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02  『迂闊だったとしか言いようが無い』

 結論から言うと、クッキーの出所は百合沢だった。


 ナニを思い立ったのか突然厨房にやってきたこの女勇者は、止める周囲の声に耳を貸さずに調理開始。王女や他の勇者も居たため誰も邪魔することはままならず、程なくして、その場の食材を好き勝手に使った200枚そこらのクッキーが焼きあがった。


 完成した世界観的異物は、その場に居た10人余りに振舞われた。更にこの目新しいお菓子を大絶賛した王女殿下が、自分の身の回りに居る人間たちに自慢しながらおすそ分け。廻りまわって俺たちの口に入るに至ったというわけだ。



 もしも時を戻せるなら、厨房に入り込もうとした時点で実力行使ででも止めたかった。

 でも、もう無理だ。最悪、厨房に居た人物だけなら特定も口止めも可能ではある。だが王女から周囲にバラ撒かれた時点で、もはや誰の胃袋にまで拡散されたのか把握のしようがない。

 そもそも美味しい物をおすそ分けしただけなんだモンな。緘口令を敷こうにも、善意と好意で行われた行為を咎める理由なんて思いつかん。




「参った。正直完璧に後手に廻ってるなこりゃ」


「私も、ぜいたく品だからあんまり人に言わないほうが良いよとは言って廻りましたけど、それが精一杯ですねぇ」


「今んトコそれくらいしか対処の方法がないからな。むしろお前がそこまで気を回したってコトに驚きだ」


「まぁたそんな憎まれ口を。……でも、どうするんです? ほっとくわけにもいかないんですよね?」


「それはそうなんだが、生憎俺はこの分野にそこまで明るくなくてな」


「あら、ハインツさんって料理できない系でしたか。いけませんねぇ。そんなんじゃモテませんよ?」


「料理の出来る男が格好良いなんて風習、この国にゃねぇよ」


 まったくできないというわけではない。今までも自分の食うメシの準備くらいはしていた。日本で生きてきた頃だって、食事の殆どは自炊してたからな。

 だが、言ってみればその程度の知識と経験しかない。きちんと勉強したことなどないのだ。



「それに料理関係じゃ、既に一回やらかした後でもあるんだよ」


「ほろ? 慎重派なハインツさんがですか。勢いあまってプリンでも作っちゃいました?」


「そういう方向じゃねぇ。あのさ絹川。お前、この街に食い物屋がどれくらいあるか知ってるか?」


「具体的な数はちょっと。それに、屋台とかは除くんですよね」


「あぁそうだ。具体的には俺も把握しとらんが、10軒そこらじゃきかん数の食い物屋があるんだ。これらの殆ど全部が、ここ30年くらいの間に出来たって言ったらどう思う?」


「そりゃまた急に発展してますねぇ、としか。なんかやったんです?」


「俺が直接何かをしたってワケじゃねぇ。だが、きっかけになったのは俺なんだよ」




 俺の人族としての姓である「リーゼン」は、その名のとおりリーゼン地方の統治者に与えられる物だ。あの土地一帯が昨日今日この国の領土になったのでもない以上、当然俺の前にもリーゼン伯を名乗る人物は居た。そして俺は、先代のリーゼン伯の家を継ぐ形で伯爵となった。


「ってことは……あ、もしかしてお婿にいったってコト? えっ? ハインツさん結婚してんの!?」


「出来るわけねぇだろ。俺はホラ……アレなんだぞ? 養子だ養子。義理の息子としてリーゼン伯爵家に入ったんだよ」


 部下の手前ぼかしているが、コレだとなんだか俺が結婚不適応者みたいじゃねぇか。魔族であることをバレるわけにゃいかんのに、結婚なんぞ出来るわけがない。俺が他人と長時間生活を共にするなんて、考えただけでも無理だ。

 しかしなんだか妙に納得した顔をしてやがる。ほんとにわかってんのかねぇ?



 とにかく、俺は跡継ぎが居らず、しかも高齢でいつポックリいくかもわからんかった先代の後を継いだ。で、当時はリーゼンなんて辺境の弱小貴族、名前だけ伯爵の見本みたいな家だった。だが、一応貴族である以上は屋敷がある。今も俺が使ってるヤツだな。


 屋敷がある以上、使用人も居た。ハウスキーパーやら執事やらが無駄にごろごろとな。そしてもちろん、コックも数人居たわけだ。

 俺は家を継ぎ、先代が別の場所で楽隠居生活を始めたのを良いことに、そいつらを結構な割合で解雇した。せめて家の中でくらいは気を抜いた暮らしがしたかったんでな。もっとも、結局そこでも本性を出すことなんてなかったんだが。


「ハインツさんの事情からすると無理もないですねぇ。自分ちの中でもびくびくしてなきゃってのは、生活の場所としてぞっとしないです」


「そういうこと。俺としちゃ当然過ぎるくらい必要な人事だった。だが、クビにされる方としちゃ、ハイそうですかってワケにもいかんだろ?」


 再雇用の厳しそうな者。高齢の者は残した。だが、まだまだ若かったり、職業としてつぶしが利きそうなヤツはそうじゃない。そしてその解雇された連中の中に、コックも含まれていたわけだ。


「俺としちゃ、料理人何ざ何処ででも食っていけると思ってたんだ。だから他のやつら同様に、それなりの退職金を与えて辞めさせた。いざとなればこの金で、街に食い物屋でも開けば良いだろ、なんて言ってな」


「んと。話の流れからすると、……その時解雇されちゃった人たちが、この街で飲食店をやり始めたってことなんですか?」


「その通り。やつ等は俺に新しい道を切り開いてもらったとまで言って、喜び勇んで店を構えた。

 …………恐らくはこの世界最初の、レストランってヤツをな」




「えっ? それまで無かったんですか!? 一軒も?」


「無かったんだよ。確かに酒場のようなモンはあったし、食い物を出す屋台はあった。だが酒場はあくまで酒を飲むところで、出される食い物もちょっとしたつまみ程度がせいぜいだ。

 きちんと店舗を構えて、料理をメインにした食い物屋ってのは、それまでに一軒も存在しなかった」


 それまでのこの街では、食事は家で作るのが常識だった。騎士団や軍のように、自炊が不可能な場合は食堂で賄わせるのが普通だ。俺もそれまで自分のメシは自分で作るのが殆どだったから気が付かなかった。


 そして俺がクビにしたコックたちの開いた店は大成功することになる。そもそも貴族の邸宅で料理をしてたようなやつ等だ。腕は十二分にある。

 店の人気は、まず街のそれなりに裕福な連中を中心に広がり、いずれ一般市民の社交場としてのレストランという形式ができあがった。そして2匹目のドジョウを狙ったやつ等が次々とそれまでの職場である貴族の雇用を離れ、いつの間にやら外食なんて流れが完成してしまったのだ。


「それは確かに、ハインツさんのせいと言えなくも無い事態ですねぇ」


「汗顔の至り。迂闊だったとしか言いようが無い」


 思い返してみれば、地球の西洋史でも、外食文化が花開いたのはフランス革命で大勢のコックが貴族の手を離れたからだ。貴族制の崩壊なんていずれはどこかの時点で起こりうる事態だし、同じような流れで外食文化が発生する事は予想が付く。

 とはいえ、俺自身の手できっかけ作っちゃってどうするんだよ。




「まぁそんなわけで、俺は料理やら食い物屋やらについちゃ自信が無い。料理自体に関してもちゃんとした知識が無いから、ナニが有害でドレが見過ごしてよいかの判断が難しい」


「でも、百合沢さんたちのことを放っておくのもマズいんでしょ?」


「あいつ等ナニしでかすかわからんからなぁ。今回のクッキーみたいに、現状あるものを組み合わせるだけならまだマシなんだろうが、まったく新しい技術や素材を出されんとも限らん」


 いずれ誰かが生み出す筈だったものを、途中過程すっ飛ばして上澄みだけ出すなんぞ、文化的陵辱行為に他ならん。しかも、時系列的に被害者が存在しないってのが更に性質が悪い。いずれ出てきたであろう本来の開発者たちは、今のところ父親の中にだって居やしないだろうからな。


 この世の中には、それが許される世界ってのも何処かにゃあるのかもしれん。だが、少なくともこの世界じゃ許さんよ。俺が見てるからな。




「とりあえず今のところは、やつ等が料理する機会を邪魔するくらいしかない。幸い城の料理長には顔が利く。厨房を使わせないように圧力かけるくらいは出来るだろ」


「私もなにか動きが無いか気をつけときますね。それっくらいしか出来るコトないですし」



 なんともスッキリとしないやり取りでこの日は終わる。

 俺たちの元に更なる問題が振ってきたのは、それから数日後のことだった。

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