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13  『テメェの女に夢見せるくらいしてやれよ』

 ここから先は、俺の時間だ。いつまでも絹川に頼っているわけにはいかんだろう。




 改めて正面に座る勇者2人を見る。王女は、……まぁ、そっとしておこう。なんかぷるぷるしてるし。


 相変わらずふてぶてしい態度を崩さない和泉に比べて、百合沢の方はなんとも暗い表情になっている。

 前回の洞窟での失態、……といっても互いの戦闘力差による当然の結果であり、コイツ等にそこまでの過失があったわけではないんだが。その失態の後に俺の執務室を訪れたときにも思ったのだが、この艶っぽい少女はいうほど人の話を聞かないヤツではないのかもしれん。


 元の世界にいたころの逸話や、この世界に来てからの行動を聞いた限りでは、生まれた直後に七歩歩いて天地を指差したお子さんくらいは自分が一番なのだろうと思っていた。だがこうして一人ひとりを見てみると、また違った感想がわいてくるものだ。いかんなぁ。こういう勝手にレッテルを貼ってしまうところから思考の硬化は始まっていくというのに。



「どうしたい、……と言われても。私達にどうにかできることなどあるのでしょうか?」


 下を向いたままの百合沢は、結構な時間をかけてそう答えた。

 思わず口を開きかけた絹川を横目で制し、説得を始めさせてもらう。



「まず、現状を確認させてもらおう。

 この店の現状は理解してもらえたと思う。そこに俺や絹川の意志が介入していないことも納得しても得たと思っている。ここまでは、良いかな?」


 うなづく。

 正直に言えば、俺達の思惑が一切なかったかと言えばそうではない。この状況になることを期待した上で、他の店のてこ入れをしてきたのだから。だが、結果を招いたのは勇者達自身であることに変わりはない。このまま進めさせてもらおう。



「で、だ。このまま店の営業を続けることが非常に困難であることは、意見が一致している。何とかしなければならないと考えているだろう。

 現状思いつく具体的な案はあるか?」


「…………私には、ありませんわ。そもそも私は料理の提案と、キッチンの中の方々への指導は行っていましたがそれ以外は任せっぱなしでしたから」


 横目で和泉を伺いながら言っている。だがその相手は、反応しない。コイツ……。

 しかし、ここで俺が和泉に話を振ったとしても、建設的な意見は出てこないだろう。これ以上刺激するのは御免こうむる。



「では、こちらから提案させてもらう。

 絹川、例えばの話なんだが。この店を高級志向にするというのはどうだろう?

 現在の評価を下しているのは主に一般市民だ。客層として乖離している貴族向けの店に方針を変えれば、いくぶん容易に巻き返しが効くのではないか?」


「なるほど……。

 確かに一般層のお客様には、もうどうしようもないくらい評価を固められちゃってます。ですので、お貴族様向けの高級店としてやり直すのは手だと思いますよ。もちろんその場合はフロアスタッフを研修しなおして、店の作りにも手を入れなきゃでしょうけど」


 ふむ。思いつきで出した意見だが、意外に現実的なのかもしれん。

 基本的に平民層での評価は、貴族達へダイレクトに響くことはない。もしも何か言われても、価値基準の違う平民には、この店の本質が理解できんのだなどと煙に巻くことも出来る。

 なにより俺の表の顔である、高級貴族としての立場から支援できるのはデカイ。



 そこそこ悪くない案じゃねぇかと思っていたが、待ったがかかる。


「それは……、出来ればとりたくはありませんわ。私がこの店を始めたのは。といいますか、この世界で私の知る料理を作ろうと思いましたのも、全てはこの世界のより多くの人たちに美味しいものを知って欲しいと思ったからなんです。

 一部の特権階級層にしか提供できないんじゃ、意味がありません」


「とはいえ、この期に及んでの派手なパフォーマンスはますます引かれるだけですからねぇ。

 そうなると取れる策なんて1つしか思い浮かばないですよ。サービス内容を見直して、いま少しでも来てくれるお客様に高評価いただけるよう頑張るんです。

 出している料理は良いんですから、長く続けていれば見直してくれる人は絶対に出てきます。今は厳しいですけど、切り詰めながら地道にやっていけば、いつか人気を取り戻せると思います」


「それしかありませんのねぇ…………」


 人の噂程度の些細なものでも、75日は続くんだ。この店の真価を見直してもらうまでは半年やそこらではきかないだろう。だが、それがもっとも確実で、確かな道なのかもしれん。




「…………やめた」


 地道にやり直すとしてまずは何から手を着けるべきか。具体的な話に移ろうとしたところで、俺達の耳にそんな声が届いた。


「宏、彰……君?」


「やめた。オレはもう関係ねぇ。地道にコツコツだと? そんなかったりいコトやってられっかよ。

 ……くっだらねぇ。後はお前達で好きにしろよ」


「な、何を言っているんですか。和泉君も責任者の1人でしょ?」


「知らねぇよんなこと。ごちゃごちゃ言ってやがったけど、要はオレが考えてやったやり方はこの世界のヤツラじゃ理解できねぇってこったろ?

 ならオレがこれ以上関わる意味なんてねぇじゃんか。後はお前達の好きなようにしろよ」


「違いますよぅ。さっきも言ったじゃないですか。これまで上手くいかなかったのは————」


「うるせぇよ! 誰もオマエに意見なんて求めちゃねぇんだ。それをいきなりしゃしゃり出て偉そうなこと言いやがって。

 何マジになっちゃってんだ? キメェよオマエ」


 正直、言葉にならない。コイツは今まで何を聞いてたんだ。絹川の話に何も感じなかったのか?



「和泉、と言ったな。お前とて何かの目的があって店を始めたんじゃないのか? それすらも放棄してかまわないというのか?」


「はぁ!? そんなんオマエの知ったこっちゃねぇだろうが」


「私も知りたいわ。宏彰君。貴方は私がこの世界の人たちに料理を振舞いたいと言った時、このお店を開くことを提案してくれたわ。私の考えに協力してくれるんだと思っていた。

 なのに、どうして自分は関係無いだなんていうの?」


「…………あのさぁ、美華子。もう手ぇ引こうぜ。

 だいたいさ、料理チートなんて簡単なはずじゃんか。ちょっと美味い物出してやりゃほいほい飛びついてきて、ちやほやされるのが定番だろ? それがこんなにめんどくさい事になってんだ。偉そうなこと言ってたけど、どうせコイツ等が何かしたんだって」


「待って。……それじゃ宏彰君は、褒められたかっただけなの? その為に私に協力してくれたの?」


「そんなこと言ってないだろ? ホラ、俺達って最近、なんか舐められてんじゃん。戦闘じゃ敵わねぇくせに、魔族の前じゃ大した事ないとか言いやがって……。そんなんじゃダメだろ? 俺達勇者なんだからさ。

 だからちょっと、ここらで評判あげときたいじゃんか」


「そんなことのために? そんな、自分達がちやほやされるためにお店をはじめたって事なの?

 この世界の人たちのためって言ってたじゃない!?」


「だから、俺達がのし上がれば、それだけこの世界のためじゃん」



 ……なおも聞くに堪えん言い争いを続けている。

 つまりは自己顕示欲を満たしたいが為だったということだろう。それが悪いとは思わん。時として向上心に繋がる欲求なのだ。

 だが、理想を胸に動いていた仲間の前で言っちゃダメだろ。現実を見せるのは必要なことかもしれんが、時と場合ってモンがあるんだ。それにお前も男なら、テメェの女に夢見せるくらいしてやれよ。



「そのくらいにしてくれんか? 和泉、お前の考えは良くわかった。手を引くなら引くでかまわん。だがこちらも好きにさせてもらうぞ」


「うるせぇよ。俺に命令してんじゃねぇ! 大体、なにタメ口聞いてんだ。オレは勇者だぞ? 何様のつもりだテメェ」


「そ、そうじゃ。ヒロは神に遣わされた勇者なのじゃぞ? 平民風情が恐れ多いとは思わんのか!?」


 相変わらずピントの外れた発言に、黙って聞くだけだった王女まで乗っかってきやがった。

 思わず叩きのめしたいという誘惑に駆られる。そもそもウチには王族に対しての不敬罪すらないんだぞ。貴族権どころか市民権すら用意されていない異世界人を侮蔑することが、なんの罪に当てはまるのか言ってみろ。

 お前らが神をありがたがるのは勝手だが、それを他者に押し付けることの方が罪になりうるということを教えてやろうか?



 奥歯をかみ殺し、衝動に耐える。この王女に説教かますのは簡単だが、それは俺の仕事じゃない。コイツがこのまま増長したところで、時期国王候補の座から転げ落ちるだけの事だ。この国の大臣は、国は憂うが王家を案じているわけじゃない。


だが、コイツには言わせて貰おう。


「勇者だろうがなんだろうが、ここにいるお前が店の責任者であったことに変わりはないだろう? そのくせ自分のしたことの結末を見るという責任の取り方すら拒否する。それならばこちらとしても、相応の態度を取るしかなかろう」


「知るかよ! だいたい、オレの予定じゃこうはなってないんだ。上手く行かないこの世界の方がおかしいだろ」


「お前の中での予定など、それこそ知ったことじゃない。今、ここにあるものがお前の現実だ。せめて少しでもそれを見ろ。勇者云々の前に、お前もこの世界に生きる1人の人間だろうが」


「あぁあああっ! もう良いっ!。オレはもう知らねぇ。後は好きにしろっ」


「ちょ、ヒロ!? 待つのじゃ。妾を置いて行くでないっ」


 いろんなことの限界が訪れたのだろう。勇者よ英雄よと褒めちぎられていた男は、腰掛けていた椅子を蹴り飛ばすように立ち上がりそのまま出て行った。王女、護衛の騎士達も慌てて後を追う。


 数日前まで客の笑い声で満ちていたかもしれない店内に、今は倒れた椅子と叩き壊されたテーブルの残骸が転がっている。

 呆然と座り込む残された者の前で、俺と絹川は顔を見合わせた。


 なんとも言い難い時間が過ぎる。

 絶えかねて胸ポケットを探ってみる。だが生憎、煙草入れは執務室に置いたままだ。思わず舌打ちをしたくなったけれど、今その音を聞かせるのは酷だろう。誤魔化すように窓を見た。

 この国ではまだまだ貴重なガラスの嵌められた窓の前に、白い可憐な花が活けられている。荒れ果てた店内で、それでもその花は美しく咲いていた。



「少し、時間をください……」


 その言葉を受けて俺達は店を後にする。1人にするのがいささか不安ではあるが、俺の手の者がココを監視しているはずだ。やばいコトになる前に報告が来るだろう。


「どうなりますかねぇ。彼女」


「わからんなぁ。……自棄を起こさないといいんだが。何かあったら、お前にフォロー頼んでも良いか?」


「そりゃまぁ、あんな状態のヒトをほっておけるほど根性座ってませんもん。明日にでもお話してみますよ。その時は場所提供お願いしますね?」


「わかったよ。俺がいないほうが良ければその時にでも言ってくれ。適当に時間潰す」


「らじゃっす。

 でも、…………なんというか、疲れましたねぇ」


「そんなモンさ。誰かの思いが壊れる時ってのはな」


「おっ!? カッコつけますねぇ」


「地の文で言ってもやるせないだけだろ。こんなん」


 あえてくだらないやり取りを交わしながら城へと戻る。「その括弧じゃないですよ!」続けていたのは、きっとお互い罪悪感を誤魔化したかったんだと思う。



 なんにせよひと段落は着いたと考えてよいだろう。

 もちろん後始末は残っている。


 だが出来ないよりはよっぽど良い。

 後始末を選ばないよりは、よっぽど良いことなんだ。

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