ex02 「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私とポニーテールとシュシュと……な話 ~転がる(前編)~」
お待たせしました、昨日の続きです。
ex02は、本日中に終わります。
現在5/7
続きは15:00前後に
「――ということです、ハインツさん。ご意見をお聞かせ願えませんか?」
上手いことハインツさんはご不在で、そのままこの話もお流れという展開を期待していましたが、そんな夢はもろくも崩れ去った現場から、絹川小友理がお伝えしております。
にこやかな営業用スマイルを張り付かせ、百合沢さんの話を聞いているハインツさんでしたが、チラッとこちらに向けた目は笑ってませんでした。あぅぅ、コレ絶対怒ってるよぅ。
「え、えとですね? こちらのお二人も、何もすぐに取り掛かろうってんじゃなくって、案件を持ち帰った上で、前向きに検討する為の材料を求める準備の前段階でして……」
「何を言うの。出来るだけ早くどうにかしなければいけないじゃない。悠長に構えている暇はありませんよ?」
だから~。こっちは悠長に構えて欲しいんですってば!
私のおためごかしにピクリともなびかず、相変わらず百合沢さんはハッスルしております。
あっ、でもハインツさん。今のやり取りで私の努力にも気づいてくれたみたい。私に向かう目が少しだけ柔らかくなったような気がします。さっきまでの『お前、後でフルボッコな』が、『正座膝詰めで説教な』くらいには緩和されております。
……それでも怒られるのは変わんないんですけどねぇ。
しばらくの間、二人の話を聞いていただけのハインツさん。けれどやがて、一つため息をついて話しだしました。
……あ、コレ呆れた時に出すヤツだ。私知ってます、だって良く見るんだもん。
「まず、大前提として話すが。この国における公認の娼婦……いわゆる公娼に関してですが、そこに早急な変革が必要だと、私には到底思えませんな」
そしてそんな、真っ向からぶった切るような宣言をかまします。
「……っ!? ハインツさん?」
「正気で言っておるのか?」
思わず食って掛かろうとするお二人を片手で制し、ハインツさんは続けました。
「そもそもの話。お二人は彼女達を娼婦という職から解き放つというが、その後をどうするおつもりか? メリッサ殿下、ご意見は?」
「それは! その……もっときちんとした仕事を紹介するとかじゃな……」
「それは聞き捨てなりませんな。彼女達娼婦も、仕事内容に応じて適正な対価をいただく立派な労働者。それをして『きちんとしていない』と断じるのは、いささか暴言がすぎるかと」
おぉ、流石に上手いです。
まんまと言葉を誘導されちゃった王女サマも大概ですが、他人の揚げ足取らせたら、この人に敵う相手ってやっぱり中々居ないですねぇ。
初手で鼻先を潰された王女・百合沢連合軍ですが、それでも勢いは止まりません。
「ですがハインツさん。彼女達の中には、望まずして娼婦に身をやつしている方もいらっしゃるのでは? 私は、そういう方々を何とかしてあげたいんです」
「……一つ、考え違いをなさっておるようですね」
テーブルに載せた両手を組んだハインツさんは、百合沢さんを真正面から見つめます。
いつに無く真剣な表情で、そして強い言葉で語るハインツさんのお話は、この場に居る私達を圧倒していきます。
会話の内容だけではなく、その言葉一つひとつに、この方の揺ぎ無い意思が込められているようでもありました。
そんなハインツさんのお話は、纏めるとこんな感じでした。
まず。この国の常識として、世に数多ある職種の中から、それぞれが望む仕事を見つけてそれに就くという状況はほとんど無いそうです。職業選択の自由が無いのではなく、状況としてありえないんだとか。
町民の場合で言えば、ほとんど全ての子どもは親の仕事を継ぎます。そしてそれは、最も幸せな場合です。跡目を継ぐことを望まれない子どもは、幼少のころから奉公に出されるのが普通。その場合も、親と奉公先で話がついてしまうのが常識だとか。
つまりは結局、どの仕事に就くかを選ぶのは、多くの場合本人ではなく親や第三者ということでした。
次に農村ですが、そこに存在する仕事というのは、イコールで親のやっている仕事です。他の仕事に就きたいと望んだとしても、そもそも仕事自体が存在しないのです。
村を捨て都会に出るという選択もありますが、きちんとした伝手が無ければマトモな仕事にありつけるはずも無い。いずれ野垂れ死ぬか、非合法な組織に取り込まれるのがオチでしょう。
そして、娼婦の場合。その多くは、農村からの口減らしに売られた娘や、都心部で借金のカタに取られた者たちです。つまりは、親や環境の都合で娼婦にならざるをえなかった者、ということなのです。
「――このように、ほとんど全ての人間は、親や周囲の環境によって、自分の仕事を左右されてしまっている。『望まずして身をやつしている者』がほとんどというワケなのですよ、百合沢君」
「それはそうかもしれません。でも、奴隷のように自由の無い彼女達を、普通の奉公をされている人たちと一緒にするのは違います!」
「一般の奉公人は、よほど才覚に恵まれでもしない限り、独り立ちできるようになるのは二十台半ば。それまでの生活に、自由などありませんぞ?」
「じゃ、じゃが。仕事の内容が過酷すぎじゃろう? 同じ女として、察するに余りあるわっ」
「その代わり、得られる金銭は通常の奉公人どころではございません。十年ちょっとも辛抱すれば、自分の借金を払うどころか、その後の蓄えすら出来るでしょう」
「それでは……。ハインツさんは、彼女達を普通の労働者と同じく扱えと仰るのですか?」
「扱うべきだ、と申しているのですよ、百合沢君。少なくとも、彼女達をこれ以上特別扱いするべきではない」
ハインツさんの言葉に引っ掛かりを覚えた私は、
「そう言えば……」
と、口にします。
「あのおねぇさんとの話にありましたけど、娼婦の方々には定期的な健康診断を実施しているんでしたよねぇ。それって、他の職種の人にも行ってるんです?」
「組合に登録済みの娼婦以外では、特に無いな。もちろん城の人間や兵士には実施しているが、あれは民間では無いからな」
「つまり、公務員レベルの福利厚生を保障している、と」
私の援護射撃に、ハインツさんは大きく頷きました。
「娼館が伝染病の温床になった歴史からの教訓だろう。副産物として、娼婦達が身体を病む事案も減ったというが、それはこちらのあずかり知らぬ事だ」
「国が健康管理をしていたのか……。それは確かに、特別扱いと言えなくも無いような……」
と、感心したように呟く王女サマ。労働内容の特殊性で起こるマイナス要素を、職場環境や給料事情で帳尻を合わせているとも取れますから、これ以上の措置は、逆に他の住民からの不満が出かねない。と、ハインツさんは補足しました。
視点の切り替えが必要な考え方ですので、言われて初めて気がついた、という反応にも無理はありませんです。
……なんですけど、流石にアナタが知らないのは、ちょろりと問題があるんじゃないです?
まぁ、メリッサ王女ですからしょがないのですかねぇ。