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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”
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06  『生存戦略』

「さっきも言いましたけど。この世界での結婚の大前提にあるのは、相手の保護下に行きたいって事だと思うんです。基本的にそういう意識が流れてるから、強い男が複数の女性を受け入れることが許されてるんだと思います」


 絹川は話し出す。

 先ほどよりも声色が高めに聞こえるのは、お茶で喉を潤せたからだろうか。それとも、これからの話に何かの意識が含まれているからか。




「そういう場合の一夫多妻制ってのは、ヒエラルキーの天辺に夫がいることが大前提ですよね。で、奥さん達の生活に保障を与える代わりに、自分は安定を得るわけですよ。

 その、精神的なものだったり。子孫繁栄的な意味だったりで」


「それが基本であるのは間違いなかろうな。この世界の女性は、まだまだ社会進出といった活躍は難しい。外的要因で生活に困難が及ぼされる可能性の高い世界である以上、力で劣る女性が家長になることも少ない。

 さっきお前の言った、女性優位な状況での一夫多妻とは違う形になるわけだ」


「ですです。ってことは、女性の側はきちんと自分を保護してくれる相手であるか、が、結婚相手としての条件になるわけでしょ? ライバルを蹴落とそうって思うのも、複数いる妻の中で、少しでも上の序列に自分をねじ込みたいからなんですから」


「和泉に群がってるメイド3人衆みたいに、だな。

 だが、アイツはチヤホヤされるがままに甘い顔をしているだけで、明確な優先順位を決めようだなんて思っちゃいない」


 もしもヤツにその気があるのならば、まず第一に付き合いの長い宇佐美を立てるはずだ。その宇佐美をすら他の女性と同列に扱おうとしているアイツの態度は、ともすれば自分が第一婦人の座を狙うチャンスだとメイドたちは思うかもしれない。

 だが、そのうちに、和泉にはそもそも自分の周りに居る女達に序列を定めようという意識がないことに気がつくだろう。



「それって、一見みんな仲良くって感じで耳触りの良い関係に見えますけど、実際は責任の放棄ですもん。

 もし将来的に自分が奥さんになったとして、その時どれだけ貢献しても、見返りは一定だよって言われてるようなモンですよね。たとえ女同士の骨肉の争いをして自分達で順番を決めたとしても、旦那はそれに従ってくれる保証がない。

 安定求めて結婚する人たちが、そんなおためごかしな平等受け入れられるわきゃないじゃないですか」


「そもそも、アイツは王女にまで色目使ってるしな。まぁ、どこまで本気なのかはわからんが、万が一王族とも結婚だなんて事になったとしたら、メイドたちが身分的に太刀打ちできるはずがない。それなのに夫が平等に扱おうとすれば、上位者である王族に内密で始末されるのは自分だ。その恐ろしさを無視できる肝の据わったヤツはおらんだろう」


「本当に和泉君が現状のシステムである一夫多妻制を理解していれば、その辺のけじめは絶対付けなきゃダメなんです。じゃないと女の子たちを守れないんですから。

 今日までの態度じゃ、気付いてるとは思えませんよねぇ」


 だろうな。おそらく、アイツは元の世界にいたころから女達にチヤホヤされることに慣れていたんだろう。そしてこの世界で、1人の男が複数の女性を相手取ることが法的に認められていることを知った。これ幸いと八方美人振りまいたとしてもおかしくはない。

 しかも考えの根底に、あちらにある平等主義が流れているんだ。この世界の結婚制度の本質に気がつくはずがない。



「ま、大体はそんな感じだな。俺もいずれ女達のほうから見限ると判断した。予想を覆すとしたら、よっぽど情の深いヤツが出てくる事だが、そこまでの相手なら和泉も真剣に考えるだろうしな」


「後は、今絶賛修羅場ってると予想される、宇佐美さんとのお話でどう転ぶかって所ですけど……。

 多分変わんないでしょうねぇ」


「宇佐美の方は良くわからんのだが、少なくとも百合沢がこっちの風習に馴染めるとは思えん。他のことならまだしも、この手の自由さは受け入れられんだろうな、性格的に。

 おそらくだが、元の世界の常識に則った説教が広げられてるところだろ。素行の改善くらいにはなるんじゃないか? 表面的に、だろうけど」


「私としても、目の前で修羅場られなきゃ別にかまいませんからねぇ。

 あと。1個だけ気になってることがあるとすれば、その……もし、赤ちゃんできちゃったらどうするのかなぁって事なんですけど。

 和泉君が、じゃなくて。そういう状況になったときにハインツさんがどう対処するのかなぁって」


 流石にそこまでの生々しい話には抵抗あるんだな。目線を泳がせながらぼそぼそといってきた。

 実のところ、俺はそれも気にしていない。

 この世界で処女信仰なんてモンは、家系を重視する必要のある貴族社会の中くらいにしか存在しない。むしろ、勇者の種を貰えてラッキーぐらいの感覚で、別の男と所帯を持つだろう。

 男の側も優秀になりえる跡継ぎが出来ることを喜びこそすれ、自分以外の男との子だからといって疎むような状況はまずない。その手の宗教的道徳心が存在しないここでは、そういった感性そのものが少数派の意見なのだから。


 それに、そもそも大前提としてその心配はありえない。



「万が一和泉のお手つきの誰かが子を孕んだなんて自己申告してきたら、そん時ゃ俺が相談に乗るつもりだ。もちろん相手の女の方にな。どうしても和泉と結婚したいって言い張りでもされない限り、生活の保障をしてやれば満足するだろうよ」


「なぁんか女権論者あたりに聞かれたら大炎上しそうな台詞ですけど、こっちの常識で言えばそうなっちゃうんでしょうねぇ」


「そういうことで胸に収めといてくれ。女性蔑視とかじゃなくて、単にそれが常識だってことなんだ」


 いずれ時代とともに変わっていくものかもしれんが、少なくとも現状はこの考えがまかり通っている。その善悪を語るのは、少なくとも今ではないだろう。


 

 和泉のハーレム計画……まぁ、本当にそんなモンがあったとすればだが、は、そんな感じで破綻が決定しているようなもんだ。

 そいつはきっと揺るがんだろうし、俺が何かするとしてもずっと先の事だ。


 ここまでの話を反芻し考えを閉じる。俺はそれで問題なく終了できるのだが、絹川の方は少しだけやりきれない顔をしていた。きっと自分の中での結論で感性と理性の間にしこりが残っているのだろう。無理もない。


 だが、その表情もつかの間。すぐにニカっとこちらを見てきた。まったく、ナニが嬉しいんやら。


「へっへーん。どでしょ。私もこの世界の常識ってヤツに、だいぶ慣れてきたと思いません?

 こっちの世界に来てから、もう3ヶ月は経ちますからね。これっくらいは適応しちゃえるってワケですよぅ。まぁ? 私レベルの柔軟性あってのものではありますけどねぇ。

 ほれほれ、褒めてくれたってよいんですよ?」


「あぁ、確かにその通りだな。初めて話した夜にあそこまで間抜けな考え披露してくれたヤツと同一人物とは思えんよ。

 なんだったっけかな。ワタシには仲間が沢山いる、だったか?」


「ぬあっ! ちょっと、それ今考えてもハズいんですから。忘れちゃってくださいよぅ。

 えとですね? あれはホラ、ハインツさんを試したと言いますか――」


「あの時点で試さなきゃならんかった理由を言ってみろ。そしたら納得してやるよ」


 妙な言い訳をしやがって。誤魔化せると思ってるんかねぇ。

 まぁ、照れ隠しって部分に間違いはないのだろうけれど。



 そのまま俺達は、お茶を飲みながら馬鹿話を続けた。互いに何度かお茶をおかわりして、水差しの中身が空になった頃、ようやく絹川は自室に戻る。

 どうでも良いやり取りが心地よかったのが、正直なところだ。




 1人になった部屋の中で、意図せず深いため息をついていた。

 アイツが居なくなったとたんに、少しだけ寂しさを感じてしまっていることに気がつく。


 …………良くないな。本当に良くない。

 

 部屋の窓を開けると、冬の入り口の夜風が暖まった部屋を冷ましていく。

 ここ数日は晴ればかりが続いていたのに、吹き込む風はどこかしら湿っていた。

 それが必要な事だと思いながら、少しだけ、絹川のことを考えた。冷たく濡れた風に頭を冷やしながら考えた。



 絹川の考えはわかっている。アイツは、始めからずっと擦り寄ろうとしてきた。

 俺の元に通い、時間を共有し、考えをトレースしてきた。例の勇者食堂の時は自分の体験や知識の中から出た話だから別だが、それ以外のアイツの言葉は、この事象に俺ならどう考えるかという内容を絹川自身の言葉で話しているようなものだ。

 俺の考えの基本である常識。つまりはこの世界の常識を少しでも早く身につけようとしているんだ。元の世界の多角的な意見を思い出しながら、俺が考えるであろう内容が自分の考えとイコールであるかのように話している。きっとこの数ヶ月それだけを考えて学習してきたんだろう。


 それを悪い事だとは責めきれない。なぜならそれは、絹川の生存戦略だからだ。

 自分自身がとてつもなく危険な立場に晒されていることを自覚しているから、少しでも庇護してくれる可能性の高い俺の庇護下に居るんだろう。

 勇者という存在である自分自身が政治的に利用されないように。利用された挙句に消費されないように、この世界の権力者に擦り寄っているんだ。そしてその対価として、少しでも楽しませようとしている。



 これは、先ほどの結婚の話と同じ事だ。アイツは庇護を求め、同調することで対価を払おうとしている。俺の考えが正解なのだと体現することで、自分自身に絶対の自信を持てない俺の感情を安定させようと躍起になっている。


 そんなことで喜ぶと思っているのか? ……思ってるんだろうなぁ。

 現に俺は助かっている。何がどう影響し未来を変えるかわからない世界で、何にも影響を与えないように物事を動かすなんて矛盾した行動をやっているんだ。正しさを保証してくれる存在がどれほどありがたかったことか。

 これまでの百年余りと比べて、ここ数ヶ月の俺は実に自信を持って動けている。どれもこれも、絹川のおかげだ。



 そしてそれと同時に、そんな絹川を見続けるのがどうしようもなく苦しい。

 どうしてアイツはあぁなんだろうなぁ。正しく問題を見抜いて間違いのない計算をするくせに、いざ解答欄に記入するって時に書き間違えるようなミスをする。自分がどんな思惑で動いているかということに俺が気付いた時、果たしてどんな反応をするのかをマルっと見落としてやがるんだ。


 いい年こいたオッサンが、自分が実は誰かに認めてもらいたかったなんて青臭い事実に気がついてしまったときに、どれだけの自責に駆られちまうかなんて想像もしてないんだろう。その信頼を失いたくないと悶えてしまう事も。



 だからこそ俺はアイツに気付いて欲しくない。知って欲しくない。

 自分達に何が起きているのかということを。どうして俺が和泉の女関係を放置できるのかを。4台目の馬車の一角を占める大量の布類。この世界の一般的な生理用品であるそれが実は全く不要であるということに気付いて欲しくない。

 俺がお前たちに何をしてしまったのかを気付かぬままに、元の世界に帰って欲しい。


 そして何よりも。俺がただの強力な魔族などではなく、魔王と呼ばれる存在であることを知って欲しくない。どうして魔王などと呼ばれているのかを知られたくなかった。



 俺の中には、もっと絹川に知って欲しいという欲求と、知り過ぎられたくなはないという願いが混在している。




 気がつけば、霧のような雨が頭を濡らしていた。

 前髪からぽたぽたと落ちる雫は、窓の桟にかけた手を濡らし、そのまま壁に黒い染みを広げていく。

 俺は頭を振り、水滴を振り払った。


 明日からもこの旅は続く。日ごとに魔族領も近づいてくる。


 俺のことを知りたいといった絹川を、後どれくらい誤魔化しきれるかわからない。

 けれど、もう少しだけ夢を見せて欲しいと願いながら眠りについた。


 この不安で安らぎに満ちた時間が、少しでも長く続きますように……。

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