11(第二章 終) 『クソったれなアンタでも……』
「良かったんですか? あのまま帰しちゃって」
一息ついた俺の背後から、このところよく聞くじとっとした声がかけられる。
「良いもなにも。今んトコ、アイツをどうこうするつもりは無いって言っていたろうが」
「いやぁ、そういうフェイントを入れてか~ら~の~。ってヤツかなと」
「意味も無くそんなことするか」
「ホラ。味方を騙すには、まず敵からって————」
「言わねぇよ」
逆だそりゃ。というか、あんなん状況説明と相互理解の手間を惜しんだ人間の自己弁護だろ。
自分の椅子に座ると、部下が新しいお茶を煎れてくれる。そういえば百合沢にも出させたってのに、アイツは一切口を付けずに帰ったな。やはり緊張していたのだろうか。
そんな姿を思い出していると、目の前では緊張という単語を母親の腹の中に置き忘れてきたような小動物が寛いでいる。自分の家か何かと勘違いしてやがるんじゃ無いだろうか。
「しかしお前、さっきはひとっ言も喋らなかったな」
「だって。なんかあの人怖くないですか?」
「まぁ、確かに融通の利かなさそうなヤツではあるな。お堅い風紀委員でもしてそうだ」
「そんなことしてませんでしたよ。むしろ風紀委員ちゃんからは煙たがられてましたねぇ。
ホラ、あの人たちって目立つじゃないですか? 見た目もそうですけど、成績も優秀だったし。なのに和泉君がらみでは人目を憚らずに、なんやかんやしてんですもん」
「それならなおの事、周囲から突き上げくらいそうなもんだがな。バックにヤバイのでも付いてるのか?」
下手に表立って文句を言おうなら、モンモン背負ったお兄ちゃんがどこからとも無くやってくるとか。いや、無いな。あいつ等からはそういう後ろ暗い世界に浸かった人間の雰囲気は無い。
「なんというか、聞く耳持たないんですって。
成績良いし授業態度もマジメだから、先生は表立って何にも言わないです。
しかも普通はああいう人気のある男子を囲うタイプって、ほかの女子からは嫌われるはずなんですけどね。正面から文句を言っていたら、いつの間にかその人が僻んでるからだってことにされちゃう。
風紀委員してる友達が、やりにくいっていつも零してましたですよ」
「そうか。大変だったんだなその子も。…………お前に友達呼ばわりされるなんて」
「論点ずれてるっ! ってかちゃんと友達でしたよぅ」
ちょっとした冗談のつもりだったのだが「えっ? 友達だよね。大丈夫だったよね」やけに焦っている。そこは自信持っとけよ。こっちが切なくなる。
しかしまぁ、確かに普通の高校生が正面切ってやりあうには面倒なヤツかもな。無駄に口が達者だし、見た目も迫力がある。全く耳をかさないってホドじゃないだろうが、よっぽど上手くやりこめでもしない限りあの少女には響かんのだろう。
「ま、まぁ私の友達については良いとして。今回の件はこれで、正真正銘
片付いたってコトで良いんですよね?」
「とりあえずはな。実害はなかったし、勇者どもを牽制する結果になったのもデカイ。一番の目的は勇者の戦闘力の把握だったが、それについても十分わかった。現状、及第点だ」
勇者の戦力を必要以上に当てにされないこと。勇者を自粛させることが、目下の命題だった。
勇者頼みで国全体が強気に出られるのは宜しくない。「勇者は十分に強いのだから、すぐにでも魔族討伐に向かわせよう」なんてやられたら、俺は魔族に責任を持つものとして勇者を殺さなければならなかったところだ。それはちょっと、やりたくない。やらないわけではないが、やりたくはない。
そのうえ今回はある程度の実力を発揮してもらうことも出来た。最前線で勇者の戦闘を見てきた奴もいる事だし、いくら俺に完敗したからと言って勇者を侮るようなこともしないだろう。下に見られすぎて、勇者たちが暴走するのもそれはそれでやっかいだからな。
女神に対しての具体的な対処が思いつかない以上、根本的な解決策も考えようが無い。だが、たとえ対処療法だとしても、勇者を封じ込めていられれば問題は無いのだ。
「はぁ。なるほどねぇ。
……って、そだ。言い忘れてましたけど、ハインツさんって実は凄かったんですねぇ」
「ほぅ。やっと俺の人としての偉大さに気付いたのか? まぁ良かろう。もっと敬え」
「そういうんじゃなくってですね。その、なんと言いますか……」
妙に歯切れの悪い言い方をする。なんだ? ちょろちょろと室内に視線をやっているようだが。
この部屋には俺とこいつを除けば腹心の部下1人しか居ない。その部下にしたって機密を漏らすようなやつではないぞ。
って、機密か。なるほど、コイツ俺が魔族だってコトを話題にしようとしてるんだな。
確かに俺はこの部下にすら自分の素性を漏らしてはいない。国の高官という地位にいる以上、後ろ暗いことの1つや2つはやってきたし、そういった裏側の部分も見せているが故の腹心ではある。だが、あくまでもこの男は人族だ。魔族と人族の関係性を鑑みれば、たとえどれだけ信用していても打ち明けるわけにはいかない。人として信頼されているからこそ、打ち明けることは出来ないのだ。
そういった意味で、コイツが口ごもってくれたのはありがたい。
人族のリーゼン伯ハインツとしては、魔道士として一線級という評価が下されている。だが勇者と殴り合いで圧倒できるような異常戦力とまでは見られていないのだからな。ってか、そんなレベルだと思われてたら勇者召喚なんて始めからされてなかっただろう。
待てよ。それじゃ俺が素の実力発揮してたら、今こうして勇者どもに頭悩ませられることもなかった? …………止めよう、この考えは危険だ。
「俺ほどの存在になると、隠している爪の数もそれなりに多いって事だ」
あえてぼかして言う。コレで察せないほど阿呆ではなかろ。
「それはまぁ、理解しましたよ。ホント、びっくりしましたもん。
でも次からは、ちゃんと大丈夫だってコト説明してからやってくださいね? すっごい心臓に悪かったんですから」
「いちいち説明するようなことか? 出来ないことは出来ないって、ちゃんと説明してるんだから問題ないだろ。逆を言えば、俺が出来るといった以上は可能だってことなんだよ」
「格好良くいっても誤魔化されてませんよ。報告・連絡・相談は基本でしょ。組織にいる人間がそんなんでどうするんですか」
「言わんとすることはわからんでもないが……」
面倒なんだよなぁ。確かに部下に徹底させてはいても、自分が誰かに相談っていうのはなかなか無かった。そもそも魔族自体が独立意識の高い種族だし、俺は前世の件もあって単独行動が多かったからな。
しっかし、そこまで目くじら立てるようなことかね? 直接勇者たちとやりあったのは俺で、コイツには危険が無かったというのに。
あれ? もしかして、そゆこと?
「…………なんか今すっごい不愉快なことを考えられてる気がします」
「いや~? 別に何も考えちゃ無いぞ。ただまぁ……そこまで心配してもらうってのは、案外悪い気がしないモンだなってな」
「はぃ~?」
「いやいや照れるな照れるな。なんだったっけ、ツンデレとかいうんだっけコレ。ったく、俺のことが心配だったんならはっきりそう言えば良いのに。お前も素直じゃないなぁ」
「…………なにドン引きな勘違いしてるんですか。普通に気持ち悪いです」
いきなり能面みたいな顔になりやがった。しかも気持ち悪いって。キモイ、とか冗談半分に言われるんじゃなく、素で気持ち悪いって。
「あのねぇ、ハインツさん。
お忘れになっているようなので指摘させて頂きますが、アナタに何かあった時、一番困るのは私なんですよ? ハインツさんが居なくなったら、一体誰が私を無事に日本に送り届けてくれるんですか」
「えっ? あ、ハイ」
「アナタが何処で何しようと、それはハインツさん自身の勝手です。でも、のたれ死ぬのは私が帰還してからにしてください。……良いですね?」
「はい。……すいません」
「わかれば宜しい。ではその誠意を見せてもらいましょうかねぇ」
なぜか逆らってはいけないと感じさせられる。そのまま絹川は、俺のこの後の予定を部下に問いただす。
気が付けば既に日は傾き、春先の少し肌寒い風が窓から流れ込んでくる。
今日の予定を既に消化していることを確認すると、異世界の少女はにんまりと笑った。
「それじゃ、晩ご飯でも奢ってもらいましょうか。私が行っても目立たない、美味しいお店の1つくらい知ってるでしょ?
たくさん食べますから、覚悟しといてくださいね」
どうやら拒否権は無いようだ。肩をすくめ、ため息を1つ。
執務室のドアを開けて俺は絹川を連れ出す。
そうと決まれば、今日くらいは羽を伸ばすとしよう。
考えなきゃならないことはまだ沢山あるし、問題も山積みだ。
だがな、女神。
いくらクソったれなアンタでも、コイツがこの世界の旨いメシを楽しむ間くらい、大人しくしといてくれるだろう?




