04 『下手すりゃクーデターの火種』
飲食店協会の会合は、街の繁華街から少し外れた協会の建物で行われた。
俺が会場に入ったときには、既に10名そこらの顔役が揃っていた。恰幅の良いヤツ、痩せたヤツ。筋肉質なヤツに神経質そうなヤツ。それぞれタイプは違うがどいつも一角の料理人としてこの街に自分の店を構えている男たちだ。
だがそんなこの業界に一家言持つ男たちが、この場では一様に暗い顔をして黙りこくっていた。
正直に言おう。おうち帰りたくなった。
「さて、ハインツ閣下もいらしてくださった事だし、そろそろ始めようか」
飲食協会の会長を務める男が口火を開く。コイツは俺が屋敷から放逐したコックの1人で、この街のレストランのさきがけを為した人物でもある。
男の言葉に皆が首肯し、暗中を手探る会議が始まった。
「今日の議題は、皆も知っている通り2日前に開店した新しい店についてだ。勇者食堂。既に話は聞き及んでいると思うが、最近この国においでくださった勇者様たちの店だ。あの店に対して我々はどうすべきか。皆の意見を聞きたい」
「意見といっても、正直異質すぎて判断できんぞ。俺は今日の昼に行ってみたが、見るもの全部真新しすぎる」
「俺も同じですよ会長。何をどうしたらあんな発想が出てくるのかさっぱりわかりません」
比較的若い男の発言を皮切りに、俺も行った俺も見てきたの声が続く。そのどれもが、勇者食堂で出された今まで見たことも無かった品々に対する驚きと賞賛をあらわにする。そして口々に、その店で受けたまったく新しい商売のやり方に肝を抜かれたことを打ち明けた。
拙いな。既にこの時点で、自分たちの敗北を半分くらい認めているようなもんだ。お前ら何十年もこの世界でやってきたんだろ? もそっと気骨のあるトコ見せてくれよ。こうして何とかしなければと集まってる以上は、少なからず危機感以外に負けじ魂も持ち合わせているんだろうがなぁ。
「わかった。報告はもう十分だ。皆、少し落ち着こう」
途中からは意見というよりも、勇者食堂の凄かったところ報告会の様相を呈してきた一同を、会長が静める。
「とりあえず、料理に関してはひとまず置こう。新人が新しい料理を作り出すのは悪いことじゃない。そこに文句をつけるようなくだらん男は、この場にはいないだろう?」
「そりゃ当然だぜ、おやっさん。人の作ったモンだからと言って、美味い料理にケチつけるほど落ちぶれちゃいねぇ」
ひときわガタイの良い男が気炎をはく。こういう気持ちでいてくれるのは俺としてもありがたい。他人の足を引っ張るような意見が上層部に蔓延すると、業界全体が腐敗していくからな。
「では、問題なのはやはり店のやり方だな。各々が見てきたコトを纏めると、大体こんな感じか?」
会長が指を立てながら挙げていく。
料理ひとつひとつに値段を設定して、頼んだ分だけ金を払う料金システム
客が自分の食べたい物を自分で選べるように、テーブルごとに置かれたメニュー表
メインと飲み物の組み合わせを用意して、割安で注文できるセット方式
いくつかの店舗からいつの間にか引き抜かれていた、若く見目の良い娘ばかりを揃えた給仕
店の全員がまったく同じ、しかも見たことも無いヒラヒラな衣装の制服
客が給仕を呼ぶとき、わざわざ声をかけずともボタンを押すだけで良い謎の呼び鈴
帰るときに渡された、何度も利用することで割引になる会員証
そしてなぜか従業員全員がことあるごとに叫ぶ「ハイ、喜んで」
聞けば聞くほど頭が痛くなってきた。あいつ等思いつく限りの知識をごった煮にしてきてやがる。ファミレスで聞いたことあるような要素と、ファストフードでありがちなシステム。
現代じゃ珍しくも無いポイントカードには、ばら撒かれたチラシ同様やたら緻密なイラストまでついている。そこは妥協してやれよ。王宮絵師が過労死するぞ?
しかも最後のアレは居酒屋だろうが。行ったことあんのか未成年。
この街にありえなかった新しいやり方が挙げられる度に、どんよりとした空気が密度を増していく。俺とは方向性が違うだろうが、誰もが勇者たちのやり方についていけないのだ。
もう少し馴染みのあるものならば、自分たちも取り入れることで追従を図ることも出来る。だが、どう考えても現行の経営と馴染まない。下手に真似てしまえば、それまでのやり方を根底から変えなければならなくなるモノばかりだ。
停滞した空気の中で、それまで黙って聞いていた俺にも水が向けられた。
「伯爵様。どうにかできないモンでしょうか? 俺たちではもう」
「そなたらの気持ちは、私も痛いほどに良くわかる。だが……相手は勇者なのだよ。私が大きく動くわけにもいかぬのだ。すまぬが、わかって欲しい」
「なんったって、神様が遣わしてくだすったって話ですからねぇ」
「理解してもらえて嬉しい。だが、私とてこのままで良いとは思っておらぬ。なんとか突破口さえ見つかれば……。
今は、しばらく様子を見させて欲しいとしか————」
「そんなわけにはいかんのですっ!」
俺の言葉にかぶせて、1人の男が叫んだ。思わず立ち上がったその男を周囲が慌ててたしなめる。
そりゃそうだ。貴族の言葉をさえぎるなんて普通はあり得ない。相手が俺だし、公とは言い難い場だから問題にしないが、他の高位貴族相手ならばどんな目に合わされるかわからん行為だ。
そういえばこの男は、俺同様に今まで意見を言ってなかったように思う。ここに来て爆発というのも気にかかるな。
「は、伯爵様。申し訳ありません! なにとぞ、この者には……」
「良い。状況が状況だ。溜まりかねる事もあるだろう。それよりその方、何か事情でもあるのか?」
周囲に頭を押さえつけられた男に問いかけた。俺が温情を見せたことに安心したのか、周りのやつらも男を解放する。
一度俺と目を合わせ、すぐに目線を切る。そして思い直すように再度俺を真正面から見て、男は口を開いた。
「私はここにいる皆さんと違い料理に携わる人間ではありません。ですが今回あの勇者食堂に対しての話し合いがあると聞き、協会長に頼んで参加させてもらいました。
私は、商人なのです。王都近郊の村と契約をして農作物を卸させて頂いている商会の長をしております」
「すると……。勇者食堂にも卸しておるのか?」
「その通りでございます。私どもは商機にも恵まれ、食品の扱いにかけては何処の店にも引けはとらぬと自負しておりました。ですので今回、取引に指名頂けたのでしょうし、そこに関しては有り難い事だと思っておりました」
料理人たちが見守る中、貴族である俺と商家の長は話を続ける。
呼び出された当初は、相手が希望する食材の豊富さと種類に喜んだという。基本的に流通量の少ない品も含まれていたため、それらを定期的に購入してもらえるのはありがたい事だからだ。だが、2回3回と会うにつれ、相手がそれまで自分の持っていた常識から逸脱した人間であることを悟る。
定期的に購入するのだから代金を変動させるなという希望から始まり、時期によっては生産量が減少する品も確実に確保しろ。味に影響は無いのに見目の良くない品は持ってきても購入しない、などの条件が出始め、男は自分が泥沼に足を踏み入れたことを知った。
当然そんな要求は呑めないし、そもそも不可能だ。だが相手は勇者である。一介の商人が正面切って遣りおおせる相手ではない。男が言葉を濁らせていると、業を煮やしたのか勇者に同席していた少女が己の身分を明かした。「わらわはこの国の王女である。そなたもこの国の民であるならば、勇者の指示に従うように」と。
「勇者様の指示に従うのなら、私どもが身銭を切って商品を確保するしかありません。生産高の少ない商品に関しては農家に追加で作らせるしかない。無理を言って作らせる以上、彼らの生活は私どもが保障しなければならないでしょう。
ですがそんなことまでしていたら、いずれ遠くないうちに私の商会は破産せざるを得なくなる。悠長に様子を見ている余裕などないのです……」
悲痛な訴えに、この場の誰もが顔をしかめる。明日はわが身だと痛感している。
神に使わされた勇者などという埒外の存在だけでも厄介なのに、王族まで出てきて拒否できる者など早々いない。
圧倒的上位者からの意見とは、すなわち逆らいようのない命令なのだ。
マジで何やってくれてんだよアホ王女。無能なだけならまだしも、有害となっては庇いようが無いぞ。下手すりゃクーデターの火種だってことわかってんのか? わかっちゃ無いんだろうなぁ。
俺たちを覆う暗雲は層の厚みを増し、今にも嵐が起こりそうだ。このままではマズイ。でもどうにも出来ない。
不安と焦りが、今まさに怒りにすり替わろうとする直前だった。
「すいませ~ん。ここで飲食店協会のお話し合いが…………あっ、ハインツさん発見。いやぁ、探しましたよぅ。ここって見つけにくいんですもん」
能天気極まりない声が俺たちを襲う。いや、頼むから空気読め。
「えっと……あれ? なぁんでみなさんそんな深刻なんでしょ。また何か問題でも起きました?」
「…………絹川君。お主も、勇者食堂の様子を見てきたのであろう? その件で皆、頭を悩ませているに決まっておるではないか」
周囲の誰だコイツな視線に耐えかねて語りかける。あぁ、自分のコメカミがピクピクしてるのがわかる。どうしてなんだろうなぁ。こういう雰囲気ガン無視なヤツが出てくると、本人よりも周りの方が居たたまれなくなるのは。
だが、あくまできょとんとした顔を崩さないこの小娘は、それまでの場の流れをぶった切って放り投げるような発言をしやがった。
「見てきましたよ? だから皆さんも楽勝ムードだろうなって思ってたんですけど。
あんな店、ほっといたってすぐ自滅するに決まってるじゃないですか」




