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14  『もっとも大きな影響』

 翌日。

 早朝から俺の執務室にて開催された、勇者食堂の今後を決める話し合いは、昼食をはさんだ今もまだ続いている。


 始めのうちは俺も席をはずしておこうかと思った。だが、流石にこの部屋を占拠され続けていられるわけにも行かず、目の前の2人を無視して自分の仕事を進めている。

 既にこの部屋の空気の一部と化している絹川は良いとして、心情的には部外者である百合沢が傍にいることには多少の緊張を強いられた。とてもじゃないが今日の仕事は捗ったと言えない。


 いや、まぁ……。空気の方の勇者も、とてもじゃないが透明とは言い難い存在感を主張してくるので、常日頃とそこまで変わらんだろとは思うのだが。こういうのは慣れだからなぁ。


 なんにせよ、時折こちらに意見を伺ってくることもあったのだ。自分が居た意味も多少はあった。それだけで納得しておくことにしておこう。




 結局のところ、勇者達はあの店から一切手を引くことに決めた。

 まぁ、あんな感じで「オレもぅ知らないもんね」とやっておいて、すぐさま今まで通り顔を出し続けられた方が驚きだ。いや、個人的にはそれくらいのツラの皮の厚さを見せてくれても良かったんだがな。今度こそ指差して笑ってやれそうだし。


 とにかく、勇者達が手を引くことは決定した。では今後はどうするのか。

 もともとあの店舗の運営資金は、いつの間にやら国庫の予備費から捻出されていたようなのだ。本来ならば、厳密な監査の元ではじめて使用が可能になる金のはずだ。しかし勇者関連の経費というのはかなり優先度の高い裁定が為されていたため、今回のように無理やり引っ張り出すこともできたのだろう。

 まぁそれでも、王女が関わっていたから可能だったことには違いないが。



 金主が国である以上、あの店の書類上の持ち主も国ってことになる。つまりは本人達も自覚などせぬままに、国営の飲食店という過去に例のないハコモノが出来上がっていたというわけだ。

 今後の政策への影響を鑑みると、ここで簡単に潰してしまうのは非常に宜しくない。


「おや。ハインツさんとしては、むしろ潰れてなくなっちゃったほうが良いんだと思ってましたよ」


「そう簡単にいくか、馬鹿。

 良いか? 政治ってのは、良くも悪くも前例主義なんだ。今後似たような別の政策が必要になったときに、『あの店がダメだったんだから止めときましょう』なんてことになりかねんだろうが。

 発端はどうあれ、勇者食堂はこの国はじめての国営娯楽施設ともいうべき店だったんだぞ。おいそれと潰れてもらっちゃ、それこそ迷惑だ」


「なるほどねぇ。んじゃどうするおつもりで?」


「現実的な方策としては、飲食店協会への委託だな。運営資金と収益の一部は国が管理して、残りは協会に任せる。

 幸いというかなんというか、あの店の厨房は王宮の調理師使ってたんだろ? 実質的に必要なのは接客と店舗運営をする人間だからな。

 1人くらい居るだろ。接客やってる中で、独立したがってるヤツ」


「あぁ、そりゃ確かに居ますねぇ。私がいろんなお店で聞いた限りでもけっこう居ましたもん。やっぱりアレですかね? 夢は一国一城の主、的な」


 ま、それだけじゃないだろうがな。微妙に的をはずしているのだが、突っ込まれると面倒だ。曖昧に首肯しておく。



 コイツのかました講義のおかげで、接客をする人間に対する認識は少なからず変わった。それは本人達の意識の変化でもあるが、なによりそれまで、究極的には厨房の人間であった店の主人自体が、接客やサービスという物について深く考え出したからでもある。

 客席を担当する人間は料理を運ぶお手伝いさんなどではなく、店の売り上げに大きく影響を与える重要なスタッフの一員であると思われ始めたのだ。


 そうなってくると、飲食店を新しく始める動機にも変化が起きる。調理師を長くやっている人間が自分の料理を食べさせる店を持ちたいという思いから始めるのではなく、料理という商品を提供する商売の一環として店を開こうとする人間が現れるのも時間の問題だったのだ。



 この意識の変化が行われたことこそが、絹川の行った講義のもっとも大きな影響だと思う。この変化は決して小さな物ではない。この街の外食産業が大きく発展していく為の引き金を引いたといっても過言ではない。

 ぶっちゃけていうと、見過ごしても良い変化であったかどうかの自信は、無い。歴史的に正しい道を進んでいるかもわからんのだ。


 だが、大丈夫なんじゃないかという根拠の無い感覚だけはある。コイツが与えたのは新しい物の見方、それだけ。変えていくのは、この街の人たちなのだ。だからそれで良いかと思っている。

 きっかけ作った当人にも、あえて言う気はない。なんだかんだ言って心配性なところあるしな。




「なんにせよだ。今後の具体的な運営に関しては協会に一任する。国としては金は出すけど意見は出さんという事だな。なに、よほどの大赤字でも出さん限りは問題なかろ」


「なんか適当ですねぇ。それで良いんですか? 大臣さん」


「民間委託ってのは、それ位で良いんだよ。下手に畑違いの人間がしゃしゃり出ても、現場に混乱が起こるだけだろ?」


「なぁるほど。……アレですよね、部活のOBとかが引退後に顔出してくると、現役がやりづらくってしょうがないっていうヤツ」


「お前の発言は、根本的に的外れって事にさえ目をつぶれば、概ね正解だな」


 いつもの調子でやり合っていると、クスクスと上品に笑う声が聞こえてきた。今のやり取りの、どこに笑う要素があったんだ? 絹川のアホさ加減がこらえ切れなかったのかとも思ったが、発信源である百合沢を見るにそんな様子じゃない。


 って、百合沢? 居たのか!? いや、そりゃ居るよ。出てった素振りなんてまったく無かったんだから。

 …………あぁ、うん。やらかした。考え事をしている最中に話しかけられたモンで、ついもう1人の存在を頭から落としてしまっていたのだ。



「あ~、百合沢君。これはじゃな?」


「大丈夫ですわ、ハインツ様。実は絹川さんからちょっとだけ聞いていたんです。ハインツ様は自分と話しているときは、少し砕けた話し方をされるって。ですから今のは、ちょっと驚いてしまっただけです」


「いや、それは、……その。驚かせてしまってすまん。ここ最近絹川と話す機会が多かったせいか、どうにも年甲斐も無い話し方が癖になってしまったようだ」


「いえいえ。私としては、ハインツ様の話しやすい方でお話いただければそれで良いです。畏まった場ではないのですから」


「そう言ってもらえると助かる。だがもしも気に障ったなら言ってくれ。不快を強いるつもりは無い」


「本当に大丈夫ですわ。それに、その話され方のほうが自然に思えますもの」


「そうか? やれやれ、これでも大人として格好をつけたくはあるんだがなぁ」


 おどけて笑って見せると、つられた様にほころんだ。始めてかも知れんな。この少女の素の笑顔を見れた気がする。


 ……だよなぁ。こいつも所詮は16~7の小娘に過ぎない。世界の平和だの、勇者の使命だのに悩んでいるよりも、適当な無駄話で笑っているほうが絵になる年頃なんだ。こんなわけのわからない事態に巻き込まれさえしなければ、平和な日本で学生をやれていたはず。


 生まれながらに特殊な教育を受けているメリッサ王女と行動を共にしていたり、そもそもの女神の使徒という印象が強かったせいで、どうしても構えて対応してしまっていた。

 俺から見て、迂闊だったり後先考えてないように見えても仕方の無いことなのかもしれない。……和泉のほうにも、もう少し優しくしてやるべきだったのかもなぁ。




「そういえば、他の2人はどうしてるんだ? 特に、宇佐美の話は最近まったく耳にしないが」


(あずさ)とは、私も最近はきちんと話が出来ていないんです。あの子はお店を始めるのにもまったく興味を示してくれなくって。……昔からそうなんです。やりたいことには全力ですけれど、そうじゃないことには見向きもしないと言いますか」


「あぁ、なんとなくわかりますそれ。宇佐見さんってなんというか、一直線、って感じですよね」


「それでも、私のやることには付き合ってくれることもあるのですけれど。今回は本当に興味が無かったみたいだわ」


「そんなもんか。……菓子作りなんかにゃ興味示しそうだと思ってたんだがなぁ。

 まぁ良い。それで、和泉の方はどうだ?」


「宏彰君とも、昨日以来話していません。正直に言いますと、今はちょっと、顔を見れないです」


 和泉の名前が出たとたんにうつむいてしまった。無理も無いか。この少女としては、裏切られたような物なんだ。今はどちらもそっとしておいた方が良さそうだ。



 俺の意志が伝わったのか、絹川も慌てて話題をずらす。


「ま、まぁっ。2人の事は今は良いじゃないですか。それよりこれからの事話しましょ?」


「だな。なんにせよ、さっき話したように勇者食堂の今後は飲食店協会に任せることにする。

 それに伴ってなんだが……、百合沢君。1つ聞いておきたいことがある。君の目標というか、あの店を開いた目的の話なんだが————————」


「確か、もっと美味しい物を知って欲しかった、とかって話してましたねぇ。それがどうかしたんです?」


「その通りだがお前に聞いてんじゃねぇよ。お口チャックしとけ。

 百合沢君。今コイツの言ったことなんだが、その気持ちは間違いないかな?」


「無い、です。私はこの世界の人たちに、食事を豊かにすることによって、もっと人生の楽しみを広げてもらえたらと思ったのです。

 以前ハインツ様とお話し致しましたよね? 私がこの世界で出来ることは何なのかと。それについての答えが、私の知る世界の知識をもたらすことで、生活を豊かにしてもらいたいということでした。

 結局……。失敗してしまいましたけれど」



 俺と絹川は、少し目配せをして頷き合った。この少女を説得するとしたら、今しかない。


「なぁ百合沢君。君のその気持ちは、本当に素晴らしい事だと思う。茶化したり馬鹿にしたりではなく、君くらいの年の人間がそんなことを考えて行動できるのは、素直に尊敬に値する事だとも思っているんだよ。

 ……大前提として、俺がそう考えていることをわかった上で、少し話を聞いてもらいたい」



 俺は少女の正面に座りなおし、しっかりと眼を見て口を開いた。


「まず、君のその目的。この国の食生活を豊かにしたいという思いは、全く歪む事無く達成されるだろう」


 思わず眉をしかめられる。


 さぁ、最後のパラダイムシフトの時間だ。

 この文化的闘争に、最良の形で幕を降ろそうじゃないか。

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