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08  『アナタのお仕事、なんですか?』

 接客講習会は、会議と同じく飲食店協会の一室で行われた。


 大臣である俺が音頭を取り、対外的には勇者の一員である絹川が講師の講習会である。当然その事実を関係者一同は知っているが、おおっぴらに口にすることは出来ない。

 勇者の店に対抗するための講習を同じく勇者の絹川がやるなんて、裏に何かありますよと宣伝しているようなものだ。同じような理由で、俺が関係していると知られるのにも問題があるのだ。


 なので今日の俺は、誰にも正体がバレぬようにいつもの偽装を解いて参加していた。

 大臣として生活をしているときの俺には、ある程度の年齢に見せる必要がある。顔の皮膚を弛ませ皺を作り髪に白いものを混ぜれば、いつも王宮で見せている、壮年の貫禄ある男が出来上がりだ。公表している年齢からだと若作りに見られるが、魔法の効果だと思われているので不自然はない。

 それら魔法での偽装を解き、服も平民と同じ安っぽいものに着替えると……、ホレ。誰も俺と伯爵閣下が同一人物だとは思わない。


 それに、講習会への参加は自由で、特に受付があるわけでもない。それぞれ別の店舗で働いている人間が集まっているだけなのだ。見覚えの無い人間の1人2人居たところで怪しむ者など誰も居ない。


「あれっ? ハインツさん? ……うそ。えっ?」


 だから背後から絹川に声をかけられた瞬間、とっさにその口をふさいで物影に引きずり込んだのも俺のせいじゃない。



「どうしてわかった」


「うっそ。ホントにハインツさんなんだ。うわーすっご。ぜんぜん別人じゃないですかぁ」


「良いから早くどうしてわかったか言え。俺の偽装は完璧だ。今まで魔道士長にすら見破られて無いんだぞ」


 なおもうわーうわーと五月蝿い小娘の鼻を摘まみ問い詰めた。この俺の魔法による偽装が見破られるなどありえん。コレまで完璧にやりおおせていたのだ。万が一抜けがあってはそれこそ命取りになりかね…………、って。なんだ、この既視感。


「いやだって。ステータスに名前かいてるんですもん。そりゃわかりますって」


 ……でしたね。君には鑑定(チート)があるんでしたね。

 思わず、自分を殴りたくなった。




 俺の素顔をぺちぺちと叩き「こんな顔にもなれるんですねぇ」などと無駄口を叩いているコイツを黙らせ、講師のために用意された控え室に入った。


「もぅ。あんまり乱暴しないでくださいよぅ。これから大事なお役目があるんだから、少しは労わってくれても良いじゃないですか」


「そう思うなら少しは大人しくしてろ。ったく、あんな廊下で人の名前連呼しやがって。誰かに聞かれたらどうするつもりだ」


「あっ、やっぱり誰にも内緒で参加するつもりだったんですね。だからそんな変装までしちゃって。

 むふふぅ。……アレです? やっぱり私が心配になっちゃいました? お仕事だから見に来ないなんて言ってたクセにぃ。素直じゃないですねぇ」


「なに薄気味悪いこといってんだ。お前が何かやらかしはせんかと不安だっただけ。それに、俺はコレが素。いつものが変装だ」


「あらら、そでしたか。こないだ洞窟にお出かけしたときは顔まで変えてませんでしたから、あっちが素顔だとばかり思ってましたよぅ」


「あの時は知り合いに会う可能性も低かったからな。フード付きの服を着ていれば十分誤魔化せた。だが今回はリーゼン伯の顔をよく知る者たちが近くに居る。同じように適当で済ますわけにはいかんだろ」


 相変わらず何考えてんだかわからんニヤついた顔で俺を見ては、へーだのほーだの言ってやがる。



「そいえばどっかで見たことあると思ったら、魔族の時と同じ顔なんですねぇ」


「アレをベースに、顔に皺作って髪色変えてるだけだからな。そもそも肌の色と角以外、人族と魔族に見た目の違いは無い」


「それだけでここまで別人になるってのも凄いですねぇ。……なんにせよ、1つ謎が解けました」


「そいつは結構な事だ。何でも良いが、この姿の時はハインツとは呼ぶなよ。流石にマズイ」


「わかりましたけど……。あっ、じゃあラルザさんって呼びますね?」


「なっ! …………見えるんだったな。お前には」


 既に誰からも呼ばれることの無くなった、魔族としての姓を呼ばれる。少しだけ、胸が軋む。

 いったいステータスとやらにはどれだけの忘れたかった事実が記されていやがるんだろうな。流石はあのクソ女神の作った能力だ。底意地が悪いにも程がある。



 そんな俺の何かを悟ったわけでも無さそうだが、不安げにこちらを伺ってきた。


「あれ? なんか……、ダメでした?」


「いや、かまわん。どうせ名前なんて記号だ。好きなように呼べば良い。

 …………そんなことより、そろそろ始まる時間だろう? 準備は良いのか?」


「ばっちりですよん。もともと大したこと言えませんからねぇ。最初は適当にガツンとかまして、後は流れで何とかします」


 イカサマ臭くなるからその言い回しは止めろ。




 会場となる大部屋は既に人でごった返していた。同じ店から何人でも参加して良いとは言っておいたが、職場が同じヤツは多くても2~3人だろう。果たして何店舗分の従業員が集まっているのやら。

 こんな大人数の前に立つなど、あの小娘は本当に大丈夫なのか?


 会場の隅に居る絹川を見る。長めのフード付きローブを羽織っているのはせめてもの変装なのだろう。コイツもおいそれと素性を悟られるわけにはいかんからな。

 そのまま見るとはなしに目をやっていたら、目ざとくこちらを見つけてひらひらと手を振ってきた。能天気なヤツだ。もう心配などしてやらん。



 室内に用意された簡素な椅子に座り、開始を待つ。程なくして協会長が壇上に上がった。


「みな、今日は良く集まってくれた。既に各々の店長から話は聞いていると思うが、これから行うのは各店舗での接客技術を向上させるための講習だ。

 このような試みは我々としても初めてであるが、この街の飲食店業界を盛り上げるため、きっと身になる話になると思っている。

 各自よく学び、自分の職場に持ち帰ってもらいたい」


 簡潔な挨拶に拍手が起こる。まぁなんだ。こういう様式美は何処でも変わらんのだな。

 ざわめく参加者を両手を前にして静めると、協会長が再度口を開いた。


「それでは、本日の講師を紹介しよう。我々が依頼した接客の専門家である、コユーリ・シルクリバー殿だ」


 思わず噴きかけた。ほとんどそのままじゃねぇか! 隠す気あんのかっ!

 必死で言葉を閉じ込める俺の苦労も知らず、てけてけ壇上に上がる。


「はじめまして。ご紹介頂きました、シルクリバーと申します。接客の専門家だなんて大げさなことを言ってもらっちゃいましたが、私もまだ勉強の身です。本日は皆さんと、有意義な時間をすごせればと思っています。短い間ですがよろしくお願いしますね」


 参加者たちの視線を一身に受けた絹川の、まだ少し幼さが残った声が会場内に通る。…………意外にキチンとしている。アレ、ほんとに絹川だよな? 中身変わったりしてないよな。




 そんなことを考えていると、会場の真ん中あたりで大きな音がした。誰かが急に椅子を立ったようだ。まさか妨害か?


「なぁ、協会長さん。アタシはこれでも、もう5年はこの仕事やってる。今日だって店長が無理にっていうから、わざわざ休みの日にこんなトコまで来てんだ。

 それをサ、いきなり出てきたお嬢ちゃんのお話聞けだなんて言われても、マジメになんてやってられるかィ?

 おままごとならアタシは帰らせてもらいたいんだけどねェ」


 立ち上がった女は、背こそ高くはないものの何故だかやたらと迫力がある。紗に構え、ハスっぱに協会長をねめつけている様からは不思議と貫禄すら感じる。何なんだコイツ? 何処の店だよ。こんな荒っぽい女に給仕なんてやらせてるのは。


 慌てて嗜めようとする協会長を、壇上の絹川は横に手を開いて押しとめた。



「ええと、誰さんか知りませんけれど。アナタはそんなにご自分の接客に自信があるんですね。凄いです」


「ミースィだ。アナタ、なんて呼ばれる筋合いはないね」


「では、ミースィさん。それじゃ、今からミースィさんに2つ質問をします。もし正解することが出来たら、私がお教えすることはありません。帰って頂いても構いませんよ」


「言ったね? 良いよ、なんだって答えてやろうじゃないサ」


「はい、言いました。他の方もです。もしも質問の答えがわかる方がいらっしゃったら、遠慮なく手を挙げてくださいね」


 会場を見渡しにこやかに言い放った絹川は、顔の前に指を立てる。

 こうしてなし崩しのような雰囲気で、接客向上の講義は始まった。




「では1つ目。

 ミースィさんは勤めているお店の店長さんに雇われて、給仕のお仕事をしている人ですよね? では、そんなミースィさんのお給料は、いったい誰のお金で支払われているでしょう?」


 会場がざわめく。何言ってんだこいつ。店長が雇用主で、このハスっぱ女が従業員なんだろ。それじゃ店長が払ってるに決まってるじゃないか。

 いや、まさか前世の日本であったような派遣会社を経由した雇用形態なのか? まて、そんなものは少なくともこの街の飲食業界には無い。ならば店長が払っているで間違いないはずだ。だが、引っかけという線も捨て切れん。


「お嬢ちゃんさ。あんまり人を馬鹿にするモンじゃないよ? 店長に決まってるじゃないサ。自分で雇い主は店長って確認したくせに。からかってるのかィ?」


 激しく同意する。不本意ながらハスっぱ女のいうとおりだ。会場のざわめきも増している。早く謝った方が良いんじゃないか?

 しかし、俺の心配など何処吹く風といった絹川は、にっこりと首をかしげた。



「ハズレです。

 ミースィさんのお給料は、元々はお客様のお金ですよ? お客様がお店で食事をして、代金を払って。店長さんを経由して、アナタに支払われるお金です」


「なっ! そ、それだって店長が払ってくれてることに変わりないじゃない」


「あらら。それじゃミースィさんところの店長さんは、アナタがお店で何もしていなくてもお給料をくれるんですか? もしも本当にお店の中にいるってだけでお給料が発生しているなら、そのお金は店長さんの個人的な何かかも知れませんね」


「そんなわけないじゃないサ。アタシはちゃんと仕事をして、お客に代金を払ってもらってる。だからっ! ……だから」


「はい。やっぱりアナタのお給料は、お客様が居て初めて支払われるものでしたね。

 ……確かに、お客様がお店にいらっしゃらない時間はあるかもしれません。でも、それはお客様をお待ちしている時間ってだけ。皆さんが其処にいるから、店の中に立っているからお給料が出るわけじゃありません。そこを、勘違いしないようにしてください。

 繰り返しますね?

 皆さんは、お客様が代金を支払ってくれるから、お給料をもらえているんです」


 言い返す者は誰も居なかった。聞いてみれば、確かに当然のことを言っている。……だが。



「では、次の質問です。

 ミースィさん。アナタのお仕事、その主な内容は、なんですか?」


「ハァ!? ホントにふざけてんのかィ! さっきから何度だって言ってるじゃないか。アタシは給仕だ。お客の食いたいモンを聞いてきて、厨房に伝えるのが仕事だよ。そんで、出来た料理を運ぶ。帰る時にゃ代金貰ってお世辞の1つもいうさね。

 それ以外の何だっていうんだィ!」


 ハスっぱ女はますます激高する。正直なところ、質問の意図がわからん。それは俺だけでなくこの場に居る殆どの人間に共通する感情だった。

 誰もが首をひねり、隣の者と顔を見合わせては頭を振る。


 だがそんな俺たちを見渡すと、先ほど同様の笑顔を浮かべた絹川は言い放った。


「ハズレです」

ハインツさんがアホの子に見えてきた……

そんなつもりはないのに…………


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