02 『ビバ、没個性』
2日後、俺は絹川を伴って王都を出た。
結局、視察旅行から帰ってきての休日を使っていなかった為、1日程度休みを取る自体は問題がないのだ。溜まっていた仕事も目処が立つくらいには処理済みだしな。
しかしいざ出発といったところで、ほぼ全ての国民が白い肌と金に近い髪色を持つこの国で、黒目黒髪のコイツはすこぶる目立つ。国民全員にお披露目をしたわけではないが、人づてに勇者の特徴を耳にしている者も居るはずだ。街を出るには気を使う。
そもそも俺にしたって、勇者を見張りに行っている事がバレるような行動はできないのである。リーゼン伯爵家の家紋付き馬車でも仕立てれば、たとえ城門をくぐる時でも中を改められることは無いのだが。そういうわけにも行かないのだ。
そんなわけで、俺は屋敷を出る前に平民のオッサンに見えるよう変装する。服を変えただけだが、顔見知りの中に行くわけじゃない。コレで十分だろう。いざって時には魔法で何とでも誤魔化せるしな。
絹川にもフード付きのコートを羽織ってもらった。いやぁ、コイツが誰もが振り返る美女とかじゃなくて良かった。目立つ特徴隠して、もっさい格好させときゃ、あっという間に埋没してくれるんだもんな。ビバ、没個性。
……とか思っていたら思いっきり尻を蹴られた。口には一切出してなかったのに、何故だ?
南門付近で貸し馬車を借り、東から大回りをしてジローメの洞窟を目指す。御者はもちろん俺がやる。単独行動をすることも多いため、馬車の扱い程度慣れたものだ。そこらの行商人よりは上手く捌ける自信があるぞ。
「あの~。ハインツさん。すっげーお尻が痛いんですけど。もう少し優しく運転できません?」
「贅沢言うな。二人乗りの荷馬車に居住性なんぞ、期待するほうが間違いだ」
俺がどんだけ神経使って運んでやってると思ってんだ。ドリンクホルダーの水を零さず峠道を下る位のテクで運転してるっての。
「ってかそもそもこの馬車、板に直接車軸くっ付いてるじゃないですか。そりゃ揺れるわけですよぅ。サスペンション付きのは無かったんですか」
「アホか。吊り下げ懸架式すら発明されてないのに、サスなぞ存在するわけないだろが」
「無いならハインツさんが作っちゃえば良いじゃないですか。流通させなきゃ大丈夫でしょ?」
「あのなぁ。技術ってのは、ちょろっと見られただけで盗まれるモンだぞ。目端の効くヤツってのはどこの世界にも居るんだ。
うっかり技術革新させかねんような危険を犯せるか」
そもそもそういう事が起きないように俺たちは動いてるんだろうが。率先して技術史の破壊を行ってどうする。
その後もしばらくぶーぶー言っていた。だが、座るのではなく荷台に立てばケツが辛くないということに気付いた後は、流れる景色を楽しむ余裕も生まれたようだ。
スピードが出ている馬車の上で立ち上がるのは危険だと指摘すると、御者席の俺の肩に手を置き安定を取っていた。そのままのんきなことに、日本ではなかなかお目にかかれないどこまでも続く草原を眺めていやがる。
肩口で切りそろえられた黒髪を靡かせながら鼻歌を歌っているコイツは、まぁ、人並み程度には見れるかもしれん。
早朝に出発したのが幸いしたようで、まっすぐ目的地を目指しているはずの勇者ご一行に先行することができた。
俺たちは洞窟の入り口から少し離れた小山に陣取り、やつらが到着するのを待つ。
乗ってきた馬車は更に距離を置いて繋いである。馬の鳴き声で気取られるとか、間抜けなことにはなりたくない。
「さて、やつらが来るまで少しくらいは余裕があるだろ。今のうちに腹に何か入れとけ」
「そんなこと言ったって、私、何にも持ってきてませんよぅ? まさかその辺の草摘んで食べろとか言いませんよね?」
「ソレで満足できるならそうしろ」
「できるわけないでしょ!」
いちいち手間のかかるやつだ。背負ってきたズタ袋からライ麦パンと干し肉を分けてやる。
俺の執務室では菓子ばっか食ってたから、けっこう喰う方なんだと思っていたのだが、やったパンを半分ほどに割って返してきた。
「そんなんで足りるのか? 後で腹が鳴っても知らんぞ」
「余計な心配しないで良いです。というか、このパン堅くって。お水いっぱい飲んじゃうから、これくらいでお腹いっぱいになっちゃうんですよねぇ」
「まぁそういうモンだしな。それに、堅いは堅いが、不味くはないだろ?」
「ですねぇ。じっくり口の中で味わってたらいつの間にかほぐれてきて。甘みもちゃんとあって。コレはこれでって思いますもん」
俺も堅いパンを小さく千切りながら口に入れる。今度暇があれば、このライ麦入りのパンに吸わせて喰うと、抜群に上手いスープを出す店に連れて行ってやってもかまわんかもな。
空腹を満たし、一服済ませ、体にまとわり付いた臭いを魔法でとばしていると、ようやっと人の気配が近づいてきた。
「来たんですか?」
「あぁ。……コレからは大声出すなよ。身動きも最小限に留めろ。多少なら魔法でなんとかしてやるが、余り派手にやると誤魔化しきれん」
「らじゃっす」
丈の高い草陰に紛れて、様子を伺う。程なくしていくつかの人影が木々の中から姿を現した。
「全部で8人か。後続も…………居ないようだな」
「わかるんですか?」
「足音やら気配やらでな。後は、今いるやつ等の目線だ」
「えっ? 結構頻繁に後ろを気にしてませんか。誰か後から来るのかなって思ったんですけど」
「逆だ逆。後詰が居ないから背後にも気を張ってるんだ。後ろから仲間が来るならあそこまで注意しとく必要ないだろ」
「おぉ、なるほど。……なんか手馴れてますねぇ」
「伊達に長生きしてねぇよ」
軽口をたたきながら様子を伺う。
さて、勇者3人が居るのは間違いないとして、お供はどんなやつらだ?




