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15(第三章 終)  『その種をまいたのは』

「戸惑う気持ちは良くわかる。

 君としては、昨日の話で自分の夢が断たれたと考えたんだろう。しかも一晩かけてそれを消化した上で、今ここに座っているのだと思う。

 だが、異文化交流という視点で捉えれば、また、違った見方ができるんだよ」


 いったん目を閉じ、頭の中でこれからの話を整理する。努めて噛み砕き、丁寧に語ろう。この少女は聡い。きちんと話せばきっとわかってくれる。




「まずはじめに。あの店を再開させるに当たって、君に断わっておかなければならないことがある。

 今まであの店で出していた料理は、その全てが君達の世界のものだったろう? その料理を今後提供することは、やめさせてもらう」


「それは……。いえ。そうですね、仕方のないことなのでしょう。昨日の話にもありましたものね。私の出した料理は、馴染みがなさ過ぎる、と」


「そうだな。だが、君の目的はあくまでもこの世界の食生活を充実させること。料理そのものを普及させたかったわけではないのだろう?

 ならばそれは、今までの活動によって十分に下地が出来ていると思う」


「どういうことでしょうか?」


 不思議そうな顔でこちらを見つめてこられる。そこまで真正面から見つめられると微妙にケツのすわりが悪い。百合沢の視線を誤魔化しつつ、隣に座るいつもの顔を見よう。……うん、相変わらずしまりの無いアホヅラ晒している。少し落ち着いた。




 俺は何も、異世界の料理全てが悪だとは思っていないのだ。


 仮に、歴史的な積み重ねの全く違う品が並んでしまうとする。歴史の長さとはそれに費やされてきた試行錯誤の長さだ。である以上物としての洗練度にも圧倒的な差が生じる。歴史の短い製品がよほど特殊な進化をしていない限り、絶対にこの格差は起こる。

 結果としてどちらかがもう片方を駆逐するという事態が起こる。


 これはこの世界でも大いにありえる事だし、俺としては当然看過できない。

 もちろんそういった外来品が進入してきても、従来のモノが一定のシェアを確保し続ける場合も存在する。例えば従来品がその地域に特化した、……所謂ガラパゴス的な進化を遂げていて代替が効かないという場合なんかでは、綺麗に住み分けが可能なんだが。そんなのは意図して目指すべきモノじゃない。



 俺たちが今から目指す道は、ひとつ。

 新しく輸入されたものを、そのままのモノとして普及させるのではなく、それを作りあげた土台だけを広めてしまうのだ。


「つまりその土台だけを広げるということが、『異文化交流』なのでしょうか?」


 大きく頷いて返した。正解だ、さすが百合沢。優秀な学生だっただけはあるな。どっかのアレとは比べ物にならん察しの良さだ。


「一般に言われている『異文化交流』というものは、実のところ『異文化侵略』であることが殆どなんだ。本来、文化には歴史の長短はあれど優劣は存在しない。だが、より練度の高い文化はそうでない文化を容易に塗り替える。新しく、進んだ、高等に見える文化と比べてしまうと、それまで自分の周りに合ったものはどうしても劣った何かに見えてしまうからな」


「それは。もし、勇者食堂の料理が広がってしまっていたら、この街の料理がなくなってしまっていたかもしれなかったという事なんですね……」


「事が料理なんて生活に密接した分野だからな。そう簡単に消え去っていたとは思わんよ。だが、間違いなく食生活に変化を及ぼしていた。そしてその変化は、生産や流通などにも大きな変化をもたらしていただろうし、それによって消滅する生活様式は存在しただろう」


 現に、いくつかの商家や農村には影響が出始めていたんだからな。この変化が町全体に広まってしまえば、周辺一体の農業形式が全面的に塗り替えられていた恐れもある。



「仰るとおり。それは侵略ですわね。……本当にダメだわ。つい最近、自分達が有害な外来種にならないようにって反省したばかりですのに」


 洞窟でのやり取りを思い出したんだろう。苦々しさを堪えきれないといった表情を浮かべている。その指摘は俺がしたものに間違いないのだが、流石に魔族であることまでばらす気はまだ無い。聞き流すとしよう。


 しばらくの沈黙の後、何かを振り切るように顔を上げた。


「ですが、料理を支える知識だけならばそうはならない。むしろ、その知識を踏み台にしてこの街の料理が作られるようになるかもという事なのですね」


 その通りだ。少なくとも、俺はそう考えている。



 百合沢の料理は確かに美味いのだろう。だが、コイツはあくまでも元学生であり、専門の技術を持った人間ではない。それなのにこの世界の料理人を凌駕する料理を作れたのには、支える知識が存在したからだ。


 丁寧に出汁をとり、味を上乗せするという知識。食材の下処理に関して、何をどうすべきかという知識。複数の素材を同時に使用したとき、どのような影響が出るのかという知識。

 これらのを持っていたがために、こいつの料理は一定以上の水準を出していたのだ。そしてこの知識は広く応用が利く。


 異文化の製品が目の前に無く、それを構成した土台だけは知ってしまったとしたら。その知識の行き先は自分の知っているモノの改良という方向にのみ向かう。

 美食大国とも謳われた俺たちの祖国の知識を持って、この世界の料理を作る。そうすればこの街の飲食店全体のレベルは底上げされるだろう。だが決してこの街の料理は廃れない。たとえ新しい技術があったとしても、作られる製品は同じなのだから。



 だから俺は、その技術と知識だけは広めてもかまわないと思った。幸い、これまで勇者食堂で働いていた人間は、そういう基礎的な知識を百合沢から学んでいるはずだ。


 これからの勇者食堂は、勇者のもたらした技術を利用した、自分達の街の料理を出す店になってもらう。

 これまでの経緯もあるからな。最初から上手くいくとはいかんだろう。だが、あそこに行けば自分達の知らなかった料理の技術に触れられるとなれば、いずれ影響は広がっていくはずだ。


 ゆっくり、じんわりと広がっていけ。そうして混ざって、いつかひとつになれば良い。それこそが、この侵略行為に対するもっとも有効な対処。

 争わず。戦わず。飲み込まれず、飲み込まず。ただ、消化する。それが最良の防衛戦略だ。

 



「さて、百合沢君。最後にもう一度だけ言わせて貰いたい。

 君の作った料理は、確かにこの街の人々にはいまいち受け入れられないものだった。そのうえ店のやり方の問題もあり、残念ながら続けていくことは困難となった。

 ……だがね? 君の抱いた最初の思い。この街の人たちにもっと美味い料理を知って欲しい。それによって生活を豊かにして欲しいという願いは、いずれきっと果たされる」


 この少女は、理想と現実の間で十分に傷ついた。自分が良かれと思ったことが、果たしてどのような影響を与えてしまうかを知ったはずだ。この痛みを忘れることは、少なくとも当分はないだろう。

 己の正義が折れる痛みってのは、一言で言い表せないくらいの衝撃なんだ。


 だから、これくらいは言ってあげなきゃウソだろう。



「いつかこの街の人々が、より美味しくなった料理に舌鼓を打つ日がきっと来る。

 その種をまいたのは君だ。君の伝えた料理の技術はこの街で、この街の料理として花開く。だから、胸を張りなさい。

 …………君は良くやった。この街に住む住民の1人として、君に感謝を送りたいと、俺は思うよ」


 語りかけた俺の台詞に、言葉が返ってくることは無かった。でも構わない。目の前の少女の両肩が小刻みに揺れているのを見れば、それで十分なのだから。



  §



 その後。しばらくの時間をかけて気持ちを落ち着かせた百合沢は、この執務室から出て行った。腫れぼったくなった目元を、誰にも見られたくないのだろう。今日はこのまま自室で休むという。


 そして今はいつものように、いつもの顔が、いつもと同じだらけた素振りで用意されたお茶を飲んでいる。まぁ、今回はコイツも頑張ったしな。これくらいは大目に見てやるとしよう。



「なんにせよ、これでようやく一件落着だな。百合沢も軽はずみにこの世界を変えようだなんて思わなくなるだろ」


「そ~ですね~。目論見どおりに事が運んで、良ぅござんしたねぇ」


「なんか妙に棘があるように感じるんだが」


「敏感肌か何かじゃないです? そろそろ寒くなってきますからねぇ。

 ま、良かったんじゃないですか。ハインツさんも? なんかすっごい優しかったし。上手く説得できておめでとうデスよ~だ」


「なんだその言い草。……別に俺は妙な下心であんなこと言った訳じゃないぞ? 先人として褒めるべきところは褒める。当然のだろうが」


「当然ですかそうですか。

 …………にしては、もっと褒めなきゃいけないヒトをお忘れのような気もしますけど」


 どうにもさっきから機嫌が悪いと思ったらそういうことかよ。ホントにめんどくさいなぁコイツ。それに、こないだちゃんとお前のことも褒めたろ。褒めた、よな?



「……あぁ、なんというか。うん。絹川、良くやった」


「さっきと違います! ソレ百合沢さん時と全っ然違いますもん! もっとこう、優しく崇め奉ってくださいよぅ」


「……凄いね~。絹川さん偉いねぇ。うん。偉いえらい。

 で? なんか喰いたいモンでもあるのか。奢ってやるからはっきり言え」


「私にゃなんか食わしとけばそれで文句ないと思ってるでしょ。

 でも、ご褒美ですか。そうですねぇ……」


 天井を見ながら考え込み始めた。なんだ? コイツの事だから光物よこせとは言ってこないだろうが、ここまで溜められると不安になる。



「あのですね、ハインツさん。私、今回すっごい頑張ったじゃないですか。話、集めてきただけじゃなくって、知らないヒト達の前でお話までして」


 ソレは確かにその通りだ。正直コイツがいなければ、今回の騒動はもっと別な……、悲惨な結末になっていた恐れもあった。コイツの功績は、大きい。



「その、上手く言えないんですけれど。

 私にとって今回の一件って、とってもキツかったんです。ひとつのお店の存亡にかかわるのって、実際ものすごく辛いです。私の知らないトコで勝手にやってって思うくらいでした。

 それに、普段自分が考えてたことをハインツさんにお話したのも、かなり勇気が要ることでした。あんな偉そうなコト人前で言って、ホンと何やってんだろうって思っちゃいましたしね」


 俺は黙って、続きを促す。コイツにとって飲食店は、単に自分の実家ってだけのことじゃない気は、薄々していた。この年の少女が、経営について叩き込まれたと言っていた理由。自分でサービスについて勉強をしなきゃならなかった理由。

 もしかするとだが、その背景にあるものは決して楽しい思い出ではなかったかもしれないと思っていた。


「だからね? それくらい頑張った小友理(こゆり)ちゃんは、これくらい言っても良いかなぁと思うんですよ」


「テメェのことを名前で呼ぶ女には虫唾が走るが。……まぁ、そうだな。大抵のことなら、聞いてやってもかまわんと思ってるぞ」


 小首をかしげながら片方の眉がスッと上がる。ちょっと困ったような、それでいて笑っているような顔を浮かべた。



 そして俺の目を真正面から見据えたまま、絹川は一歩、俺に踏み込んできた。


「だったらご褒美に、アナタのことを教えてください。

 ハインツさん。アナタがこれまでどうやって生きてきたのか。何を思ってここまで来たのか。私は、アナタの事を知りたいです。


 そしてできれば、アナタがまだ隠していることについても、私は知りたいって思います」


 そう言って。

 誰にも踏み込ませなかったオレ自身の中に、確かに足跡をつけてきた。

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