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ex03  「きっと果たされる約束をあなたと……な話(後編)」

こちらは後編です。

未読の方は、一つ前の話からどうぞ。

「はぁ!? ここにいる私たちはコピーみたいなもので、元の世界じゃ今でも私達が生活してるですって?」


 彼女の告げた最後の爆弾は、私の想像を遥かに超えたものだった。




 薄いシーツを被せただけの硬いベッドの上で、中身を飲み干したティーカップがカチャリと音を立てる。


「そそそ、そうなんですよぅ。実際は召喚されたわけじゃなく、分裂したといいますか……。つまりはそういう魔法だったワケでして……」


「それってつまり、このままこの世界に居続けたって何の問題も無いってことじゃない!」


「き、究極的にはそういうコトと言えなくも無いような……。いやぁ、流石に理解早いっすねぇ……」


「あのねぇ! 私は、貴女がてっきり、二度と元の世界の人たちに会えなくなってもかまわないって。それだけの決断をしたと思ってたのよ? それを――」


「あいや、それについてはそのとおりなんですよぅ。あちらの世界に居る自分の記憶を、こっちの自分に移すことは出来ませんもん。今ここに居る私の意識が、二度と向こうにいる人達と会えないってのはホントなんです」


「それでも、元の世界に憂いを残すことは無いわけなんでしょ? それだけでも全然違うわよっ」


「で、ですよね~? 私にしても、ぶっちゃけそれがあったから踏み切れたって部分もありますから」


 頭を掻きながら「……やっぱり怒りますよねぇ」呟く絹川さん。その顔はびっくりするほど情けなく、今にも泣き出しそうなほど哀れみに満ちているものだった。

 まったく……そんな顔をされたら、怒りたくても怒れないじゃないの。本当にこの人達は、最後の最後まで私の気持ちを振り回してくれる。


 彼女の気弱な顔を見ていると、私はどうしてか、わずかに湧いた怒りのようなものが一瞬で掻き消えてしまうのを感じた。きっと怒りを露にしたとしても文句の出ない場面だろうに、それでも色んな全部を笑い飛ばしてしまいたくなってしまったのだ。




 だから私は、少しだけ頭の中で考えをまとめ、彼女に口を開く。

 いつの間にか、互いに向かい合うよう腰掛けていた彼女に対し、自分の我がままをぶつけることにしたのだ。


「あの、百合沢さん……」


「良いわ。コトがコトですもの、今まで話せなかったという事情もわかる。このまま黙っていれば私が気付く事もなかったでしょうに、ちゃんと打ち明けてくれた貴女の気持ちもわかったわ」


「じゃ、じゃあ――」


「だからね、一つだけ約束をして頂戴。そうしてくれたら、私は貴女が秘密にしていたことを許してあげる。必ず守ると約束してくれたら、あの人の隣に貴女がいることも認めてあげるわ」


 私はわざと偉そうに宣言する。そんな尊大極まりない私に対し、眉をハチの字に曲げたこの娘は、すがるような目で続きを促してくる。

 あら、何かしら……少しだけ気持ち良いわね、こういうのも。




「良い? 例の召喚魔法、貴女も早く使えるようになりなさい。そして、もう一度私をこの世界に呼び出すの」


「えっ? このまま帰らないとかじゃなくってですか?」


「今の私じゃ、あの人の隣には立てないもの……もっと沢山の経験や知識が必要だわ。だから私は、明日ちゃんと向こうに帰って、こっちの世界では出来ない経験をつんでくる。そしていつか、一人の女として自分の足で立てるようになったその日に、私はこの世界に戻ってくるの。

 この計画に、貴女にも協力してもらうわ」


「えっと……。それは流石にお約束するのが難しいというか……。ハインツさんがあの魔法を教えてくれるかも怪しいですし……」


「いいえ、拒否は許さないわ。……それにね、私は貴女がちゃんと約束を守ってくれるって確信しているもの。絶対にもう一度この世界に戻ってきて、その時改めて貴女とあの人の隣を争う。そして今度は、残りの一生をずっとこの世界で生きるの。

 これはもう、確定している未来なのよ」


「えと、どういうことです?」


「鈍いわねぇ……貴女が教えてくれたんじゃない。召喚魔法で分かれた魂は、分かれるその時までの記憶を共有しているけれど、もう一度一つになるまでは互いの経験を知ることは無いって。だったら、たとえもう一度こちらに呼び出されたとしても、あっちの私は気づく事無く生き続けるんでしょう?」


「そのとおりです。現に、今も向こうにいる私は、自分が異世界に呼ばれてるなんて想像もせずに一生を終えるでしょうから」


「でしょ? だから、ここで貴女が約束してくれれば、私にとってはこちらに戻る未来が決まったのと同じことなのよ。明日あちらの世界に帰って、そして向こうで生き続ける私には、この世界に戻ってくるということが絶対に揺ぎ無い未来になるの。……わかるわよね?」


 問いかける私に、彼女はしばらくの間黙ったままで。そして、ゆっくりと頷いてくれた。



 これはもしかすると、いつか未来の私にとっては、とても残酷な話になってしまうのかもしれない。中途半端な期待を残してしまうことが、いずれ自分自身の足を止めさせる何かに変わるのかもしれない。


 でも、それでもなお。今の私にとっては、この世界に戻ってくるという希望を残しておくことが大事だと思えたのだ。瞼を閉じれば、もう一度この人達に会えるかもしれないという夢が、自分自身を奮い立たせる、何よりも大切な記憶になるのだと思えた。



「もう一度、会いましょう? その時まで、あの人の隣は貸しておいてあげるわ」


「もう一度会いましょう。戻ってきても、譲るつもりなんかありませんけどねぇ」


 そして私たちは、どうやったって確認することの出来ない未来を、それでも確信することのできる、たった一つの約束を交わした。


 相手を信じるしかなく……けれど、信じるだけで無限の希望が湧いてくる。そんな、なによりも大切な約束を交わしたのだった。




§§§§§


§§§


§



 ある日の学校からの帰り道、私は二人と共に家路に向かう。

 ここ数日の話題は、いつもあの不思議な世界のこと。きっとずっと忘れられない、大切な思い出の話。


「――っかしさぁ、マジで驚いたよなぁ。てっきり夢でも見たんだと思ってたのに、まさかホントにあんな体験してたなんて」


「そうだね、私もびっくりだったよ。あんな不思議なことが世の中にはあるんだねぇ。もっとも、私はずっとふわふわした気分だったから、あっちでも夢を見ていたようなものだったけど」


「そか……。まぁあれだ、いろいろ惜しい部分はあったけどさ、それでも面白い体験したのは間違いねぇんだしそれで良いじゃん。美華子もそう思うだろ? ……美華子?」


「どうしたのミカちゃん?」


「ゴメンなさい二人とも。私ちょっと用事があるから、今日は二人で帰ってもらえるかしら」


「かまわねぇけど……どうしたんだ?」


「誰かと待ち合わせ?」


「えぇ、どうしても会いたい人が居るの」


 あの角で二人と分かれたら、私は彼女に会いに行く。

 私を知らない彼女に。私も知らない彼女に会いに行くのだ。



 きっと私は話すだろう。

 勇者の裏側で生きてきた二人の話を。

 誰よりも目立たず、注目されず。それでも誰よりも……正義の味方だった少女の話を。



 そして私は、とっておきの約束を交わした、何も知らない貴女に会いに行く。


「大切な友達と会いに……。

 これからっ、大切な友達になりに行くのっ!」

お読みいただきありがとうございました。


以上で、本編のストーリーを補完する意味での外伝は、

一通りお届けさせていただきたかと思います。


次にお届けするのは、

感想欄からのリクエストにもありました、

お風呂、トイレなどの水周り関係のお話になる予定です。

リクエストいただきました 宮代柊 様にお礼申し上げます。


新作の投稿も始まっておりますが、

そう期間を空けずにお届けできるかと。


一通り更新は落ち着きましたが、

ご意見、ご感想。更に評価やブックマークをいただけるのは、

やはり作者として喜ばしく思います。

一言だけでも有り難く返答させていただきますので、

気が向きましたらよろしくお願いします。



新作開始しております。

雰囲気の違うお話ではありますが、

そちらにもお付き合いいただけると嬉しいです。


『中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者

 ~気が付いたら異世界に居た三人のオッサンたちの苦悩と欲望の日々~』

 http://ncode.syosetu.com/n1506dm/

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