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07  『秘策なんてありません。あるのは王道です』

「さっき皆さんにも説明しましたように、あのお店は、近い将来お客様が減ります。緩やかに、でも確実に減るでしょね。でもってその減り方は、毎日行っていた人が2日置きになり、5日おきになり、とうとう最後は来なくなるって感じの減り方なんですよ。

 その間、そのお客様がどうしてるかというと、当然別の店に行くわけですね」


「まぁ、日頃から外食に頼っている人間ならそうだろうな。だが、定期的じゃなくとも店を利用するやつ等というのもいるだろ? そいつらは違うんじゃないか」


「それも多少はいるでしょうけど、この場合は問題になんないです。そういうお客様は、そもそも日常的に外食する人たちじゃない。つまり、メインの客層にはなりえないんですよ」




 絹川は、語る。



 良いですかハインツさん。あなたも勘違いしてるっぽいので説明しますね?


 まず、お客様には2種類あります。

 1つは日常的に外食を行う人たち。そしてもう1つが、イベントや記念日などの時にだけ外食を行う人たちです。


 飲食店から見た重要度は、8:2くらいで前者。この人たちは常連になるんですよ。あ、常連を大事に~とかって単純なことじゃないですよ? 常連になることが可能(・・・・・・・・・・)な人たちを逃がさない(・・・・・・・・・・)。それが大事。

 日頃から外食をしない人たちは、何処まで行っても日常的には来てくれません。その層を常連にするためには、考え方や生活スタイルを変えさせるくらいの大きな仕掛けが必要ですよね。そんなの、なかなか出来ることじゃないですよ。



 ですので基本的に飲食店業界っていうのは、そういう常連になることが可能な、ゴハンといえば外に食べに行くよって人たちという限られたパイを、皆で切り分けて商売してるんです。


 どれだけたくさん食べる人でも、1日に5回も6回もご飯を食べたりはしないでしょ? 食事の全部を外食で賄う人が、例えば10人いたら。それでも朝・昼・晩で30回しか食事を提供する機会は無い。10軒ゴハン屋さんがあれば、均等に分けても1店舗3回の来店でその日はおしまい。どこかのお店が1人勝ち状態だったとしても、せいぜい半分くらいを占めるのが限界でしょうね。


 お客様は有限。食事をしてもらえる回数も有限。コレ、絶対に忘れちゃいけない原則です。




「だが、さっき話していた、たまにしか来ないお客だって居るだろう? その人たちが大勢集まれば、毎日それなりの数は来てもらえることになるんじゃないのか?」


「それが、ハインツさんが勘違いしてるなぁって思ったところですよ。

 さてさてこの国の大臣さん。この街の人口はいくらでしょ?」


「人口? 流石に厳密な戸籍はないから正確にはわからんが、……というか、国家機密だぞそんなん。簡単に洩らせるわけないだろうが。

 まぁ大体で良いっていうのなら、国が管理している市民の数は概ね1万といったところだ。わかってると思うが、この近辺じゃかなりデカイ街だぞ」


「わかってますよぅ。正確な数字が欲しいわけじゃないんです。

 えっと……。となると、実際に住んでる人が倍の2万人居るとします。でも中には外食が不可能な子どもや主婦、お貴族様なんかも含まれてますから、事実上外食が可能な人口は……適当に、半分の1万人ってことで良いでしょ」




 で、ですね。これは、外食文化が円熟してる現代日本の数字なんですけど…………。


 週に3回以上外食をする人は、全人口の内、約3割。月に1~2回が4割。そして殆ど外食をしない、半年に2~3回するかしないかって人が残りの3割なんです。

 このうち、常連になりえる人ってのは最初の3割。この街の人口にそのままそっくり当てはめると、3千人そこそこと6千人強です。人数比でいえば常連になれない人の方が圧倒的に多いですよね。

 だからハインツさんも、その人達を抱き込めばって考えたんだと思います。



 でもですね、実際に外食をする回数で考えてみてくださいな。

 最初の3割が週に3回外食をするとして、この街の外食人口1万人で考えれば週で約1万回。月に直せば4万、1年で大体48万回も外食をするんです。

 でも月に2回くらいの人たちでは、通年で考えても9万6千回。半年に3回程度の人たちなんて約2万回。2つの層をあわせても、おおよそ4~5分の1程度でしかないんですよねぇ。


 しかもこの割合は外食が非常に一般的な現代日本の数字。外食に対する考え方の比率が違うこの世界だと、数字の差はより開くと思います。

 何せこの世界では外食しない人はまったくしないですし、する人は殆どの食事を外食に頼ってるんですもん。さっきの例での、月に1~2回の中間層の割合が一番少ないんですから。


 ね? 常連様の重要さが良くわかったでしょ。お1人確保するだけで、常連になれない方の数倍の効果がある。だから、口をすっぱくして常連を大事にっていうんですもん。



 さらに補足しますとね? 中間層を大量に確保することが経営の肝になるような営業スタイルって、ここよりもっともっと人口の多い世界でなきゃ成り立ゃしません。

 現代日本の首都人口は1千万人を遥かに超えちゃってます。この街の何倍あると思います? それだけの人口があって初めて、月に数回程度の人達を確保することが重要になってくるんですよ。この街程度の人口では、そんなの焼け石に水どころかただの誤差ですね、誤差。


 そもそもアレって、飲食店が街に溢れてて、同じお客様が月に1回以下しか自分のトコには来てくれないような状態でも大丈夫な企業。ファミレスとかファストフードなんかの大型店舗が採るべき考え方なんです。

 唯一無二の本店しかないお店で考えるこっちゃありません。不安定すぎます。


 そういう単店舗経営のお店は、まずは少しでも良いから安定して頻繁に来店して頂けるお客様を確保することから。次に、外食をよくする層の人たちから、日頃のローテーションに自分の店を入れてもらえるように頑張る。

 いわゆる不定期層の確保を考えるのはそのずっとずっと先です。




 俺は思わず唸っていた。門外漢である俺には、コイツの理屈が正しいかどうかなんてわからない。けれど、自信満々に言うこの少女からは、確かな説得力を感じる。


「なるほどな。確かに納得できる」


「でしょ? で、最初の話に戻るんですけど……。

 勇者食堂さんって、この街の店舗の中で抜群に目新しさや注目を引くことが凄いです。その効果は実を結んでて、きっと今は普段外食をしない層まで勇者食堂で食事をしてるでしょうねぇ。だから大盛況しちゃってるんです。

 コレってどゆことかわかります?」


「そうか……。今、確かにあの店には客が押しかけているように見える。

 だがそれは、さっきのお前の説明でいう”日常的に外食をしない人たち”まで一気に来てるからそう見えるってだけなのか…………」


 思わず膝を叩いてしまった。なんだ、霧が晴れたようで妙に嬉しい。


 普段から外でメシを食うやつと、滅多に外食をしないやつ等。それが一度に押しかけてる状態だから大盛況に見える。

 けれど今来ている客の7割近くは頻繁には来ない客。例えその層がもう一度勇者食堂を利用しようと思っても、次に来るのはいつになるかわからない。しかも人口1万程度のこの街では、そういう層の来客数はかなり低くなる。店の経営を支えることは出来ない。


 単純に人数だけを見て危機感を覚えていたが、この話を聞いた後ではそれが如何に短絡的だったかがわかるな。



「さてここからが本題です。

 勇者食堂さんの問題点はさっき皆さんにお話したとおり。どれだけ美味しい料理やびっくりする仕掛けがあったとしても、要はそれだけしかとりえの無いお店。そういうトコに連日通い続けるって人、実際すっごい少ないです。

 となると、もう一度勇者食堂に行くまでの食事。コレは当然別の店で取ることになっちゃいますよねぇ」


「それは……、間違いないだろうな。なにせお前のいう、日頃から外食に頼っている人たちだからな。どこかの店で飯を食うって選択肢は揺るがないだろ」


「ですです。だもんで、お客様が勇者食堂が出来る前まで通っていたお店。つまり今ココに居る方たちのお店に来てくださる事は絶対にあります。

 その時にもっと居心地の良い思いが出来れば、勇者食堂に行く頻度は更に下がると思いません?」


 にひひっと笑う。あぁ、悪い顔だなぁ。本当に悪い顔をしてやがる。多分だけど、聞いている俺とおんなじくらい悪い顔をしているはずだ。




「何か、秘策でもあるのか?」


「秘策なんてありません。あるのは王道です。

 目を引く催しとか、特別な料理なんて飛び道具はいらないんですよ。その店がそのお客様にとって居心地の良い空間であることを思い出してもらうのが一番効果的ですから。

 サーヴィスの質が上がればそれが出来ます。だってそれまでも通ってくれてたお客様なんですもん。

 料理は来店の理由にはなっても、継続来店の決定的理由にはなりません。お客様を常連にするのは、料理を下敷きにした、料理以外の何かです。それがあったから今まで常連さんを確保できていたんです」


 自信満々に言い放った後、少し声を落として「でもコレ、厨房の人たちにはわかってもらえない事も多いんですけどね」と続けた。

 そりゃそうかもな。俺の知る限り調理師ってのは、大体が自分の料理に絶対の自信を持ってるもんだ。特に店を構えてるヤツなんかはなおさら。

 そんな連中に、料理だけではお客を捕まえ続けられないなんて言った所で、反感を買う事の方が多いだろう。


 微妙に苦い顔をしているところを見ると、その辺りの意見の食い違いで何かあったのかもしれん。



「まぁそれはそうとして……。

 さっきちょっとだけ聞いたんですけど、あの協会長さんのお店みたいに、きちんと接客を勉強した人が居るお店ってそんなに多くないらしいんです。ほとんどのお店は、街の人たちを雇って接客と給仕を任せてるだけですって。

 ですからその人たちに、接客についての心得ってもんを教え込むだけで、お店の質はずいぶん変わりますよ?」



「なるほどな。だからさっき、自分たちがどこまで関わって良いか知りたいって話になったのか」


「ですです。心構えや姿勢なんかを教えるのも、タブーに触れちゃうのかなって不安になったもので。

 どでしょ? 元々の地力はあるお店が殆どだと思います。ちょっとしたコツや気構えを教えることで、勇者食堂の経営が破綻するまでの期間を、半分くらいには短縮できると思いますよ?」



 提案された内容を考える。

 それくらいなら大丈夫だろうという思いと、下手に手を出さぬほうが良いという考えの間で揺れる。


 もう一度だけ、絹川の目を見て決めた。

 俺は離れて座っていた男たちに向かって言い放つ。


「みな、聞いて欲しい。勇者食堂を一刻も早く何とかするために、希望する店舗の接客担当を対象とした講習会を開く。

 講義内容は接客についてだ。

 お主らの店を更に盛り上げるためだ。奮って参加するように」



 コイツなら、この世界の人の歩みを踏みにじるようなマネはしない。その判断に根拠なんて無かった。

 我ながらおかしな話だ。

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