05 『気が付けば謝罪している俺がいる』
「ええと……閣下? その、こちらのお嬢さんは一体…………」
開いた口がふさがらない俺をチラチラ見ながら、参加者の一人が尋ねてくる。そうだな。当然疑問だろうよ。いきなり現れたと思えば、アナタたちのお悩みなんて理解できませんわってな顔してやがるんだから。
だが俺にも自信が無い。コイツいったい何なんだ? というか、どういう脳みそしてやがるのか。こんなん常人の能天気って範疇じゃねぇだろ。
「紹介しておこう。こちらは絹川君といって、私が今回の件で協力を仰いだ人物だ。姿を見ればわかってもらえるだろうが……今、我々の中で懸念事項となっている店の経営者と生まれを同じくする、勇者の1人だ」
とたん、全員の視線が険しく絹川を射抜く。敵の一味が姿を現したと言ったようなモンだからな。当然の反応だ。
いきなり10以上のむつけき男たちの視線に晒された絹川は、面白いくらいにたじろんでやがる。あぁ、ちょっとだけスッとした。
「ちょ、なんて言い方すんです! それじゃ私があの人たちの味方みたいじゃないですかっ!
違いますからね? 私、あの人たちとはぜんぜん仲良くないですから。むしろ知らない人です。そ、そぅです。知らない人ですよっ!
あれ~、誰だっけなぁアノ人たち。……勇者? 私ぜんぜんわかんないなぁ」
ある意味、表に出されたら致命傷になるんじゃないかって発言まで飛び出してきた。味方じゃないとか、仲良くないとか、ソレ事情を知らないやつ等にゃ絶対言っちゃダメな内容だろうが。
「えぇと、ハインツ様。とにかくその方は、我々の賛同者だと思って良いのでしょうか?」
「そう考えてもらってかまわぬ。それ故にこの場に招いたのだからな。人となりについては……その、気にせずにいてもらいたい」
いくら俺が味方だって言っても、人間性で不信感抱かせちゃしょうがない。なおも喚く絹川を落ち着かせ、周囲にもフォローを入れておく。コレでフォローになってるよな?
少し落ち着いて参加者を見てみると、何処かしら気が抜けたような、肩の力が抜けたような顔をしている。先ほどまでは、下手すりゃ明日にも首くくってたんじゃないかって空気を出していた商人の男も、今では軽い笑いまで洩らしていた。
この雰囲気を作っただけでもこいつの登場には効果があったな。狙ってやったわけじゃないだろうが、助かった。10ポイント進呈しよう。
「それで? 先ほどの話に戻らせてもらうが。絹川君。君は一体何を見てきたのだね?」
「見てきたといいますか、普通にお客さんとして行って来ただけですよぅ。お店に入って、席について、ご飯食べてきました」
「ふむ。それでもなお、あの店が脅威ではないと?」
「ですねぇ。まぁ、今は並びが出るくらいお客様がいらしてますけど。長くは続きませんよ、あんなん」
あっけらかんと言い切りやがった。わからん。ハッタリには見えんし、そもそもコイツがそんな強がりをいう理由が無い。単に実情が見えてないだけなのか?
「お主はそういうがな。ここにいる者は、全員がこの王都でそれと名の知れた料理人だ。その者たちがあの店に対し危機感を拭えないと言う。それでもお主は、脅威ではないと考えるのかね」
「えっ? ホントに皆さんあの店がヤバイって思ったんですか? だってあんなんですよ。上手くいきっこないじゃないですか」
理解できないですと頭を振る。だがそりゃこっちの台詞だ。話が平行線をたどっていると、協会長がやんわりと口を開いた。
「お嬢さん。いや、勇者様でしたな。失礼ですが、我々はこれでも何十年も料理の修業をしてきた者たちだ。今現在もそれぞれが店を構え、料理の腕に自信の無いものなどおらんのですよ。
その我々に異を唱えるというのは、貴女にもそれなりの理由があってのことなのですかな?」
「もちろんです。皆さんをバカにしてるわけなんかじゃありませんよ」
そのまま頬に指を当て、ああでもないこうでもないと呟いている。そして、何かに弾かれたように顔を上げると、我々のほうを見て口を開いた。
「えっと、今聞いた限りだと、皆さんも自分のお店を持ってるんですよね。しかも、ご自身が料理人でもあるとも聞きました。
つまりここにいる全員が、オーナーシェフ。つまり、経営者で、なおかつ厨房の責任者だってことですよね?」
「その通りだ。というかだね勇者さん。そもそも料理人以外が飲食店をやろうなんて、普通思わないだろう」
「それじゃ、お客様に対するサーヴィス。お料理を出したり、接客をしたりはどうしているんですか?」
「それはまぁ、給仕を専門にする人間を雇ったりですな。ウチでは元貴族のお屋敷で働いていた者を使っていますが」
「そこです。だから皆さん気が付かなかったんですよ」
してやったりといった表情で指摘する。
どういう事だ? つまり、勇者たちの接客に問題があるというのだろうか。少なくとも今いる連中からは、そんな話は一度も出てこなかったが。
「私が1人で言ってても納得できないですよね。ですので……」
絹川の提案で、会議は一時中断となった。さらにコイツは、休憩の間に協会長の店で働いている給仕の人間を、勇者の店に偵察に行かせるように頼んでいた。
「出てくる料理の内容は気にしないでって伝えといてください」
協会長に指示した後は、貴賓である俺に用意された別室のソファーで、いつも目にするぐでっとした態度で横たわっている。平常運転なコイツに少しばかり安心してしまう自分が腹ただしい。
自分たち以外誰もいないとはいえ、いつもの自室のように防音がしっかりしている部屋ではない。声を落として話しかけた。
「オイ。大丈夫なんだろうな。あんな大見得切って、今更ワタシの勘違いでしたじゃすまんぞ」
「うわっ、いつものハインツさんに戻りましたねぇ。……ん。その喋りの方が安心します。丁寧口調だとくすぐったくって」
「んなどうでも良いこと話してる場合じゃ無かろうが。大丈夫なのかって聞いてんだ」
「大丈夫ですよぅ。心配性ですねぇ。……それに今あの店に行ってもらってる人、お貴族様のトコで給仕してたような人なんでしょ? だったら私とおんなじ感想になるはずです。ちゃんとサーヴィスしてきた人なら当然です」
「その根拠が不安だって言ってんだよ。第一、お前も料理関係苦手じゃなかったのか?」
「そんなこと一度も言ってないじゃないですか。そりゃあお料理は得意じゃありませんし、お客様にお出しするなんてとてもとても。ですけどね」
「じゃあっ!」
「落ち着いてくださいよぅ。いつものハインツさんらしくないですよ?
えっとですね。私、言ってなかったかもですけど、実家が飲食店だったんですよ。もちろん厨房には立ち入りませんでしたよ?
でもいろいろあって、サーヴィスとか経営については叩き込まれたんです。個人で勉強もしましたしね」
「初耳だそんなん。何で言わなかった」
「だって聞いてこなかったじゃないですかっ!
私だって、聞いてきてくれてたらちゃんとお話してましたよぅ。
それに……、ハインツさんだって自分のことぜんぜん話してくれないじゃないですか。そんなの、ズルいですよ」
唇を尖らせて睨まれた。俺が悪いのか?
確かに自分の昔の話をするなんて、気恥ずかしくてやる気にならん。でも接客の経験があるだなんて重要なことを、こんなぎりぎりになるまで黙ってること無いじゃないか。
俺が自分の昔を話さないから、こいつも自分の事を話さなかった? そんなの等価で結べるようなモンじゃないだろ。
そうだ、俺は悪くない。
と、思うのだが…………なぜか言い返す気にはならなかった。
まるで重罪人を責めるような視線に耐えかねて、気が付けば謝罪している俺がいる。
「わかった。それについては、すまん。お前を責めるようなことじゃなかった。謝る」
「……良いですよ、もう。そのうち話そうとは思ってましたから」
「で、だ。その。……繰り返すようで悪いが。大丈夫なのか? 本当にあの店の問題点とやらはわかったのか?」
「そうですね。ちゃんと説明しますと……」
かろうじていつもの雰囲気を取り戻した絹川が話を続けようとしたとき、部屋の扉が叩かれた。視察に行っていた者が戻ってきたらしい。
続きが気になるところではあるが、俺たちも話を切り上げて会議室に戻る。
大分血色を取り戻した男たちの中に、先ほどまでは見なかった人物が混じっている。安物ではあるが、袖先まできっちりと気を配っていることが伺えるシャツを纏ったその男が、協会長に促され偵察の結果を報告する。
「そうですね。確かに真新しいモノばかりで目を引かれました。ああいうやり方もあるんだなと、感心することしきりです。
ですがまぁ、アレではお客様は着かないでしょう。そう脅威ではないと見ましたよ」
期待はしていたが、予想できなかった言葉にざわめく俺たち。
ふと気付くと、隣に立っていた絹川が俺の肩をポスポス叩きながら、耳に口を寄せてきた。
「ね? 言ったでしょ。
あの人たち、サーヴィスのことなんてぜんっぜんわかってないんですもん。
あそこでやってるのも、適当に見聞きした物を並べてるだけ。そんなんで上手くいったら世話ないですよ。
…………ホンっと、接客業なめんなっ、て感じです」




