騒がしく鳴き声をあげながら次々と逃げ出している。あぁ、今夜は村人総出で家畜探しをせにゃならんぞ。徹夜だなこりゃ。
件の魔族は、恐らく家畜小屋に忍び込んだところを見つかりでもしたのだろう。騒がれたために逃げるに逃げ出せず立てこもっていたら、おっとりがたなで駆けつけた勇者が登場。慌てて壁を蹴り破って外に出た。おそらくはそんなところだろうな。
騒ぎの元へと走り百合沢に追いついた時には、既に戦闘が始まってしまっていた。
見張り台から慌てて参上したのだろう兵士達の持つ灯りに照らされ、2つの影が激しくやり合っている。
浅黒い肌を粗末な服で覆った男の魔族の鋭い爪を、両手剣を振り回す和泉が弾いていた。戦いは始まったばかり。見たところ2人とも怪我はしていないし、疲労も感じられない。
恐らく30年も生きていないだろう若い魔族だ。額の真ん中に伸びる角はまだまだ小さいし、爪も鋭くはあるが短い。大人の魔族ならば自在に爪の長さを変えられるようになるのだが、それが出来ていない時点でコイツの経験値など知れたものだ。
和泉のほうも伊達に修行を続けていたわけではないようだ。
以前に俺とやりあったときとは比べ物にならんくらい鋭い剣を振るっている。今のところ魔族の防御力に阻まれまともなダメージを与えることは出来ていないようだが、それも長くは無いだろう。目や口の中などの薄い部分を狙うことに気付けば、この戦闘は一気にケリがつく。
「はわぁ。なんかすごいっすねぇ」
「そうだな。これはちょっと予想外だ……」
まったくもってこの魔族の強さは予想外だ。瞬殺されてしまうと予想していたわけではないが、既に倒されてしまっているんじゃないかくらいは思いながら駆け付けたのだ。
年の事を考えても戦闘に慣れているはずはないし、何よりこいつは身体強化の魔法を使っているようにも思えない。つまり純粋な肉体能力だけで勇者とやりあっているんだ。キチンと修行させれば化けるだろう。
「やはり魔族は強い。……まだ勝てない」
「いやいやいやいや。お前ら充分強いからな?」
槍を構え、乱入する隙を窺っている百合沢から、どこぞの4貴族に負けた時みたいなセリフが聞こえてきたので慌てて否定する。確かに魔族は強力な種族だが、それはあくまでも人族を比較対象としてだ。お前らみたいな規格外と比べられるようなもんじゃない。
「ですがハインツ様。以前絹川さんに助けていただいた時の魔族も恐ろしく強力でしたわ。恐らく今回の相手と同じくらいには強かったかと。私たちも強くなりはしましたでしょうが、圧倒できないでは意味がありません」
以前ってことはつまり俺なんだが、コイツレベルと思われてんのは微妙に納得がいかんなぁ。まぁ、あの時点の百合沢の実力で、自分とどれくらいの差があるのかをキチンと計るなど無茶ぶりも良いとこだから仕方ないのだが。
「てめぇ! 人族の癖になかなかやるじゃねーか。この俺様とまともにケンカできる人族がいるとは思わなかったぜ」
「お前こそこのオレについてこれるとはな。だがそれもここまでだ。予言してやるよ。テメェはオレに勝てねぇ」
「ぬかせ。ならば、本気出させてもらおぅじゃねぇカッ!」
何だか世界観の違うやり取りと共に戦いは苛烈さを増している。適当なところで止めに入るつもりだったのだが、如何せんタイミングが計れん。
落ち着き払った和泉は、両手に加え蹴りまで混ぜてきた魔族の男の攻撃をただ1本の剣で叩き落としている。あえて足を止めて捌いているのは、攻撃の止んだ瞬間に攻守を入れ替えるための準備なのだろう。
と、魔族が軽く振りかぶるような軌道から蹴り上げる。つま先で地面を掬い、蹴り足とタイミングをずらした目つぶしを仕掛けたのだ。これは上手い。蹴りと目つぶしを避けるには上体を下げるしかなく、そうなればバランスが崩れるのは必至だ。
勇者の勝ちは揺るがんと思っていたが、大番狂わせがあるか!?
「あぶなっ――」
「決まりましたね」
口をついた呟きは、百合沢の真逆の発言でかき消された。なん……だと……? 思わず横槍を入れてしまいそうになるが、必死でこらえて動向を見守る。
一瞬後、必殺の一撃を放ったはずの魔族の男は、逆に和泉の猛攻に晒されていた。
ワケがわからん。
和泉は目潰しを避け、たたらを踏むようにバランスを崩した。しなりを作った強烈な爪の切り裂きが横合いから和泉を襲う。かわしきれるタイミングでもないし、体が伸びきった状態では受け流すことも難しい。和泉ができたのは剣の腹を顔の前に立てて顔面に斬撃が来るのを防ぐことぐらいだ。
魔族もそれを見越してその軌道を下にずらし、肩から胸にかけて大きな一撃を加えた。確かに当たった。俺が見逃したとは思えない。
――だというのに、和泉の身体にはカスリ傷ひとつついておらず、逆に大技を繰り出した後の隙につけ込んでいる。
「だぁかぁらぁ! テメェじゃオレに勝てねぇって言ったろうがぁ!」
いったん崩れた拮抗は元に戻らず、和泉の猛攻は続く。攻撃の最中に相手を罵るほどの余裕すら見せている。
このまま行けばすぐに決着はつくだろう。
「何が起きた……」
「安心してください。私にも何やってんのかさっぱりわかりません」
お前にゃハナっから見えとらんだけだろうが。緊張感をそぐ発言を無視しつつ戦闘を見守る。
なんにせよ、このままじゃあの魔族が殺されかねんな。既にいくつかの傷をつけられている。和泉はこの戦闘中にまたひとつ壁を乗り越えたらしく、肉体の緩みを見つけることが出来るようになったのだろう。
このままじゃ不味いな。
「百合沢。一瞬でかまわん。和泉を止められるか?」
「ハインツ様? どういうことです」
「あの魔族は生かして捕らえたい。俺なら魔法で動きを封じられるが、このままでは和泉が殺しかねん」
「…………わかりました。一瞬で宜しいのですね」
「頼む。だが、無理はするなよ? お前にも怪我をさせたくは無い」
「ご安心くださいませ。スキルを使います」
その発言に驚く俺を尻目に、手に持った槍を握りなおした百合沢が駆け出す。慌てて魔力を練った。
「宏彰君!」
「美華子っ!」
直前の攻撃で足を滑らせた魔族の男が地面に尻をつく。そんな隙を見逃してもらえるはずは無い。防御すら間に合わず、まさに大上段からの切り下ろしが届こうとする直前。百合沢の槍はまるでそこにその攻撃が来るのを知っていたかのように滑り込む。
同時に、俺が座り込む魔族の男の周囲に魔力を廻らせ体の自由を奪った。突如身動きの出来なくなった魔族は小さな叫びとともにもがくが、その程度で解けるような柔な拘束では無い。
「美華子っ! どうして邪魔するっ!」
「和泉君、落ち着きたまえ。魔族の動きは封じた。……君の勝ちだ」
たった今目の前で起きた動きを問いただしたい気持ちを抑え、感情のままに百合沢に詰め寄る和泉の肩に手を置き、落ち着かせる。
間に合ってよかった。うかうかしていたら標的が変わりかねない剣幕だ。
「オッサン!」
「水を差したことは謝罪させて頂く。百合沢君には私が頼んだのだ。このまま君に殺させるわけにはいかんのだよ」
「どういう事だっ。コイツは敵だろうがッ! 何でヤっちゃいけないんだよ」
「殺すなとは言っていない。聞きたいことがあるのだ。この地の領主として聞いておかねばならぬことがな。
…………だが、君は本当にコイツを殺す気でいるのか?」
「ったり前だろうが! コイツは魔族。人間の敵だ。現にこの村を襲ってきた」
「なるほどな。敵ならば、殺すこともいとわぬと」
「そうだ。それにコイツは梓を攻撃してきた。ヤらなきゃ梓がヤられてたんだ。……守るためなら、オレは殺すぜ。オッサン」
血走った目でこちらを睨み、和泉は何度も殺すと口走っている。
それが間違っていると俺は言わんよ。
百合沢はどこかしら苦しそうに和泉を見守り、宇佐美も和泉を支えるかのように寄り添っている。ってかコイツ今までどこに居たんだ? 戦闘に集中しすぎて見落としていたか。
かまわず魔族の男に向き直る。ひとしきり暴れて観念したのか、抵抗を止めていた。だがその目はこの暗さの中でもひときわ目立つほどギラギラとした光を放っている。改めてみると、やはり若いな。
ふと、背中に感触を感じた。そっと置かれた手の持ち主は、やはり不安そうにこちらを見ている。安心しろって。お前が心配するような事にはならんよ。
コイツにだけ聞こえるように小さな声で話しかける。
「絹川。こっちはもう大丈夫だから、町のヤツラに安心するよう話してきてもらえるか?
あっちの兵士達にも、魔族の始末は領主である俺が責任を持つから通常の警備に戻るようにって」
「えと……わかりましたけど。ホント大丈夫です? ヤぁな思いとかしません?」
「大丈夫だよ。まぁ、ちょっと時間はかかるが上手い事纏める。そんな顔すんな。不細工が増すぞ?」
「ぬわっ! 少女の憂い顔捕まえて何たることを。
……わかりました。でも絶対無茶しないでくださいねっ!」
気合でも入れたつもりか、俺の脛に蹴りを入れて「すぐ戻ってきますからねっ」絹川は走っていく。
これでこの場に残されたのは勇者3人と魔族の男、そして俺だけだ。
和泉の視線にはなおも明確な殺意が篭っているように見える。対する魔族は諦めたような、ふてくされたような面持ちで座り込んでいる。
「和泉君。それに他の2人も。すぐに済ますのでこの場にてお待ちいただきたい。
その後、コヤツを殺すというのならば私の名において認めよう」
言い放ち、俺は地面に座り込む。
魔族の男と目線の高さを合わせるため、胡坐をかいて心持ち前かがみに男の顔を覗き込んだ。
さて、お話しましょうか。




