05 『女がブチ切れた時は怖いんだぞ?』
旅は順調に進んでいる。
既にいくつかの領地を超え、明日にも我がリーゼンの地に入ることが出来るだろう。
本日訪れた街は比較的大きな街道の交差点であり、宿場町として大きく発展した場所だ。
これまでのいくつかの街では町自体に宿が一軒しか存在せず、やむなく町長の家に一夜の宿を依頼したところもあった。防衛上の観点から出来れば我々で宿自体を貸しきってしまいたかったのだが、町唯一の宿でそんなことをしてしまえば通常の旅行者達が路頭に迷いかねないからである。
勇者たちはそんなこちらの事情をご存じないので、町長の邸宅に泊まるのもちょっとグレードの高い宿で世話になったくらいの感覚だ。いちいち説明するのも面倒だし、こういう部分に気を使うのは大人の仕事だろうからかまわない。
それに、完全にお客さん気分で部屋に篭っていてくれた方が、隙あらば勇者とのコネを作りたがる地方有力者達の魔の手からも守りやすいのだ。
そういった意味では本日の宿は非常に都合が良かった。もともと権力者や超が付く富豪御用達の宿である為、外部の者が侵入してくる恐れは少ない。宿の内部であれば、勇者達が多少のオイタをしたところでいくらでももみ消すことが可能だ。旅先でのご乱行を求めるあんぽんたんはどこにだっているし、そういうのも宿代に織り込み済みの場所なのだ。
故に、この宿ならばちょっとやそっとのことならば醜聞が漏れることはない。好きなだけ下半身に忠実になってれば良いさ。
なのだが、俺の部屋にコイツが入り浸るのは予想していなかった。せっかくの旅行なのに、これじゃいつもと変わらんじゃないか。そこまで暇なのか、絹川?
「まぁ良いじゃないですか。まだお休みにはならないでしょ? ちょっとくらいお話しましょうよぅ」
「そう言うのは女同士でどうにかしろよ。なんかあんだろ旅先なんだし。灯り消してベッドの中で、互いの好きなヤツの話とかで盛り上がってろ」
「んなもん私達で話してどうすんです。誰かが相手明かしたところで『ふ~ん、そう』くらいしか感想ないですもん」
「わっかんねぇぞ。特に百合沢辺りが衝撃的な発言かましてくれるかもしれん。こう、その後なんとなくギクシャクしちゃう系の」
「なら、なおさら聞きたかないですよぅ。
それに、私達の部屋は今誰もいませんから。百合沢さんと宇佐美さんは和泉君とこ行っちゃいました。流石に耐えかねたんじゃないですかねぇ。調子に乗りまくりでしたもん、彼」
「なるほど。本妻が爆発したか」
確かに、ここ数日のメイドさんたちとのいちゃつきぶりは、ヤツラの人間関係に大して興味の無い俺の目にすら余るものだった。絶えず誰かが引っ付いているというかなんというか。
流石に街中に入ってからは自重しているようだが、それでも人目につかないところでは完全にハーレムの主気取ってやがったからな。
しかしながら正直俺からは、宇佐美がそれほど和泉を気にしているようには見えなかったんだよな。とはいえ、世の中にゃ旦那の浮気の動かぬ証拠を叩きつけられても、生活守る為に見ない振りする女だっていなくは無い。アイツもそういうタイプなんだろう。
だがなぁ、その手の女がブチ切れた時は怖いんだぞ? 社会生命含めた一切合財ズタぼろになるまで相手追い詰めなきゃ気が済まんってレベルの追い込みしてくる。早いトコ、ゴメンなさいしといた方が良いぞ、和泉。
「あのメイドさんたちも、早く気付けば良いんですけどねぇ。このまま和泉君チヤホヤしても良いこと無いでしょうに」
「そうは言うが、アイツは曲がりなりにも勇者だからな。そのおこぼれにあやかろうってのは悪い話じゃないだろう」
「それはその通りですし、そうなれるなら良いんですよ。でも今の和泉君って、単にいろんな女の子にチヤホヤされたいってだけにしか見えませんもん。そんなんでハーレム気取られてもねぇ」
「つまり、もっと上手いことやれ、と。意外だな。そういう不誠実な行為自体に嫌悪感持つかと思っていたんだが」
書き物をしながら適当に相槌打っているだけだったが、少しだけ興味が出てきた。羽ペンを置いて向き直る。
ここは最上級ではないが、高級志向のこの宿の中でもかなりランクの高い部屋である。今俺が向かっていた文机やコイツが寝転んでいるソファーも、その辺の中位貴族の屋敷にあったとしても見劣りのしないモノがしつらえてある。そもそも寝台以外の家具が設置されているだけでも高級宿なのだ。
まぁ、とてもじゃないが個人的には利用する気のおきない値段つけてるんだから、これくらいは当然と思ってよいのかもしれん。それ故に、サービスの一環としておいてある部屋の茶菓子をコイツがバクバクしていても文句は無い。
晩飯をアレだけ食っといてまだ入るのかという気はするが、どうせ喰いすぎで苦しむのは俺じゃない。
気にせず話を続けるとしよう。
「お前さん的には、和泉のご乱行は問題ないのか?」
「ん~。…………本質的には無いですねぇ。だって、一夫多妻なんてこの世界じゃ生存戦略の一環でしょ?
多分ですけど、ここじゃ働く男性の死亡率ってそれなりに高いですよねぇ。病気だったり、怪我だったり。そういうのでまともな治療受けられずにポックリ逝っちゃうのって、どうしても所得に反比例して多くなるんですから、全員に一夫一妻押し付けたら未亡人や遺児が量産されるのは目に見えてますもん」
「そいつはどうしても、な。安全基準が法で定められてるわけじゃないから、肉体労働者の事故死は現場監督の胸先三寸で決まってるようなところはある。あまり悪質すぎると指導が入るが、それでもお前等の世界とは比べ物にならんだろう。
しかも物理的な戦闘行為でメシ食ってる職業だってあるわけだからな。全体としてみれば、やはり事故死は多い」
「でしょ? そうなると、安定求めるならより強い男。その、金銭的だったり、肉体的だったり。もしくは社会的に強い個人が複数の女性を娶るってのは、ある意味とっても健全だと思いますからねぇ」
「つまり、ハーレム自体は問題ない、と」
「ですです。私の生きてた時代でそういうのが眉顰められるのは、あくまでその社会が一夫一妻を選んでるってだけですもん。そりゃあの社会ではそれが正義なのは間違いないですけど、普遍的な正解だってのは乱暴すぎでしょ。
まぁ強者が力づくでどうこうするってんなら、物理的にでも捌かれちゃえって思いますけど。それは制度とは別のお話ですからねぇ。それに、女性の方だって打算コミコミで近づいてくんですから問題ありませんよ」
ふぅむ。
コイツくらいの小娘には、夢見るお年頃でいて欲しいと思っているところが俺にもある。しかしまぁ、ほんとの意味で夢を見てたのは、そんな風にコイツを見ていた俺のほうかもしれんな。
……こいつはきっと、俺が思っている以上に強かな人間なんだろう。
「ってかですね? 本っ気で女性の方が強くって、女性の側にしか選択権無いんだとしたら、一夫多妻の妻問婚になるのが自然ですよ」
「まぁた暴論ぶっこんできたなぁ。なんでだよ」
「だって、男は同時期に何人とでも子ども作れますけど、女の方は一度に1人の子どもしか宿せないんですもん。だったらより強くて優秀な相手の種貰ってきた方が良いに決まってるじゃないですか。
経済的にも女の方が強ければ、子供が出来た後はどっか行っててもらったほうが都合良いですしねぇ。家の存続も子育ても、全部妻が出来るんです。問題ないでしょ?」
「割り切ってるもんだな。愛とか恋とかは良いのかよ」
「まぁほっとかれるのはツマんないですからねぇ。
けど、旦那さんにはたまに訪ねて来てもらって、その時甘い言葉のひとつも言ってもらえりゃ満足できると思いますよ。きっと末永く円満でいられます」
「そんなもんかね。もっとこう、愛とか恋とかが重視されるもんだと思ってたんだがな」
「そりゃ好き合ってる同士がくっ付くのが一番なんだとは思いますけどね。そもそもここの人たちとじゃ成長過程が違うんですから、恋愛に対する認識もきっと私とは違うんですよ。
……私、というか。私達、ですけど」
「ふむ。確かに違うっちゃ違うな。
結局惚れた腫れたってのは、生きるうえでの潤滑油だからな。そもそもの基板が違えば、使うべき油の種類も変わるってことか」
「ん。なるほどわかっちゃいますか。
…………まぁ? ハインツさんが結構なレベルでおとめちっくだってことはわかりましたから。私としても満足ですねぇ」
「なっ! キサマ、この迸る男らしさを見といて何を言いやがる。町を歩けば道行く婦女子が『あれ、なんという益荒男振り』ってな具合で頬染めるのがこの俺だぞ。誰がおとめちっくだ、誰が」
「この世界の男女関係捕まえて、恋愛感情真っ先に持ってきたくせにナニ言ってんですか。すきとかきらいとか最初に言い出したのはハインツさん、ってくらいには高性能な乙女回路搭載してますよ?」
「んなけったいな装置積んどらんわ、馬鹿。
あぁ、もう。オッサンからかって遊んでんじゃねぇよ。
だいたいお前こそなんなんだ。妙にさばさばしやがって。種だなんだとか、恥ずかしいとは思わんのか」
クソっ。地味に顔が熱い。ニタニタ気色の悪い顔しやがって、コイツ絶対遊んでやがる。
そっちこそ、こないだちょろっと下ネタ振っただけで真っ赤になって暴れてやがったクセに。たった数日でえらい肝の据わりようじゃねぇか。
「なぁに言ってんですか。これは単なる文化人類学上の考察でしょ? そんなのにいちいち照れてるハインツさんこそ恥ずかしいですよぅ」
「うるさい黙れ。ってか俺の話は良いんだよ。俺の話は。
とにかく、お前としちゃ一夫多妻は問題ないんだろ。ならそれで話は終了だ。暇なら百合沢辺りにその話して、和泉のこと認めてやるように言ってやれば良いだろ。
いちゃつきっぷりがちっと目に余るが、こっちの価値観なら問題ないんだから大目に見てやれってな」
「いやいや、んなことわざわざしませんよぅ。めんどくさい。
それに、彼のハーレムもどきもそう長いこと続かないでしょ。メイドさんたちだって馬鹿じゃないんですから、ほっといても和泉君から離れていきますって」
「アイツの底の浅さが知られるってのか? そう簡単に見透かせるもんかね?」
「そっちじゃなくて、和泉君はハーレム作る気なんて無いってことですよぅ。彼は女の子はべらして、チヤホヤされたいだけじゃないですか。
ハインツさんだって、わかってるから放置してるんでしょ?」
ほほぅ。なかなか面白い話になってきたな。
もう少しコイツの話しに付き合っても良いだろう。
サイドボードからカップを取り出し、絹川に向けて首をかしげる。アイツも小さく頷いたので、2人分のお茶を俺が淹れてやるとしよう。
まだ時期が早く暖炉に火は入っていないが、こういう時に魔法があるとわざわざ湯を沸かしにいく必要がないのが便利だ。
ちゃちゃっと淹れて、絹川の前に差し出す。
どうせ夜はまだ長い。
カップに口をつけた少女の喉が動いたのを見計らい、俺は続きを促した。




