11 『お前が万全なら俺達に負けは無い』
「宏彰君。少し落ち着きましょう? 乱暴は良くないわ。…………それと、絹川さん。私も彼と同じで納得できないの。ちゃんと説明してもらえるかしら?」
睨み合う2人を止めたのは、それまでただ様子を伺っていただけの百合沢だった。目の前で行われる暴力に怖気づいていた王女もそれに同意する。
場が落ち着いたことで俺が実力行使する羽目にならずに良かったと思うべきだろう。正直、あのガキは一発くらい殴らせてもらいたかったのだが。
張り詰めていた空気が緩んだことで、自分たちの職務を思い出したのだろうか。王女の護衛のためにこの場にいた騎士たちも慌てて口を開く。
「で、ではその前に。……そちらの方は一体何者なのでしょう?」
「あっ、ハイン……。じゃなくって、ラルザさん! どうしてここに?」
皆の視線が俺に集まる。お前がヤバイって聞いたから来たんだよ。必要なかったのかもしれんがな。
…………さて、どう言い訳した物か。
「こちらはラルザさんと言いまして。つまり私の、……まぁ、協力者といったところです」
「はぁ? なんだってその協力者さんがこんなトコに出てきてんだよ。悪ぃが今は部外者立ち入り禁止だ。さっさと消えな」
「そうはいかん。絹川にこの街の飲食店からの相談事を持ちかけたのはこの俺だ。そのせいでこんな騒ぎになっているのなら、俺も十分関係者だ」
「ふんっ。……そうかそうか。やっと黒幕のお出ましか。残念だったな絹川。せっかくお前が庇ってたってのに、のこのこ自分から出てきてくれたぜ」
「違いますよぅ。私もラルザさんも、和泉君が思ってるようなことはしてないですって。もう、何度言えばわかるんです」
先ほどの強い語調から、いつもの調子を取り戻した絹川が俺を庇う。だが、和泉はそんな俺達に明確な敵意を向けてきた。微妙に殺気混じってないかコレ。少なくとも見た目は普通の人間でしかない相手にこんなモン叩きつけるなんて、一体どういう神経してやがる。
「和泉君、落ち着いてと言ってるでしょう? この人が悪事を働いたかどうかは一旦おいて、まずは絹川さんの話を聞きましょう。どうせ、話を聞けばおのずと見えてくるはずだわ」
今にも飛び掛ってきそうだった和泉を諌める百合沢だが、態度の端々に敵意が混ざっている。絹川の話なんて信じちゃいない、どうせ俺と組んで何かしたんだろうって目だ。
なるほど、あやふやなまま責めるんじゃなく、理屈付けた上で断罪したいってハラなんだろうな。自分が間違ってるだなんて毛ほども思っちゃいない顔をしている。
なんのかんのとやり取りし、とりあえずは落ち着いて話をすることになった。絹川が知人だと認めたことで、騎士達も俺が同席することを納得してくれたようだ。
テーブルを囲んで座るのは全部で5人。和泉と百合沢の勇者組に、王女。そして俺と絹川。さりげなく聞いたところ、もう1人の勇者である宇佐美はこの場にいないようだ。アイツはこの店に関わっていないらしい。いつもセットで行動しているとばかり思っていたため、少しだけ予想外だった。
隣に座る絹川が、申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「ラルザさん……。あの、ごめんな————」
「そういう話は後だ。今は、目の前のヤツラを説得することだけ考えてろ。なぁに、コイツ等に自分の間抜けさ加減を教えてやるだけで良いんだ。簡単なことだろ?」
茶化したように言うと、コイツも少しだが緊張がほぐれたようだ。「いざって時は、頼りにしてますね?」お前が万全なら俺達に負けは無い。せいぜい援護射撃させてもらうとしよう。
「では、改めて聞きましょうか。
絹川さん。このお店の料理は全て私が監修した物よ。この街で、……いや、この世界に来て食べたどんな料理よりも美味しい物を出している自信がある。それなのにお客の数はどんどん減ってる。普通に考えてありえないことだわ。
貴女達が妙な小細工をしたのではないというなら、それを証明して頂戴」
口火を切ったのは百合沢だ。なるほど、例のクッキーを作ったのもコイツだというし、その流れでここの異世界料理を発案したのだろう。
「お料理に関しては、特に問題があったとは思いません。強いて言えば、この街の人たちがいつも食べてる物から味も調理法もかけ離れていますから、そのせいで二の足踏ませちゃってる部分はあるでしょうけど」
「はぁ? なに馬鹿なこと言ってんだ。誰だって、より美味いモンを喰いたがるに決まってんだろうが」
「それは、多種多様な食事に慣れてる私達だけの感覚ですよぅ」
「わからないわね。宏彰君の台詞じゃないけど、美味しい物を食べたいと思うのは自然なことじゃないのかしら」
「えっと……。余りに食べなれない料理だと、どれだけ美味しくても気後れが先に来ちゃうものなんですょ。
ホラ、毎晩高価なご馳走を出されるよりは、食べなれた料理の方が安心するって感覚。わかりませんか?」
「絹川。それは言わば、家庭の味を求めるような感覚か? そこまで絶品というワケでなくとも、どうしても子どもの頃から食べている料理を好んでしまうような……。
どれだけ美味い料理を目にしても、どうしても食べたくなる料理が他にある、そんな気持ちの事か?」
俺の言葉に、絹川含めた勇者達が思わず納得を示す。コイツ等にだって現在進行形で求めている料理があるのだろう。……例えば、米と味噌汁のような。
多分、いわゆるおふくろの味という物に対する感覚なのだろう。郷土料理やソウルフードと呼ばれるものは、たとえ完成度の高くない料理だとしても一部の人からは絶大な支持を得る。
元々家庭の味というモノに対する感覚が薄い俺ですら、それを求めるヤツラが大勢いることは知っている。この街の人たちにとって、勇者食堂の料理は特別すぎた。つまりはそういうことなんだろう。
「美味しいご馳走は特別な時に食べるからこそのご馳走なんですょ。この店の料理たちは、毎日の食事にするには少し複雑すぎるんです」
「妾にはわからぬ感覚じゃの。美味いものの方が良いに決まっているじゃろうに。一度百合沢殿の料理を食べたら、もうそれまでの雑多な食事など真っ平じゃと思うたぞ」
そりゃオマエはそうだろよ。生まれてからこっち、毎日王城で専属コックが丹精こめて作り上げた料理を食い続けてきた自分と、街の一般市民の感覚を一緒にするな。
「まぁ何だって良い。美華子の料理が美味いのは認めてんだろ? オマエがいうように毎日食うには重たかったとしても、それだけでここまで客が来なくなるわけがねぇ」
「それは……。確かに、その通りです。特別美味しくないモノでもない限り、お料理だけのせいでここまでの事にはなりません」
「じゃあそれ以外に問題がある。絹川さんはそう言いたいのね?
確かに私たちはサービスの専門家じゃない。でも、この店を良くする為にアイディアを持ち寄ったわ。それも無駄だったと言いたいのかしら」
「無駄というか、むしろそれが殆どの原因————」
「ざっけんな! 俺達がやったのは、何処でだってうまく行ってるやり方だろうがっ。何でそれのせいになる!」
「そなたも勇者の端くれなら、嘘は大概にするのじゃな。ヒロが考えたやり方は、この街のどの店でもやっておらぬ斬新な方法と聞き及んでおる。画期的じゃと誰もが褒めておったわ。
それが原因などと……、良くもまぁそんなあからさまな嘘を言えたものじゃな」
「私にもわからないわ。サービスに関しては私も余り口を出してはいないけれど、それでも問題があったようには思えない。日本でだって特に珍しくも無いやり方ばかりだわ。
それなのにそれが原因だなんて、貴女はあちらで成功している全てのお店を否定するつもりなの?」
ここぞとばかりに噛み付いてきた。
だが、俺は知っている。絹川はやり方自体を否定しているわけではない。運用の下地と、方向性がかみ合っていないだけだ。
3人の刺すような視線に縮こまっている絹川の背中を、それと悟られぬくらいの強さで叩く。
安心しろ。お前は、……あの講習会で皆を前に語って聞かせていたお前は、決して間違ってなんかいないんだ。
「わかりました。ちゃんとお話します。
まず第一に、開店当初からのお客様が一気に数を減らした理由。その一番の原因は、あなた達の行った大幅な値引きにあります————」
絹川は、震えをかみ殺したような声で話し出す。
その内容は俺が以前に聞いたものと同じ、値引きのデメリットを説明するものだった。
俯きがちであった顔をしゃんと上げて話し出したコイツに、始めは馬鹿にしたような表情を見せていた百合沢も次第に耳を傾ける。
だが他の2人は、相も変わらず憮然と睨みつけてくる態度を改めなかった。
「————ということです。他にも、『あの店はそのうちまた値引きをするかもしれないから、その時になってまた行けば良い』なんて考えているお客様も少なからず居るはずです」
「信じられるかよそんなん! だったらなんで日本の食い物屋は開店割引セールなんてやってんだ。お前程度が思いつくような事なら、他のヤツラだって当然思いついてる。なのにみんな割引してるって事は、お前がデタラメ言ってるって事だろうが」
「違います。
アレは飲食店がひしめく日本だからこそ、あえてやってるんです。どれだけ美味しい料理でも、店の選択肢が無尽にあるあっちの世界では埋もれてしまう。だから新規開店で自分を知ってもらうために、損を承知でインパクトのあるキャンペーンを張るんです。
街にある飲食店の殆どを皆が知っているこの街とでは、そもそもの前提が違うんです」
「そ、それじゃ……。値引きが斬新だって喜ばれたのも」
「実際は斬新過ぎて誰もやらんということだよ。そんなことをせずとも、しばらく時間を置けば街中に知れ渡る。誰もがそのうち、一度くらいは行こうという気にほっといてもなる。
他のドコもやらないのに値引きしてくれるんだ。そりゃ喜びもするさ」
呆然と呟く百合沢に、横目で見ながら補足する。
そう、値引きで一時的に客足が増えるなんて、ちょっと考えれば思いつく。それなのに誰もやらないのは、やったことでのマイナスの方がはるかに大きいとすぐに気がつくからだ。
そんな滅多に起こらないイベントを、来たお客が褒めちぎるのだって当然だ。
客として考えれば、少しでも出費が抑えられるのならそちらの方があり難い。また値引きしてもらえるよう、帰り際にちょいとお世辞の1つくらい言うだろう。それくらいのしたたかさは、この街の住民だって持ち合わせているんだ。
「ふざけやがって……。それじゃ俺達は騙されたってことかよ。何様のつもりだアイツ等!」
「泉君こそ何様のつもりです。
出来るだけ出て行くお金は少ないほうが良いって思う方がいらっしゃるのは当然でしょう。もちろんそう考えない方もいますけど、店側がどうこういうことじゃない。
むしろそういう吝嗇家のお客様ですら財布の紐が緩むような店を目指すことこそ、商売をするものとして当然の心得でしょ。
そんな最低限の気持ちすら持たずにこの店を始めたんですか?」
この一件が始まって、俺は絹川がどれだけ接客業というものを真剣に捕らえているかを知った。そんなコイツだからこそ、ただの勢いとノリで店を始めたようなコイツ等に怒りを覚えるんだろう。
なぁ勇者達。まだ気づかないのか?
この中の誰より気弱に話してきたコイツこそが、その実、誰よりも怒りに燃えてるんだぞ。
「割引の話はもう良いです。客足の一時的な減少の理由ではありますけど、致命傷というほどじゃないですから。
この店がお客様に見限られてしまっているとすれば、その理由はコレです。
……コレこそが、この店の中で最悪のモノなんです」
怒りを秘めた少女の指が、皆が座っているテーブルの一角を指す。
その先にあったものは、この世界のどの店舗にもおかれていない備品である。
「御用の際は押してください」と書かれた小さな四角い箱。
…………いわゆる、店員呼び出しボタンであった。




