01 『破壊願望満たしたいならテメェのツラでも殴ってろと言っとけ』
「そういえばハインツさん。私たち今度、どっかの洞窟に行くみたいですよ」
このところ時間があれば、俺の執務室で茶菓子を貪り食っている小娘がのたまった。
他に行く処が無いなどとほざいちゃいるが、小娘なら小娘らしく、若い騎士の尻でも追いかけていれば良いだろうに。
コイツが消費を加速させているその菓子だってタダじゃない。甘みも殆ど無い安い焼き菓子ではあるが、いったいその金が誰の懐から出てると思っていやがる。いや、まぁ究極的には税金なんだけど。
はっ! これこそまさに異世界人が国費を散財していく動かぬ証拠。おのれそういう搦め手でこの国の状況を悪化させる手段に出るとは、悪辣な。
「絹川さん。主語が一人称の場合、最後が伝聞形で締められるのはいささかおかしいとは思わんかね?」
これ以上この国の流れを改変されてはなるまいと、俺は小娘から今日のおやつを取り上げた。
「それで? 洞窟がどうとか言っていましたが、誰かから指示でも下りたのかね?」
そんな話は閣議で上がって居ない。俺が参加をしない閣議などありはしないのだから、当然国の方針として決まった話じゃない。
さらに、国の方針以外で勇者の行動予定を誰かが勝手に決めて良いわけがない。
となると、またぞろアホ王女あたりが独断で決めたのか?
流石にこれ以上、勇者という国家の重要機密を私物化するのは捨て置けんぞ。
ちなみに、今現在俺の前で「菓子カエセ」と唸っている小動物に関しては、俺が連れてきているわけではないので知ったこっちゃ無い。
いやぁ、不肖一国の大臣程度の身分では、恐れ多くも勇者様の行動に単身意見するなど。とてもとても。
「違いますよぅ。和泉君が言い出したんです。実際に魔物と戦ってみたいって。後、いまさらそんなしゃべり方されてもキモいです」
「破壊願望満たしたいならテメェのツラでも殴ってろと言っとけ」
お前がこないだ、口調が乱暴だとか文句言ってきたんだろうが。こうなりゃ二度と余所行きの口調で話してなんぞやらんからなっ! 喉から出そうになった叫びを飲み込む。俺は大人だからな。
「でも、その場に居た誰も止めなかったんですよねぇ。だからあれよあれよと日取りが決まっちゃいまして」
「まぁ、勇者自身が発案ならしょうがないか。表立って反対できる奴はそう居ないからな」
「ですよね。王様もニコニコしてましたもん。それどころか、流石は勇者様だ~とか言ってましたし」
「唯一の表立って反対できる奴が何してんだよ……」
あの野郎、今度絶対嫌がらせしてやる。サインする書類の体裁がちょっとずつ違ってて処理するのが地味にめんどくさいとかそういう類のヤツを。
「それで、いつ出発なんだ? こっちも監視の準備がある」
「えっと……。明後日です。場所は王都の北東とか言ってたかな?」
「ならジローメの洞窟か。まぁ、あそこは階層も浅いし危険も少ない。肩慣らしとしちゃ妥当という判断なんだろう」
「危なくないトコなんですか?」
「比較的、な」
それでも危険はある。人を襲う魔物が生息している可能性はあるし、灯りも無い洞窟の奥は天然の迷宮として人々を惑わす。
まぁ、伝え聞く限りでは勇者どもが手傷を負うようなことにはならんだろうが。
冒険気分満喫し隊の事はとりあえず置いておこう。ソレよりも気になることがある。
「他3人のスキルは、まだわからんのか?」
「わかりませんねぇ。流石に弱点に直結するような内容ですからおいそれとは洩らしませんし。直接聞けるほど仲良くもないですから」
「お前の鑑定とやらではわからんのか?」
「鑑定ちゃんにはスキルって項目がないんですよ。使っていくうちに熟練があがれば見えるようになるかもですけど、今は無理です」
ちっ、使えねぇ。ってか熟練度システムまで組み込まれてんのかよ。ますますゲームだ。
「予想も付かんか?」
「最初はあのトンでも身体能力だと思ったんです。でも、あの人たちみんなアレくらいの動きしてますもん。固有スキルの効果とは考えにくいです」
「なるほどな。お前の鑑定のように、目には見えにくい効果だって可能性もあるのか」
「十分考えられますねぇ」
「それじゃ予測でアタリをつけるのも難しいな。何らかの策を講じて聞き出すか……」
あの年頃の若造が口を滑らすような状況か。…………ふむ。
意図したわけではないが、ソファーに座ってお茶を飲む絹川の姿に目が行ってしまった。
「ちょっと。今、何か変な事考えませんでしたか?」
「別に何も。どうせあの年頃のオスガキなんざ、思考回路を下半身に委ねてるようなもんなんだ。ちょちょいと女あてがってやりゃ口割るんじゃねぇかな……位しか考えてない」
「十分変なことじゃないですかっ! イヤですよ私。そんなハニートラップ紛いなことするの」
「誰もお前にゃ期待してねぇよ。そもそも……お前が誘惑ぅ?」
その貧相な肉体と、お世辞で下駄履かせても十人並みがせいぜいのツラ構えでか? とは言わないでおいてやる優しさ。いやぁ、流石魔王だけある。我ながら紳士だな。
「あぁっ。鼻で笑いましたね? これでも私だってねぇ。その気になれば————」
「俺の知り合いに、淫魔族っていうその手の専門みたいなやつ等がいるんだが、いっぺん会わせてやろうか?」
「すいませんごめんなさい調子乗りました」
「まったくだ。最初っから小娘にゃ期待してねぇよ。そもそもだ、そういう発言はガキの1人もひねり出してから言いやがれ」
「うっっわっ。最っっ低。…………死ねば良いのに」
「殺せるもんなら殺してみろ。お前なんぞダース単位で来られたってひねり潰すわ」
ガシガシやりあう。
しっかしコイツ、俺の社会的身分わかってんのか? どだいコレ、一国の重鎮に対する態度じゃねぇだろ。そもそも今の見た目だけでも倍くらい年の差あるんだぞ。目上を労われよ若人。
だというのに、腹心だと思っていた部下もニコニコ見守ってやがる。なんか裏切られた気分だ。
「まぁ、スキルに関しては追々ということで良い。とりあえず今度の魔物討伐だ」
「洞窟に行くやつ?」
「そう。あいつ等の素の実力を見られる機会だし、もしかしたらスキルの片鱗位は掴めるかも知れん。そこんとこ注意して、偵察頼むぞ」
「いやいや何言ってんですか。私行きませんよ?」
「っ!?」
「だって怪物がいるようなトコに行くんですよ。お留守番に決まってるじゃないですかぁ。
私がそんな危ないことすると思ってたんですか?」
「さっき『私たち洞窟に行くみたい』って言ったろうが」
「そりゃ、『私』を含まない勇者『たち』って意味ですよ。お馬鹿ですねぇ」
よし、殴ろう。今なら許される。




