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03  『本気で真っ向勝負する気なんですねぇ、あの人たち』

 カラーバス効果って言葉がある。新しく知った言葉なんかが、それまでずっと有ったにもかかわらず、関心を持ってはじめて目に付くようになるって現象の事だ。

 俺が飲食店組合の定期会議に招待された時に少し気になったのも、コレの一種だろうと高を括っていた。ここのところ勇者のせいで料理のことばかり考えていたから、そのせいで気になっちゃっただけだろうと。


 俺は過去の経緯から、この街の飲食店経営者連中に多少なりと顔が利くしな。折に触れてそいつ等の会合に引っ張り出されるのも、それほど珍しい話ではなかったのだ。


 だが、その会合から帰宅するときの俺は、とてもじゃないけれど人様にお見せできない顔だったと思う。思っていた以上の話をされてしまったのである。

 俺たちの知らぬ間に、事態は最悪の方向に転がっていた。


 ほんっと、勇者なんて碌なモンじゃねぇ。




「ハインツさんハインツさん! 大変ですよぅ。あの人たち、とんでもないこと計画してたみたいです」


 翌朝一番に俺の執務室に飛び込んできた絹川が叫ぶ。勘弁してくれ。昨夜は余り眠れてないんだ。大声を出されると頭に響く。


「聞いて下さいよぅ。良いですか? この私、絹川さんが掴んで来た情報によるとですね。なんとあの人たちは————」


「この街で食い物屋を始めようっていうんだろ?」


 きょとんとした顔で「知ってたんですか?」と呟くコイツに、ソレまで眺めていた1枚の紙を渡す。昨日から俺の頭を悩ませている原因であり、飲食店協会のやつ等が俺に泣きついてきた理由だ。



「なんですコレ。…………うぇっ。本気なんですかあの人たち」


「本気じゃなきゃこんなもんバラまかんだろ」


 それは、この王都に新しく食い物屋が開店するというチラシだった。

 一番に目を引くのは、でかでかと装飾文字で描かれた「勇者食堂」という文字。さらに、王宮の絵師にでも描かせたのだろうえらく繊細な店のイメージ画と、目玉となる料理とそれの簡単な説明。ご丁寧にも1品いくらという値段まで載せてある。

 新装オープンというキャッチコピーの下には、開店記念でオープン後の10日は全品3割引というアホみたいなキャンペーンが打ち出されている。ってか「勇者食堂」って店名はなんだ。馬鹿にしてるのか?


 当然のことながら印刷なんて技術は発生すらしていないこの世界で、俺の知る限りでも50枚近いビラが配られている。書かされたやつ等はいったい何日徹夜させられたんだろうなぁ。前世のデスマーチが思い出され、非常に胸が痛む。


「コレ、街中で配ってるんですか?」


「3日前くらいから配り始めたらしい。それで俺の所に飲食店協会から相談が来たわけだ。コイツはそのときに資料として貰ってきた」


「チラシのアイディアだけなら文句の言いようも無いでしょうけど、この値引きはありえませんよねぇ。ヘタすりゃ営業妨害ですよ」


「ヘタしなくてもそうだよ。既存の相場感に対して、真っ向から喧嘩吹っかけてるようなもんだ」




 そもそもの話をすると、この国じゃひとつひとつの料理に定価をつけるって発想自体が無い。


 何処の店でも、1人当たりの大まかな料金だけが設定されていて、それに併せた料理が出てくるのが普通だ。わかりやすく言うと、コース料理を頼むのに似ているかもしれない。コースの値段だけがあって、具体的な中身は店側が設定するのだ。

 出された量で物足りずに追加で頼むときも、適当に金を出せばそれに合わせて店が提供する。他にも、肉が食いたいだとかこの野菜は嫌いだといった大まかな希望は言えるし、店もそれに合わせるくらいの融通は利く。


 だが客がいちいち料理名で注文するなんてスタイルは概ね存在しない。というか、たとえ思いついたとしても現状では誰もやりたがらないというのが正しい。



 勇者たちの感覚では、この、店側に内容を委ねる方式は異質で未発達なものと映っているのかもしれない。だがこの街の経営者がこういうやり方を採っているのにも当然理由がある。流通の発達していないこの世界では、食材の値段の変動が著しく激しいというのがソレだ。


 殆どの農作物は収穫の時期に一度に放出され、当然値段はガクッと落ちる。そして保存の利かない物から徐々に市場で姿を消していき、それに伴い値段は上がる。同じ料理を同じだけ作るにしても、今日作るのにかかる費用と、1ヶ月後のそれは激しく違うのだ。

 自然、店としては日々変わる仕入れ値に併せていちいち明確なメニューなど作っていられない、という結論になる。


 だったら客に食いたい金額を出させ、仕入れた食材からその日その日で料理を作って出す方が安定する。その時期に手に入る食材でどんな料理を作れるのか、どの食材をいくらで仕入れるのか。そのあたりも厨房を仕切る人間の腕の見せ所というヤツだな。


 もちろん年中通して出す、いわゆる看板料理のような1品を持っている店もあるが、それも時期によって値段が違うのは当然。下手すりゃ味付けがガラッと変わるコトだって珍しくは無いのだ。



 ちなみに客の方としても「あの店はこの金額でこれだけたくさん食えた」だの「この店はこの金額でこんな料理が出てきた」といったやり取りを交わしながら、お気に入りの店を見つけていくという楽しみがある。店によって得意な料理、安い料理は明確なのだから、店選びの重要さは計り知れない。


 そうやっていろんな店を渡り歩き、自分の懐事情に合わせたベストな店を見つけた時の喜びは格別だぞ。さらにその店を誰かを紹介して、そいつがそこを気に入ったならばたまらなく嬉しくなるもんだ。


 これが常識のこの世界で、勇者たちはいったいどうやって1皿いくらの形式をやるつもりなんだろう? 正直まったく想像がつかん。




 テーブルに置かれた能天気なビラを挟んで、俺たちは額を付け合せる。


「飲食店協会からの相談っていうのも、実際は苦情みたいなものだったんですか?」


「みたいなっていうか、まんま苦情だよ。何とかしてくれって泣きつかれた。

 協会のやつらも、自分たちの協会に加盟して値段も周りに合わせてもらえないかって頼んでみたらしい。だがまったく取り合ってもらえなかったんだとさ」


「うわぁ。本気で真っ向勝負する気なんですねぇ、あの人たち」


「現代日本の感覚で生きてんだ。やつ等にしちゃそれで当然なんだろうよ。むしろ、なに言ってんだコイツって顔されたってボヤかれた」


「なんとなくですけどその情景目に浮かびます。元の世界に居たころにも、似たような場面ありましたもん」


「他人の意見に聞く耳持たないって話だもんな。さもありなん」


 競争原理は商売の根底にある物だとは思う。だから独自路線を行こうというその気持ち自体を否定する気にはならん。それに自分たちの常識の中で正道と思っているやり方を貫くってのは、ある意味勇者として有るべき姿なのかもしれんしな。

 だがなぁ……やりすぎは嫌われちゃうんだぞ? 




「しっかし、いよいよ放置しとくワケにはいかなくなっちゃいましたねぇ」


「料理を作って自分たちで食うだけなら、多少は目こぼしもできたんだがな。流石に現行のシステムを破壊するようなことまでされちゃかなわん。他の店舗のためにも、是が非でもやつ等にゃ失敗してもらう」


 実際、この動きで何処まで影響が出るかを考えると恐ろしい。流通には確実に影響が出るし、下手すりゃ農業なんかの一次産業にまで飛び火しそうだ。


「とりあえずどうしましょ。何か思いつきます?」


「このふざけたチラシから見るに、開店は明日って話だ。ここまで切迫してると流石に店を始めることは止められん。そもそも王女と勇者が関わってる時点で邪魔しようがないしな。

 協会の連中には、3日後にもう一度対策会議を開くように言ってあるから、それまでは情報収集だな」


「私も明日お店がオープンしたら様子見に行ってきますね。直接見れば何か思いつくかもしれませんし。ハインツさんが行くよりも角が立たないでしょうから」


 頼む。そう言ってうなづく。


 料理にケチをつけるわけにもいかんし、新しいサービスだからって文句を言うことも出来ん。もしも大幅な方向転換をしてくれるならばありがたいが、あんなビラまでばら撒いた後では説得も難しいだろう。

 だいいち俺が今更周りに合わせろと言ったところで、鼻で笑われるのがオチだ。やらなくてもわかる。


 店側に文句を言えないからといって、街の住民にあの店には行かないようにとお触れを出すなんて無理だしなぁ。つまり、今のところ正道でどうにかする方法が無い。


 正面からで難しいならば、裏道を考えるのも1つの手ではある。だからと言って、嫌がらせをしたり暴力行為で営業を妨害するなんてのは、下策過ぎて考えるのもバカらしい話だ。


 いや参ったなこりゃ。正直、手詰まり感が甚だしい。




 俺たちに決定的な打開策が見つからないまま、やつ等の店は開店する。聞いた話によると行列が出来るほどの大盛況らしい。

 城内でたまたま王女とすれ違った時のなんとも調子に乗った笑顔が忘れられん。

 うん、殴りたい。


 そして3日後、俺は予定していた飲食店協会の連中との会合に出発した。

 結局何も思いつかないままである。

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