05 『女の武器は涙だって聞いたことありますっ!』
洞窟内に入る。
誰が掘り進めた物なのかは知らんが地面は堅く踏みしめられ、大人2人ほどの高さの天井までも、ちょっとやそっとじゃ崩れてこない位の安心感がある。
このまま道なりに進んでいけば、勇者たちが入った入り口からかなり進んだ先にある広い空洞にぶつかる。こっちから行った出口は空洞の上のほうにあるし、この洞窟自体その場所で行き止まりのような物だ。
先回りできれば文句なしだが、たとえ後から着いたとしても見つかる心配はないだろう。
この洞窟で出没する恐れのある魔物は、その行き止まりの空洞のいたるところに空いた小さな穴に巣くう、おおよそ2メートルないくらいの蛇のようなヤツ。そんなに繁殖能力が高くない種だ。5~6匹刈って終わりだろう。
下手すると俺たちが着いたときには全部終わってるかもしれんな。そんなことを考えながら進んでいくと、突然喉が絞まった。
「ぐえっ。ってぇ、何しやがる! いきなり引っ張るな」
「いやいやいや。私ほっといてさきさき行かないでくださいよ」
「ちゃんと着いてきているのはわかってる。何か出たら言うし、今んトコ何も居ないだろうが」
「んなのわかるわけないでしょっ? 真っ暗で何にも見えませんよぅ」
忘れてた。俺は灯りなんぞなくても魔族の目がある。非常に微弱だがうっすら入る光のおかげで視界を確保できているが、コイツはそういうわけにいかんよなぁ。
「うら若き乙女をこんな暗がりに連れ込んでどうするつもりなんですか。
……さては、え、エロいことするつもりでしょ!? 薄い本みたいにっ」
「乙女のフリしたいなら、そもそもそんな発言するな」
「照れ隠しですよっ!」
うっとおしい。マジで触手的なヤツけしかけてやろうか? まぁ、この世界のアレは表皮の老廃物を好んで食べるだけ。R18な展開にはなりゃしない。
見た目以外は無害なヤツだから、集られたところでちょっと肌がつやつやする程度の、利点だけしかない生き物だ。女性人気は最悪だけど。
「良いから早く灯り点けてくださいよぅ。魔法的なヤツでぴかーっと」
「そんなん点けてたら流石にバレる。ちょっと待て」
魔力を操作して、絹川の視神経をいじる。これで少しは見えるようになるはずだ。
奥まで行けば勇者どもがカンテラを点けてるだろう。乱暴な方法を取ったが、明るくなる前に解除してやれば悪影響もないだろ。
「おぉ~。なんかいきなり見えるように。でも、暗いのに形がわかるってなんか変な感じですねぇ」
「無理やり視神経細胞増やして見えるようにしてるだけだからな。色も判別できん。あと、後ろは見るなよ? まともに光見たら、多分、目が潰れる」
「ちょ、なんですそのヨモツヒラサカ状態。元に戻るんですよねコレ? 一生このままとかありえないですよ」
「それが嫌なら、超音波出して感知できるようにしてやろうか? イルカさんと同じエコーロケーション方式だ」
「めるひぇん! そっちにしてくださ————」
「————限界超えた情報量で、脳が焼ききれないと良いな」
「…………このままで良いです」
さらに30分ほど進むと、ぼんやりと明かりが見えてきた。同時に話し声も聞こえる。あっちのほうが先に着いたか?
まぁまだ戦闘行為ははじまっていないみたいだ。ギリ間に合ったというところだな。
忘れず絹川の目を元に戻し、こっそりと近づく。
枝道の出口に着いたところで揃って腹ばいになり、見つからぬように気をつけながら顔を出した。
見下ろした先に、6人分の頭が見える。よしよし、きっちり全員居るようだな。そこまで入り組んだ作りの洞窟じゃないし当然だな。
「ちょっと遠すぎて何言ってんだか聞こえませんねぇ。ハインツさんにはわかりますか?」
「ここまでまともな戦闘ができなかったらしく、勇者サマはご機嫌ナナメであらせられるようだ。和泉が1人でここの魔物を片付けるって言い張ってるみたいだな」
「ふぅん。お供の皆さんが止めるほど危険なんですか? ここ」
「いや。あっちに穴ぼこがいくつかあるだろ? あの中に蛇みたいな魔物が居るんだが……まぁ大した事ないな。その辺の騎士でも1対1なら問題ないくらいだ」
「んじゃやらせれば良いんじゃないですかねぇ。さっさと終わってもらって、私たちも帰りたいです」
「女勇者の背の高い方。……百合沢だったか? アイツが渋ってんだよ。実戦経験を積む機会は均等にあったほうが良い、だとさ」
「正論ではありますね」
「んで、騎士2人は百合沢に賛成して、ローザリアは和泉の太鼓持ち中ってワケだ。宇佐美の発言は…………良くわからん。言ってる内容がお花畑過ぎて理解できん」
なんかワサワサ言ってる。大丈夫かアイツ?
しかし、ここで揉めててもどうしようもないだろうに。絹川の台詞じゃないが、何でも良いからさっさと始めてもらいたいもんだ。
欠伸をかみ殺しながら成り行きを見守っていると、ちょいちょいと袖を引っ張られた。
「あの、ハインツさん。なんか、ちょっと。……揺れてません?」
「更年期障害か? 大変だな」
「ちがいますよっ! 私まだ十代なんですからねっ。ホラ、なんかズズズって」
「・・・マジだな。なんだ? 地震では無さそうだが」
「うわっ! ハインツさんアレっ、アレっ!」
絹川が指差す先には、大量としか言いようのない数の蛇が居た。パッと見でも30じゃきかん。しかもそれぞれがいつもの倍近くデカイ。
何じゃアレ。何食ったらあそこまで大量発生するんだ? 鱗の文様などからして、いつもの蛇と同じ種に間違いはないと思うが。アレは多くても10匹くらいしか出ないはずだぞ。
テリトリーを荒らされた蛇どもの、侵入者を威嚇するシューシューという音がここまで響いてくる。流石に俺と絹川は発見されていないようだが、もしものときは対応する必要がある。
勇者どももこの異常事態に気が付いたようで、揃って武器を構えだす。
和泉は両刃剣。百合沢が槍。宇佐美は、弓か。近中遠とバランス良いのな。
「そういやお前はなんか武器ないのか?」
「お、女の武器は涙だって聞いたことありますっ!」
「よし、黙ってろ」
理不尽、と声を上げるコイツを他所に、眼下では戦闘が始まろうとしている。
ちなみにお供の3人は、ローザリア含めてこの異常事態に腰を抜かしてるようだ。何のためについてきたんだコイツ等。
「っしゃあ! 片っ端から片付けてやるぜぇ!」
気合の入った清掃業者のような掛け声が上がり、和泉が大量の蛇たちに切りかかる。
勇者たちの初戦闘が、今、始まった。




