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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”
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07  『こいつは貸しにしておくぞ』





 旅は順調に続いているが、このところ和泉の動向がおかしい。

 いや、こいつのおつむがおかしいのは元からだと思うので、奇妙というべきなのかもしれん。




 俺の周りのおかしな生き物筆頭である絹川は、どうやら女性陣との交流を密にする方向で作戦を変えたらしく、休憩のたびに俺の馬車と皆の馬車とを交互に乗っている。そして絹川が後ろの馬車に行っている時、なぜだか和泉がこっちに乗り込んで来たのだ。


 確かにこないだの夜以降、微妙にメイド達との距離が開いているように見受けられたのでほとぼりを冷ましたいのだろうかとは思う。だがよりによって俺の所に来ることはなかろう。仲良くしたい相手が居るのなら、そいつの傍に行くのが一番だぞ。


 まったくもって不可解である。絹川不在の俺の周りに女っ気などないというのに。

 ……はっ!? よもやコイツ、この俺までもその毒牙にかけようという気ではあるまいな。残念だが俺にその気はない。いや言い間違えた。残念でもなんでもなくそっちの趣味なんぞ無い。


 真意はまったくわからぬままに、今も和泉は俺の”馬車の”後ろに乗っている。デリケートなところなので間違えないように。



「なぁオッサン。なんか面白い話でもしてよ。流石に景色ばっか見てるのも飽きちまった」


「……和泉君。残念ながら私は道化ではござらぬのでな。気の利いた小話など持ち合わせておりませなんだ。

 そのような話術をこんな年寄りにせがむ方が無茶という物ではないかな」


「いやそうは言うけどさ。オッサンってそこまでジジイってわけじゃないんだろ? メリッサとかは年寄り扱いしてっけどギリスタックの爺さんは年齢不詳だって言ってるしさ。

 物腰見てもくたばる寸前の動きじゃねぇんだよなぁ」


「ほほう。そのようなことまでわかるようになりましたか。まこと、勇者というのは底の知れぬものですなぁ」


「剣の修行やってっと、だんだんわかるようになってきちゃったワケよ。ホラ。オレってやっぱ才能あるじゃん。

 ……っていやいや誤魔化すなって。まぁ、こんな世界なんだし実際の年よか若くったって不思議でもなんでもねぇけどな。とにかく枯れてねぇならなんだって良いや。オッサンはオッサンってことで」


 …………すまん。お前が何を言いたいのかさっぱりわからん。

 確かにこの世界では魔力の強いものは相応に老化が遅れる。体中に廻らせている魔力が無意識のうちに肉体を最善の状態に調整する為、肉体的な衰えが極めてゆっくりになるのだ。

 それでももちろん限界はあるが、平均寿命が60いかないこの世界において80~90まで生きるのもザラである。公的には十分に老人の仲間である俺も、30代後半程度の肉体能力を見せたところで不思議がられることはない。



「オッサンさぁ。結婚とかしてねぇの?」


「生憎と。縁に恵まれなんだ」


「寂しくねぇ?」


「さてな。どうでありましたかな」


「オレはだめだなぁ。ホラ、俺って女の子にもてるタイプじゃん。ダチとつるむのも良いけど、やっぱ女子と遊んでるほうが楽しいもん」


 知らんがな。

 それに、だったらさっさと後ろの馬車に行け。この場の雌成分は健気に馬車をひいてくれているクリスティーナちゃん4才くらいのもんだ。この娘はやらんぞ。


 適当に相槌を打っているだけの俺を放置して、その後も独り言のように自分語りを続けている。



「やっぱさ。女子と一緒のが男として自然じゃん。オレらの原動力ってそれっくらいなんだからさ。オッサンだってそうだろ。……なんでわかんねぇかなぁ」


「浮気とか言われてもこっちが困るよな。遊んで欲しそうだから遊んであげてんのに。ほっとく方が可哀相じゃん」


「大事なもんは死んでも守るぜ。オレってそういうトコはビシッと決めるタイプだからさ」


「オレだってみんな幸せにしてあげたいわけよ。オレと居るのが一番幸せなんだからそれで良いのにさ」


「あ~あ、つまんね。ほんっとつまんねぇ。全部俺に任せときゃ上手くいくってのに……」



 ひとしきりしゃべり続けて満足したのか、「ちょっと寝るわ」和泉は荷台に寝転んだようだ。結局のところ単に愚痴をこぼしにきただけなのかもしれん。


 コイツの感性では、世界は未だ自分を中心に廻っているのかもしれない。生きる為の筋道がパターン化されている時代に生きていれば、勝ち筋を見つけることも容易かろう。もちろんそれが出来ぬ者もいるし、あえてその道を選ばぬ生き方もある。

 だがコイツのように才気に恵まれた青年であれば、与えられた上手くいく為の道を歩み続けることは簡単だったのだろう。だからこそ、それまでのルールにそぐわない世界に連れてこられてこんなにも失態を続けている。


 もしも……、もしもの話だが。コイツがこの世界に生きるのであれば、先人としての俺は殻を破る為の手助けをしてやってもかまわないと思う。

 だがきっとコイツはそれを選ばない。いや、選ぶ理由がない。


 だからコイツは俺たちの常識に染まるべきではない。いずれ元の人生に戻るのであれば、ここでの教訓など何の役にもたたん。よしんば妙な価値観を紛れさせてしまったならば、コイツが歩むはずだった道に戻れなくなるかもしれないんだ。

 俺はコイツの親でもなければ師でもない。だからコイツを導いてやる資格がない。こいつにとって新しい考えを伝え、それがどんな変化を及ぼすかを見届けることが出来んのだから。

 結局のところ俺にできるのは、ただ愚痴を聞いてやるくらいの事だ。


 自分の身を守るために、既に自分からこっちの世界に飛び込んできている絹川とは違う。



 しばらく馬車を走らせていると、何時の間にやら寝息が聞こえてきた。

 お前が枕代わりにしている麻袋の中身は俺の服が詰まった物。爵位もちの貴族として公の場に出られるような服ではないが、それでも一般市民の箪笥に入っていれば結婚相手の親に挨拶に行くときくらいの重要なシーンで着られるレベルの高級品だ。

 そして恐らく今頃は皺くちゃな布の塊になっていることだろう。きっとちょっとやそっとじゃ回復できんレベルの皺が作成されていると思われる。

 だが、なんとなく文句を言うのも躊躇われた。こいつは貸しにしておくぞ。




 リーゼンの地に入り、3つの町と5つの村を越えた。

 統治者たちはきちんと法にのっとった治世をしいているようで、特に大きな問題もなく視察は進んでいる。ここ数年来の豊作が影響して麦の価値が微妙に下がり気味であるのが気になるところではあるが、相場全体に影響を与えるほどの物でもない。

 すべて世はこともなし。実に結構なことである。


 本日2つ目の村に入ったところで日も落ち始め、予定通りにここで一晩過ごすことになる。

 南に丸1日も歩けば深い森にたどり着くこの村は、リーゼン領の中でも魔族の支配地域にほど近い集落である。

 そのため村の周りには、牧歌的な村内の様子にはそぐわぬ大仰な柵が長々と敷かれており、村はずれの見晴台の上には治安維持のための兵士が常駐している。


 過去の魔族との騒乱の時代に、この村は警報機のような扱いを受けていた歴史を持つ。

 魔族の第一波をこの村が受け襲撃を近隣に知らせることを強いられてたのだ。当然、そんな村に好き好んで住み続ける者は居ないため、何度も村の中身は変わったのだという。

 住民が居なくなる度に借金で首が回らなくなった者や軽犯罪者がこの村に集められ、次の襲撃が何時来るか、恐怖と隣りあわせで生きる。

 そんな歴史を持つ者たちの子孫である現在の住民たちは、そろいも揃って逞しく肝の据わった者たちだった。



 俺がリーゼンの領主となって以降、1番多く視察に赴いたのがこの村である。魔族がらみの問題が生じたときに、現場となる確率が最も高いのが此処だからだ。

 顔なじみの村人達に歓迎され、いつもの豪快な料理と酒を振舞われる。当然、勇者達には酒精の無いものを運ばせたが。


 森の恵みを豪快に焼き上げた料理に舌鼓を打ち、此処で仕込まれた麦の酒を飲む。気分の盛り上がった村人たちは誰ともなしに手製の楽器を取り出し、歌い始め。そこに手拍子足拍子が加わればすぐに踊りへと変わる。


「なんかお祭りみたいですねぇ」


「実際そうなんだろうよ。毎年似たような時期に此処に来てるからな。良いダシにされちまってんだ」


 楽しそうにしているのは良い事だ。誰にせよ、何にせよな。

 せっかくの機会だからお前も十分に飲み食いすればよかろう。目の前に積まれた食い物を取り分けてやると、にひひっと笑いながら嬉しそうにムシャついている。よ~しよし。もっと喰えもっと。


 おっと、だがお前にゃ俺の手元のゴブレットの中身はまだ早い。

 コイツは言わば生きる喜びそのものを凝縮した液体だが、これが必要になるほどお前の人生は枯れちゃいないはずだ。決して俺がケチなわけじゃない。

 こんなもんを詰め込むくらいならメシを食え。そっちの山鳥焼いたのも旨いぞ?



 とっぷりと日が落ち、村の集会場に作られたかがり火が勢いを弱めてもなお祭りは続いた。この場の空気は人の間も和ますようで、ここ数日ちょいとギクシャク気味だった和泉たちも楽しそうに話している。

 そうそう。そうやってこの世界を楽しんでるだけならそれで十分だ。




 むしゃむしゃがっついていた絹川の食欲が満たされた辺りで祭りは終わり、いたるところで燃えていた火もその殆どを始末されていた。

 当然村人の何人かはまだ飲んでいるやつらも居るのだろうが、それはもう個人の時間だ。みんなで楽しくは、おしまい。


 俺も借り受けた部屋へと戻る。勇者達もそれぞれ祭りの余韻を楽しんでいる頃だろう。陽気につられて羽目を外すヤツが出んとも限らんが、この屋敷から外に出なきゃどうだってかまわん。



 酒気の入った頭でぼんやりと酔い覚ましの水を飲んでいたところで、誰かの叫ぶ声とドアを叩く音が聞こえてきた。

 ここは町長の屋敷でもある。何かが起こればすぐに知らせが入る場所だから、喧嘩の仲裁でも頼みに来たのかと耳を向けてみた。


「村長さん、起きてくれっ! 魔族だっ、魔族が出やがったっ!」


 ……よりにもよって今夜来ることはないかろうに。

 すぐに騒がしくなる屋敷の中で俺も外套を羽織り、部屋を飛び出した。

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