ex02 「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私とポニーテールとシュシュと……な話 ~結ぶ~」
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「いやはや、流石のサスガってヤツですねぇ」
既に王女サマたちは退出し、今はハインツさんと私だけになったこの部屋です。先ほどから仏頂面を崩さないこのお方に、健気な私はずっと話しかけ続けておりました。
「現実を叩きつけて相手の主張を挫く。その上で、最初にこっちが主張した内容の正しさを見せ付けるわけですか。いやはや、お手並み拝見いたしましたですよぅ」
「…………」
「しかも、ただ叩きのめすだけじゃなくって、アフターケアまでやっちゃうんですもんねぇ。これで百合沢さんも、より一層こっちに靡くんじゃないですか?」
「……なんかすげぇ悪どいマネをしたように聞こえるんだが」
「いえいえ、そんなつもり無いですって。私ってば純粋に感動してるんですもん。私じゃ止められなかったあの二人を、そりゃもぅものの見事に丸め込んじゃったんですからねぇ。伊達に魔王を名乗ってないですね。イヨッ、口先の魔術師っ」
「だから! その褒めてんのかバカにしてんのかわからん物言いは止めやがれっ」
二人が居なくなってからず~っと、それこそ微粒子になるくらいゴマをすり続けてますのに、どうにもハインツさんはお気に召さないご様子。口先の魔術師が気に入らなかったんでしょうか。カリオストロの再来とか、二代目F・W・アバグネイルとかの方が良かった?
「どっちも詐欺師じゃねぇか」
「やですねぇ。偉大な錬金術師ですよ?」
「他人の財布からカネを生み出す錬金術だがな!」
「だれうま」
「よし、オモテ出ろ。殴ってやる」
おぅふ、微妙に目がマジです。流石に軽口が過ぎました。
「ちょちょっ……ストッピングですよ、ハインツさん。感謝してるのはホントなんですってば。
あのまま妙ちきりんな改革に走られたらマズイのはわかってましたけど、私の説得じゃ止まってくんなかったんですもん」
「……ったく。どうせ、中途半端にやり込めようとして、逆に燃料注いじまったんだろ?」
「にひひ……ご明察です」
「まぁ、お前の手に負えなかったのも、しょうがないっちゃしょうがないか……。あの二人が揃うと、猪突猛進っぷりに拍車がかかりそうだしな」
「話題の波長が、上手いこと二人にかみ合っちゃったんでしょうか?」
「正義の味方な百合沢はもとより、弱者救済って響きが、アホ王女の耳に美味しく聞こえたんだろうよ。いや、本当に諦めてくれて助かった」
「王女サマの方は、渋々納得って感じでしたけどねぇ」
唇を尖らせたままこの場を去った王女サマを思い出し、二人して肩をすくめました。あの様子だと、そのうちまた迷惑な何かを始めるでしょうけれど、それでもこの件に終止符を打てて良かったです。
「そりゃそうと、百合沢からこの話が出たってコトは、和泉の方にも話は出来たのか?」
「それって、風俗に行くなよってハナシのこと? ……だったらまだですねぇ」
「そうか。……まぁ良い。娼館の側には、ヤツが客として訪れても門前払いするように人相書き廻してるしな。恐らくは大丈夫だろう」
「はぁ……。でもでも、なぁんでそこまでして、和泉君に行って欲しくないんです? やっぱり未成年だから?」
「いや。それに関しちゃ、ここは青少年保護条例の管轄外だからな。とやかく言うつもりは無い。だが……」
ハインツさんは少しだけ言い淀み、そして改めて口を開きます。
それは、この一件の本題とも言うべきお話でした。
「以前、淫魔族について話したことがあったろ。いわゆる色事専門の種族ってヤツらのことだが、覚えてるか? たしか、俺の知り合いに居るって話をしたことがあったと思うんだが」
「そいえばこっちに来た当初、そんなハナシを聞いた気も……。なんか絡んでくるんですか?」
「思いっきり絡む。
そもそも、この世界におけるサキュバス・インキュバスの噂ってのは、数十年前に起きたとある侵略戦争から始まる。北方の山岳民族の暮らす地域が戦火に巻き込まれて、とある種族が丸ごと捕虜にされちまうって事件があったんだ。
更に救いの無いことに、その種族ってのは揃いも揃って美男美女ぞろい。しかも種族の特徴からか、子どもの成長は早く、老いるのは遅かったらしい」
「そりゃまた……。なんというか、想像したくない未来しか思い浮かばない状況ですねぇ」
「実際、ほとんど全員がその手の奴隷として扱われたらしい。痛ましい話だ。……んで、その美人揃いの種族の正体が淫魔族だったって話なら単純なんだが、そういうワケでもない。
そいつらは、確かに肌の色や年の取り方は特徴的だったらしいが、それ以外は人族と変わりなかった。だが、そいつ等を手に入れた貴族が、何人もベッドの上でおっ死んじまうという事件があってだな」
「おうふ……。頑張りすぎちゃいましたか」
「推して知るべしってヤツだな。それだけならタダの笑い話で済むんだが、何を考えたのか当時のアルスラ教の教皇が『その種はヒト族を惑わし淫蕩に耽らせる悪魔の類だ』なんて主張し始めたんだ。他種族排斥を謳いはじめてた時期でもあったし、都合よく槍玉に挙げられたのかもしれん。
……まぁ、実はその教皇が、大金出して身請けした件の種族に、ちっちゃいとかへたくそとかを言われて、その腹いせで出したお触れなんじゃねぇかって噂もあったけどな」
「なんすか、その、スポーツ新聞の見出しみたいなゴシップ。マジでどうしようもないですねぇ」
「正直俺もそう思う。と言っても当時のアルスラ教の影響力なんざ、ほとんどの国で大したことなかったからな。おおっぴらな弾圧があったってワケでもないんだ。……ただまぁ、ちょいとばかりお仕事が上手い娼婦が居れば『アイツは淫魔族なんじゃないか?』なんて噂が流れちまう程度の影響はあったわけだ。もともと強い立場の人間では無いからな、そういう悪評には弱い。
そしてその、人気が出れば出るほど敵勢種族として弾圧されかねない、なんてふざけた状況に陥った娼婦達は、この状況を逆手に取ることを決めたんだよ」
「それはちょっとドキドキする展開ですよ? ……で、で、どうしたんですか?」
「彼女達は、街のあちこちで大々的にこう言った。『私たちは、もしかすると噂される淫魔族かも知れませんよ? ウチに遊びに来れば、それほどの夢を見せてあげられますから』ってな。んなこと言われれば、気になっちゃうヤツが出てくるのが男ってモンだ。当時の娼館は、そりゃあもう大盛況だったらしいぞ」
「一言で言うと『男ってサイテー』です。……はっ、まさかハインツさんも?」
「行っとらんわ。俺は当時、別の国に居たし……第一苦手なんだよ、ああいうトコ」
「なんでです? 綺麗なおねぇさんにチヤホヤしてもらえるんですよ、男子の本懐じゃないんですか?」
「あのなぁ、初対面の相手とそんなことする気になるか? 少なくとも今の俺には……ってぇ! そんなんはどうでも良いんだよ。とにかく当時の娼婦達、つまり淫魔族と疑われたヤツラは、自分達の評判を上げることで事態をうやむやにしたんだ。
そもそも、淫魔族だと決め付ける明確な証拠なんてどこにもなかったからな。変に弾圧しようとすれば一般市民からそっぽを向かれる。そうこうしているうちに、淫魔族なんてのは架空の存在、娼婦達が宣伝の為に生み出した種族だ、って空気になったんだよ」
「ほへぇ……。誰が考えたか知りませんけど、まぁ見事な情報操作ですねぇ。……ん? それじゃ、サキュバスなんてえろえろ種族は、この世界じゃ実在しないってコトなんですか?」
「いいや、居るぞ。というか、お前も既に会ってる」
そう言うとハインツさんは、あの特徴的で悪役ちっくな笑みを浮かべました。謀をしてやった時に浮かべる、なんとも悪人にしか見えないヨコシマな微笑みです。
私はちょっとだけゾクゾクしちゃった背中を隠しつつ、続きを促しました。
「昨日ここに居たロマリア……アイツこそが、生粋の淫魔族だ。男を相手に夜を共にして、その精気を吸い取るコトで生きている。ロマリアは、サキュバスって呼称が手練手管に長けた娼婦の暗喩として使われている状況をこそ、逆手にとって生活してるんだよ」
「なるほどティンときたですよっ! ロマリアねぇさんが淫魔族の凄テクを披露しても、お客は『サキュバスなんて言われるほどの娼婦なんだから当然』って考えるわけですね? 淫魔族は娼館のPRキャラって思われてるから、誰も本物だとは思わない、と。……はぁ~、上手いことやりますねぇ」
「そもそも、人族の中に紛れて暮らすしか生き延びる手段がない種族だからな。そのあたりの悪知恵は働くんだろうよ。
そんなわけで、今じゃ全国各地の娼館は、それまで流浪の生活を送っていた淫魔族の安住の地になっているワケだ。奇しくも、アルスラ教会が異種族弾圧をしてくれたおかげで、な」
「うわぁ。すっげぃ皮肉ですねぇ、ソレ。でも、今まで一度もバレなかったんですか?」
「俺も詳しくは知らんが、相手を殺すほどの精気を吸い取るようなマネは、種族の誇りにかけて絶対にしないそうだ。せいぜい軽くボーっとする程度なんだとか。それに万が一体調を壊す客が出たとしても、相手は評判になるくらいの娼婦だからな……」
「お客の方がハッスルしすぎただけ、って思われちゃうワケですねぇ。つまりは献血みたいなモンでしたか。う~ん……考えれば考えるほど、平和的に共生してますねぇ」
「とはいえ、お前等相手だと話は別だ。アイツ等、精気を吸い取ると同時に、相手の魔力まで吸い取るからな。もしも勇者である和泉がヤツラの餌食にかかった日には、それこそどんな影響が出るかわからん。
ってなわけで、万が一サキュバスに当たるとも限らん娼館は、和泉のヤツにゃ永久に利用禁止って事だ」
なるほどです。そういう事情なら、和泉君を止めようとしていたコトにも納得が行きます。まぁそもそも、和泉君がそういうお店を利用したがるかどうかなんて、私にゃわかんないんですけどねぇ。
そして私は、和泉君に釘を刺しときたかった理由を知ると同時に、ハインツさんが、いつになく迅速に王女サマたちを阻止した理由もわかりました。
きっと……ハインツさんが夢に見る、魔族と人族の軋轢がなくなる日のためにも、淫魔族の皆さんの暮らしを乱したくなかったのでしょう。
これから先この世界の人たちが、種族間問題にどんな答えを出していくのか。それは私にはわかりません。魔族との軋轢を緩和することさえ出来てしまえば、それ以上の関与をしていくことも、この人と一緒に居る限りは無いでしょう。
それでも……この世界に生きる一人ひとりが、それぞれ生きやすいように生きていくことが出来れば。皆がみんな、お互いに気を使い合って暮らしていく世界になれば。
私はそう願ってやみません。
そして。そんな世界を眺めながら、私もここで生きていくことが出来れば。多分それは、とても楽しい未来だと思うんです。
そんなことを考えながら、思わず零れてきてしまう笑みをそのままに……。
私は、この場所で過ごす午後を満喫するのでした。
と、思い出したようにハインツさんが口を開きます。
「……そういや、和泉に娼館の話をしたわけでもないのに、なんで百合沢たちは娼婦の話題なんぞ出してきたんだ?」
「そりゃアレですよ。私が彼女達に、昨日の話を出したからですねぇ」
「ほほう、具体的には?」
「ハインツさんが、お仕事と偽って娼婦のおねぇさんと仲良くしてたって…………あ”っ」
「宜しい、とりあえずそこになおれ」
ということで、番外編その弐、でした。
「なるほど、実はこんなこともあったんねぇ。くらいでお受け取りくださいませ」
次のex03では、最終決戦前夜の模様をお届けできるかな、
と予定しております。
それとは別に、もし、
「良く異世界系である○○なエピソード、コイツ等ならどう対処すんだろう?」
とか、
「この定番ネタがスルーされてるけど、コイツ等は見過ごしたの?」
なんて御意見ありましたら、お気軽にお寄せください。
ストック中のネタで、当てはまるのがありましたら、
そのうち投稿するかもしれません。
また、それとは別に、完全新作も作成中です。
そちらはある程度数が溜まってから、随時投稿していく予定です。
それでは、そのうちまたお会いいたしましょう。
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○本作のスピンオフ的短編
『日の当たらない場所 あたたかな日々』
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