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10  『実はそんなにダメなお子さんではないのかもしれん』

 あの講習会から数日。勇者食堂は順調に客足を減らしている。

 特に割引期間の10日が過ぎてからの減りっぷりは顕著だった。それまでが曲がりなりにも盛況といえる賑わいであったため、この落差は誰の目にも明らか。結果としてより一層評価を落とす羽目になっている。

 協会での会議で絹川が言っていた、開店時に過剰なサービスをする事のデメリットをそのままなぞっているかのようだ。


 オープン時に割引をすると、確実に客足は増える。けれどその期間で一定以上の常連を確保しないと、割引だから流(・・・・・・)行っていた店(・・・・・・)というレッテルを貼られる。しかも一度でも割引をしてしまうと、そのときの価格がお徳であればあるほど客の頭に残るため通常価格に割高感を与えてしまう。

 結局値引きとは、なんとしてでも短期間で収益をあげなければならない時の最終手段でしかなく、長期的にはマイナスになる恐れが高いリスキーな手段なのだという。 


「んなおっかない作戦を最初っから採用するなんて、よっぽどのバクチ打ちかタダのあほうですよ」


 少女が呆れ気味に言った言葉が頭をかすめた。




 最近では非常に珍しい事だが、現在俺の執務室には自分以外誰もいない。だからこそ、書類仕事を片付けながらこんな事を考える余裕がある。

 近頃じゃどうにも特定個人から「ワタシにかまえ光線」を出され続けるので、こうのんびりと仕事をする余裕はないのだ。



 そんなこの場にいない少女であるが。最近、正直なところ少しアイツが恐ろしい。


 絹川の話を疑ってはいないし、話半分に捉えてもいるワケでない。あの講習会の内容も堂に入った物だった。だからこそ、ほんのちょっとではあるが怖い。

 普段、のんちゃらとしているので気が付かなかったが、もしかして絹川って凄いヤツなのか? 俺の前で見せるだらけきった姿が擬態だとは思わないが、にしてもあの時のアイツは、……なんというか凄かったのだ。

 皆の前で見せた堂々とした佇まいから、あの年頃の少女が見せる以上の凛としたものを感じた。目深にかぶったフードの下の笑みには、気が付くと目を離せない自分を認識したくらいだ。


 ヤツはもしかしたら、実はそんなにダメなお子さんではないのかもしれん。認めたくないものだが。



 ふと思う。いつもの俺は、「コラ」だの「オマエ」だのとぞんざいに呼んでいるが、実はそれが業腹だったりしていないだろうか? ちゃんと敬称つきで呼ばなければ機嫌を損ねてしまうのではなかろうか。


 手元にあったいらない紙片に「絹川コユリさん」と書いてみる。久しぶりの日本語なので、我ながらへったくそな字だ。まぁ、忘れていなかっただけで上等だろう。名前の方はどんな漢字をあてるか知らないためカタカナで書いてみたが。……ダメだな。コイツにさん付けはしっくり来なさ過ぎる。

 今のところ特に文句も言われてないのだ。とりあえずは変更なしで良いだろう。




 そんなことをやっていたら執務室のドアをノックされる。時間的にもう夕方だ。絹川が来たのではないだろう。


 アイツはこのところ、例の変装ちっくな服装で街中の飲食店を廻っている。講習会の後、どうしても自分の店を視察に来て欲しいという依頼が殺到したのだ。ヤツとしてもそう悪い気がするわけでもないようで、暇に任せて毎日いろんな店に出向いては、アレコレと相談に乗っているらしい。

 少し不安ではあるが、まぁ、この件に関してはあいつに任せたほうがよかろ。何かあったら相談しに来るだろうしな。


 ってなわけなので、このノックの正体は絹川ではない。「どうぞ」と声をかけると、現れたのはやはり、書類の配達を頼んでいたいつもの部下だった。




 ご苦労。早かったな。そう口に出しかけたところで、異変に気付く。既に初老に差し掛かっているこの男は常に血色が良いとは言えない。だが、この顔色は異常だ。


 意識を切り替える。


「何が起きた?」


「はっ。ただいま例の勇者食堂を監視させている者より緊急の連絡が入りました。

 勇者イズミ殿が先ほど店を飛び出し、正体を隠して接客の手ほどきをしていたキヌカワ殿の下を訪れたとの事。また、その場で口論となり、結果キヌカワ殿を無理やり引き連れて勇者食堂へ向かったようです」


 思わずそれと気が付く大きさの舌打ちをしてしまう。クソっ。何処からバレたっ?

 ……いや、そんなことを考えている場合じゃない。無理やり連れて行っただと? あの虚弱女を力ずくでどうこうしようというのか! アイツは幼稚園児にすら喧嘩で勝てないんだぞ。規格外な身体能力のキサマ等が手荒に扱ったらどうなると思ってやがる。



 壁にかけてあるフード付きの外套を羽織り、明かり取りのため傾けていた木窓を叩き開ける。派手な音を立てているが知らん。壊れてなきゃそれで良い。


「しばらく出る。誰が来ても入れるな」


「かしこまりました。ハインツ様は急に体調を崩し、現在室内にてお休み中としておきます。ご不在よりはそのほうが宜しいでしょう」


 うなづくだけで返事とし、魔法で姿を隠す。そのまま窓から身を躍らせた。




 勇者食堂の場所は把握している。流石に空から舞い降りるわけにもいかない為、まずは近くの路地裏へと身を潜める。

 周囲に人の姿はない。やけに大勢の話し声が聞こえるが、これは勇者食堂のほうか? 既に騒ぎが始まってるじゃねぇかクソったれ。


 不可視の魔法を解き、ついでに加齢の魔法も解除する。せっかく気の利く部下が不在証明(アリバイ)を作ってくれているんだ。ここでハインツ卿の姿を見せるわけにもいかん。

 平民にしては立派過ぎる服が目立つといえば目立つが、仕事用のお仕着せというわけでもない、この一件が片付いたら処分してしまえば良いだけだ。



 店の前には人垣が出来ていた。時折店内から聞こえる怒声に対し、何事かと様子を伺っている。


「だからっ! オマエが裏で糸引いてやがったんだろうがっ!」


 聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。間違いなく和泉だ。

 手荒に扱って悪いとは思いつつ、野次馬どもを掻き分けて店の入り口に立つ。中を見ると案の定の光景が広がっていた。




 ひと目で新品を仕立てたとわかる真新しい家財の置かれた店内には、5人の人間が立っているのがわかる。

 勇者和泉と、メリッサ王女。その後ろに百合沢。壁際で所在無さげにしている2人は王女の護衛の騎士だろう。いくら過剰戦力の勇者が共にいるといえど、護衛も無しに街中に出させるわけには行かない。もっともあのバカが自分の立場を理解していたら、そもそもこれほど気軽に城を抜け出したりなどするわけがないのだが。



「いい加減素直に白状しろよな、絹川。どんな汚い手使ったんだよ」


「で、ですから……。私はそんなこと————」


「嘘つくんじゃねぇ!」


 和泉がテーブルに拳を落とす。普通の木製テーブルがその衝撃に耐えられるわけもなく、断末魔の音を立てた後は無残なオブジェと化していた。きっとそれなりの名工の作だったろうに。


 短く息を呑む声が聞こえた。聞き覚えのあるその声の出元を探ると、……居た。勇者たちに取り囲まれるようにして、椅子の上で小さくなっている絹川を見つける。

 ざっと見たところ、特に大きな怪我はしていない。ひとまず胸をなでおろすが、二の腕をさすっているのが気にかかる。

 強く引っ張られでもしたか? やけに腹が立つ。



「うぅ……、嘘なんてついてないですよぉ。確かに助言はしましたけど、それだけですってば」


「じゃアレだな。そのくだらねえ助言をしたときに、俺たちの店の悪口でも吹き込んだんだろ。定石っちゃ定石だからなぁ」


「なんじゃと!? ヒロ。そんな卑怯なやり方もそちらの世界にはあるというのか!」


「あぁ。情報操作は基本だからな。どうせコイツもその辺りから思いついたんだろ。残念だったな。そういう悪役パターンは、バレたらおしまいなんだよ」


 必死で弁解をしている絹川に対し、和泉(アホ)王女(バカ)は鬼の首でもとったかのような偉そうな態度で見下してやがる。

 何が情報操作は基本、だ。どっかで聞きかじったような薄っぺらい台詞口走りやがって。……その情報操作で失敗したから業績が悪化したんだろ。

 だいたい王女も王女だ。自分が俺たち臣下に評価される立場だってわかってるのか? いくら専門の知識がない分野だって言っても、誰かの発言を鵜呑みにするような奴に至尊の冠を抱かせるわけないだろう。この国の王は世襲ではあるが、直系だからって必ずしも王になれるわけじゃないんだぞ。




 一刻も早く出て行き、コイツ等を止めたい。あくまでも商売の土俵で正々堂々勝負していた絹川が哀れすぎる。だが、今の俺はタダの身元不明の一市民でしかない。どういう名目でコイツ等の前に出て行くべきか……。


「やってないですってそんなこと……。たとえこのお店に含むところがあったとしても、そんなの逆効果だって、考えなくてもわかりますよぉ」


「この期に及んで見苦しいぞよ。キヌカワ殿、貴女も勇者の端くれなら潔くしたらどうじゃ」


「メリッサ。コイツは俺たちとは違う。勇者としての力なんてまともに使えないようなヤツだ。だからこんなセコイ嫌がらせしか出来ないんだよ。

 おおかた他所の店が上手く行ってる様に見えるのだって、コイツがズル賢い作戦を仕込んだからに決まって————」


「違いますっ! 確かに助言はしました。でも、それは接客業として当然のアドバイスをしただけです! お客様があちらのお店に戻ったのも、皆さんが頑張ったからってだけです」


「だったら……。だったらなんでウチのスタッフまで戻ってんだよっ。ヤツラが金でもちらつかせて辞めさせたに決まってんだろうがっ!」


 思わず強く反論してしまった絹川に、和泉が拳を振り上げる。

 瞬間、俺は店のドアを蹴り飛ばしていた。キサマその拳をどうするつもりだ!




「ふざけるなっ! 私の事はどうあれ、真面目に商売しているあの人達を馬鹿にする資格なんてアンタに無いっ!」


 だが、その場を支配したのは俺の立てた物音でも、和泉を制止する百合沢の声でも。ましてや急に登場した俺を誰何する騎士たちの声でもなかった。


 拳を振り上げたままの和泉を睨みつけた絹川は、そのまま男勇者の胸倉を掴みあげる。



「良い? あなた達が失敗したのはやり方がお粗末だったから。この世界の事情をろくに調べもせず、日本の常識そのままに事を進めたから失敗したのよっ。

 それを……。それを、上手く行かなかったのは人のせい? そんな根性でいるから従業員にも逃げられるんじゃない。

 客商売ナメるのもいい加減にしなさいっ!」



 まくし立てる気弱なはずの少女に、その場の誰もが唖然とする。

 彼女の言葉は、ただ冤罪を晴らすというものではなく、もちろん怒りに任せた反逆などでもなく。断罪を行う裁定者のように毅然としたものだった。


 その姿は先日の講習会の日のそれと同じく凛としたもので、ある種の憧憬を抱かせる威風であった。



 だが、まぁ……。欲を言えば。

 オマエのピンチに登場したはずの俺にも、少しは格好つけさせてほしいと思う。

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