06 『あぁ、ミンチより酷いことになっちゃって』
「なんというか…………蹂躙だな」
「……一方的ですねぇ」
勇者どもの戦闘は実に一方的な展開を見せている。いや、もぅコレ戦闘っていうか駆除だろ。
大量の蛇に半包囲される和泉。絵面的には捕食者とおいしいゴハンでしかないのだが、その実、圧倒しているのはコイツのほうだ。
四方から飛び掛る蛇の頭を、もぐら叩きでもしているのかという反応で切りつける。右に、左に。今度は前に。間断なく向けられる牙の一本一本をぎりぎりでかわしつつ、目を突き、喉を裂いている。
無視できない脅威に意識を向けると、視界の外から矢が刺さる。こんな時だってのにニコニコ無邪気な宇佐美が引き絞る弓は、表情同様に意味のわからない軌跡を描いて矢を飛ばす。
放ったと思ったら既に獲物に届いているほどに高速で飛来する鉄の鏃が、大人の胴ほどある蛇の体躯を地面に縫い付ける。小柄な体のどこにそれだけの膂力が隠されているんだ?
たまらず和泉を無視して宇佐美に狙いをつけようとするヤツも中にはいるが、槍の閃きがそれを許さない。リーチの長さを十分に生かし広い範囲をカバーするように動く百合沢は、集団を離れた個体を優先して突き殺す。戦闘センスで見りゃ百合沢が一番だな。
切って、刺して、射って、薙いで。
時間と共に蛇たちの攻勢は勢いを無くす。しかし、引いた分だけ3人が前に出る。
頼みの数も優位には働かず、むしろお互いの体が邪魔をして満足に動けない。視野の広い百合沢がそうなるように誘導している。
その間も剣戟は襲い掛かり、しぶとさの代名詞とすら謳われる蛇たちの命が刈り取られる。どれだけ生命力が強い獣でも、頭を二つに切り落とされては生きていけるわけがないからだ。たまらず逃げ出そうにもそれすら許されない。丹念にすり潰すように、逃げ去ろうとする固体にはもれなく矢が飛んでくる。
やがて勇者たちの動きは速度を落とす。獲物を殺す時間よりも、殺す相手を探している時間が長くなる。
その身を地面に縫い付けられた生き残りが、わずかながらに余命を伸ばそうともがいている。そんな哀れにも見える蛇たちを突き殺して回りながら、男の勇者が口を開く。
「なぁ騎士のオッサン。こんなモンなの? すっげー大した事ないんですけど」
「い……いや、これほどまでとは。実際、我々では対処しきれぬ脅威でした」
「えぇ、流石と言うしかありませんわ。おそらく、騎士団全てで対応してもこれほど鮮やかに片付けることはできなかったでしょう」
へたりこんでいた騎士が震えた声で返事をすると、すかさずローザリアは追従している。ぶれないなぁコイツ。
「マジかよ。ちょっとミナサン弱すぎなんじゃねぇの?」
「そだね~。ってかヒロ君強すぎ~」
「私たちは勇者として存在するのです。格差があってもしょうがないのでしょう。騎士の皆さんが弱いわけではありませんよ」
刃先に付いた粘着質の体液を振り払いながら、そんなことを言い合ってる。生き残りを殺して回るのにも飽きたのかね?
半ば呆れ気味な俺たちの下で、なおも騎士たちは勇者賛美を続けている。流石だ、立派だ、強い、凄い。ソレしか言えんのかってくらい繰り返してやがる。
ため息を吐く音が至近距離から聞こえた。思わず横を見ると、喜んで良いのか複雑だと言いたげな絹川の顔が目に入る。勝った事だけ見れば悪い結果じゃない。
……だがな?
「いや。まぁ。誰も怪我とかしないで良かっ————」
「マズイな」
「えっ!? ハインツさん」
「この展開はマズイ。非っ常~にマズイ」
「なんでですか? そりゃ、確かに勇者のスキルは良くわからないままでしたけど。でも予想以上の脅威に対して被害ゼロで終わったんですからコレはこれで。
……ハッ、まさかここで1人くらい消えて欲しかったとか言いませんよね?」
「流石にソコまでは考えちゃねぇよ。せめて骨の一本も折らねぇかなとは思っちゃいたけど、被害がなかったこと自体は問題じゃないんだ。
……だがな、こりゃなんだ。圧倒的だったろ?」
「確かに一方的過ぎる展開ではありましたねぇ」
「そう。一方的だ。いわば無双ってヤツだ。しかも、この国の戦力としての平均値。騎士どもが腰抜かすようなヤツを相手にしてだ。
……なぁ絹川。こういうのをなんと言うか知ってるか?」
なおも不思議そうにこちらを見ている。俺の眉間のしわがますます深くなってゆく。
「こういうのはな。俺tueeeって言うんだ。
既存の戦力から余りに隔絶した力。他者を圧倒的に引き離す力。どうしたって周りを魅了する力だ。これは、マズイ」
そう、拙すぎる。
きっとこの騎士どもは王都に帰り喧伝するだろう。いかに勇者が強かったか。いかに自分たちとはかけ離れていたかを。そして聞いたやつらはますます勇者を賛美し、そして思うんだ。
「こんなに強い勇者なら、きっと何もかも解決してくれる。勇者についていけば間違いない。ってな」
「それはまぁ。少なからずそう考える人も居るでしょうねぇ」
「いきなりそれまでの日常からかけ離れた状況に連れてこられて、しかも妙な力まで与えられた子どもだ。そんなふうにちやほやされてみろ。勇者どもはますます頭に乗るぞ? いずれはこの俺が世界を救ってやるってな。
その結果、やらんでも良い殺戮行為に邁進して、いつの間にやら名実共に英雄様として祭り上げられるだろうよ。
そのまま、まかり間違って国の脅威を平定ででもしたら更に最悪だ。絶対に自分たちの支配者になってくれって言い出すやつらが出始める。手っ取り早いのは王族との婚姻。ゆくゆくはこの国の王様だ」
「なるほど確かに。あの王女様なら、一も二も無く飛びつきますねぇ、ソレ」
「現時点ですらバカは、異世界から来た英雄の恋人とかって単語に焦がれてそうだしな。
だが考えてもみろ。ろくに統治者としての教育も受けていない、ただ腕っ節が強いってだけのガキが王になるんだぞ?
『ボクがみんなを幸せにするんだー』とか言いながら戦争吹っ掛ける侵略国家の出来上がりだ。たとえ自分がそうしようと思わなくても、周りがそうなるように仕向ける。自国の繁栄には、他国の植民地支配が一番手っ取り早いんだからな」
統治者の真価とは、いかに自分の権力を利用しようとするやつ等を制御するかにある。
自分の力に絶対の自信を持った若造なんざ、海千山千の政治家に取っちゃ良いカモ。よくやって名君時代が2~3年、その後凡君で5年。残りの余生は傀儡か暗君だ。王様って名前の侵略兵器扱いだろうよ。
そりゃ一時的には繁栄もするだろうさ。だがそのうち、腐敗と格差社会で世界中に害悪撒き散らす地雷国家になるのは明白だ。
いずれそういう国の1つ2つ興る可能性は充分あるが、お前らにやらせる道理は無いよなぁ。
「でも、どうするんですか? 楽勝ムードで倒しちゃったことは変えようが無いですし、蛇さんたちももう残ってないじゃないですか」
「おいおい絹川君。何を寝ぼけたこと言ってんだ。この場に勇者の敵はまだ立派に存在してるだろうが」
「そっちこそなに言ってんです。蛇さんたちはもぅ……。あぁ、ミンチより酷いことになっちゃって」
「あのなぁ。お前が見抜いたんだろ? 俺の正体」
「えっ? …………いや、まさか」
そのまさかだよ。
持っていた荷物を全てその辺に置き、軽く肩を慣らす。なぐりあいなんざここ数年やってないが、あいつ等程度あしらうにゃ問題ないだろ。
さぁて、久々の実戦だ。やさしいオジさんが、いっちょ社会勉強させてやろうじゃないか。
「お前はここで見てろ。
ちょっとあいつ等、いじめてくる」




