07 『コロコロしちゃう訳にもいかんのよなぁ』
腕を組んで伸ばすと、書類仕事で固まった肩関節がポキポキ小気味良い音を立てる。
あぁ、上着も脱いどかんとな。安い古着とはいえ、裾がほつれでもしたら帰るとき恥ずかしい。
「え? ちょ。ハインツさん。マジで言ってます? 本気であの人たちと殴りっこするつもりなんですか?」
「どこに冗談を交える必要がある。言ったろ? あいつ等が必要以上にちやほやされるのは良くない。頭にのって調子こかれるのも面白くない。
なぁに。ちょいと優しく撫でてやって、騎士のやつらに『勇者って言ってもそこまで大した事無いんじゃね?』って思わせられればそれで良いんだ」
「そういうことじゃなくってっ! あぁ、もぅ。どうなっても知りませんよっ!」
なにをプリプリしてやがる。俺たちの目標は勇者の邪魔。必要とあれば戦闘行為の1つくらいあるのは当然だろうに。
ひとしきり準備運動をした俺は魔族の姿をとる。と言っても魔法で年齢を増していた顔が元に戻って、肌の色が黒ずみ、頭に種族特徴の角が生えるだけだが。最近この姿になっていなかったからか妙に開放感がある。角に触れる空気の流れが心地良い。
本性を現した俺に、若干引いてる素振りの絹川と少しだけ打ち合わせをする。勇者どもをぶっ潰すのは確定だが、フォローはちゃんとしないとな。
「ほう。なにやら物音がすると思って来てみれば、人族はいつからこんな穴倉の中にまで生えてくるようになったのかね?」
こっそりと穴から飛び降り、ほどほどの距離を保った所で声をかけてみる。やっぱり高位魔族としては偉そうなしゃべり方がディフォだよな。
「んだテメェ。いつからソコに居やがった。人のこと覗いてんじゃねぇよ」
「ゆ、勇者様っ! そんなことを気にしている場合ではございません。アレは魔族です」
「なるほど。あれが魔族ですか。……思っていたよりも醜い姿をしているというわけではないのですね」
「しゅばーっだね! でもでもヒロ君のが良いけどね~」
「ひっ! ま、魔族!? どうしてこんなところに」
なんつうか、みんな好き勝手言ってやがるなぁ。
それにしても勇者以外の3人。蛇ショックから立ち直ったばかりというのにまぁた腰抜かしてやがる。戦力外のローザリアはしょうがないとはいえ、いざって時には王族の守備任される近衛騎士がコレってのはなぁ。近々騎士団の質について査察入れる必要あるんじゃねぇのか?
「我の目的などどうでも良かろう。それより……いま『勇者』と言ったか? 戯言は慎むべきだなぁ、人族よ」
「はぁ? オレ達が勇者だ。文句でもあるのかよ」
「フンッ。勇者とは、勇気のある者、またはそのような行いをした者。勇敢な行いを試みる者に対しての敬称だ。だのに格下の魔物をいたぶり殺す低俗な輩を勇者とはな。よほど人族は新しい辞書を作りたいとみえる」
「それはっ! もしここの魔物を放置しておけば街の人々に危害を加えたかもしれません。私たちはそれを予め排除しただけですっ!」
ちょろっと煽ってみると、百合沢が面白いくらいに反応してきた。精神攻撃は基本とはよく聞くが、ちょいと過敏すぎやしないか? 一切動揺を見せない宇佐美のほうが案外メンタル強いのかもしれんな。
……丁度良い。少し揺るがせて貰おうか。
「その為に、ここに生きる種を根絶やしにする、か。やれやれ、相も変わらず傲慢なことだ。……では聞くがな勇者よ。己たちはここでの殺戮が正義だとでも言うつもりか?」
「当たり前でしょう! 私たちはこの世界の人達に平和をもたらすために居るのです。町の人達を脅かす魔物を退治することが、正義でなくてなんなのですっ!」
「ここに住まう魔物は、確かに人を喰うやもしれん。同じく他の生き物も喰うだろう。同時により強き者に喰われることもある。全ての生き物はその輪の中で廻っているではないか。
だが、己を害するかもしれんというだけで、相手を滅ぼそうとするのは人だけだ。人の正義とは、己の都合の良いように世界を作りかえることと同義なのだな?」
「ちっ、違いますっ! それにアナタの言い草では、弱い生き物はただ食べられるに甘んじていろという事ではないですか。私たちは、力を持たない人達を守って居るだけですっ!」
「その結果がこの、1つの群れを殺しつくすまでの蛮行というわけか。
……なぁ、勇者よ。私はこんな話を知っているぞ?
ある種の生物が人の中で害とされた。それ故に人は、本来その地に居なかったその生物の天敵を持ってきた。放たれた天敵は害獣を殺しつくす。するとそれまで害獣が食っていた別の動物が数を増やし、地を荒れさせた。いずれその地は、人どころか全ての生き物が住めぬ荒野と成り果てたという。
人のために魔物を殺しつくす勇者を抱く人族と、この話の浅慮な人々。私には違いが判らぬのだがなぁ」
「それはっ…………」
少し強引な気もするが、これで少しでも自分たちの存在に疑問を持てば御の字だ。現代日本に生きていたのなら、特定外来種の害くらい聞いた事もあるだろう。この世界にとっての自分たちが、ハブに対抗して持ってこられたマングースと同等であることに気が付いてくれればよいのだが…………。
だがそんな俺の思惑は、それまでまともな発言を一切してこなかった少女によって止められた。
「美華子ちゃん。ダメだよ魔族なんかと口利いちゃ。あんなの適当なでまかせ言ってるに決まってるよ?
女神サマだって言ってたよね。魔族は邪悪で狡猾だって。きっとミカちゃんを騙そうとしてるだけだよ」
「梓のいうとおりだぜ美華子。話なんて意味ねぇよ。
オィ、魔族野郎っ! 俺たちに文句があるならさっさとかかって来い。偉そうなこと言ってビビッてるだけだろうがっ!」
「そだね~。良くわかんないしやっちゃお~」
「待って! 2人とももう少し慎重にっ」
やれやれ。口だけでどうにかなるとは思ってなかったが、ここまで聞く耳持たないとはな。だが百合沢は多少なりと揺らいでいるようだった。もう少し話せば、諭すことは無理でも疑問を持たせるくらいは出来たと思うんだが……。
残念ながらしょうがないか。既に他2人は臨戦態勢に入っている。説得の時間は、また今度にしておこう。
「結構。あくまで力で解決するつもりならば、かかって来たまえ。お相手して差し上げようではないか。勇者くん?」
「調子に乗ってんじゃ…………ねぇっ!」
和泉が飛び出す。丸太でも叩き切るかのように肩に剣を抱え、地面を蹴る。
おうおう、早い早い。そのまま勢いに任せて袈裟切って来るつもりなんだろうなぁ。うん。確かに当たったら相当痛そうだ。
…………ま、当たるわきゃないんだけどな。
「素振りなら道場ででもしたまえよ」
「チッ」
初撃をかわされた後も、剣は絶え間なく俺を狙ってくる。
コイツが使ってるのは王国で広く使われているブロードソード。刀身は決して分厚いとは言えないが、それでも2キロ近い重量があるはずだ。この速度でぶん回せばかなりの慣性がかかる。急激な切り返しを繰り返すのは、腕にかかる負担も半端ないはず。
だってのに、何でコイツはこうも容易く切りつけて来るんだろう。筋肉切れたりとかしてないの?
「宏彰君っ!」
一向に攻撃が当たらない様子に不利を悟ったか、宇佐美が俺に向け弓を引き絞る。
って、おぃ! このタイミングはまずいだろ。どっちかっていうと和泉に当たるコースだぞ。さっき見てた蛇の有様から考えて、いくら勇者と言えどもこの矢が当たるのはマズイ。
攻撃を避けつつ、飛来した矢を摘んで落とす。仲間殺す気かコイツ。
「くっ。ちょこまかしやがって」
「宏彰君。加勢しますっ」
俺の献身的な行為に気付かないコイツ等は、とうとう様子を伺っていた百合沢まで加わって、3人がかりできやがった。俺を真ん中に前後から、剣と槍が襲い来る。
いやいやいやいや、君たち味方の位置とか気にしてる? してないよね。まともな基礎訓練受けてないんだからできるわけないもんね。
コレ、このまま突き進んだら同士討ちしちゃうんですけど。多少なりと周りに気を使ってる百合沢はまだマシとして、和泉の剣は確実に仲間の首刎ねるぞ? 宇佐美の矢も標的が1・5倍になったことで着弾率が上がってやがる。
3人からの攻撃を避けつつ、俺の動きは更に激しくなる。
剣を避けて、矢を弾いて。槍を避けて、ってこっちに避けると剣が百合沢に刺さるからまずは軌道ずらして。その間に飛んできた矢を叩き落してから槍を避けて。ぅおう、また矢が飛んできた。だからお前は俺に当てたいんだかフレンドリーファイアしたいんだかはっきりしろ。
なんというかアレだな。音ゲーの高難易度ランダム設定やってる気分になってくる。絶えず振ってくるブロックを視界に入った端から処理していく感じ。慣れてくるとますます視野が広がってきて、ある種の全能感がある。うははは。脳汁出てんなコレ。
とはいえ、強化されたコイツ等の体力だって無限なわけがなく、次第に肩で息をしだす。まぁ、攻撃って空振りしたときが一番体力喰うからな。
「最初の威勢は良かったが、所詮こんなモノかね?」
「クソッ。な、んで。あたらねぇ」
「明白だろう? 君たちが弱いからだよ、勇者クン」
「がぁっっ!」
最後の足掻きとばかりに大振りの斬撃を浴びせてくる。百合沢もここぞとばかりに背後から突き入れてきた。宇佐美は……あっ、既に力尽きてる。
さて、コレ避けちゃっても良いんだが。そうするとその行き先は勇者たち自身になっちゃうわけで、非常に理想的な相打ちが出来上がる。こんなトコで無理心中のオブジェみたいなモン作られるわけにも行かんし、1回くらいは当たってやってもよかろ。
必殺の一撃が俺の身体に襲い掛かる。速度と言い気迫と言い、それなりの及第点をつけられる攻撃だ。
だが、俺の身体に触れた瞬間、攻撃を仕掛けた武器の方が砕け散った。
無理もないわな。未だにフイゴ使ったレン炉が中心で、安定した鋼の生成なんぞ望むべくもないのが昨今の製鉄事情だ。勇者に与えられる武器ってコトでそれなり以上の上物なんだろうけど、それでも俺の防御を抜くには硬度が足りん。
鉄製の武器が破壊された反動をもろに浴びた2人は、衝撃を流すこともできずにひっくり返った。体力が尽きかけた時にコレだ。流石にもう起き上がれんだろ。
息も絶え絶えに「どうして」だの「勇者なのに」だのと呟いてやがる。
ふと見ると、お供の3人もこの世の終わりみたいな顔で俺たちを見ていた。うん。普通ならこのまま勇者と一緒に殺されてもおかしくない状況だからね。
とはいえ、このままコイツ等をコロコロしちゃう訳にもいかんのよなぁ。女神のリアクションが怖い。それに人族に対して魔族がいらん怒りを買う訳にもいかんしな。
早いトコお開きにしよう。俺は予め決めていた台詞を大声で叫ぶ。
「所詮、勇者と言えどもこの程度っ! こんな子ども任せにする人族なぞ、いよいよもって底が知れようという物だなぁ!」
「そんなことないですっ! みんなが力を合わせれば、どれだけ強大な力にだって立ち向かえますっ!」
よ~しよし。台本どおりキチっとやれよ?
戦闘描写ってむずかしいおすなぁ




